肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。
『釣りキチ三平 第1巻』(矢口高雄/講談社)
『鮎友釣りの歴史』(吉原孝利 鈴木康友 著/つり人社)
つり人社別冊・ムック編集部/佐藤一裕
肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。◎今回の紹介者
つり人社別冊・ムック編集部/佐藤一裕
1969年生まれ。東京都出身。バブルが弾けたちょっとあとに月刊つり人編集部に潜り込んでウン十年。淡水海水いろいろな別冊類を手がけつつ、渓流・アユ・美味な沖釣りターゲットで楽しむ一杯が最高です
釣り漫画の金字塔はここから&ルーツに迫る知的冒険の書
昭和48(1973)年連載開始から同58(1983)年までの10年間、僕と同じように全国の釣り少年を夢中にさせた三平君の物語は友釣りから。ウチの会社で矢口先生に初めてお会いした時にいただいたサインは宝物なのです
窓辺の本棚の上に置かれた、あの本が手招きしたのだと思う。
ピヨ~ン、ピヨ~ン、と児童館のトランポリンで宙に舞いながら視線をさまよわせていた僕の目を、突如「釣り」と記された見たこともない絵柄の表紙が射抜いた。
あわてて飛び降りて歩み寄ってみると、初夏の淡い光の中に、釣りザオを手にして微笑む少年の姿があった。
小学2年生。僕が初めて三平三平君に出会った瞬間です。
一発で魅了された当時の僕は、気づけば、週末のフナ・ヤマベ釣りで、たとえどんなに小さな魚が掛かったとしても「ウッヒョ~!」と口にするわ、三平君がタライ舟で青鮒を仕留めたと知るや我が家のタライでチャレンジして全身ズブぬれになるわ、友達と毛バリ山人ごっこして何とか石化けの秘術をマスターできないものかと本気で考えたりしたもんだった。
友釣りはもちろん、イシダイ釣りしかり、キングサーモンやムツ掛けしかり、スマホもYouTubeもなかった昭和のあの頃、三平君の一挙手一投足から洋の東西を問わず知られざる釣りのアウトラインを覚えたものです
名作傑作数あれど第1巻「水のプリンセス」は、その後この作品が釣り漫画のマスターピースになることを予感的に決定付けた金字塔といえるでしょう。 何といっても「アユの友釣り」が第1巻ですよ!
道具立ても実釣ノウハウも複雑かつ、ターゲットだって少年誌の読者からすれば地味系マチガイナシと思われるこの釣りを初回連載テーマとして選び出し、極端な誇張なしに鮮やかな手腕で友釣りの醍醐味を漫画作品に昇華させた矢口先生の意気込みに、釣り雑誌の編集者になった今だからこそ、僕はあらためて最大級の拍手を送りたいと思ってしまいますね。
『釣りキチ三平』ファンならこちらもオススメ。自伝的作品『オーイ‼ やまびこ』『ボクの手塚治虫』はピュアで切なくていとおしい少年時代ならではの数々のエピソードに大笑のち感涙
表紙からしてルーツを探る旅路のはじまりにふさわしいノスタルジックさ全開のこのムード! 期待にそぐわずページを開けば友釣りマンなら思わず頬を緩める記事が目白押しです
ところで『釣りキチ三平』第1巻が本格的釣り漫画のルーツなら、そこで描かれた「友釣りのルーツって、どんなもんだったの?」という素朴な疑問に多彩な角度から迫ったのが『鮎友釣りの歴史』という1冊です。
現在のところ「これが友釣りのルーツ」と呼べる決定的な証拠文献は見つかってはいませんが、本書は資料として確認できる古文書の記述はもとより浮世絵の世界にもアユ釣りの足跡を求め、この魚が古来から日本人にとって価値ある存在であり、いにしえより釣り人を虜にする魅力があったことをひも解いていきます。
安政期(1855~60年)の作とされる歌川広重が描いた江戸名所・多摩川の図。当時この川のアユは献上品として歴代将軍を楽しませたそうな。初夏の風景として描かれていることからも釣り人はおそらくアユねらいだと思われます
そして何といっても、俄然、資料的に豊かな色彩を帯び、現代の友釣りのルーツにつながる記述が顔を出しはじめる明治期からの逸話の数々は、友釣りファンなら思わず身を乗り出したくなる、とっておきのエピソードの宝庫。
昭和9(1934)年当時の友釣り第一人者といわれた佐藤垢石のいでたち。現代ならさしずめスペシャル・リミテッド・ロイヤルエクセルシオな最新装備といったところか? しかし、手拭いのほっかむり以外、実は一平じいさんとほとんど同じ装備なんですねこれが!
たとえば伊豆・狩野川の伝説的職漁師・鈴木久吉が群馬県・利根川の岩本を拠点として明治43(1910)年頃から友釣りを当地に伝えたとされる話のほか、初代狩野川漁協組合長・飯塚利八が大正7(1918)年に長良川を訪れて狩野川釣法で釣りまくりその威力を知らしめたこと……など。
今から100年ほど前に友釣りの世界で東西交流が起こり各地に釣技が伝播され、釣り自体がより洗練されたであろうことが貴重な文献の行間からひしひしと伝わってきます。
こちら昭和40年代の『つり人』。あわせて読めば『釣りキチ三平』「水のプリンセス」は、まさにこの時代の空気感が凝縮されていることが分かります
1度釣ったら、やめられない。釣りのなかでも屈指の中毒性があり、禁断症状指数の上位に君臨する友釣り。アユジャンキーの皆さん、今シーズンの無事開幕を心から祈るとともに、そのルーツに迫る知的冒険に満ちた読書の旅に出てみませんか?
『釣りキチ三平(1)』
フォーマット: Kindle版
出版社: 講談社 (1974/2/18)
『鮎友釣りの歴史』
単行本: 128ページ
出版社: つり人社
発売日: 2014/3/11