「釣り具は魚を釣る前に釣り人を釣っている」という言葉がある。高い道具を買わせるための商売だ、という揶揄だ。ある意味では間違っていない。魚はエサの良し悪しはわかっても、道具の良し悪しはわからないからだ。しかし、名手と呼ばれる人ほど、サオにこだわるのもまた事実だ。それはなぜかを、私に教えてくれた人がいる。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長、日本釣振興会理事。大学時代から「月刊つり人」編集部に携わり、2006年編集長、2015年より現職。30年以上にわたり釣りメディアの企画・編集に携わる。著書に『カッパのいない川で子どもは育つか』(2026年)。個人note「それ、ヤマネに聞いてみよう。」では、釣りや自然、編集、仕事など、読者から寄せられた質問に答えている。
目次
「それはサオが悪いな」磯釣り名手・松田稔さんからの一言
今から30年ほど前、徳島の磯釣り名手、松田稔さんを取材した時のことだ。磯釣りに夢中になり始めていた私は、当時すでに天才といわれていた松田さんの一挙手一投足を見逃すまいと、小判鮫のように張り付いて質問を浴びせた。松田さんはその一つ一つに理路整然と答えてくれ、私の個人的な悩みにも非常にわかりやすく教えてくれた。
「松田さん、グレ(メジナ)を掛けてやり取りしているとハリスが切られてしまいます。何が悪いんですかね」
「根に擦れて切れるんか?それともサオでタメとって切られるんか?」
「サオでためている時にも切られてしまいます」
「それはサオが悪いな。いいサオを使っていれば、サオの弾力がクッションになって、ナイロンのミチイトがクッションゴムのように伸び縮みする。だから、ハリスへの衝撃が和らげられる。イトのポテンシャルを引き出すのはサオの良し悪しにかかっている。弾力のないサオだと、イトに魚の引きがダイレクトに伝わるから切られてしまうんじゃ。グレとの引っ張り合いで3号のイトが切れることはないぞ」
「グレとチヌ、どっちが釣りたいんじゃ」
そして松田さんはこう続けた。
「お前はなんのサオを使っている?」
「磯ザオの1.5号です」
「お前はそのサオでグレとチヌ(クロダイ)のどっちが釣りたいんじゃ」
「両方です」
「それはあかんな。グレは下へ突っ込む、根に潜ろうとするから、それを止めないとダメだ。だから、サオの反発がとても重要になる。一方、チヌは沖に走るから、イトを出して走らせればいい。軟らかいサオの方がええんよ。求められるものがグレとチヌとでは全然違うんよ」。
グレにはグレザオ。チヌにはチヌザオ。今では当たり前だが、当時は専用ザオというものがなく、「磯ザオ」の1〜1.5号はチヌ、1.5〜2号はグレという感じで使い分けていた。
松田さんが監修したグレ専用ザオ、チヌ専用ザオは、そのジャンル自体を切り開いたものだった。専用設計であるぶん、それまでの汎用磯ザオより値は張った。それでも、磯釣りファンはこぞって買い求めた。
各釣り物の専用ロッドが生まれた理由
今世紀に入った頃から、専用ザオの開発は船釣りや海のルアーロッドでも加速していった。アオリイカ、アジ、カワハギ、タチウオ、メバルといったように今では魚の種類ごとに専用のサオがあるといっても過言ではない。専用である以上、当然ロット数は汎用品より少なくなる。それがそのまま値段に跳ね返ってくる。
なぜ、ここまで細分化が進んだのか。この疑問を、大手メーカーで長年ロッドの製造を担当した後、独立したロッドメーカーの社長にぶつけたことがある。
「日本の釣りザオって、なぜこんなに細分化されているんですか。昔はもっと一本のサオをいろいろな釣りに使っていましたよね」。
社長は少し考えてから、意外な答えを返してきた。
「昔の釣り人は、例えばルアーロッドなら、ミディアムアクション(調子)の9フィート(長さ)、それに適合ライン数と適合ルアーウエイトが書いてあれば、自分でどの釣りに使うか考えましたよね。船釣りでも、長さと調子(軟調子、硬調子など)と適合ラインと適合オモリで、自分で考えました。1.8mの先調子竿でオモリ負荷が30号なら、カワハギやマルイカに使えるという感じで。でも、カワハギ竿とかマルイカ竿という専用ザオができたことにより、自ら考える人たちが減ってしまったのです。逆に言うと、これは何釣り用のサオで、どんな釣り方をする人に向いていますよ、ということを明確にしたほうが売れるんです。だから、どんどん細分化していったんですよ」。
メーカーにとっても、アイテム数が増えれば、開発コストや在庫のリスクも出て来る。専用ザオというのはパンドラの箱だったのかもしれない。その一方で、専用化によって、それまでできなかった釣りまで可能になった。
エギングが証明した「専用ロッド」の力
その典型がエギングだ。
私の記憶が正しければ、エギングロッドが本格的に普及したのは今世紀に入ってからだ。それ以前にも餌木でアオリイカを釣る人はもちろんいたが、磯ザオや長めのルアーロッド、今でいうシーバスロッドなどを流用し、イトもナイロンを使っていた。
それが2000年代に入ると、PEラインとエギング専用ロッドの組み合わせが急速に普及していった。
この変化は大きかった。
伸びの少ないPEラインによって、遠くにある餌木を鋭く動かせる。専用ロッドなら、その餌木を意図した通りにシャクり、フォールさせ、小さな変化も感じ取りやすい。飛距離も操作性も、それまでとは別物になった。そもそも、磯ザオやルアーロッドを流用していた時代、アオリイカは夜、待って釣るものというイメージが強かった。それが、専用ザオとPEラインのエギングが確立されたことで、日中に餌木を積極的に操作して数を狙う釣りへと変わった。1晩で1パイ釣れれば御の字だった時代から、2ケタの釣果も珍しくない時代になったのである。
専用でないと魚が釣れないかといえば、もちろんそんなことはない。しかし汎用製品には「帯に短し襷に長し」という場面が必ず来る。専用ザオには、その魚を釣るための工夫が随所に施されているからだ。
バスフィッシングの世界も、かつてはスピニングタックルとベイトタックルというくくりだったのが、今では使用するルアーやリグごとに専用ロッドがラインナップされている。
アユザオほど、値段が釣果に直結する釣りはない
アユの友釣り用のサオは、全長9mで200gを切るようなシリーズもあり、最先端の技術を結集して開発されている。その分、1本50万円を超えるものもある。
友釣りでは、アユを弱らせないよう素早く空中に抜いて取り込みたいのに、狙った軌道からずれて空を切る。そんな失敗を何度繰り返したかわからない。
そんな私が、ダイワのハイスペックモデル、競技スペシャルをはじめて手にした日のことは今でも鮮明に覚えている。いつものように竿を煽ると、アユが弧を描いて迷いなく手元に飛んでくる。タモに吸い込まれるように収まった瞬間、「これは別物だ」と声が出た。あれほど苦手意識が強かった引き抜きが、拍子抜けするほどうまくいくのである。
違いは、サオの「戻り方」だった
種を明かせば、私が感じた違いはサオの「戻り方」だった。曲げ込んだサオが素直に戻り、振り抜いた後のブレが早く収まる。安価なサオでは狙った軌道から左右にずれることがあったのに、競技スペシャルではアユが驚くほど素直な軌道で飛んできた。
もちろん、これは単純に「高いカーボンを使っているから」だけではない。素材、カーボンの積層、肉厚、テーパーなど、サオ全体の設計の違いだろう。高価格帯になるほど、軽さや感度だけでなく、ねじれを抑え、曲げた力を狙った方向へ返すための技術にコストを掛けられる。その差が、引き抜きという一瞬の動作ではっきり表れたのだと思う。
そして、この違いは引き抜きだけではなかった。オトリの操作、感度、掛けてからのやり取り。サオを替えただけなのに、釣りそのものが一段うまくなったように感じた。
ただし、良いことばかりではない。軽量化を突き詰めた高性能ザオほど、扱いには慎重さが求められる。私自身、高価なアユザオを折って泣いたことは一度や二度ではない。パーツ代も一節で数万円になる。
釣りでは弘法こそ、筆を選ぶ
弘法筆を選ばず、という言葉がある。しかし釣りに関して言えば、弘法こそ筆を選ぶ。
高いサオを使えば、魚が向こうから掛かってくるわけではない。安いサオだから魚が釣れないわけでもない。
では、何のために高いサオがあるのか。
30年前、松田さんは私に聞いた。
「お前はそのサオでグレとチヌのどっちが釣りたいんじゃ」
今になって思えば、あの一言にすべてが詰まっていた。
グレには、根へ突っ込む魚を止めるためのサオがいる。チヌには、走る魚をいなしながら寄せるサオがいる。
値段が高いサオとは、単に高級な材料を使ったサオではない。万能さを捨ててでも、その釣りに必要な性能を突き詰めた道具なのだ。
だから、サオを選ぶときに最初に考えるべきことは、値段ではない。
「何を、どう釣りたいのか」なのだ。
次回|ウキの役割は、アタリを教えることだけではない
ウキは「アタリを見る道具」だと思っていませんか。
仕掛けを支え、流れに乗せ、タナを決める。ウキの本当の仕事を解説します。
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