ALPS処理水の放出が始まった。トリチウム以外の放射性物質は国が定める基準値以下まで取り除かれており、海洋放出を行なっても問題ないとされているが、釣り人としては魚類への影響も気になるところ
安全性はIAEAも確認。風評被害対策に課題
つり人オンライン=文
2023年8月24日午後、福島第一原子力発電所からALPS処理水の放出が始まった。トリチウム以外の放射性物質は国が定める基準値以下まで取り除かれており、海洋放出を行なっても問題ないとされているが、釣り人としては魚類への影響も気になるところだ。ここでは公開されている資料からその影響を検討してみたい。
常磐ものと呼ばれ全国でも高く評価されるヒラメが釣れるのが福島沖。処理水放出の影響は…?
ALPS処理水とは? 汚染水との違いは?
福島第一原発では、事故の後溶けて固まった核燃料の残骸に水をかけて冷却しているが、その水は放射性物質で汚染される。雨水も同じように汚染される。これが汚染水だ。この汚染水が敷地外に出ないようにしたうえで「多核種除去設備(ALPS)」で浄化したものがALPS処理水で、貯蔵タンクに貯められている。
ALPS処理水は、放射性セシウムやストロンチウムなど危険な元素は非常に低い濃度まで取り除かれているが、水と同化しているトリチウムだけは除去できずほぼそのままの濃度になっている。
トリチウムは日本語では「三重水素」と呼ばれる水素の仲間だ。宇宙からの放射線などに反応して自然界でも生まれているありふれた物質で、身の回りの雨水や海水や水道水にもわずかに含まれている。紙一枚で防げる程度のごく弱い放射線を発するが、普通の生活を送っている限り人体への影響は無いとされている。
かつて世界中で盛んに行なわれていた核実験でも多く発生し、1リットル当たり100ベクレルを超えるトリチウムを含んだ雨が降っていた時代もあるが、人体や生態系に影響が出たという報告は確認されていない。
世界各地の原発でもトリチウムを含む排水が生まれており、濃度を基準値以下に薄めれば海に放出してよいことが国際的にも認められている。たとえばフランスのトリカスタン原発では年間42兆ベクレル、中国の紅沿河原発では年間90兆ベクレルのトリチウムが排出されている(2021年のデータ)。
福島第一原発の事故現場では汚染水がいまでも1日当たり100トン前後発生しており、それを浄化したALPS処理水を貯蔵するタンクの空きもわずかになっている。そこで、トリチウムの濃度を国の安全基準の40分の1未満まで大量の海水で薄めたうえで、海洋放出をすることが決まったのである。放出地点からわずかでも離れれば、トリチウムの濃度も周囲の海水と変わらなくなる。
魚類への影響は?
福島県沖は、暖かいが栄養に乏しい黒潮と、冷たいが栄養が豊富な親潮がぶつかり合うことで豊かな漁場が生まれ、ヒラメ、ノドグロ、メヒカリといった常磐ものと呼ばれる上質な海産物の産地となっている。
全国的にも高い評価を受けているこれらの魚介類に影響があるのかどうか、釣り人ならずとも気になるところだろう。海水で希釈されているとはいえ、ALPS処理水にはトリチウムが入っている。魚たちにとって安全なのだろうか?
これを知るうえで興味深い情報がある。東京電力が行なっていた、ALPS処理水を加えた海水でヒラメやアワビを飼育する実験のデータが発表されているのだ。
TEPCO/処理水ポータルサイトより引用
結果は通常の海水と比べて成長に差はなかったそうだ。また、ヒラメの中のトリチウムの濃度も、その水の濃度以上に高くなることはなく、通常の海水に戻すと速やかに排出されることが確認されている。
これは魚の体の中でトリチウムは蓄積されないことを意味している。消費者や釣り人にとってはひと安心だ。
ALPS処理水放出の安全性についてはIAEAも視察を行ない、「人及び環境に対する放射線影響は無視できる」と結論付けており、グロッシー事務局長も「放出は環境にいかなる害も与えることはないと確信できる」とSNSで発信するなど、第三者による客観的な評価でも安全性が確認されている。
事故直後の対応などから国や東京電力への不信感も根強くあるが、IAEAは今後もALPS処理水と海水中の放射性物質を継続してモニタリングする予定だとしている。つまり国際的な第三者機関が処理水放出の過程と周辺の環境を監視しており、国が国民を欺いて危険性を隠蔽する余地もないと言ってよいだろう。
福島の食堂で食べた地魚丼(1250円)。切り身は左上から右回りにサワラ、ヒラメ、アブラボウズ、スズキ。これからも安心して食べ続けることができる
課題は風評被害対策
しかし、今回の海洋放出について、全漁連は「科学的な安全と社会的な安心は異なるものであり、科学的に安全だからと言って風評被害がなくなるわけでない。」と改めて反対の立場を表明している。
科学的に安全であっても風評が広まって水産物に買い手がつかなくなってしまえば漁師にとっては死活問題となってしまうためだ。社会全体で一丸となってその風評を乗り越えていくことが必要だ。
小社が運営に携わった「釣って、さばいて、食べよう! ふくしま親子海釣り大会」(7月29日、新地町にて開催※)では、いわき市で鮮魚店を営む大川勝正さんや相馬市で鮮魚仲卸を営む飯塚哲夫さんらが登壇し、福島県の漁港では水揚げされた水産物に対して国の基準よりも厳しい基準で自主検査が行なわれていることなど、風評の払しょくに腐心していることが語られた。
同じく登壇した「魚の伝道師」としてメディアで活動する上田勝彦さんは「風評は、自分が食べるものが何かを知る努力を怠ったときに生まれてくる。自分の身体を作るものや美味しいと感じるものを勉強することなく人任せにするのはおっかないこと。少しずつでも勉強していってもらいたい」と子供たちにメッセージを送った。
ALPS処理水とは何かを正しく理解して風評に加担しないことと、これまでと変わらず福島の海産物を美味しくいただくことが現地の水産関係者の助けになる。
※同大会は8月31日まで開催中のフォトダービー形式の釣り大会「ふくしま夏休み海釣り大会@新地町海釣り公園」のオープニングイベントとという位置づけ。入賞すればヒラメやノドグロなど豪華な福島県産食材のセットがもらえるかも!?
▼詳しくはこちら(上記のイベントの模様も動画でご覧いただけます)