水の都として知られる郡上八幡の少し先。長良川の数ある支流の1 つ牛道川は、春になると柔らかな日差しの下、緑だけでない鮮やかパステルカラーに彩られる。異国からの熱心なテンカラファンと日本の師匠が、のどかな桃源郷で毛バリを振った。
おすすめ時期:3~4月(解禁時期要確認)
つり人編集部=写真と文
釣りの合間、テンカラロッドを畳んでほっと一息
水の都として知られる郡上八幡の少し先。長良川の数ある支流の1 つ牛道川は、春になると柔らかな日差しの下、緑だけでない鮮やかパステルカラーに彩られる。異国からの熱心なテンカラファンと日本の師匠が、のどかな桃源郷で毛バリを振った。
この記事は『つり人』2017年4月号に掲載したものを再編集しています。
今も続く三人寄ればの子弟関係
2016年の4月下旬、牛道川にやってきたダニエル・ガルハルドさんはブラジルのサンパウロ生まれ。アメリカのテンカラフィッシングサイト「Tenkara USA」の運営者でありこの釣りの熱心なファンだ。
毎年といってよいほどの頻度で、日本の渓流釣りがハイシーズンを迎える頃になると、自身のスキルアップや日本の仲間との交流のために積極的に来日するようになりすでに10年近くが経つ。
ダニエル・ガルハルドさんとマーガレットさん。アメリカではマスも多くフライフィッシングが盛んなコロラド州に住んでいる
この釣りに出会ったきっかけは、元をたどれば学生時代のアメリカ留学。そこで両親は日本人ながらアメリカで育ったマーガレットさんと知り合って結婚。同時にフライフィッシングでのマス釣りにもすっかり入れ込むようになっていたことから、日本の釣り文化に興味を持ち、結婚後の2008年に初めて日本を訪れたという。
その時にテンカラ道具も入手。帰国後、イチからこの釣りの習得と情報収集を開始すると、やがてシンプルな毛バリ釣りとしてのテンカラに大きな可能性があると確信し、翌年にはそれまでの本業であった金融業も辞して、海外で初めてとなるテンカラの総合サイト「Tenkara USA」を立ち上げた。
英語によるこの釣りの情報発信を始めるとともに、オリジナルタックルの製造販売も開始。ホームページの企業理念を説明するページには、より多くの人が毛バリ釣りの楽しさを知ることができるこの釣りを広めたいという意気込みが丁寧に謳われている。
そんなダニエルさんの成功(といってよいだろう)をまさに内助の功で支えているのがマーガレットさん。アメリカ育ちなのでネイティブランゲージは英語だが、「全然ダメです」とはにかみながらも、とてもきれいな日本語を話す。
ブラジルにいた頃から周囲に日系人が多かったこともあり、日本の文化に対して元々興味と理解があったダニエルさんとマーガレットさんが結ばれたのは必然だった。そして二人はちょうどダニエルさんが起業した年に、アメリカのフライフィッシング団体の招きでニューヨーク州のキャッツキルを訪れ、テンカラのデモンストレーションを行なっていた石垣尚男さんの元に正反対のカリフォルニア州から駆け付けた。マーガレットさんの流暢な日本語もあって、聞きたいことが細かな点まであっても意思疎通は全く問題がない。本職が大学教授で生来の面倒見好きという石垣さんも、まだ20代の若さでありながら「Tenkara」で起業し、フライフィッシングの本場でこの釣りを広めようという熱意に満ちたダニエルさんに釣りの手ほどきから最新の道具の紹介まで何かとサポートを惜しまないようになった。その交流は今もこうして続いている。
粘り切る先の1尾
石垣さんの目から見ても、テンカラの腕前はもはや最初に教えを請いに来た頃とは別人というダニエルさん。その釣りはひとことでいうと、ここぞという場所でかなり粘るタイプだ。
けっして大場所とはいえないような規模のポイントでも、周囲に比べて水深がある流れ込みや小淵があると、10投や20投した程度では、全く魚の反応がない場合でも簡単には移動しない。「テンカラは3回流したらすぐ次へ!」と常々公言している師匠とは正反対だ。石垣さんも「ダニエルと川に入ると、いつも〝上へ上へ〟とせっついていますよ(笑)」と冗談めかして話す。
栃洞集落の橋から少し下ったカーブにある大きめの淵。午後の日も昇りきった時間で魚の反応はしばらくなかったが、粘り切ったダニエルさんは見事にイワナを引き出す
上の淵で最初に流れ込み周辺をねらったあと、右岸の岸際ギリギリにねらいを変え、姿勢を低くして何度も毛バリを送り込む。イワナはそこで出た
パリッと元気な会心の一尾
日本のテンカラファンも、やはり釣果は足で稼ぐという感覚の人のほうが多いのではないだろうか? 一般に川の規模が大きくなく、釣り人と魚の距離が近いこともあって、20投で見切りを付けない人となればさすがに少数派だと思う。
ただ、この時は前日の長良川本流での釣りを含め、2日間にわたってダニエルさんの釣りを見ていたのだが、長良川本流でも牛道川でも、先行者がいた気配が濃厚な昼前後の時間帯のシビアな釣りで、気が付くと「釣れました(笑)」と最後はニッコリ、アマゴやイワナを一定時間ごとに手にしている場面が多いというのがダニエルさんだった。
毛バリはシンプルな1パターン。ロッドや小物ケースも自らデザインしたもの
ダニエルさんは毎年のように日本に来るのは、「混じりっ気のないテンカラを知りたいから」と語る。他の外国のテンカラ愛好者のように、「自分の国流にテンカラを変えたくない」とも。この点、日本人以上に頑固だとも思えるくらいなのだが、毛バリも胴に蓑毛のいわゆる逆さ毛バリしか使わない。そこに楽しみを求め、魚がいるならそれで釣れるとおそらくは確信を持っている。
石垣さんに見守られながらマイペースでサオをだしていたマーガレットさんも魚をキャッチ
テンカラ毛バリの本来のアドバンテージは軽い毛バリで水面下をねらえること。そうでなければ正しくないということでは決してないが、昨今のテンカラ釣りがフライフィッシング用の毛バリを含めて何でも使えるという状況にある中で、ともするとこのアドバンテージを最大限に使いきることは忘れられがちだ。ダニエルさんの姿勢と実際にリリースされたアマゴやイワナの姿を見ると、私たちはこの点を、今一度意識してみるといいのかもしれないと思わされた。なにせひとたび毛バリが水中に入れば、前後左右に1㎝流すコースが変わるだけで、魚にとっては新しい「流し」になっている可能性は確かにあるのだ。
花を愛で清水で喉を潤す
とはいえ、ここぞというポイントに対峙する時以外のダニエルさんは非常に穏やか。この日も川沿いに見られる鮮やかな花、水場、古い石垣の中のクレソンの群生など周囲の自然や風光が目に留まるたびに、足を止めてはマーガレットさんと楽しそうにデジタルカメラに旅の思い出を収めている。牛道川沿いの善勝寺には県の天然記念物であり樹齢400年ともいわれる有名なエドヒガンがあるが(この時は満開には早かった)、それがなくても道沿いのごく普通の民家の敷地や土手などいたるところに花桃やシバザクラなどがよく手入れされて咲き誇っている。
川沿いにある「白尾園」は清冽な水を生かした養鱒場を経営。事前予約で開く食事処も運営している。清水を引いた園内の「おいしい水」も「自由に飲んでいいですよ」と管理人さん
民家の庭先にも思わず目が留まる
栃洞集落より下は落差の少ない平坦な流れになる
釣り場のすぐ横にあり山荘と養鱒場を兼ねた白尾園では清水を飲め、「ここはいつ来ても気持ちがいいんですよ」と、石垣さんが二人を案内したのもナットクの一日だった。釣り人にとっては、まさにちょっとした桃源郷といってもよいくらいである。
各地の山里が明るさを増すこれからの季節。日本を愛する異国のテンカラアングラーに刺激を受けて、改めてシンプルな毛バリ1つで珠玉の渓魚をねらってみるのも悪くない。
きれいなアマゴもヒット。こんな一尾が釣れれば春の釣りは楽しい
●交通:東海北陸自動車道・白鳥ICから県道82 号で道の駅「白尾ふれあいパーク」を経由し上流の栃洞集落へ
◆Tenkara USA
http://www.tenkarausa.com/
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2018/2/28