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編集部2020年10月27日

知るなら今でしょ!釣り人のための新世代ツキノワグマ対策

月刊つり人ブログ

釣りは本来、クマの生息域で楽しむ遊び。だから「必要以上に恐れることはない」のだが、一方で「これまでの知識で充分という慢心も危ない」と指摘するのは、秋田で長年にわたり源流釣りを愛好し、地元のマタギとの交流もある「あきた森づくり活動サポートセンター」所長の菅原徳蔵さん。今、クマの生態はたしかに変化しているらしい。

人里に出没する新世代ツキノワグマ(写真は秋田八幡平に現われた成獣)

人を恐れないツキノワグマ。事故を回避するために必要な知識と実践

菅原徳蔵◎文・写真


 釣りは本来、クマの生息域で楽しむ遊び。だから「必要以上に恐れることはない」のだが、一方で「これまでの知識で充分という慢心も危ない」と指摘するのは、秋田で長年にわたり源流釣りを愛好し、地元のマタギとの交流もある「あきた森づくり活動サポートセンター」所長の菅原徳蔵さん。今、クマの生態はたしかに変化しているらしい。

◆この記事は月刊『つり人』2016年9月号に掲載したものを再編集しています

■筆者プロフィール
菅原徳蔵(すがわら・とくぞう)
1952年秋田県平鹿郡十文字町生まれ。あきた森づくり活動サポートセンター所長。秋田・源流釣友会所属。イワナ釣り、山菜採り、キノコ採りなどに精通し、県民参加の森づくりを推進しながら、個人の体験に基づく「山釣り」の素晴らしさについても情報を発信している
ウェブサイト:山釣り紀行/自然と人間と文化を考える


低下するクマへの抑止力

 2016年5~6月にかけて秋田県鹿角市十和田大湯でタケノコ(チシマザサ/ネマガリタケ)採りの男女がツキノワグマに次々襲われ、4人が連続して遺体で発見される事件が発生した(十和利山熊襲撃事件)。ツキノワグマによる死亡者数は、1988年に山形県で3人が連続死亡した事件を抜いて史上最悪の4人。さらに6月10日に射殺されたクマの胃の内容物を調べた結果、タケノコに混じって人のものとみられる肉片や髪の毛が見つかった。第一犠牲者の遺体は、食害で損傷が激しく、遺族は警察から見ないほうがいいと言われたという。第二犠牲者から第四犠牲者は、人の味を覚えた「人食いグマ」に次々と襲われ食べられたとみられる。

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人身被害の多くは、この強力な爪による裂傷である。馬の太い首を一撃でへし折るほどの能力がある

 秋田はマタギの本場であるが、その本場で起きた衝撃は大きい。しかし「マタギが絶滅危惧種」といわれたのは、2001年に開催された「第12回マタギサミットin 阿仁」でのことだった。一般質問に移ると、意外にも会場からマタギの有害駆除に疑問を呈する発言が出た。その反論は、「かつて40万人もいたハンター(第1種銃猟)が、現在では17万人まで激減、その年齢構成は60歳以上が大半を占め、加速度的に高齢化が進行している。このまま推移すれば、10年後が恐ろしい。マタギこそ、絶滅危惧種だ。」・・・…あれから15年が経過したが、ハンターはさらに半減、うち60歳以上は7割を占めるまでに高齢化が進行。クマに対する抑止力が大幅に低下していただけに、恐れていたことが現実になった感が強い。

山の豊作・凶作だけでは説明できない

 全国的に相次ぐクマの異常出没、人身事故の多発。その背景は、単にブナの実やドングリの豊凶だけでは説明できない。農林業の急激な衰退、狩猟者の激減・高齢化、65歳以上が半数以上を占める限界集落の拡大、空家の増加・廃村化など人間側の急激な変化にあることを見逃してはならない。なかでも里山の荒廃と耕作放棄地の拡大、廃村化=「自然からの撤退」は、クマの生息適地の拡大に直結する。このことにいち早く気付いたマタギたちが、「人を恐れないクマが我々の生活圏に近づいている」と語る理由である。

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谷沿いに続く杣道を堂々と歩いているクマの足跡

 そんな人を恐れない「新世代のクマ」が、奥山から里山へと生息域を拡大。その延長線上でツキノワグマによる4人連続殺害事件が起きたと考えられる。だからクマ対策を考える場合、「クマのほうが先に人間の存在を察知し逃げる」といった昔の話が通用しない時代に入ったといえる。だからといってクマを過度に恐れる必要はない。まずはツキノワグマの基本的な生態を知ることに加え、これまでより「積極的な被害防止対策」を講じさえすれば、充分共存できる。ご安心を。

クマの生態と四季の行動

 クマが棲む森は、ブナ・ミズナラ等の落葉広葉樹で代表される冷温帯林の分布とほぼ一致。秋田県では、イワナの生息分布とクマの生息分布がほぼ重なっているので、イワナ釣りの場合はクマ対策が必須である。さらに日本クマネットワークなどの調査によると、里山の荒廃が進むにつれて、クマの生息分布域が奥山から里山へと拡大していることが明らかになっている。

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イワナはクマの棲む森にいる。充分な知識と準備によって釣りを楽しく安全なものにしたい(写真は白神山地)

【冬~春】
 クマは、一般に11月中旬から4月下旬まで約5ヵ月間越冬する。穴から出るのは4月中旬~5月上旬頃。その年に出産したばかりの親子は一番遅く、山が新緑に包まれる5月下旬頃といわれている。穴から出ると、雪崩地に集まり、前年に落ちたブナの実やドングリ、雪崩にやられたカモシカの死骸などを食べる。

 山中でクマがカモシカを食べた残骸を数例見たことがある。最初は内臓を食べ、草木を被せて隠しておく。そしてすべて食べ尽すまで何度もやってきて食べている。最後に残るのは、食べられない骨と皮、ヒヅメだけである。その周辺には、何度も来て食べた証として、カモシカの毛が入った糞が幾つも残っている。

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カモシカの毛が大量に入ったクマの糞

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クマに食べられたカモシカの食痕

 肉が容易に手に入るのであれば、植物より肉がいかに好きであるかが分かる。なお、十和利山熊襲撃事件でも、クマが後で食べるために遺体を草木で隠していたという。食べ方は、カモシカも人間も同じであることが分かる。

 一方、1990年頃から20年ほどで「シカが日本の自然を食べ尽す」といわれるほど、ニホンジカが爆発的に増加している。「マタギサミット」では、クマがシカを襲って食べるケースが増えていることが報告された。こうしたクマの肉食化が進めば、人を襲って食べることにもつながるのではないかと懸念されていた。もともと、ツキノワグマは、「食肉目クマ科」で、歯の構造、消化器系は肉食向けにできているからである。

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もともと「食肉目クマ科」で、歯の構造、消化器系は肉食向けにできている(写真は北秋田市阿仁クマ牧場くまくま園のツキノワグマ)

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近年のクマの変容についても話題になったマタギサミット。発言しているのは、阿仁マタギの松橋吉太郎さん

 5月下旬頃からタケノコが生え出すと、クマは、1ヵ月余りにわたってタケノコを主食に食べ続ける。一方、タケノコ採りは、雪国で人気が高く、クマによる人身事故が最も多い。クマは好物を夢中で食べている時は、人の接近になかなか気づかない。さらに、繁殖期で気が立っているうえに、笹薮で遭遇すれば逃げ場を失い攻撃してくる可能性が高い。この時期の渓流釣りは、沢沿いのチシマザサ群落、エゾニュウ、フキ群落なども要注意。

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100%タケノコを食べていたクマの糞

【夏】
 7~8月、タケノコのシーズンが終わると、クマたちは再び沢に集まる。エゾニュウやミズ、フキなどを食べる。特にエゾニュウが大好きで、この時期、沢を歩けば、あちこちで植物が倒れ、クマが食べた食痕や足跡、クマ道が至る所に出来ている。さらにこの時期のクマの活動時間帯は、朝4時~7時、夕方5時~9時と朝夕に集中する。イワナ釣りの場合も朝夕が最も釣れる時間帯だけに、クマ対策は必須である。

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エゾニュウの群生。秋田では「ニョウサク」と呼ばれ人気の高い山菜で、クマも非常に好んで食べる

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夏、クマがエゾニュウを食べた食痕

【秋】
 秋はドングリ類とクリ。クマ棚は、ウワミズザクラ、ミズキ、オニグルミ、ミズナラ、クリなどの実を食べるときにできる。この時期、クマたちは、冬眠に備えて行動範囲が一気に広がる。それだけ、渓流釣りとキノコ採りは危険な親子グマに遭遇する確率も高くなるので、特に注意が必要である。

木の実の豊凶と着床遅延、危険な親子グマに注意!

 クマは、初夏の繁殖期に受精卵がすぐに着床しない。11月頃、脂肪を充分蓄えられると着床、妊娠する。凶作だと着床せず、流産する。これは冬眠中に母子が共倒れするのを防ぐためだといわれている。だから、ブナの実やドングリ類が大豊作の冬にはベビーラッシュになる。加えて木の実が豊作の翌年は、決まって凶作になる。だから、豊作の翌年は親子グマの出没に注意しなければならない。母グマは、人と出会っても子グマを助けようと決して逃げない習性がある。特に母グマと子グマの間に入れば、攻撃される確率が高いので注意が必要だ。

積極的な被害防止対策

 一般的なクマ対策には、「山中でフンや足跡などの痕跡を見つけたらすぐ引き返す」とあるが、それができない状況ではどうすればいいのか。以下は基本となるクマ被害の防止策だ。

1 一人ではなく複数で行動すること。

2 音で自分の存在をアピールすること。クマ避け鈴や爆竹、笛など。

3 残飯や生ゴミは絶対に捨てないこと。穴を掘って埋めても掘り返されるので必ず持ち帰ること。餌付いたクマは、人間に寄ってくるので危険。

4 臭いでアピールすること。腰に下げる「蚊取線香」も有効。夏は虫よけとクマ避けの一挙両得のアイテムになる。

5 危険なクマの出没警報が出されている周辺には、絶対に立ち入らないこと。

6 「クマ撃退スプレー」を携帯すること。なぜなら1~5までは、クマとの遭遇を回避する対策だが、近年、そうした対策をとっていても、危険な親子グマや残飯などに餌付いたクマ、人を恐れなくなった新世代のクマと遭遇し、人身事故を起こすケースが増えているからである。

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左から爆竹、笛、クマ避け鈴、クマ撃退スプレー

万が一遭遇したらどうするか?

 クマの走る速度は、時速40㎞以上(100mを9秒)。逃げる者を追う習性がある。だから背を向けたり、走って逃げるのは自殺行為。何より、冷静さを保つことが第一である。そして慌てず、騒がず、クマと向き合ったまま静かに後ずさりして離れるのが基本中の基本である。

 しかし頭では分かっていても、いざクマと遭遇すれば、武器なしに冷静な対応をとることは困難である。特に子グマを守ろうとする母グマの威嚇音は地鳴りがするほど凄まじい。その震え上がるほどの恐怖には、誰しも冷静さを失うであろう。だから山釣りでは、北海道のヒグマ対策はもちろん、北東北では、クマの異常出没が始まった2004年頃から常に「クマ撃退スプレー」を腰に下げている。

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真ん中がストロンガータイプのクマ撃退スプレー、右が腰に下げるための専用ホルスター

 私はこれまでヒグマに1回、ツキノワグマの親子グマに2回、オスの成獣に3回ほど遭遇しているが、いずれもクマ撃退スプレーを携帯していたお陰で、無用なトラブルを起こすことなく助かっている。知床財団では、ヒグマに対してクマ撃退スプレーを何度も使用し、効果的にヒグマを追い払っているという実績もある。今のところ、これに勝る武器はないだろう。

 そして、万一クマが襲ってきたら、死んだふりはダメである。なぜなら、クマは「食肉目クマ科」。死んで腐った肉でも食べる習性があるからだ。ただし、クマが満腹の場合は助かるかもしれないが・・・…。先の尖った山刀などで応戦して助かった事例もあるが、一般的にはやはりクマ撃退スプレーが有効といわれている。

 唐辛子の成分で目や鼻、のどの粘膜を刺激し撃退する。だからねらう場所はクマの顔である。ただし、噴射時間は約5秒、距離は風の具合にもよるが、約5~7m程度(今ではもっと強力なタイプも売られている)。できるだけ引き付けて、正確に噴射するには、イメージトレーニングが必須である。なお、耐用年数が切れたら、実際に噴射してみることをおすすめしたい。その威力を実際に体感することが大切である。

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クマ撃退スプレーは期限切れのもので実射テストしておくとよい

 今や山釣り、渓流釣りの世界でも、クマとの無用なトラブルを避けるためには、クマ避け鈴や笛で音を出すとともに、クマ撃退スプレーの携帯を心がけるべきである。

関連書籍

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著者:米田 一彦
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2016年5~6月、秋田県鹿角市郊外でツキノワグマに襲われ4人が死亡・4人が負傷する本州未曾有の事件が起きた。 襲われて絶命した犠牲者は体を食害されたことも判明し、その衝撃は日本列島を駆け抜け市民を震え上がらせた。
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