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編集部2024年2月2日

「ネオニコチノイド」を使わない水辺に優しい農業の可能性を探る/第1回 埼玉県川越市・髙梨農園のケースより

環境レポート

減農薬や無農薬栽培の普及には課題も多い。脱ネオニコに取り組む農家を取材し、無農薬栽培のリアルな現場をレポートするとともに、普及のために釣り人の立場で何ができるかを考えてみたい。今回は、埼玉県川越市で「耕福米」を生産している髙梨耕治さんの髙梨農園を取材した。

完全無農薬で稲作を行なう農家を取材。そこあるハードルとは?

写真と文◎編集部 協力◎髙梨農園

この記事は月刊『つり人』2023年10月号に掲載したものを再編集しています

近年、農地で使用される「ネオニコチノイド」と呼ばれる殺虫剤が水辺の生き物の減少に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきた。過剰な農薬を使わない社会への転換が求められるなか、減農薬や無農薬栽培の普及には課題も多い。

そこで本連載では、脱ネオニコに取り組む農家を取材し、無農薬栽培のリアルな現場をレポートするとともに、普及のために釣り人の立場で何ができるかを考えてみたい。

今回は、埼玉県川越市で「耕福米」を生産している髙梨耕治さんの髙梨農園を取材した。

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魚はなぜ減った?/宍道湖の生態系とネオニコチノイド系殺虫剤 >>

 

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埼玉県川越市で化学農薬・化学肥料を使わずに「耕福米」を生産する髙梨耕治さんを訪ねた

ネオニコとカメムシと斑点米

 日本各地の釣り場から、昔のように魚が釣れなくなっているという声が聞かれる。その理由のひとつとして疑われているのが我が国の農地で広く使われている「ネオニコチノイド系」と呼ばれる殺虫剤だ。

 この殺虫剤はヒトや魚類を含む脊椎動物には安全性が高いとされて広く使われるようになったが、水田に散布された薬剤は河川に流れ出し、魚のエサになる生き物を殺してしまう。島根県・宍道湖ではこの殺虫剤が使われ始めた1993年以降、ウナギとワカサギの漁獲量が大きく減少してしまった。この研究成果を発表した東京大学・山室真澄教授は日本各地で同じことが起きている可能性があると警鐘を鳴らしている。

 一方で、ネオニコチノイド系殺虫剤は農家の人たちの大切な作物を害虫から守るという役割を果たしていることも事実だ。

 稲作で殺虫剤が使われるのは、5月の田植えの時期(イネゾウムシ)と6月の苗が成長していく時期(ウンカやイネツトムシなど)、そしてイネが実る8月(カメムシ類)だ。

 カメムシに吸われた米は一部が黒ずんだ「斑点米」となってしまう。この斑点米は食べても健康上の心配はなく、流通段階で取り除く技術もある。だが、厳しく定められた等級※によって、斑点米がわずかでも混ざっている米は買取価格が大きく下がってしまう。

 このため、斑点米の混入率をなるべく低く抑えるために、多くの農家はネオニコチノイド系などの薬剤でカメムシを減らすよう指導されているのである。

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7~8月に現われるカメムシ類は、米の品質を下げてしまう害虫だ。カメムシに吸われた米は黒ずんだ斑点ができてしまい消費者からのクレームの原因になる。このカメムシを退治するためにネオニコチノイド系殺虫剤が使われる

※斑点米などに代表される色の付いた「着色粒」に関する米の品位規格は、一等が0.1%(1000粒に1粒)まで、二等が0.3%まで、三等が0.7%まで、それ以上は規格外と厳しく、等級が下がるごとに買取価格も安くなる。ちなみに茶碗一杯のご飯は3000~4000粒

 では社会全体でネオニコの使用を減らしていくためにはどんな取り組みが必要なのか。その可能性と課題を探るために、埼玉県川越市で完全無農薬栽培の「耕福米」を生産している髙梨農園・髙梨耕治さんを訪ねた。

メダカ・ドジョウに優しい田んぼを目指して

 農家に生まれた髙梨耕治さんは6人姉弟の3番目。男は耕治さんだけだったことから、両親は1町5反(1.5ha)ほどの田んぼと養蚕で稼いだわずかな収入で学校に通わせてくれた。

 その甲斐あって、川越市役所に就職。休日や早朝は実家の農業を手伝いながら働き、環境部長、水道部長、財政部長と重要な役職を任されるまでになった。

 耕治さんが環境に優しい米作りを本格的に始めたのは定年を迎えた平成19年のこと。

「役所の仕事では使った水はきれいにしてから流すということをずっとやってきたものですから、田んぼの水も汚さずに使うべきだろうと思いましてね。メダカやドジョウに優しい田んぼで、孫や子どもに食べさせるのに安心安全なお米を作りたかったんです」

 貯金と退職金をつぎ込んで、必要な農業機械をそろえ本格的な無農薬栽培をスタートした。

 無農薬での稲作は雑草と害虫との戦いだ。とくに雑草はイネから水分や養分を奪うばかりでなく、害虫の温床になる。

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無農薬栽培は雑草との戦い。毎日気温が上がる前の早朝にあぜ道の草を刈る。この日は自身の草刈り機の調子が悪く、知人のものを借りた

 

 兵庫県豊岡市などでは冬場にも田んぼに水を入れることで雑草を抑える農法が確立されているが、耕治さんの田んぼでは土の質が違うためか上手くいかなかった。

 試行錯誤の末、田植え前に雑草が生えそうになったら即座に機械で除草と耕耘を繰り返し行ない、種子が残らないようにする方法に行きついた。田植えから収穫まではあぜ道の除草も毎日行なう。非常に労力がかかるが、現状では最善策だという。

 では肝心のカメムシ対策はどうしているのか?

「実はなにもやっていないんです。カメムシなんかどんとこい! という気持ちでやっていますから」と耕治さん。

 実際に田んぼを見せてもらうと実に生き物が豊かだった。

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あぜ道を歩くたびにヌマガエルが田んぼに飛び込む。カマキリやクモがイネの間に潜む。殺虫剤不使用だからさまざまな生き物が暮らし、害虫の天敵として作物を守っている

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隣接する水路にはオイカワ、メダカ、ドジョウがたくさん。この地区では近くを流れる入間川から自然に取水しているため魚が入ってこれるのだが、周囲には農薬を使う田んぼも多いなか、髙梨農園がエサの重要な供給源になっている可能性が高い

 

 あぜ道を歩けば一歩踏み出すごとにカエルが田んぼに飛び込むほど。カメムシやイナゴ、ウンカなどイネにとっての害虫も目に入ったが、同じくらい簡単にカマキリやクモも見つけられた。

 そして「耕福米」で作ったおにぎりをいただいたところ、これが非常に美味で驚いた。

 耕治さんはこう話す。

「以前、妻と一緒に勉強を兼ねて有名な産地の美味しいとされる品種を食べに行ったのですが、あまり美味しく感じなかったんです。うちのお米のほうが美味しいじゃないかと。うちのお米は普通の栽培方法のものと比べて細身で身が引き締まっているので、そのぶん美味しさが凝縮されているのかなと思います。養殖魚と天然魚の違いに似ているかもしれません」

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耕福米の品種はコシヒカリ。化学肥料を使ったものより粒が細いが、そのぶん身がしまっているからか美味だった。斑点米は見当たらない。炊飯時に手で取り除けるくらいしか入っていないのだ

 

 そんな耕福米だから髙梨農園から直接買いたいという顧客も多い。

 つまり、殺虫剤でカメムシを駆除せずに耕作できる理由は、豊富に生息しているカメムシの天敵が被害を抑えてくれることと、斑点米の割合によって買取価格を下げられてしまう農協を通さず消費者に直販できる設備とルートとブランド力を持っていることである。

 

4つのハードル

 就農者の高齢化や人手不足が叫ばれている昨今、化学農薬を使って省力化を図る栽培方法が主流のなか、それに頼らない無農薬栽培を行なうには多くのハードルがある。

 ここからは今日に至るまで耕治さんが直面してきたハードルを整理する。

 同時にこれらはネオニコチノイド系殺虫剤に依存しない農業がなかなか普及しない要因でもある。解決するために社会全体でどんなサポートができるかを考えるのが、ネオニコ問題解決の糸口になるかもしれない。

①農業機械の購入・維持費用の工面

 稲作には種まき機、育苗機、トラクター、田植え機、コンバインなどのほか、髙梨農園のように消費者へ直販を行なうなら精米や貯蔵のための設備も自宅に必要となる。

 故障時の修理代など維持費もかかる。先に紹介した兵庫県豊岡市の事例では、行政が農業機械の購入補助など支援を行なっていた。

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水田除草機、トラクター、田植え機など、稲作に必要になる農業機械の維持費は農家の大きな負担になっている

 

②除草作業などほぼ毎日必要になる作業のための時間

 取材を行なった8月上旬も気温が上がる前の早朝に除草作業をしていた。管理している田んぼのあぜ道を何日かかけて一巡するころには最初に除草した場所はまた雑草が生えてきており、休めるタイミングはないという。

 すでに定年している耕治さんは農業に専念できるが、基本的に休日しか作業に充てられない兼業農家にはとくに難題である。

 

③耕福米のブランディングと顧客開拓

「無農薬で孫や子どもに安全なお米をとやってきたなかで、それがいいというお客さんが集まってきてくれました」と話す耕治さん。情報発信も積極的に行なっている。耕福米耕作人名義で日々の作業をつづったブログを毎日更新。三つ折りのパンフレットも製作している。

 こういった直販ルートを開拓できればよいが、通常の流通に乗せようとすると前述の品位規格が立ちはだかる。

 着色粒(斑点米)に対する厳しすぎる規格自体を見直す余地は充分にある。色彩選別機など流通段階で取り除く技術が生まれているにもかかわらず、品位規格が見直されない背景には、消費者からのクレームを怖がる外食産業などの斑点米への強い忌避感がある。カメムシによる斑点米は健康上全く問題はなく、むしろ殺虫剤不使用の安心なお米だと消費者の意識を変えていくキャンペーンも必要であろう。

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精米された耕福米。中央付近に斑点米が見えるが食べても害はないし、全体から見てもわずかなものだ

 

④投入したコストをペイできるだけの収穫を得られるか

 これは髙梨農園でも道半ばなのが現状だという。

「私の田んぼがある川越市の福田地区では、普通の栽培方法で1反(10a)あたり7俵(420㎏)収穫できればよいほうです。耕福米は平均3.5俵しかとれませんし、除草に失敗すると2.5俵になることもあり、年金を注ぎ込んでどうにか続けています。それでも、妻の『主食のお米が高価だったら、毎日食べられないでしょ』という助言を受けて、手が届く値段にしています」

 新潟や青森など米の名産地では1反あたりの平均収量は9~10俵。それと比較すると7俵の収量でも心もとなく、農業機械の維持費を賄えず離農する兼業農家を耕治さんも多く見てきたそうだ。

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今年77 歳の髙梨耕治さんと、「この人の田んぼは道楽なんですから」と言いながらも支えてきた妻の法子さん。多い時には7町(7ha)ほどの田んぼを抱えていたが、体力的な負担が大きいことから徐々に規模を縮小しながら環境に優しい理想の米作りを模索中だ

 こうしてみると、耕福米を継続して消費者に届けられるまでに確立させるまでには並々ならぬ努力と熱意が必要だったことが分かる。

 髙梨農園の近隣の水路では、オイカワ、メダカ、ドジョウなど最近ではちょっと見ないほど魚たちであふれていた。周囲には慣行栽培の田んぼも多いのだが、プランクトン、イトミミズ、昆虫類などが健全に繁殖できる髙梨農園が魚たちの貴重なエサの供給源になっていると考えられる。もし地域のなかで一部でも無農薬栽培に取り組んでくれる田んぼがあれば、魚たちの状況は改善してくるのではないだろうか。それを釣り人の立場でどうサポートしていけるかが重要になるだろう。

 私たち釣り人は水辺を通じて立ち位置や専門分野が違うあらゆる人材が同じ志を共有できるのだ。私たちの知恵を結集すればこの難題もきっと解決していける。

 

 

 

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