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編集部2020年1月10日

激甚災害・台風19号が明らかにしたこれまでの治水対策の問題点/レポート・暴れ川にどう備える? 前編

環境レポート

関東甲信から東北にかけて広い範囲で甚大な被害をもたらした台風19号は、これまで進めてきた治水対策の問題点を露呈することになった。注目すべきは71河川で140ヵ所もの堤防の決壊が確認されたこと。いかに堤防が脆弱であるかを知らしめることになった。今後の治水対策はどうあるべきか。予算が限られるなかでこれまでどおりダムに依存するのか、あるいは堤防を強化するのか、進むべき方向について考えてみたい。

今後の治水対策はどうあるべきか

浦壮一郎◎レポート


 関東甲信から東北にかけて広い範囲で甚大な被害をもたらした台風19号は、これまで進めてきた治水対策の問題点を露呈することになった。注目すべきは71河川で140ヵ所もの堤防の決壊が確認されたこと。いかに堤防が脆弱であるかを知らしめることになった。今後の治水対策はどうあるべきか。予算が限られるなかでこれまでどおりダムに依存するのか、あるいは堤防を強化するのか、進むべき方向について考えてみたい。

※この記事は『つり人』2020年1月号に掲載されたものを再編集しています



堤防の脆弱性が露呈した台風19号被害


 2019年10月12~13日、列島を通過した台風19号に伴う記録的な大雨は、特に関東甲信越から東北地方にかけての広範囲にわたって甚大かつ深刻な被害をもたらした。政府はこの台風被害に対し『激甚災害』の適用のほか、大規模災害復興法の『非常災害』、さらに台風としては初めてとなる『特定非常災害』の適用を行なった。

 消防庁によると台風被害による死者は全国で90人以上、行方不明者を含めると計100人となり、負傷者は465人に及ぶという(11月1日時点)。河川氾濫による住宅への床上浸水は3万3425棟とされ、全壊・半壊・一部破損を含めて1万3613棟が被災。今なお避難生活を強いられている人は多く、被害が広範囲に及ぶことからもボランティアが不足している状況である。

 注目すべきは河川堤防の決壊が相次いだことだろう。国土交通省によれば71河川、140ヵ所の決壊が確認されたというのだから(10月31日現在)、これもまた過去に例のない異常事態といえそうである。

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台風19号が通過した直後の荒川本流(埼玉県桶川市)。支流で堤防が決壊したほか、本流でも越流によって床上・床下浸水などの被害が発生した

 この140ヵ所はあくまで堤防の決壊であり、『越水』と『溢水(いっすい)』は含まれない。ちなみに越水とは堤防のある区間で増水した水が堤防を乗り越えた氾濫を指し、溢水とは堤防が未整備の区間での氾濫を指す。決壊および越水、溢水を含めた浸水面積はおよそ2万4000haにもおよび(10月18日時点)、2018年の西日本豪雨の1万8500haを超えたという。

 最も危険な氾濫は堤防の決壊である。越水や溢水とは比較にならないほどの洪水が流れ込み、住宅ごと流されてしまうような甚大な被害に発展してしまう。その決壊が140ヵ所にも及んだのだから、いかに今回の台風が危険なものであったのか、被災しなかった地域の人もある程度は想像できるのではないだろうか。

 関東地方のいくつかに注目してみると、埼玉県では2河川、荒川水系の越辺川と都幾川(東松山市と川越市)で堤防が決壊したほか、荒川本流でも各地で越水が発生し市民生活に混乱をもたらした。栃木県では永野川(栃木市)や秋山川(佐野市)などの13河川で決壊。茨城県では那珂川(那珂市・常陸大宮市)、久慈川(常陸大宮市)など4河川で決壊が確認されている。たびたび報道された多摩川左岸の氾濫は決壊ではなく溢水であり、堤防が未整備だったことが原因とされる。

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荒川支流の越辺川(おっぺがわ)では都幾川(ときがわ)との合流点付近で堤防が決壊(写真右側)。10月17日時点ですでに復旧工事が行なわれていた(黒い土が盛られた部分が決壊箇所)。我が国の堤防は土堤(土を盛るだけの堤防)を基本としており、越水により侵食されやすい。台風19号は関東・甲信・東北の71河川で計140ヵ所が決壊する惨事となった

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荒川支流の越辺川は決壊地点より下流でも浸水被害が広がっていた。圏央道の坂戸インター出入り口は水浸しとなり、通行止めとなった

 それにしても、堤防の決壊があまりにも多いことに愕然とさせられる。日本の治水対策はこれまで何をしていたのか。ダム建設を強行に推し進めてきた反面、肝心要の堤防は土を盛っただけの脆弱なものだった。この台風被害を契機に、治水対策を抜本的に見直す必要があるといえるだろう。

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似て非なる『スーパー堤防』と『フロンティア堤防』


 ダム問題に携わってきた市民団体のもとには台風19号以降、ダム建設に異論を唱えてきたことへの苦情が寄せられているという。苦情を寄せる彼らはおそらく『ダム反対派の市民団体=反対するだけの団体』だと勘違いしているからだろう。一律に『反対派』だと報道してきたメディアにも責任はありそうだが、実際にはダム建設に反対する市民団体のほぼすべてが代替案を提示してきたのだ。

 もうひとつ、ダムに反対する市民団体のことを素人集団だと思い込んでいる人もいるようだが、昨今の市民団体にはかつてダム建設を推奨してきた河川工学者などが参加している。つまり専門家集団なのだ。

 そんな彼らが提案するダムに代わる治水対策、ダムよりも効果の高い治水対策を採用しないのは不可思議なのだが、ダム計画が進行中の河川において河川管理者らは聞く耳を持たず、同様にメディアが積極的に報じることもなかった。そうした事情により反対するだけというイメージが定着してしまったのだろう。

 その代表的なものが耐越水堤防の整備、いわゆる堤防強化である。遠く離れた上流に建設されるダムよりも、市街地に近い堤防を強化するほうが治水対策としては遙かに効果が高く、専門家ならずともその有効性を理解している人は多い。そこで「まずは堤防を!」と訴え続けてきたわけだ。水源問題全国連絡会(以下・水源連)の共同代表、嶋津暉之さんは次のように話す。

「ダムの水位低減効果というのは下流にゆくほど減少します。よってダムから遠く離れた地域ではその効果が薄れてしまい、過度な期待は禁物です。重要なのは流域住民の身近なところにある堤防であって、それが洪水に耐えられないのでは意味がない。どうしてもダムが必要だというのなら、まずはしっかりと堤防を整備してから行なうべきだったといえます」

 嶋津さんは国交省など河川管理者の持つデータを活用したうえで堤防高など現状を分析し、堤防整備が必要な箇所を提示するなどして様々な提言を行なってきた。それでも門前払いされてきたのが現実なのである。

 実は国交省(旧建設省)内部でも耐越水堤防が検討された時期がある。呼び名は様々あるが、通称『フロンティア堤防』と呼ばれるものがそれだ。ちなみに『スーパー堤防』(高規格堤防)とは全くの別モノであり、フロンティア堤防は安価かつ短期間で整備が可能なうえ、越水しても決壊しにくいという数多くのメリットがある。

 一方のスーパー堤防は河川沿いに暮らす人々を立ち退かせた後に街があった場所全体を嵩上げし、都市を再開発するというもの。いわば災害対策の名を借りた再開発事業であり、ゼネコンのための利権そのものだと批判されてきた。

 一部ネットでは、民主党政権下の事業仕分けでスーパー堤防が廃止されたことから(後に復活)、台風19号の被害を民主党による人災だと指摘する声もある。が、これも明らかな見当違いなのである。

 スーパー堤防は1987年、利根川と江戸川、荒川、多摩川、淀川、大和川の5河川において計873㎞が計画された。ところがこの計画は都市の集団移転が必要になる。再開発されるまでのあいだ都市機能は失われ、土建業界以外の経済活動は停止することになりかねない。

 そうした事情から事業は遅々として進まず、開始から22年が経過した2009年時点の進捗率はわずか1%。単純計算すると事業完成まで約2000年を要することが指摘された。また会計検査院の調査によれば総事業費は最大で66兆円にまで膨らむとの試算が出ていたのだ。

 このため民主党政権の仕分けにより一旦は廃止が決定。しかし事業規模を計119㎞に大幅縮小して復活させたのもまた民主党政権(野田政権)だった(予算を計上したのは後の安倍政権)。前出・嶋津暉之さんは言う。

「結局、下流部分だけの119㎞が復活してしまいました。その現行計画も現在の進捗速度だと完成までに約700年が必要な計算になる。仮に完成しても実施区間の隣は普通の堤防ですから、治水対策にはなりません」

 来年の台風に今すぐ備えたいというこの時に700年も待たなければならないのがスーパー堤防であり、それもほんの一部分のみの計画では治水対策とはいえない。そこで急を要する昨今の現状に合致するのは、越水しても破堤しにくい堤防、かつて国交省(旧建設省)が検討していたフロンティア堤防(耐越水堤防)なのである。

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栃木県で4名の死者を出した台風19号だが、そのうちの2名は大芦川の道路陥没によるものだったという。大芦川は上流部の砂防ダム群により河床が低下し続けており、道路下の土が吸い出されて陥没したものと考えられる



耐越水堤防の普及が急務!


 旧建設省が発行する建設白書では1996年から2000年までのあいだ耐越水堤防に関する記述が見られる。

 たとえば平成8年度(1996年)版では「越水や長時間の浸透に対しても耐えることができる幅の広い高規格堤防(スーパー堤防)や、破堤しにくい質の高い堤防(フロンティア堤防)の整備が求められる」とある。

 平成12年度(2000年)の建設白書ではフロンティア堤防の名称こそなくなったものの「越水・浸水への耐久性が高い堤防の整備を行う」とあるように、耐越水堤防の必要性を考慮していたことがうかがえる。

 ところが平成13年度(2001年)以降になると耐越水堤防に関する記述は削除され、残ったのは高規格堤防(スーパー堤防)のみ。実現不可能で効果の低い巨大事業が残り、人命を守る事業が蔑ろにされたのがこの時である。

 旧建設省土木研究所元次長の石崎勝義さんが「ダム建設の妨げになると思った建設省河川局OBの横やりがあった」と語っているように(東京新聞11月6日付『ダム建設より安価な堤防強化・旧建設省元次長・石崎さん・決壊防ぐ工法、再開を』より)、ダム建設への批判が高まっていた当時、旧建設省の焦りが本来行なうべき治水対策を歪めてしまったのだと想像できる。

 同様に前出・嶋津さんもダムとの関係を推察する。

「旧建設省は2000年に『河川堤防設計指針』を発行しました。この指針により耐越水堤防の普及を図るとしていたわけです。ところが2001年12月から始まった熊本県の川辺川ダム住民討論会で、耐越水堤防を整備すればダムが不要になると指摘されたことで、耐越水堤防の存在がダム推進の妨げになると考えたのでしょう。2002年には河川堤防設計指針を廃止し、耐越水堤防の普及を中止してしまいました」

 結果、ダムとスーパー堤防の2本立てで治水対策を進めてゆくことになった。が、その是非はあえて語るべくもない。台風19号の被害が教えてくれている。

「ダムとスーパー堤防の予算を耐越水堤防に回していれば……そう思うと残念でなりません」(嶋津氏)

 耐越水堤防にはさまざまな工法があり、代表的なのが裏法(市街地側の法面)を遮水シートと連接ブロック等で保護し、越水による洗掘を防ぐアーマーレビー堤防(鎧型堤防)である。洪水は越水した際に河川の反対側、すなわち市街地側の法面が洗掘され、浸透した水と相まって破堤に至るケースが多いとされる。これに対し裏法面を強化することによって、越流しても破堤の危険性は大幅に回避されるという。全国の9河川で施工事例のある工法なのだが、現在はお蔵入り状態となっている。

 このほか鋼矢板で補強する工法、ソイルセメントを堤防中心部に設置して強化する工法も効果的といわれるが、現在の国交省は否定的だ。前出・嶋津さんは言う。

「堤防は土で造る土堤が基本なのだそうです。特に鋼矢板やソイルセメントを用いた工法は異物が入るという理由で採用を拒んでいます。ただし、かつて旧建設省の土木研究所が推奨していた工法(アーマーレビー堤防)なら実績はありますし、安価でもあるため施工に時間もかからない。事業費はスーパー堤防が1mあたり3000~5000万円もかかるのに対し、耐越水堤防は1mあたり50~100万円で整備可能だと言われています。こうした工法による耐越水堤防を整備していれば、140ヵ所の決壊なんて事態にはならなかったはずです」

 耐越水堤防の事業費は当然のことながら工法によって増減がある。前出・旧建設省土木研究所元次長の石崎勝義さんは「1mあたり30~50万円で整備可能」だと指摘。また数時間の越水に耐えればよいという簡易的な堤防強化なら「1mあたり約6万円で済む工法もある」(大熊孝・新潟大学名誉教授/パワーブレンダー工法)という。

 ではなぜ、財政負担が少なく、かつ治水対策としてより有効な耐越水堤防を普及させないのか。

「ダム事業は本体工事だけでなく、様々な関連工事が付いてきます。たとえば八ッ場ダムは本来工事だけならおよそ620億円ですが、設計や測量、水源地対策、環境調査、代替の道路工事など関連工事を含めた総事業費は6500億円です。つまりダムは業界に喜ばれる事業だということ。であれば当然、官僚の天下り先も増える。耐越水堤防が必要なことは分かっていても、やろうとしないのはそういうことなんでしょう」(嶋津氏)

 要するにこれまで行なってきたダム優先の治水対策は土木業界や官僚の都合によって進められてきたということだ。しかしながら台風19号による被害で堤防の脆弱性が明るみになり、ダムがあっても堤防が決壊しては意味がないことを国民は知ったはず。治水対策の大転換が必須であることは自明といえる。

 後編でも引き続き台風19号について触れる。ネット上では「八ッ場ダムが利根川の氾濫を防ぐのに役立った」と話題になったが、本当にそうなのか。台風当日は試験湛水中だったが、本格運用されていたらどうなっていたのかを検証するとともに、その他の治水対策についても考えたい。




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