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編集部2021年7月6日

浦壮一郎の環境レポート/ニホンウナギが絶滅危惧種!?

環境レポート

日本人にとって、大切な水産資源のひとつであるウナギ。 それが絶滅危惧種に指定されたというニュースは、大きな衝撃であった。

本来汽水域だった霞ヶ浦および北浦を淡水化させるため、利根川との合流点に設けられたのが常陸川水門(通称・逆水門)。1973 年に完全閉鎖されて以降、ニホンウナギは激減した。その隣には利根川河口堰があり、それもまたウナギ激減の原因を作り出している

“うな重”存続のカギを握るは利根川ダム

浦壮一郎 写真と文



日本人にとって、大切な水産資源のひとつであるウナギ。
それが絶滅危惧種に指定されたというニュースは、大きな衝撃であった。
“うな重” が、庶民の口に入らなくなってしまうのか?
そもそもこのような事態を招いた原因は、いったい何なのか?
驚くべきことに、ウナギ減少は利根川水系のダム増加と密接な関係があった――。


※この記事は『つり人』2013年6月号に掲載されたものを再編集しています

謎多いウナギが絶滅危惧種に


 環境省は2013年2月1日、絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト(以下・レッドリスト)にニホンウナギを追加した。漁獲高が減少し続けているのがその理由で絶滅危惧種ⅠB類(近い将来絶滅する危険性が高い種)に指定。ⅠB類にはほかにイトウやアカメが含まれる。

 ニホンウナギについては以前から激減が指摘されていた。レッドリストはおおむね5年ごとに見直されるが、河川にソ上する個体が産卵に寄与しているかなど、生態に関して不明な部分が多いとしてこれまで指定には至らなかったという。

 今回指定された理由としては、産卵場であるマリアナ諸島沖で捕獲されたニホンウナギ13個体すべてにおいて、河川に生息していた証拠となる汽水履歴が確認され、河川にソ上する個体が産卵に大きく寄与していることが確認されたからだという。

 判断基準を精査する過程で河川のソ上が重要視されることはつまり、環境省そしてレッドリストを選定する学識経験者らが、河川の荒廃がいかに深刻であるかを認識している証ともいえる。

 一方で、レッドリストにはなんら法的拘束力はなく、開発に歯止めをかけられない無力さも同時に痛感することになる。このためレッドリストになんの意味があるのか、そんな議論もあるわけだが、日本の環境がいかなる状態にあるのか、ひとまずその指標になることは間違いないだろう。

 ニホンウナギ(成魚)の漁獲高は、1961年の3387トンをピークに減少し続けている。2010年には286トンと約12分の1にまで激減している。その原因について専門家らは、河川環境の悪化のほかに乱獲と気候変動を挙げている。むしろ後者ふたつを主因だとする説がいまだ主流のようなのだが、今年1月、興味深い報告があった。それは、利根川水系におけるウナギの漁獲高がダムの累積数と相関関係にあるというもの。ダムが1基完成するたびにウナギが減少するという驚愕の内容だった。

100-103_unagiかば焼きが食べられなくなる……。そんな事態を防ぐ手立ては、脱ダムだった。つまりは、私たち人間しだいなのである

大切な魚を減らしているのは誰だ!?


 1月19日、都内でとあるシンポジウムが開催されていた。利根川流域市民委員会、ラムサール・ネットワーク日本、水源開発問題全国連絡会の3団体による主催の利根川シンポジウム『ウナギが問う!生物多様性から考える利根川水系河川整備計画』である。

 報告内容としては河川整備計画の策定をめぐる経過と問題点をはじめとして、利根川水系全体をラムサール条約湿地に登録するための課題と可能性、さらに下流部における常ひ たち陸川水門開放の可能性と手法および効果など、いずれも利根川の現状と今後を知るうえで重要な内容だったといえる。

100-103__58A15751月19 日、利根川シンポジウム『ウナギが問う!生物多様性から考える利根川水系河川整備計画』が都内で開催され、注目を集めた。特に利根川のダム建設が全国のウナギ漁獲量激減の原因との報告は、参加者にとって衝撃的な内容だったといえる

 そのなかでも特に興味深く感じたのが、先に述べたウナギの漁獲高とダムとの相関である。発表者は霞ヶ浦漁業研究会の浜田篤信さん。同氏は元茨城県内水面水産試験場長でもあり、魚類の専門家でもある。

 まずは利根川および霞ヶ浦におけるウナギの漁獲高だが、浜田さんによれば「漁獲高の増減は河川工事と大きく関係している」と言う。それは過去のデータを見ても明らかとなる。

 霞ヶ浦のウナギ漁獲高は明治末期の1910年前後からデータがあり、当初は漁獲高が増加していることが分かる。その理由として浜田さんは利根川高水工事を挙げている。1900年ごろから工事が始まり、竣工するのが1910年。塩分濃度が上昇したことによりウナギがソ上しやすくなり、漁獲高が増加したものと推測。

 その後1940年に利根川増幅工事、1955年に常陸利根川改修工事により塩分濃度がさらに上昇。ウナギのソ上を助長し、漁獲量は1961年に464トンのピークに達するが、1963年に常陸川水門が完成すると減少が始まる。特に常陸川水門の完全操作( 完全閉鎖) が開始される1975年以降の減少は顕著で、この年から激減が始まったといっていい。

 利根川も同様の経過をたどる。霞ヶ浦と同じく常陸利根川改修工事が完了することでいったんは漁獲高が上昇し(塩分濃度が上昇したため)、1967年には698トンとピークに達する。以後、利根川河口堰竣工もあいまって年率7・5%の割合で減少し続けることになる。

 こうした現状を踏まえ浜田さんは「霞ヶ浦を含む利根川水系のウナギ漁獲高は、完全に河川工事と関係している」と話す。ほかの理由が考えられないほどに漁獲高データと工事の歴史が一致しているからだ。

 そして注目すべきはウナギ漁獲高とダム累計数(ダムの数)である。利根川におけるウナギの減少とダムの累計数には負の相関があるということ。ダムが建設されるたびにウナギは減少し続けてきたというのだ。

100-103__P4F97931967年に竣工(完成)した矢木沢ダム。利根川最上流部に位置する。関東地方では最大級のダムといえる

 利根川においてダム建設が始まるのは1956年からとなるが、当初はまだウナギ漁獲量に大きな変化は見られなかった。ダム累計数が36基目までは年間2000~3000トンの高水準を維持していたが、37基目の利根川河口堰が竣工すると(1970年)、その後は64基目を数えるまで(1970年から2004年)、ウナギ漁獲量は減少し続けてきたのである。2004年までの漁獲量減少率はダム1基に対し5・3%。ダム累計数と見事に一致する減少傾向は不気味ですらある(次ページ図1の○印参照)。

「特にウナギが少なくなってからのダム1基の重み、これは相当なものです。絶滅につながりかねない」

 今後利根川水系にさらなるダムが完成することになれば、利根川のウナギは絶滅する可能性が飛躍的に高まるというわけである。

 ちなみに2005年以降、両者の関係に変化が見られるようになっている。1970~2004年に見られた相関関係から外れ、漁獲量はより一層激減しているのだ(図1の+印参照)。

 この件に対し浜田さんは「2005年以降はダム以外の要因が漁獲量減少にかかわるようになった可能性もある」と言うが、あるいは2005年の時点ではすでに、致命的な状態に陥っていたと見ることもできるのではないか。たび重なるダム開発によってとどめを刺されていたのかもしれない。

 2005年といえば神流川本谷上流に上野ダムが竣工し、さらに昨年は鬼怒川支流にも湯西川ダムが竣工している。そして今後は問題の八ッ場ダム(吾妻川)が控えている。もはやウナギの絶滅は確実と見るべきなのかもしれない。

100-103__P4F9796群馬県みなかみ町に位置する藤原ダム。利根川本流に建設された大規模ダムとしては歴史が古く(1959年竣工)、支流の玉原ダムを上池として揚水発電を行なっている。主に原発の夜間電力など、余った電力により上池(玉原ダム)にポンプアップし、下池(藤原ダム)に戻す際に落差を利用して発電するのが揚水発電。よって原発との結びつきが強いダムということができる

利根川の状況が日本のウナギの未来を左右


 全国のウナギはどうか。データによれば、こちらもまた河川開発との関係を無視できない。
「全国のウナギ漁獲量も1970年くらいから一定比率で下がっています。特に注目すべきは『水資源開発水系』に指定されるところから下がり始めることです」

 水資源開発水系とは、国土交通省(旧建設省)が水資源開発基本計画に基づき指定した水系のことで、利根川以外では荒川、豊川、木曽川、淀川、吉野川、筑後川がある。これらが同水系に指定されて以降、つまり水資源開発事業が始まってからウナギの漁獲量が減少し始めるというわけ。ここでもまた河川開発が主因だということになる。

100-103__MG_3610改めて利根川流域をたどってみると、まさにダムだらけの河川であることが分かる。そして誰もが、ウナギが激減するのも無理はないと実感させられるはず

 さらに、利根川水系のウナギ漁獲量と全国の漁獲量、ここにも相関があると浜田さんは指摘する。

「全国の漁獲量は利根川の漁獲量に比例することが分かりました。しかも時代が進むほど、ウナギが少なくなってくるほどに減少勾配がきつくなる。これはつまりウナギが少なくなればなるほど、全国のウナギは利根川に依存しているということじゃないでしょうか」

 解釈に齟齬が生じる可能性もあるため補完するが、全国のウナギが減少したから利根川のウナギを捕獲して流通させるという意味ではない。浜田さんの説明は、利根川の漁獲量が減少すると、全国の漁獲量も同じように減少してしまうことを意味している。

 たとえば、常陸川の改修工事が終了して塩分濃度が上昇すると、利根川および霞ヶ浦の漁獲量が増えたことは述べた。この時、全国の漁獲量も同じように増加していたのだ。

 ところが常陸川水門が完成し利根川水系のウナギが減少すると、全国の漁獲量も6年後に減少。次に1975年に水門が完全閉鎖され利根川水系のウナギが激減すると、全国のウナギもおよそ5年後には急勾配で下がり始めたという。加えて霞ヶ浦の水資源管理が完全に始まると、その5年後にさらに減少。利根川および霞ヶ浦でなんらかの開発が行なわれると、利根川水系の漁獲量はその直後に、全国の漁獲量は5~6年後に減少するというのだ(図2参照)。

 この結果には浜田さん本人も驚いている。
「利根川水系のウナギが全国のウナギ資源に寄与している。そう考えるほかありません。あるいは世界中のニホンウナギの資源を利根川が支配しているということ。本当にそんなことがあり得るんでしょうか。もし利根川のウナギが全国に影響するとなれば、原因は産卵しか考えられません」

 ニホンウナギの産卵場はマリアナ諸島沖のマリアナ海嶺付近だといわれる。ふ化後の仔魚は北赤道海流に乗って西へ向かったのち、黒潮により日本近海へと運ばれてシラスウナギになるわけだが、問題は親魚が産卵場に向かうまでのルート。これまでの仮説では3つのルートが考えられてきた。

 ひとつは伊豆~小笠原ルートで、黒潮から分流する小笠原海流に乗って南下するというもの。次に最短ルートとして、利根川に限らず各地域から直接産卵場所へ向かう説。3つ目が黒潮ソ上ルートとなるが、これはシラスウナギが沿岸に到達する際にたどった黒潮を親魚がさかのぼるというものだ。

 これら3ルートのなかで、浜田さんが有望視するのは小笠原ルートである。
「今までの話(利根川と全国の相関)を考えると、親魚は小笠原ルートで南下するのだろうと思います。ウナギの産地は利根川以外にも筑後川や宍道湖、瀬戸内海などがある。でもこれらのウナギが産卵場所まで行くのは(いずれのルートでも)実に大変です。でも(小笠原ルートをたどるなら)圧倒的に利根川水系のウナギが産卵には有利になるんです」

 たとえば最短ルートや黒潮ソ上ルートで産卵場を目指すなら、全国の漁獲量が利根川のそれに左右されるはずもない。利根川の漁獲量が激減したとしても、ほかの河川(河口)からマリアナ諸島沖を目指せばよいからだ。しかし産卵場までのルートが小笠原海流であるなら、おのずと利根川の親魚、その重要性が増す。利根川河口からなら小笠原海流に乗りやすく、産卵に有利。つまり利根川のウナギが高確率で産卵場にたどり着くことで、全国の漁獲高を支えてきたといえるわけだ。

 一方で、ウナギのなかには一生を海で生活する個体もいることから、産卵に寄与しているのは海のウナギではないか、とする説もある。ただしこれも利根川と全国との相関が報告された今、可能性は低いと思われる。やはり利根川のウナギが全国の漁獲量、そのカギを握っていると考えるのが妥当だろう。

なぜ、生きものの声を無視し続けるのか……


 ウナギだけではない。利根川水系ではシジミ、アユ、マハゼも同じ傾向で激減しており、原因は河川湖沼の開発以外に考えられない。浜田さんは続ける。

「シジミの漁獲量も激減しており、ウナギの減衰曲線とほぼ一致します。となれば減少原因も同じだということ。河川工事しか考えられません。そこで事業(河川工事・ダム含む)の累積投資額を比較した場合、利根川のウナギ、全国のウナギ、全国のシジミは同じ傾向で被害を受けていることが分かりました。原因は河川湖沼の開発にあるわけです。アユやマハゼも同様です」

 ダムや河川改修によって利根川の魚類は激減の道をたどってきた。これはもう疑う余地はないだろう。ここには登場していないが、利根川水系といえば戻りヤマメと呼ばれる遡河性のヤマメ、さらにサクラマスの存在も気になるところ。ご存じのようにサクラマスも全国的に減少の一途をたどっており、ダム建設との関係は深いはず。たとえば近年のサクラマス漁獲量は、明治期と比較して100分の1以下にまで減少したとの指摘もあるほどだ。

 ところがサクラマスやウナギに限らず、なんらかの魚類が減少した際、原因として真っ先に挙げられるのはなぜか乱獲である。ウナギを例にとり浜田さんは次のように話す。

「これまでウナギの減少原因として指摘されてきたのは、まず乱獲です。次に温暖化などの気象変動など。でもそうではない。主因は河川開発事業にある。それを認識すべきです。ウナギの減少原因は特にダムによる産卵回遊阻害。産卵に行けないわけです。ここが一番大きい。2つ目は河口堰など水門による生活圏の分断。3番目がシラスの生残率が低下していること。湖岸や川岸の自然が消失し、棲むところがなくてほかの魚に捕食されることもあるはずです」

 浜田篤信さんの報告により、利根川水系そして全国のウナギ激減の原因がダム建設にあること、河川工事にあることが分かってきた。であるにもかかわらず、ご存じのように今現在利根川水系では新たなダム建設、八ッ場ダム建設が進行中だ。まだ本体着工には至っていないが、このダムが完成すると、もはやウナギの絶滅は避けられないのではないか。

 このまま日本の重要な食文化のひとつであるウナギが日本人の食卓から消滅した場合、その責任は誰にあるのか。無論、国土交通省にほかならない。

 浜田さんは最後に国交省が進める河川整備計画に対しても注文をつけている。
「生物多様性の劣化が想像以上に深刻だということを認識すべきです。認識が甘すぎる。そして当然のことながら影響評価をきちんとやらなければならない。一応は開発を行なう時の法律としてアセス法(環境影響評価法)がありますが、まるでザル法です。また、それ以上に事後調査が重要になる。でも開発後にどうなったかという評価をしない。(事前事後の)評価をきちんと法律で義務づけ、評価したうえで実施すべきかどうかを議論しなければならない。このようなことは本来、河川整備計画を策定する際に議論されるのが当然だと思います」

100-103__V7X3278利根川支流の神流川本谷に2005 年竣工した上野ダム。信濃川水系の南相木川(南相木ダム)を上池、上野ダムを下池として揚水発電を行う高さ120m の巨大ダム。揚水発電とは、発電調節が不得手な原発の余剰電力(夜間電力)を利用して上池へとポンプアップし、電力需要の増加する昼間に下池に水を落として発電するもの。つまり原発の稼働を前提として計画されたダムなのだが、原発の停止により稼働率は低下したまま。ちなみにポンプアップには揚水発電で得られる出力の3 割増しの電力が必要になるとか。ムダに電力を浪費するダムになり果てた

 もっともなご指摘である。他方、事前事後にかかわらず影響評価の実態を知らない人たちから見ると「そんなこともやっていないのか!」と驚かれるかもしれない。いや、今や官僚腐敗が世間一般の常識になっているとするなら、「やはりその程度か」との感想を持たれるだろうか。そう、まさにその程度なのである。

 国交省に対しては外部からさまざまな指摘があるも、聞く耳を持たずいまだ変革の兆しは見られない。となれば今後の課題は国交省内に自浄力があるかどうか、だろう。実直な官僚が省内にいることを願いたいものだが、はたして……。

2016/8/5

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