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編集部2024年10月28日

里山を再生させる 「炭」焼き文化│人、魚、獣が棲みよい森の在り方

アユ 月刊つり人ブログ

里山の荒廃は日本の自然環境にさまざまな影響を及ぼしている。里山から人の姿が見られなくなり、野生動物のテリトリーが拡大しているほか、手入れが行き届かない人工林は災害を助長する存在となった。これら複合する問題を解決の方向へと導くのに必要だと指摘されるのが里山の再生。日本古来の炭焼き文化がそのカギを握るかもしれない。

里山の荒廃は日本の自然環境にさまざまな影響を及ぼしている。里山から人の姿が見られなくなり、野生動物のテリトリーが拡大しているほか、手入れが行き届かない人工林は災害を助長する存在となった。これら複合する問題を解決の方向へと導くのに必要だと指摘されるのが里山の再生。日本古来の炭焼き文化がそのカギを握るかもしれない。

レポート◎浦壮一郎 協力◎東京燃料林産株式会社

人、魚、獣が棲みよい森の在り方

里山を再生させる「炭」焼き文化

里山の荒廃は日本の自然環境にさまざまな影響を及ぼしている。里山から人の姿が見られなくなり、野生動物のテリトリーが拡大しているほか、手入れが行き届かない人工林は災害を助長する存在となった。これら複合する問題を解決の方向へと導くのに必要だと指摘されるのが里山の再生。日本古来の炭焼き文化がそのカギを握るかもしれない。

炭

国産炭はわずかな量でも充分すぎる火力、長い燃焼時間が特徴。煙と匂いが出にくいことから、充分な換気さえ行なえばマンションでの使用も可能だという。また木炭には主に白炭と黒炭があり、焼き上がる際の火の消し方で炭質が異なったものになる。白炭は炭質が固く、黒炭は白炭に比べて少し柔らかいのが特徴。岩手木炭は黒炭が主体で、備長炭は白炭に相当する

 

里山荒廃の現実と再生の可能性

環境省の『里地里山保全活用行動計画(案)』(2010年)によれば、里地里山の定義を『集落を取り巻く農地、ため池、二次林と人工林、草原などで構成される地域であり、相対的に自然性の高い奥山自然地域と人間活動が集中する都市地域との中間に位置する』としている。

朝日や飯豊など奥羽山脈を流れる河川の最源流を除いて、我々が渓流釣りに出掛ける地域はそのほとんどが里山を流れる河川だと思って差し支えないだろう。

そんな里山地域は現在、農林業の衰退と高齢化により環境維持の担い手不足という問題を抱えている。かつて水田だった場所では休耕田が目立ち、雑木林で作業する人の姿は皆無。奥山と都市の中間に位置する緩衝地帯は今や奥山の延長線上となり、人が育ててきた森は荒れ放題の様相を見せている。

かつて人が手を加え続けてきた里山は、枝の切り払いや下草刈りなどによって明るい雑木林が広がっていたといわれる。ところが現在はヤブ漕ぎ必至の鬱蒼とした森となり、クマの出没件数が増えているのもそれが原因とする説がある。深いヤブによってクマが近づきやすくなったから、というのも確かに一理あるだろう。

ただ、渓流釣りをする人なら分かると思うが、クマもヤブの中を歩くのが特段好きなわけではない。普通に林道を歩いていることも多いだけに、彼らも歩きやすい場所を好む傾向がある。つまりクマの出没件数が増えたのは、単に里山から人の気配が消えたからだと考えられる。

 

クマ

中山間地域の過疎化、高齢化により、里山には人の姿が見られなくなりつつある。人の気配がない森はクマにとって安らげる場所なのだろう。やはり里山の荒廃がクマを呼び寄せているいえそうだ

 

かつて里山に隣接するように広がっていた水田は姿を消し、炭焼きや薪の採取のために里山の木々を活用していた人々も今はいない。人のテリトリーだった地域を野生動物に明け渡した、それが現在の状況だといえそうだ。

里山再生が急務といわれる昨今、注目されるのが炭焼き、すなわち炭文化である。里山の利活用という意味で古くから培われてきた炭文化もご多分に漏れず、衰退の一途を辿っている。

「木炭の生産量は戦中戦後の時期でおよそ270万t。対して現在は2万t足らずにまで減少しています」

こう話すのは木炭を含め燃料全般を扱う東京燃料林産株式会社の代表取締役、廣瀬直之さんである。同社は創業から80年以上、木炭や薪の取り扱いを通じて日本の里山と深い繋がりを持ち続けてきた。

「270万tもの木炭を生産していた当時、日本の山は禿げ山だらけでした。そのことを考えると木を伐りすぎていた、炭を焼きすぎていたかもしれません。日本全体の里山資源量からみてもやりすぎだった。でも今は当時の1%足らずです。これは伐らなすぎだと思うんです。データをどうとらえればよいのか分からないですが、肌感覚としては数十万t規模まで膨らませても枯渇することはないだろうと。むしろ里山の再生という意味ではもう少し活用したほうがよいと思います」

ただ、木を伐るという行為に対し拒絶反応を示す傾向があることも事実。炭焼きが環境に悪いという誤った風潮もゼロではないと廣瀬さんは言う。

廣瀬直之

東京燃料林産株式会社・代表取締役 廣瀬直之さん。同社は創業から80年以上、木炭や薪の取り扱いを通じて日本の里山との深い繋がりを持ち続けてきた。炭焼き文化の再興を通じて里山を再生し「都市部の富を中山間地域に還元させたい」と語る

 

東京燃料林産株式会社

東京燃料林産株式会社の本社・木炭ショールームでは木炭を展示販売しているほか、国産備長炭をはじめ白炭、黒炭、木炭用コンロ、木炭火起し、観賞用竹炭などの木炭関連商品も展示している

都市部の富を中山間地域に還元

「木を伐ることそのものが『悪』みたいな論調があることも確かです。長い歴史のなかでみると、戦争とか災害があるたびに木が伐られて、丸坊主になった山がいろいろ悪さをしたことがあった。だから木は植えるものであって伐ってはダメだという論調です。針葉樹はもともと伐るための山なので文句は言われないですが、広葉樹を伐ると『貴重な天然林を伐ってどうするんだ!』と、こうなるわけです」

また温室効果ガスに関連する批判もあるらしい。廣瀬さんは続ける。

「木炭を生産するには木を伐らなければならないですし、木炭を燃やせば二酸化炭素が出ることは確かです。しかし炭を作るということは里山の維持にも繋がるため、二酸化炭素の吸収量が増えることにもなります」

一般論として老木の二酸化炭素吸収量は若い木と比較して半分以下になることが知られている。木炭の生産は適度に伐って若い状態を保つことになることから、温室効果ガスの抑制にも貢献していることになる。

ところが、木を伐ることへの拒否感は正論を聞き入れない傾向がある。そうした論調を生み出す原因のひとつに里山への誤解があるらしい。「里山など広葉樹の森は現在『天然林』に分類されています。しかし里山は天然林ではなく人工林なんです。山留めとか山奉行といった言葉があるように、日本人は江戸時代からずっと森を守ったり作ったりしてきました。ところが里山が天然林に分類されたことで、そうした日本古来の文化をリセットしてしまった。そのため、植えた木はいいけど植えていない木は伐っちゃいかんという論調が生まれたんだと思います」

では、里山はどのように維持管理されてきたのか。中山間地域では江戸時代から脈々と里山を維持してきた。つまり木を伐っても資源が枯渇することはなかったのだ。なぜなのか。

「人工林には法正林という考え方があります。たとえば針葉樹の人工林は60ヵ所の山で60年ごとに木を伐って植林すれば、ひと回りして山が維持される。里山はどうかというと、針葉樹と違って萌芽更新といって切り株から芽が出て生長します。実生(種から育てる植物)ですと30年かかる木でも萌芽更新なら根が大きなままなので育ちが早い。そのため25年くらいで回せる。だから法正林的に里山を25年で回す地域をたくさん作っていけば資源が枯渇することはなく、適正な生産量を維持できるというわけです」

東京燃料林産ではそうした自然のサイクルを活用した里山再生を目指している。「過疎の原因は地域に仕事がないからです。よって未来永劫収入が確保される安定収入のシステムを作ってゆく必要があります。そのためには我々が安く買い叩いてしまうと『こんなキツい仕事やってられない』となって離れてしまうので、炭焼き職人の力量に見合った収入を還元させる必要があるでしょう。炭焼きなど職人の仕事は歩留まりと品質によってサラリーマンのベースアップより遙かに収入が上がることも珍しくありません。自分の腕一本でお金を稼ぐという方向に持って行きやすい仕事なので、そういう職人文化みたいなものを地域に根づかせて、都市部の富を中山間地域に循環させていく。還元させていく。そういう流れを作りたいと考えているんです」

中山間地域の雇用創出、そのカギを握るのが炭文化だということだろう。上記のように近年の里山は伐らなすぎのため資源量は充分確保されるはず。炭は日本の里山を救う可能性があるというわけだ。

林

日本の森は約40%が人工林、約50%が天然林、残り10%のうち原生林と呼べる森はわずか4%程度だという。林野庁の定義ではこのようになるが、里山はなぜか天然林に分類されている。正確には人が手を入れ育ててきた里山は人工林である。が、林野庁は所管外の森をすべて天然林に分類してしまったようだ。広葉樹の里山を天然林だと勘違いした人々によって、広葉樹を伐ることは『悪』との論調が生まれたものと思われる

減り続ける国産炭の現実

では、現在の木炭生産量はどのような状況にあるのだろうか。減少し続けている概要はすでに述べたが、実はかなり深刻なようだ。

「かつては岩手県が木炭生産量日本一でした。年間5000tほどの黒炭(ナラ材)を生産していましたが、現在は1000tを切るくらいまで減っています。かたや高知県なんかは備長炭(ウバメガシ材)の増産に成功していて1500t強の生産量がある。もともと和歌山県が1600t前後と日本一の備長炭生産地でした。ですが今はもう1000t切るくらいにまで減っている。ただ同県ではいろいろな運動があって、山あっての備長炭だよね、ということで『山づくり塾』みたいなものを山主さん、生産者さん、問屋さんが取り組んで少しずつ裾野を広げている。資源量を確保して品質を上げていこうという動きはかなり芽生えてはきているので、期待しているところです」

現在は全国でも2万t程度にまで減少してしまった生産量だが、一部成功している地域もあれば、まだ減り続けている地域も多いという。里山の荒廃が止まらないのもそうした理由からだろう。

「山の面倒を見られる人を増やさなければいけません。そのひとつが炭焼き文化で、分業でも兼業でもいい。伐って焼く人もいれば、誰かが伐ったものを焼く人でもいい。とにかくそういう人たちを増やして残さないと将来大変なことになる。このままでは里山が維持できないと思います」

里山の荒廃はさまざまな問題を引き起こすことになる。そのひとつが先に少し述べたクマの問題だ。各マスメディアではクマによる人身被害が急増しているかのように報じるが、詳細を見るとかなり波があり、必ずしも急増しているとはいえない状況も見えてくる。

 

里山とクマ、シカの関係

たとえば全国のクマによる人身被害件数(環境省集計)は2023年度が198件と確かに突出しているが、2022年度は71件、2021年度は80件と二桁で推移。ちなみに2010年度は145件と多いものの2008年度は52件である。つまり増え続けているわけではなく、上下の波が大きいのが実態だろう。ようするにこれは山の実が豊作かどうかに左右されることが原因のひとつであり、日本の山、森の環境が関連していると考えられるわけだ。

たとえば九州では1957年の目撃例を最後にツキノワグマが絶滅している(1987年に捕獲されたが、この個体は本州由来だと判明)。その後、シカの増加による農林業への被害が深刻となっている。ツキノワグマがシカを捕食するとは考えにくいものの、何らかのストレスがシカの生態に影響を与えているのかもしれない。

「現在はシカによる被害が問題視されていますが、シカが悪いというよりはシカだけが残れる山にしてしまったこと、生態系のバランスが崩れることが問題なのだと思います」

 

山の保水力を低下させる放置人工林

シカの食害だけが問題ではないのだろうが、九州では針葉樹の植林をしてもなかなか育たない現状があるようだ。そのため土砂災害も頻発する傾向が見られる。

「北側斜面は針葉樹、南側斜面は広葉樹といったように棲み分けが江戸時代はできていました。それが現在ではどこもかしこも針葉樹です。同じ高さの木が密集していると何かのきっかけで崩れやすい。ですが(いろいろな樹種が)複雑に絡み合っていると(土砂崩れは)どこかで止まります。その仕組みが理解できないで植林してしまったのでしょう」

間伐や枝打ちなどの手入れを行なっていない放置人工林は、必要以上に葉が茂っていることから、蒸散作用によって多量の水を土中から吸い上げてしまうことが分かっている。このため林床部は乾燥化が進み、河川が渇水気味となる。すなわち山の保水力がなくなってしまうことにもつながる。また豪雨時は降った雨が染み込みにくく地表(林床部の表面)を流れることで、その土砂が流出し流れ込む河川は濁流と化してしまうという。さらに単一の樹種では根の広がりや深さが一定のため、廣瀬︎さんが言うようにひとたび崩れ出すと一気に崩壊してしまうのだと考えられる。

「もともとスギは日本固有種なので勝手に生えてくる。屋久島とかそうですよね。そういう場所はスギに適している。つまり棲みやすいところに棲みやすい生き物を配置してゆくことが大切なんだと思います。まぁ神様がやってきたことですね」

自然の森はさまざまな樹種が混生している。人工林もそれを見習って植林すべきだったということだろう。

クマやシカの問題、そして手入れが行き届かない人工林がもたらす災害など、すべては中山間地域が抱える問題へと繋がってゆく。そして、やはり里山の再生が急務であることに気づかされることになる。

森

北側斜面は針葉樹を植林し、南側斜面は広葉樹を残す。江戸時代はそうした施策が行われていたようだ。その理由は、陽当たりが悪い北側斜面は木の生長が遅いため年輪幅が狭く材として高価値になるからだといわれる。しかし昨今はどこもかしこも針葉樹を植林し、森の生態系を壊しているといわざるを得ない。写真は東京都奥多摩町の森。江戸時代からの教えを守る数少ない貴重な森といえる

 

木

備長炭の産地として知られる和歌山県だが、かつて1600tあった生産量は現在は1000tを切るまでに減少している。しかし地主や生産者のほか一般市民の一部も参加する形で森の再生を目指す動きがある

 

国産炭の需要増が里山を救う

木炭の生産量が減少し続けていると述べたが、需要はどうなのだろうか。もちろん戦中戦後の時期と比較すれば一般家庭で木炭を使う機会は激減した。しかし飲食店のほか趣味の範囲(キャンプなど)では需要は安定しており、国産炭の減少分を海外炭で補っている状況のようである

国産炭の代用として海外炭を使う人、あるいはオガ炭(おがくずを凝縮させて作った炭)で充分という人もいるかもしれないが、それらの人はおそらく国産炭の優秀さに気づいていないだけのようである。

実は国産炭はほんのわずかな量でも充分すぎる火力(熱量)があり、また燃焼時間も長いという特徴があるという。廣瀬さんは言う。

「国産炭は海外炭よりも少ない量で食材を焼くことができます。海外炭と同じ量を入れてしまうと食材が丸焼けになってしまうほどです。国産炭は800gくらいの量で海外炭3㎏くらいの火力があり、またオガ炭と比較すると国産の黒炭2㎏に対してオガ炭10㎏くらい違いがある。えっ!これだけ?という量の黒炭で長時間焼くことができる。しかも1時間以上火力が安定しています。海外炭だとせいぜい30分がいいとこ。国産炭はとても良質な炭なんです。でも、使っていただかないと分かってもらえない……(笑)」

さらに特筆すべきは煙が少ないことだと廣瀬さんは言う。充分な換気をして一酸化炭素中毒に気をつけていれば、マンションでも使用できるというから驚きだ。

「換気したりCO感知器を入れたりするだけでどこでも使えます。良質な国産炭なら煙も出ないし匂いも出ない。家の中に囲炉裏がなくても火鉢があれば使うことができます。さすがにサンマとかアユを焼く場合は換気扇の下でやった方がいいと思いますが(炭からではなく魚から煙りが出るので)、一夜干しとか水分が少ないものなら相性はいいと思います」

換気さえ怠らなければ室内でも使える国産炭。海外炭とどこが違うのだろうか。

「日本の炭焼きは低温炭化工程に加え高温炭化工程があります。それをやっている製法はほぼ日本だけなんです。海外の炭を買うと煙が出たり匂いが出たりということがありますが、それは高温炭化工程がないから。囲炉裏があった日本家屋と煙突がある海外の家、あるいは屋外で炭を使う海外との違いでしょう。そうした生活様式に合わせた炭を日本人が開発していったというわけです。良い悪いではなく、日本は日本の生活スタイルに合わせた炭を作ってきた。たまたまそれが群を抜いて高性能な炭を生み出したというわけです」

廣瀬さんが言う国産炭の優位性が広く理解されたなら、おそらくは今以上に需要が高まることになるだろう。その結果、日本古来の炭文化の再興と中山間地域の活性化、そして里山の再生に繋がってゆくことが期待される。国産炭と炭文化、今後も注目してゆきたい。

炭焼き

国産炭はほんのわずかな量でも充分すぎる火力があり燃焼時間も長い。写真のアユを焼く木炭は熊本県の尾鷹林業のかしの木の炭で驚くほど高い位置まで熱を放つ。このため長い竹櫛で炭から離して焼き上げる

 

※このページは『つり人 2024年12月号』を再編集したものです。

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