静岡県の熱海港には、釣り人に開放された防波堤がある。2002年10月、まだ立入禁止だったこの防波堤で、高波を受けた釣り人17人が海へ転落し、2人が亡くなった。
その後、紆余曲折を経て防波堤は、釣り施設として一般開放された。開放以降、死亡事故は起きていない。秋田港でも、昭和40年代から立入禁止だった北防波堤を2020年に開放した。開放5年目の2024年の時点で、落水事故は1件も起きていない。
普通に考えれば、逆だ。危ないから、立入禁止にしていたはずである。それでも国は、安全対策をしたうえで、堤防を釣り人に開き始めている。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長、日本釣振興会理事。大学時代から「月刊つり人」編集部に携わり、2006年編集長、2015年より現職。30年以上にわたり釣りメディアの企画・編集に携わる。著書に『カッパのいない川で子どもは育つか』(2026年)。個人note「それ、ヤマネに聞いてみよう。」では、釣りや自然、編集、仕事など、読者から寄せられた質問に答えている。
目次
立入禁止の堤防には、見張る人も助けもない
立入禁止にしても、人は入る。そして、事故は起きる。
国土交通省港湾局海洋・環境課の担当者も、日本港湾協会の機関誌『港湾』2026年7月号の記事「港湾局の釣り文化振興に対する取り組み」で、立入を禁止した防波堤でも釣り人の転落事故が見られると書いている。そのうえで、安全対策をしっかり行い、ルールを作り、関係機関が連携して防波堤などの港湾施設を多目的に使う。それが、むしろ事故の防止と減少につながる、と考えている。
立入禁止の堤防は、釣り人がいないことになっている場所だ。だから、釣り人を見張る人も、波が高い日に帰れと言う人もいない。落ちても、すぐに助けが来る仕組みがない。柵を越えて入った釣り人は、何が起きても自分で何とかするしかない。
熱海港は管理して開放。死亡事故はなく、市の収益は約3倍に
熱海港の防波堤は、事故の後、ここを全部変えた。県が転落防止フェンスを、市が救命環やタラップ、管理棟を整え、運営するNPOが、非常時の訓練や、施設を閉鎖する基準のマニュアルを作った。波の高い日は、管理する側が施設を閉める。開放以降、死亡事故は起きていない。
利用者は、一般開放した2006年度の12,285人から、2016年には35,894人に増えた。熱海市の収益金も、791万円から2,342万円へと、約3倍になった。近隣の飲食店などの収益も、約2割上がっている(国土交通省)。
秋田港は、立入禁止だった810mの防波堤を開けた
秋田港外港地区の北防波堤は、全長約810mある。周囲の河川水と海水が混ざり、プランクトンが発生しやすいことから、良い釣り場として知られていた。しかし、昭和40年代の転落事故をきっかけに、柵が設けられ、立入禁止になっていた。
この防波堤を釣り場として開放できないかと、国土交通省の秋田港湾事務所が、日本釣振興会と連携して、検討会を設置した。座長は所長で、秋田県、海上保安部、消防本部、地元の町内会などと意見を交わしながら、6回開かれた。落水を想定した救助の検証では、想定した30分を大きく下回る、約19分で救助。2019年7月には、有料の試験開放も行った。
そして2020年8月8日、本格開放の日は、雨だった。それでも、朝6時前から、多くの釣り人が集まり、県外から来た人もいた。8月から11月までの土日祝だけで、延べ2,800人が訪れ、翌2021年度は、延べ7,540人になった。
もちろん、ただフェンスを開けたわけではない。入場者数を制限し、ライフジャケットの着用と、誓約書の提出を義務づける。開放の前には、避難訓練と救助訓練を行う。落下防止柵は、防波堤の幅と長さの関係で設置できないため、代わりに「危険表示ライン」と「通行ライン」を引いた。入場は有料で、2026年度は、大人と高校生が1,500円。未就学児は入場できない。
立入禁止にするのではなく、管理して開ける。開放5年目を迎えた2024年の時点で、落水事故は1件も起きていない。
真昼間に30cmのマアジが乱舞していた
私は2025年7月、この秋田港北防波堤を取材した。案内してくれたのは、防波堤開放の立役者の一人で、現在も管理に携わる日本釣振興会東北支部長の佐々木清治さん。
まず驚いたのが、クロダイの多さだ。堤防の際をのぞくと、壁面に付いた貝を食べているクロダイが、あちらこちらに見える。実際に釣ってみても、よく釣れた。
しかし、もっと驚いたのはマアジだった。真昼間にコマセを撒くと、30cm前後の良型マアジが表層近くまで浮いてきた。一尾や二尾ではない。目の前で乱舞している。豆アジなら珍しくない。しかし、30cm前後もあるマアジが、真昼間に表層まで浮いてコマセを追い回す光景は、初めて見た。秋になると、大型のマダイもよく釣れると、佐々木さんが教えてくれた。
国も釣り場を開く側に動いている
秋田だけの話ではない。港の防波堤を、釣りや観光にも活用しようという動きが、各地で出ている。日本釣振興会は、釣り禁止・立入禁止になっている防波堤の開放を、各地の行政に働きかけている。国土交通省港湾局は、2018年3月に日本釣振興会との連携を発表し、2019年3月には、「釣り文化振興モデル港」という制度を始めた。
港湾の釣り施設や防波堤を、観光資源として生かし、地域を活性化したい。国がモデル港を選定し、安全対策や地域のにぎわいづくりを支援する。最初に指定されたのは13港。その後増え、2026年7月時点では、秋田港、熱海港、清水港など、全国21港になっている。弊社が制作するウェブサイト「釣りあそびジャーナル」では、こうした港を含め、全国の海釣り施設を「全国海釣り施設完全ガイド」で紹介している。
私自身、その一つである清水港でも釣りをしたことがある。ここも、クロダイが半端ではなかった。清水港は、もともとクロダイのカカリ釣りで有名な場所だが、それにしても多い。2時間ほどサオを出して、5尾のクロダイを釣った。秋田港も清水港も、実際に釣ってみるとよく分かる。港には、魚がいる。それも、驚くほどいる。
開けても、採算が取れなければ続かない
ならば、全国の堤防を秋田港のように開放すればいい、と考えたくなるが、話はそう単純ではない。
秋田港北防波堤が開放されるのは、基本的に土日祝日だ。なぜ平日は開けないのか。佐々木さんの説明では、平日に開けても利用者が十分に集まらず、管理費用を賄えないからだ。現場へ行って、初めて分かったことだった。
受付をする人も、安全を監視する人も、救命設備も要る。当然、費用がかかる。一方、熱海港や、神戸の六甲マリンパークのように、人口の多い地域にある施設は、平日にも利用者が見込める。六甲マリンパークでは、2025年4月から、アプリで予約し、1時間単位で料金を払う釣り場が始まった。実証実験1年目には入場者数3万3000人を超え、単年度黒字化に成功した。
これは都市部に近いということと、アプリ経由で予約できるなどの仕組みがあったからだと思う。
つまり、開放したくても、採算が取れなければ続かない。地方の釣り場では、これも大きな問題になる。
たった一人のマナー違反で堤防は閉鎖される
開放の動きがある一方で、コロナ禍以降、全国で、「立入禁止」「釣り禁止」の釣り場が増えている。「釣り人のマナーが悪いから」と思う人が多いだろう。確かに、それもある。ただ、理由はそれだけではない。
堤防釣り場が閉鎖される理由は、ソーラス条約、ゴミ、違法駐車、漁業者とのトラブル、そして事故の五つだ。
ソーラス条約は、釣り人のマナーとは関係がない。2001年9月のアメリカ同時多発テロを受けて、2004年7月に改正ソーラス条約が発効した。日本では100か所以上の港湾施設が柵で囲われ、立入禁止になった。
残りの四つには、釣り人の行動が関わっている。漁港では、漁業者とのトラブルが、立入禁止になる一番の原因だ。漁港は、漁業者の仕事場である。漁船が近づいてもサオを上げない。係留ロープに仕掛けを絡ませる。注意されると、逆に文句を言う人までいる。
こんな釣り人は、ごく一部だ。ほとんどの釣り人は、自分のゴミを持ち帰る。それでも、数百人に一人が問題を起こせば、「釣り人はマナーが悪い」という話になる。悔しいが、仕方がない。

釣り人は、自分たちで水辺を守ってきた
だから釣り人は、自分たちで水辺を守る活動を続けてきた。バスフィッシングの世界では、1995年2月に霞ヶ浦で始まった「53 Pick Up!」(53は、ゴミと読む)が、今も全国へ広がっている。日本釣振興会も、毎年10月第3日曜日の「水辺感謝の日」を中心に、各地の支部や釣具店、釣り具メーカーと一緒に、全国の釣り場を一斉に清掃している。2024年は、北海道から沖縄まで69か所で、2,732人が参加し、2,593袋のゴミを集めた。
弊社も、社員研修旅行で、釣り場の清掃活動に何度も参加している。回収されるのは、テレビ、自転車、洗濯機、扇風機、タイヤ。釣りとは関係のないゴミのほうが、圧倒的に多い。日本釣振興会の2024年の報告でも、釣り人が出したゴミより、家庭ゴミが目立った。誰が、こんなものを水の中へ捨てるのかと思う。
それでも、たった一人がゴミを捨て、たった一人が漁業者とトラブルを起こせば、釣り場は閉じることがある。そこを大切にしてきた何百人、何千人の釣り人も、一緒に締め出される。
立入禁止の沖堤防へは、渡れなくなった
そして、今問題になっているのが沖堤防の釣り場だ。
船釣りや、渡船で渡る沖磯の磯釣りでは、船長が安全を管理している。急に海況が変わってシケそうなときは、船長が迎えに来てくれる。万が一落水しても、同行者が船長に連絡すれば、迎えに来てもらえる。沖堤防も、渡船で渡る。安全面で言えば、船長がいるぶん、陸続きの堤防より安全だった。
ただ、ほとんどの沖堤防には、「立入禁止」と書かれている。事故が起きたときに、管理者が責任を問われないようにするためだ。それでも、知床の観光船の事故が起きるまでは、渡船屋の生活もあり、こうした沖堤防への渡船は、暗黙の了解で行われていた。
知床の事故の後、遊漁船業法が改正され、2024年4月に施行された。渡船業者は、法令を守ることを業務規程に定め、徹底することになった。水産庁が示した業務規程の例には、「利用者を立入禁止の場所へ案内しない」という一文もある。立入禁止と書かれた沖堤防への渡船は、できなくなった。暗黙の了解が、通らなくなったのだ。そこで現在、日本釣振興会では沖堤防の管理者である各地の行政サイドと、再び釣り場として開放するにはどうすればいいかという話し合いを始めている。
創刊103年目の『港湾』が、初めて釣りを特集した

日本港湾協会の機関誌『港湾』は、今年で創刊103年目を迎えた。釣りをテーマに特集を組んだのは、2026年7月号が初めてだ。特集のタイトルは「港湾と釣り文化振興」で、扉には、モデル港21港が、日本地図と写真で並んでいる。国土交通省をはじめ、各地で釣り場開放に携わってきた人たちが、安全対策やモデル港、地域活性化について書いている。その特集の最後を締めくくるコラムを、私が書かせてもらった。タイトルは「人はなぜ釣りに魅了されるのか」だ。
私はそのなかで、港湾は人間と海をつなぐ巨大な装置であると同時に、護岸の壁や堤防の基礎、係留された船の影が魚の住処となって、知らず知らずのうちに多くの魚を育んでいる、と書いた。
『港湾』のコラムには、もう一つ書いたことがある。釣りは、子どもたちが失った水辺の体験を取り戻すための、最もアクセスしやすい手段の一つだ、ということだ。
高度経済成長期以降、日本の子どもたちは、水辺から遠ざかった。川は護岸で固められ、「危険だから近づいてはいけない場所」になった。都市部では、生きた魚を捕まえられる水辺そのものが少なくなった。このことは、『カッパのいない川で子どもは育つか』という本にも書いた。
港の堤防でサビキ釣りをするのは、子どもが水辺に触れる入り口の一つだ。堤防が閉じるのは、その入り口の一つが閉じることでもある。
秋田の北防波堤で、私が30cmのマアジの群れを見られたのは、フェンスが開いたからだ。全国には、フェンスの向こうに、まだ魚だらけの海がある。
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子どもの自殺者数が過去最多を更新し、不登校は35万人を超えた。 豊かで安全なはずの日本で、なぜ子どもたちはこれほど追い詰められているのか。 自然体験が、待つ力、やり抜く力、折れない心を育てる。 創刊80年の釣り専門誌『つり人』編集長を10年務め、親子向け魚釣りイベントにも多く携わる筆者が、記者として、父として、水辺と子どもに30年かかわり続けてたどり着いた育て方のヒントとは。 巻末には、政治の側から子育て支援と水辺の環境問題に取り組む、元滋賀県知事で参議院議員の嘉田由紀子さんとの対談も掲載。




