肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。
『釣師・釣場』(井伏鱒二 著/新潮文庫)
『画文集 釣山河』
『釣りと風土』
『テンカラ釣り放浪記』(山本素石 著/つり人社)
つり人社別冊・ムック編集部/佐藤一裕
肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。◎今回の紹介者
つり人社別冊・ムック編集部/佐藤一裕
1969年生まれ。東京都出身。バブルが弾けたちょっとあとに月刊つり人編集部に潜り込んでウン十年。淡水海水いろいろな別冊類を手がけつつ、渓流・アユ・美味な沖釣りターゲットで楽しむ一杯が最高です
煮しめとコップ酒が似合う味わい深き文士の釣り
『釣師・釣場』(井伏鱒二 著/新潮文庫)
釣り好きゆえに本名「満寿二」を筆名「鱒二」にしたとされる、釣り好き作家の先駆けとも呼べる昭和の文士。『荻窪風土記』には善福寺川の清流で太宰治と釣りを楽しんだエピソードも
山椒魚は出てきません。念のため。
そのかわり東京近郊から遠征釣行まで粒ぞろいの十二の釣魚談が出てきます。
どの話も魅力的なのですが、渓流釣りに親しむ僕としては「甲州のヤマメ」が、まず第一に目にとまります。
昭和20年代初頭の山梨県・鹿留川、道志川、丹波川など、ヤマメ釣り場としての実用的なポテンシャルが記されているほか、ふと山里で出会った炭焼き親爺が「おッさん、釣りに来たけ。ほうけえ、川虫を捕ってやろう。待て待て、案内してやらざあ。」そう云って(中略)素裸になると川に入って川虫を捕ってくれた。
って、何だよ、ここはおとぎの国なのかよ! つげ義春の「紅い花」かよ! とツッコミたくなる、郷愁にみちた村落譚の数々が、絶妙に肩の力の抜けた井伏ならではのタッチで描かれているところが読み物として秀逸。
しかし今、こんな人物と川で出会ったら泣いちゃいますね、僕は。こんな心の持ち主が70年くらい前まで東京近郊にいたとは、う~んとなりますね。
今も昔も渓流マンを魅了する甲州のヤマメ。井伏作品を通じて僕はますます愛着を抱くようになりましたね
一方、つり人社の一員として見逃せないのが佐藤垢石が出てくる「阿佐ヶ谷の釣師」で、小社設立の旗印となった昭和21年『つり人』創刊主幹メンバーである垢石と井伏は親交があった。というより、井伏の釣りのお師匠さんが垢石といわれるほどの間柄。そこには戦前、垢石らと相模川の与瀬(現在の相模湖)に遊び、垢石直伝の蛾をエサにしたフキナガシ釣りで尺ウグイの怒涛の入れ食いに遭遇するエピソードがつづられています。
垢石なじみの与瀬の釣り宿・小川亭はバス釣り、ヘラ釣りファンにおなじみのボート店として現存。「長良川の鮎」では伊豆・狩野川の流浪人が馬瀬川上流に定住し、初めて当地にアユの友釣りを伝えたこと……など、興味深い粒ぞろいの釣魚譚に胸が高鳴ります
ほかにも実に味わい深く資料的にも貴重な読み物がズラリ。まるで縁側でお茶でも飲みながら、あるいはコップ酒を美味そうに飲みながら語る、お爺ちゃんの昔話を聞くような気分にさせてくれる1冊です。
本を片手に一人ボーッとしながらの一杯。これぞ至福のアームチェアフィッシング??
「ツチノコ」から「長良の万サ」まで網羅する渓流釣りのフォークロア
『画文集 釣山河』
『釣りと風土』
『テンカラ釣り放浪記』(山本素石 著/つり人社)
大正9(1919)年に滋賀県に生まれ尋常小学校卒業後、各種学校や塾を遍歴したがひとつも卒業せず、自由業に終始し山釣りと渓流魚の研究を続けた山本素石。今だからこそ読み返したい作品たちです
井伏作品と同じようなニオイを感じる「お爺ちゃんの昔話系」のひとつが山本素石さんの作品群です。
「いま、私は鈴鹿の山奥へ来ている。ここは茶屋川の源流に近い『茨川』の廃村である。いちばん奥にある廃屋の囲炉裏端でひとり焚火しながら、汚れたノートを広げている」(「山家独居の記」)。味わい深き〝山釣りのフォークロア(民間伝承)〟をどうぞ
愛竿をリュックに忍ばせつつ各地の山村を放浪。渓流釣りと山の生活、高度経済成長期のなかで消えゆく風景をこよなく愛した素石さん。
柳田國男や宮本常一といった民俗学的な領域とも通底する独特の作品世界の集大成と呼べるのが一連のツチノコ譚といえるでしょう。
「突如、右手の山側から妙なものがとんできた。(中略)ヒューッといったか、チィーッといったか、そのどちらともつかぬ音を立てて、下生えの藪の中からゆるい放物線をえがいてとびかかってきたのは、一見したところ、ビール瓶のような格好をしたヘビであった」(「幻のツチノコ」)
どうです? この先、絶対読みたくなっちゃいますよね? 作家ではないからこそ書ける、独特の語り口が読者を素石ワールドにいざないます。
自身のツチノコ遭遇事件から「ノータリンクラブ」なるツチノコ探検隊を結成し、果ては懸賞金付き捕獲キャンペーンを大々的に展開するまでに。こうした出来事をキッカケに日本中にツチノコブームが巻き起こったそうです
もちろん、釣りに関する文章も読みやすくて、今となってはたいへん貴重な見聞といえるものばかり。
「多くの達人名手の中から一人だけ、最高の実力者として名指すならば、私はためらうことなく古田萬吉を推すだろう。(中略)一シーズン中に釣るアマゴは百二十貫匁(四百五十キロ)(中略)仮に一尾当たり百五十グラムのアマゴにすると、三千尾分に相当する」(「名人」)
長良の万サ、サツキマスなど、渓と魚にまつわる釣魚文化財的なエピソードが目白押し。お爺ちゃんが若かりし頃に親しんだ風景があなたの書斎に広がります。
『画文集 釣山河』
単行本: 223ページ
出版社: つり人社; 最新復刻版
発売日: 2012/2/1
『釣りと風土』
単行本: 271ページ
出版社: つり人社; 最新復刻版
発売日: 2012/2/1
『テンカラ釣り放浪記』
新書: 238ページ
出版社: つり人社
発売日: 1996/01