編集部2020年1月10日

ダムか遊水地か? エビデンスをもとに有効性を比較検証/レポート・暴れ川にどう備える? 後編

環境レポート

台風19号が関東甲信から東北地方に大きな爪痕を残した直後、ネット上には八ッ場ダムを称賛する声が相次いだ。しかし、たまたま試験湛水中で空に近かったことが幸いしたとの指摘がある。仮に本格運用されていれば同ダムは緊急放流を余儀なくされ、下流部は急激な増水に見舞われたかもしれないのだ。八ッ場ダムよりも役に立った治水設備がある。遊水地こそ中下流部を守った立役者といえそうである。

八ッ場ダムは救世主たり得るのか

浦壮一郎◎レポート


 台風19号が関東甲信から東北地方に大きな爪痕を残した直後、ネット上には八ッ場ダムを称賛する声が相次いだ。しかし、たまたま試験湛水中で空に近かったことが幸いしたとの指摘がある。仮に本格運用されていれば同ダムは緊急放流を余儀なくされ、下流部は急激な増水に見舞われたかもしれないのだ。八ッ場ダムよりも役に立った治水設備がある。遊水地こそ中下流部を守った立役者といえそうである。

※この記事は『つり人』2020年2月号に掲載されたものを再編集しています



幸運に恵まれた八ッ場ダム、過度の期待は禁物



 10月12~13日、関東甲信から東北にかけて広い範囲で甚大な被害をもたらした台風19号は、全国71河川で140ヵ所の堤防決壊をもたらした。これまで進めてきたダム優先の治水対策、その問題点を露呈した形といえる。

 ダム建設に異論を唱えてきた市民グループらはこれまでも、耐越水堤防の普及が先決だと主張してきた。ところが国の政策は莫大な予算を要するダムおよびスーパー堤防に固執し、低予算で効率のよい耐越水堤防に関心を示すことはなかった。仮にダム予算のいくらかでも耐越水堤防に回していれば、これほど被害は拡大しなかったと専門家らも指摘している。

 一方で、試験湛水中だった八ッ場ダムも注目を集めることになった。ネット上で「八ッ場ダムが利根川の氾濫を防ぐのに役だった」「大惨事を防いだのは八ツ場ダムの洪水調節効果があったからだ」などと話題になったほか、10月6日の参議院予算委員会でも、赤羽一嘉国土交通大臣が氾濫を防ぐのに役立ったとの認識を示した。しかし本当にそうなのか。

 台風が縦断した当日、八ッ場ダムは本格運用を前に10月1日から試験湛水を開始した直後だった。このためダムは〝たまたま〟空に近い状態であり、実力以上の水を貯め込む結果となった。そんな単なる幸運で評価することができようはずもない。では本来の実力はどの程度なのか。

「利根川中流部の水位は確かにかなり上昇していましたが、決壊寸前というほどの危機的な状況ではありませんでした」

 こう指摘するのは水源問題全国連絡会(以下・水源連)共同代表の嶋津暉之さんだ。

「加須市に近い利根川中流部・栗橋地点(久喜市)の水位変化を見ると、最高水位は9・67mまで上昇し、計画高水位の9・9mに近づきました。ただし堤防高は計画高水位よりも2m高いため、まだ充分な余裕があったといえます」

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水源問題全国連絡会・共同代表の嶋津暉之さん。国土交通省のデータを用いて計算した結果、本洪水で八ッ場ダムの水位低減効果は17cm(栗橋地点)だったという。しかも堤防高にはまだ2mの余裕があったことから、氾濫するしないには無関係と指摘。それよりも「今後の緊急放流が心配」だと言う

 ここで言う『計画高水位』とは堤防の安全が保てなくなるとされる水位を指し、避難など氾濫発生に対する警戒を求める段階の水位を『氾濫危険水位』と呼ぶ。利根川の栗橋地点における計画高水位は9・9mとされるが、氾濫危険水位はそれよりも1m低い8・9mに設定されている。対して、実際の堤防高は左岸が11・45m、右岸が12・17mあることから、越流するまでには2mほどの余裕があったことになる。

 では八ッ場ダムはどの程度、水位を下げることができたのか。同ダムが2m以上の水位低減効果を発揮したのであれば、氾濫を防いだといえるのかもしれない。しかし実際は、ネットで騒がれるほどの高い治水効果を発揮したとはいえないようだ。

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水位低減効果、八ッ場ダム17㎝、河床掘削70㎝



 前出、嶋津さんは次のように話す。

「八ツ場ダムの治水効果については2011年に国交省が行なった詳細な計算結果があります。それによれば、栗橋地点での洪水最大流量の削減率は3%程度。台風19号の洪水はこの程度の規模だったと考えられます。実際はどうだったのか。今回の最高水位9・67mから最大流量を推測すると約11万700㎥/秒。八ツ場ダムの最大流量削減率が3%であるなら、同ダムの効果がなければ最大流量は12万060㎥/秒になっていた。この流量に対応する水位を水位流量関係式から求めると9・84mです。台風19号の最高水位は9・67mですから、八ッ場ダムの水位低減効果は17㎝、さほど大きな数字ではありません。実際の堤防高は12m前後あり(越流するまで)約2mの余裕があったことを考えると、本洪水で八ツ場ダムがなかったとしても、利根川中流部が氾濫する状況には至らなかったと言えます」

 栗橋地点で17㎝水位を下げただけの八ッ場ダムだが、実はもっと注目すべき案件があると嶋津さんは言う。河床の上昇に伴う流下能力低下のほうが問題だというのだ。

「本来実施すべき河床掘削作業が充分に行なわれず、利根川中流部の河床が上昇してきています。利根川上流から流れ込んでくる土砂によって中流部の河床が上昇して、流下能力が低下しているんです。河川整備計画に沿った河床面が維持されていれば(河床掘削を行なっていれば)、今回の洪水ピーク水位は70㎝程度下がっていたと推測されます」

 全国的に見ると河川の河床高は低下する傾向にある。貯水ダムや砂防ダムが流下する礫を止めてしまうため、礫が供給されないダム下流部は河床高が低下するわけだ。それらの礫が運ばれるということは、下流のどこかに堆積することを意味する。上流部の礫が土砂供給不足により掘削されて運ばれる先、それは河川の傾斜が緩くなる平野部である。利根川でいえば群馬県から埼玉県に入った辺りだと考えられ、嶋津さんが言う河床上昇も頷ける。

 河床が上昇すると流下能力が低下する。利根川はそれが顕著であり、掘削を行なっていれば台風19号の出水時でも水位は70㎝下がっていたというのだ。ゆえに河床掘削は八ッ場ダムの17㎝よりもはるかに有益だというわけだ。



本格運用後は緊急放流を伴う事態に



 台風19号が縦断した当日、八ッ場ダムが試験湛水開始直後だったことも忘れてはならない。仮に完成が遅れることなく本格運用されていたらどうなっていたのか。その検証が来年以降とても重要になるだろう。

 八ツ場ダムの貯水地容量の内訳は計画堆砂容量1750万㎥、利水容量2500万㎥(洪水期)、洪水調節容量6500万㎥(洪水期)で、総貯水容量は10750万㎥となる。ダム放流水の取水口は計画堆砂容量の上にあることから、実際に運用で使える有効貯水容量は9000万㎥となる。

 関東地方整備局の発表によれば本洪水で八ツ場ダムが貯留した水量は7500万㎥とされ、洪水調節容量6500万㎥を1000万㎥上回っていた。理由はいうまでもなく試験湛水開始直後だったからだ。たまたま空に近い状態だったことから、実力以上の能力を発揮したことになる(それでも下流部の水位を17㎝下げたのみ)。では、本格運用されていたらどうなっていたのだろうか。嶋津さんは言う。

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八ッ場ダムの洪水調節容量は洪水期で6500万㎥。台風19号ではたまたま試験湛水中だったこともあり、実力以上の7500万㎥を貯留した。つまり本格運用されていた場合、緊急放流を余儀なくされたことは確実となる

「洪水調節容量の6500万㎥を超えているわけですから、本格運用されていればダムは満杯になり、緊急放流する事態に陥っていたと言えます」

 ダムの緊急放流による被害は2018年7月の西日本豪雨が記憶に新しい。愛媛県・肱川の野村ダムと鹿野川ダムで緊急放流が実施され、西予市と大洲市で大氾濫が発生、被害を拡大させた。この経験も影響しているものと思われるが、台風19号に関する報道も盛んに緊急放流の可能性について警告をしていた。メディアもようやくダムの恐ろしさに気づき始めているのだろう。

 そして気になるのが来年以降の運用である。今回と同じ規模の降雨に見舞われた場合、八ッ場ダムは限界に達して緊急放流する事態が明白となったのだ。心配はほかにもある。

 先ほど八ッ場ダムの洪水調節容量を6500万㎥とお伝えしたが、それはあくまで洪水期の話。国土交通省は同ダムの運用に際し7月1日~10月5日を洪水期、10月6日~6月30日を非洪水期と定めており、洪水期には治水、非洪水期には利水を主な目的として運用することとしている。

 数値で見てみると、有効貯水容量9000万㎥に対し、洪水期は利水容量が2500万㎥、洪水調節容量が6500万㎥であるのに対し、10月6日以降の非洪水期は利水容量として9000万㎥を確保することになっている。

 有効貯水容量9000万㎥に対し利水容量9000万㎥、つまりすべてを利水に回してしまうのだ。

 台風縦断時の10月12日は本来であれば非洪水期である。本洪水では7500万㎥を貯めた八ッ場ダムだが、本格運用されていたなら洪水期の6500万㎥を割り込み、貯留できる容量はさらに少なくなっていたに違いない。

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10月6日以降、八ッ場ダムは非洪水期の運用を始める。その際、洪水調節容量は洪水期の6500万㎥を割り込み、貯留できる容量はさらに少なくなる。まとまった降雨が続いた場合、最悪のシナリオとして洪水調節容量がゼロになる可能性も否定できない。たまたま試験湛水中だった幸運をよそに称賛する人たちは、こうした運用方法を知らないのだろう

 このように考えてゆくと来年以降が心配だ。仮に9月下旬から10月初旬にまとまった降雨でもあった場合、マニュアル通りの運用ならダムはその水位を維持しようとするだろう。そこに再び台風でも上陸しようものなら、洪水調節容量がゼロという最悪のシナリオも想定できる。その際、八ッ場ダムは緊急放流を余儀なくされる危険なダムに様変わりするのだ。来年以降、八ッ場ダムの動向に注目するとともに、緊急放流への警戒が必須といえそうである。

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八ッ場ダム直下の吾妻峡。濁り水が痛々しい状況となっていた。今後、八ッ場ダムには上流から流下する堆積物が貯まってゆくことになるが、それらが攪拌されるとダム湖は濁りが長期化する。吾妻川合流より下流の利根川本流は環境悪化が懸念される



遠く離れた上流ダム群よりも近くの遊水地が有効



「ダムの洪水調節効果は下流に行くほど小さくなります。ほかの支流から洪水が流入して、その水が河道で貯留されることによって、ダムの洪水ピーク削減効果は減衰してしまうんです」

 嶋津さんはこのように話す。前例として記憶に新しいのは2015年9月の鬼怒川水害だという。

「鬼怒川水害では上流の4ダム(五十里ダム、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダム)でそれぞれルール通りの洪水調節が行なわれました。ダムに近い地点での洪水ピーク削減量は2000㎥/秒ありましたが、下流の水海道地点(茨城県常総市)ではわずか200㎥/秒、1/10にまで減衰しました。結果、鬼怒川が氾濫して甚大な被害をもたらしたわけです。中下流部の安全を守るという意味においてダムを過大評価するのは危険だといえます」

 そこで重要になってくるのが、耐越水堤防(スーパー堤防ではない)などの堤防強化案(前号参照)、そして遊水地の存在である。

 実のところ、台風19号でもダムより遊水地のほうがはるかに洪水調節効果は高かった。利根川においていえば栃木、群馬、茨城、埼玉の4県にまたがる渡良瀬遊水地は約33㎢と広大な面積に洪水を引き込み、約1億6000万㎥の水を貯め込んだ。同じ利根川水系にはこのほか3つの調整地があり、これらも遊水地として機能することで9000万㎥の水を貯めた。渡良瀬遊水地とあわせて計2億5000万㎥を貯留したことになる。

 遊水地は平野部に整備されるその性格上、ダムのように保全対象から遠く離れた治水設備ではない。よって洪水調節能力が減衰することなく、効率的に洪水を抑制したといえる。



鶴見川下流域を水害から守った多目的遊水地



 前号でお伝えしたように、関東地方でも各地で堤防が決壊した。埼玉県では荒川水系の越辺川と都幾川、栃木県では永野川や秋山川など13河川、茨城県では那珂川、久慈川など4河川で堤防の決壊が確認され、東京都は多摩川左岸の溢水(堤防未整備による氾濫)が被害をもたらした。そうしたなか、洪水被害をまぬがれた河川がある。

 東京都町田市を水源として神奈川県横浜市鶴見区で東京湾に注ぐ鶴見川である。全長42・5㎞、流域面積235㎢と決して大きな河川ではないが、流域内人口密度は全国109水系の一級河川で第1位の8000人/㎢とされ、流域の8割以上で市街地化が進む都市河川である。上流部にいたるまで市街地化が進む上、地形的にもダムなどの治水設備に適さないことから流域に巨大ダムはない。それでも台風19号による浸水被害をまぬがれたのだ。

 では、もともと水害の少ない穏やかな川なのかといえば、そうではない。昭和の高度経済成長期には下流部でたびたび氾濫を繰り返し、暴れ川として知られるほどだったという。

 都市河川の弱点は宅地化による保水力の低下があると指摘される。かつて農地だった場所などが宅地化されるとアスファルト等によって雨は浸透しにくくなる。結果、より多くの雨水が川へと流れ込む。鶴見川はその典型だった。狩野川台風(1958年)では2万戸が床上浸水するなど、たびたび水害に悩まされ続けてきたのだ。そんな暴れ川の鶴見川だが、台風19号では浸水被害が発生しなかった。なぜなのか。

 最大の要因に遊水地の存在がある。特に2003年から運用が始まった鶴見川多目的遊水地(横浜市港北区)の役割が際立ったようだ。そんなものいったいどこに?と思うかもしれないが、日産スタジアムや新横浜公園がある場所、といえば分かる人も多いはず。通常時は周辺住民の憩いの場になっているその場所が、洪水時は遊水地として機能するのである。

 最大貯水容量は394万㎥。台風19号が縦断した際、同遊水地史上3番目に多い94万㎥を貯留したという。国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所によると、同遊水地がなかった場合、鶴見川の水位は「約30㎝上昇していた」と推測する。

 もちろん多目的遊水地のみが仕事をしたわけではない。鶴見川は『総合治水対策』の先駆け的存在でもあり、多目的遊水地だけでなく河床の掘削や堤防の整備、緑地の保全、さらに小規模ながらも多数の遊水地が各地に整備されている。流域全体を見据えた総合治水の考え方が洪水を未然に防いだといえそうだ。

 他方、上流にダム計画を抱えている河川ではこれまで、堤防の整備すらままならない状況が続いていた。不思議なことに、ダムが完成するまでのあいだ他の治水対策の進捗は鈍化してしまうからだ。国が湯西川ダム建設に没頭している間、茨城県内の堤防整備が遅々として進まなかった鬼怒川がその典型といえるが、鶴見川とは実に対照的である。

 繰り返しになるが、鶴見川は流域人口密度1位の都市河川。市街地化が著しい河川は治水対策を行なううえで様々なハードルがあるわけだが、その鶴見川が実現できた遊水地など総合治水の理念、それを地方の河川が実現できないはずはない。近年注目され始めている田んぼダム(緊急時のみ水田を遊水地に活用)も可能なはずである。

 台風19号の教訓が、そうした様々な治水対策を複合的に活用する方向へ舵を切るきっかけになれば……。そう願わずにいられない。


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