加東市がルアーを作るキッカケになったのは地元の高校の課題授業だった。「何か加東市の名物を作りたい。たとえばキーホルダーとか」という高校生の提案があり、その案が観光協会などでもまれてルアーというかたちになったのだ。イマカツ社とのコラボレーションやルアー選定には三原直之さんが協力。カラーモチーフは加東市のシンボルである鯉のぼりと鮎が選ばれた。フックは加東市の釣り針メーカーである土肥富製のものを採用している。
デッドスローに対応しつつ、超高速巻きまでアクションが破綻しないハネモノの名品「バゼル」。加東市が2種類のオリジナルカラーを制作した
釣り針の町にて
日本で初めて行政がオリジナルルアーを発売したのは2023年のこと。兵庫県加東市がイマカツの協力のもとビッグバッツとアイローラーの“鯉のぼり”と“鮎のぼり”カラーを送り出したのだ。
そして2024年も加東市はルアーをリリースした。今年作ったのはバゼルの“鯉のぼり”と“鮎のぼり”カラー。
バゼル“加東市鮎のぼり”
加東市を流れる加古川。その中流域にある景勝地「闘竜灘」は日本一アユ漁の解禁が早い(5月1日)名所だ。その鮎にちなんだカラーがこちら
バゼル“加東市鯉のぼり”
鯉のぼりも加東市の特産品。「播州鯉」と呼ばれる格調高く色落ちしにくい鯉のぼりが有名
そもそもなぜ加東市が釣り具を手がけたのか? 同市の歴史を振り返るとその理由が見えてくる。バスアングラーにとって加東市といえば三原直之さんのホームである東条湖が有名だが、さらに古くから釣りとの関りが深い地域なのだ。
「播州針」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 実は日本の釣り針の約9割は兵庫県で生産されている。そしてその多くが加東市で作られているのだ。現在、加東市だけで30社を超える団体・企業が釣り針作りに携わっている。加東市の地場産業として釣り針作りが根付いたきっかけは江戸時代末期までさかのぼる。小寺彦兵衛が飢餓に苦しむ農民を救うために土佐より技術を持ち帰ったのだ。以来、農閑期の副業として釣り針を作る流れが生まれ、地方産業へと発展していった。現在では世界に輸出する一大産業となっている。加東市の釣り針作りには170年以上の歴史がある。
加東市の釣り針作りの礎を築いた小寺彦兵衛。江戸時代末期に土佐から釣り針作りの技術を持ち帰った
加東市の釣り針作りがここまで拡大した理由のひとつには小寺彦兵衛の考え方にあった。1851年に帰郷した小寺彦兵衛は技法を秘密にせず積極的に周囲に伝えていったのだ。そのなかには同業者も含まれていた。小寺彦兵衛から学んだ者たちによって加東市の釣り針作りは拡大していった。現在、加東市の釣り針作りは各工程を分業する体制がとられている。
そんな背景を踏まえつつ、現在の話に戻ろう。加東市がルアーを作るキッカケになったのは地元の高校の課題授業だった。「何か加東市の名物を作りたい。たとえばキーホルダーとか」という高校生の提案があり、その案が観光協会などでもまれてルアーというかたちになったのだ。イマカツ社とのコラボレーションやルアー選定には三原直之さんがアドバイザーとして協力。カラーモチーフは加東市のシンボルである鯉のぼりと鮎が選ばれた。フックは加東市の釣り針メーカーである土肥富製のものを採用している。
三原「バゼルを選んだのは単純によく釣れるからです。せっかく行政が広くルアーを発売するなら巻くだけで誰でも簡単に釣れるルアーがいいなと思いました。遊び心のあるカラーリングがハマるルアーでもありますし」
ちなみに、三原さんは“鯉のぼり”で東条湖などですでにバスをキャッチしている。視認性も高く、楽しくよく釣れるカラーに仕上がったという。
オリジナルカラーのバゼルは加東市観光協会や東条湖ビッグバイトで販売している。記者もひとつ購入して帰った。投げる前からテンションを上げてくれる素敵なルアーである。B
三原直之さんも愛用。地元の東条湖や高知県・波介川でナイスフィッシュをキャッチしている。「よく見えるし、釣れますよ」。写真は人気動画『三原節』撮影時のもの(写真提供=Vish)
photograph by Vish
「KATO CITY」と入った特製ウイングがセットされている
加東市の釣り針産業について兵庫県釣針協同組合理事長の森幹雄さんに話を伺った。播州針の精神は今も引き継がれている。森さんはオリジナルルアー企画などを通じて子どもたちが釣りに興味を持ってくれると嬉しいと話してくれた
◆加東市について知りたい方はこちら!
加東市観光協会
https://www.kato-kanko.jp