昔から釣りが盛んな土地柄である横浜界隈の中でもみなとみらい周辺はヘチ釣りファンが多い。新しさと懐かしさが同居する不思議な空間はまさにヘチ釣りファンのための遊び場のよう。
昔から釣りが盛んな土地柄である横浜界隈の中でもみなとみらい周辺はヘチ釣りファンが多い。新しさと懐かしさが同居する不思議な空間はまさにヘチ釣りファンのための遊び場のよう。
写真と文◎編集部
赤レンガ倉庫の前で
かつて横浜市の臨港パークや赤レンガ倉庫周辺はシーバスやメバルといったルアー釣りや投げのカレイ、アイナメねらいの穴場として人気を集めた時期があった。しかし、街の整備が進み、さまざまな大規模商業施設が誕生するにつれて釣りへの規制が強まっていったが、それでも水際線から完全に釣り人を締め出すことはしなかった。
「そうなんです。注意喚起の看板は目にしますが、どこか釣り人に寄り添ってくれているんです」
そう語るのは、みなとみらい界隈でのヘチ釣りをこよなく愛する針生兼朱さん。1998年生まれの26歳だ。
「横浜でヘチ釣りといえば沖堤を連想されると思うんですが、実は渡船を使わない釣り場もたくさんあって、仕事前の朝マヅメとか、仕事が休みの日には朝から夕方までこのエリアでヘチ釣りを楽しんでいます」
実際、地図をご覧いただければ分かるとおり、一部で釣りが可能というレベルではなく、水際の多くで釣りが楽しめるのだ。
「クロダイのヘチ釣りといえば東京湾でも横浜界隈が発祥の地。まさに本場でこうして今も楽しめるのは素晴らしいことだと思います」
そう語るのは7月号でも東京都中央区での取材時に2尾のクロダイを手にした大山健二さんだ。前回の中央区晴海界隈もほぼ初めての釣り場だったが、今回のみなとみらいは完全に初場所だ。
「前回の晴海も高層マンションに囲まれた近未来的な景観でしたが、今回のみなとみらいはさらに賑やかな商業観光地ですね(笑)」
「はい。それもあって朝5時に来てもらったんです」
当日は大潮2日目。満潮が2時39分、17時20分、干潮が9時59分というタイドスケジュール。
「上げ潮のほうが圧倒的に食いはよく潮位は高いほどチャンスです。だから今日でいえば15時から17時過ぎまでの2時間ちょっとが最高の時合です」
「え、そうなの? じゃあほぼ半日後じゃん(笑)」
「はい。でも集中して釣りがしやすいのは早朝です。今日は平日なのでそこまでではないですが土日の日中は観光客やデートのカップルがたくさんいてかなり釣りにくいんです。『あらお魚釣り? なにが釣れるの?』っていう質問を何度も受けますから(笑)」
というわけで、どんどんと潮位が下がっていく下げ6分から(午前3時には174㎝の潮位が午前10時には23㎝まで下がる)釣りを開始した。
針生さんが最初に選んだエリアは赤レンガパーク。新港橋に近い内向きの運河内から釣り始め、潮位が下がったら外向きの深い桟橋側へ探っていくという。
そんな説明を聞きながら大山さんが浮き桟橋近くに稚貝ダンゴをノーシンカーで落とすと「食った!」の声。針生さんも「早い、まさか一投目から食わせるとは」と目を丸くする。
黒鯛師THE戦竿ヘチ硬調305をグイグイと絞り込み、再び桟橋下に潜り込もうとする魚をバットパワーでいなすように沖へ誘導する。
「初めての釣り場で地形がわからない。桟橋下に潜られたら何かにイトが巻かれるかもしれない。かといってミチイト1.2号、ハリス1号なんであまり強引にもできない。時間をかけると自然に魚のスタミナを奪って浮かせてくれるサオでよかった」
朝焼けに染まる神奈川県庁庁舎に向かってサオを突き立てていると観念したクロダイが水面に浮上。そこを玉網でスッと掬い元気な1尾をキャッチ。実は昨日の大雨で水潮になって食いが悪かったらどうしようと不安だったという針生さんも嬉しそうだ。
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どこもが絵になる景色の中で
小場所とあって、すぐに探り終えたふたりは、水深のある赤レンガパークの沖向きをじっくりと探るがサオは曲がらない。横浜ハンマーヘッドまでの間にも釣りができる遊歩道があり、そこを抜けた先のカップヌードルミュージアムパーク前でも釣りが可能。さらに大岡川を渡り、インターコンチネンタルホテルやパシフィコ横浜のあるみなとみらい地区の中核に入ると、横浜ぷかり桟橋の周辺(桟橋は釣り禁止)やその先に続く臨港パークまで釣りが可能で、その総延長は約2㎞もある。景色のいい潮風のランニングコースとして人気が高く、早朝から多くのジョギングファンが行きかう。
「自分のおすすめは臨港パーク側に進まず、よこはまコスモワールドに沿って運河沿いを探ってまた赤レンガパークに戻るという周回コースですね」
ただしこちらは私有地も多く、釣り禁止エリアも細かく設定されているので水際の看板を注意深く確認しておくこと。また、商業施設が多いことから歩行者も格段に増えるので周囲への目配りと気配りを忘れないように。
2021年に開通したヨコハマエアキャビンが行きかう運河パーク駅の周辺に行ってみると、この界隈はまさにクロダイの巣窟で盛んにヘチや底の何かをついばんでいる。人に見られることに慣れているスレっからしでもあるが、大山さんが目の前に落としたイソガニを躊躇なく食ったことから(すぐにフックが外れてしまった)、潮位の高い時間帯にじっくり探るのも面白いだろう。
こうして運河パーク側から再び赤レンガ倉庫前まで戻ってきたふたり。潮位はかなり下がったものの、潮止まりまではまだ少しあるタイミングだった。針生さんはきれいな公衆トイレへ。その間、大山さんは朝イチと同じ浮き桟橋へ同じように稚貝ダンゴを落とすと、同じようにラインが走った。
そしてトイレから戻ってきた針生さんの目の前でランディングしたのは、サイズアップした45㎝。
「またここでしたか。さすがです」
と驚嘆する針生さんだが、この3時間に何度かアタリを出し、アワセを入れること数回。1度はしっかりフッキングが決まったものの柱に巻かれるなど、ちょっとついていない展開だった。
すっかり潮位は下げてしまったが潮はまだ動いていることもあり、赤レンガパークの外向きを足早に探り、再び大岡川の河口へ。今度は橋を渡って対岸へ。この先には針生さんのお気に入りのぷかり桟橋(桟橋自体は釣り禁止)がある。その手前の河口の左岸で落としたカニにストップアタリ。今度はアワセもしっかり決まり、黒鯛師THEヘチリミテッドいぶし銀 本調子255をしっかり曲げてやり取りを楽しむ針生さん。ここは足場が高いものの慣れたようすで玉網に魚を導いた途端、緊張から解放されて安堵の笑みがこぼれる。
「初取材でちゃんと釣れてめちゃめちゃ嬉しいです!」
と喜びを爆発させる。そして、マヅメや高潮位だけではなく、エリアを選べばこうしていつでもヒットさせられるのもこの地区の魅力だと語った。
エサのイソガニの装着法。ハリはスパイクチヌ4 号(がまかつ)。ガン玉は2B でハリのすぐ近くのハリスに打っている
上げ始めのタイミングに赤レンガパークにある海上保安資料館の前の壁で水面下のカキを盛んに食うクロダイ
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予告の時合どおり
その後、干潮の潮止まりで休憩を取ったのち11時半から釣りを再開。といっても時合の15時まではまだまだ時間がある。そこで1時間以内にどちらかに魚の追加があったら続行。追加がなければ終了と決めて再び赤レンガパークから釣りを開始。すると二度あることは三度のたとえのとおり、同じ桟橋をねらった大山さんのサオがまたしても弧を描いた。
「内心、やったという嬉しさと、まだ続くのかという焦りが去来して、それが魚に伝わったのか逃げる隙を与えてしまったようで障害物にラインを巻かれて切られてしまいました」
と複雑な胸の内を明かす大山さん。正直、3時起きだったことから眠さもピークに達している。一方、赤レンガパーク外向きの深場を丁寧に探っている針生さんは元気そのもの。そして周囲には確かに観光客が増え、話しかけられる機会も増えている。
この護岸の終わりにある海上保安資料館の前の壁ではクロダイが水面下のカキを盛んに食っている。その面からは釣りはできないのでラインを引き出して壁沿いにツブを遠投すると、明確にラインが横走りした。と同時にアワセを入れると、かなりの重量感が伝わる曲がり。
「デカい! けど、この感触はカキに擦れてる……」
しばらくはロッドを曲げて耐えていたものの、壁のオーバーハングにスレたラインが耐え切れず無念のラインブレイク。その場でへなへなと崩れ落ちる針生さんを見て「惜しかったよ」と声をかける大山さん。
とはいえ2人で3尾のクロダイをキャッチしていることから、ここで取材を終えて解散したが、その3時間後に針生さんから写真付きのメールが送られてきた。そこには朝から時合と予告していた時刻を背景に2尾目のクロダイを手にする自身の姿が写っていた。
朝の時点で今日の時合は15 時と予告していた針生兼朱さん
最後まで魚に主導権を与えなかったのは黒鯛師THE戦竿ヘチ硬調305 のパワーのおかげと大山さん
※このページは『つり人 2024年9月号』を再編集したものです。