しかし近年、田園地帯では「ナマズが減ってしまった」との声が多く聞かれる。その一番の要因は、水田の給排水を効率化するために、ポンプで水をくみ上げたり、水田と用水路との落差を大きくする圃場整備によって、ナマズの行き来が難しくなったためにほかならない。
ナマズの繁殖と繁栄
解説◎工藤孝浩(神奈川県水産技術センター 内水面試験場)
愛嬌のある顔が特徴の大型淡水魚、ナマズ。田園の水路や小川だけでなく、近年は護岸されている都市河川にも進出している。対照的な環境に思えるが、どちらにも共通項があるのだ。 そんなナマズの生態を解き明かしていこう。
この記事は月刊『つり人』2021年7月号に掲載したものを再編集しています
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ナマズの産卵は4~7月の増水期
産卵は4~7月の増水期に、夜間に川から水田や用水路に入り込んで行なわれる。雌の体に雄が巻き付き、そのままの体勢で背が出るような浅い場所を泳ぎ回りながら卵を広くばらまく。直径5mm近くもあるゼリー層に覆われた卵は泥や水草の上にまき散らされたまま発生を続け、わずか2日あまりでふ化する。ふ化仔魚は大きくしっかりした体つきで、すぐにエサを摂りはじめる。
産卵期のナマズは川から用水路を通って水田に移動する。近年は圃場整備のため魚にやさしい素掘りの用水路が激減している
水田で育つナマズの稚魚(全長2cm)これより小さなステージでは3対のヒゲをもつ
ナマズが水田で産卵するようになったのは、稲作が広まって湿地帯が水田へと変えられたここ2000年ほどのこと。それ以前は、洪水時に水に浸かる陸地(氾濫原)に泳ぎ出て産卵していたと考えられる。卵は短時間でふ化し、すぐに泳げてエサも摂れる仔魚は洪水の水が引くまでに川に戻り、陸上にとり残されることはない。
イワシからマグロまで、海水魚の産卵は産みっ放しが普通だが、狭い水域に多くの魚が暮らす淡水魚は、さまざまなやり方で卵を保護する。川底を掘って卵を埋めるサケ類、石の裏に産みつけるカジカ・ハゼ類、鳥のような巣をつくるトゲウオ類から二枚貝の体内に産むタナゴ類まで。コイやフナ類でも、水草の葉裏や植物の根の茂みに産みつける。
ナマズのような産みっ放しでは、他の魚が多くいる所ではほとんどの卵が食べられてしまう。捕食者がいない場所として、増水時に一時だけ水に浸かる氾濫原に乗り出して産卵するようになったと考えられる。
稲作とともに繁栄
人間が川に堤防を築いて洪水を押しとどめると、ナマズは産卵場を失うことになる。しかし、同時に人間が造った水田が代わりの産卵場として機能したのである。ナマズは、川と水田とを用水路を介して行き来しながら稲作とともに長く繁栄してきたのである。
しかし近年、田園地帯では「ナマズが減ってしまった」との声が多く聞かれる。その一番の要因は、水田の給排水を効率化するために、ポンプで水をくみ上げたり、水田と用水路との落差を大きくする圃場整備によって、ナマズの行き来が難しくなったためにほかならない。
また、増水という環境かく乱を繁殖に利用してきたナマズであるが、近年頻発するゲリラ豪雨や激甚化する水害は、ナマズの適応範囲を超えてしまったのかも知れない。
都会のナマズは増えている?
近年、私が住む横浜をはじめとする各地の都市河川ではナマズが復活しており、意外な場所でナマズ釣りが楽しめるようになっている。
まず、下水道の整備によって水質が向上し、ナマズのエサとなるさまざまな生物が増えてきたことが第一の要因であろう。そのうえで、田園地帯とは対照的に、都市河川ではゲリラ豪雨のような激しい環境かく乱が新たな産卵場を創出している可能性を指摘したい。
都市部の川は、水量の増減が激しいうえ、水が溢れることは絶対に許されない。そのために、十二分な河道幅をもたせた河川整備が行われる。平水時は陸化した広い河道に細い流れがあるだけだが、増水時には河道内の広い陸地が水に浸かって絶好の産卵場が無数に形成されるものと考えられる。
これは私の仮説であるが、謎多き都会のナマズの生態はとても興味深く、好奇心をくすぐるものである。
都市河川では親水護岸に改修されたり、河道内に植生が回復して、ナマズが住みやすくなっている
河道内に、常時水が流れる低水敷と増水時に水没する高水敷とを備えた複断面化した都市河川。平水時は陸化している高水敷が産卵場になる可能性がある
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