編集部2022年5月22日

日本のテナガエビはみな親戚!? 遺伝子でわかるテナガエビの家系

テナガエビ 環境レポート

手軽な釣りものとして人気のテナガエビ。一体このエビたちはどこからやってきたのだろうか? 遺伝子を元に調べていくとどうやら幼生期に海流に乗って旅をしているようだ。日本独自の貴重な集団を形成しているテナガエビについて知見を深めよう。

このエビたちはどこからやってきたのか?

解説◎関 伸吾

 手軽な釣りものとして人気のテナガエビ。一体このエビたちはどこからやってきたのだろうか? 遺伝子を元に調べていくとどうやら幼生期に海流に乗って旅をしているようだ。日本独自の貴重な集団を形成しているテナガエビについて知見を深めよう。

この記事は月刊『つり人』2022年6月号に掲載したものを再編集しています

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関 伸吾(せき・しんご)

高知大学農林海洋科学部・教授 1960 年生まれ。淡水魚類、海水魚介類の遺伝的多様性や地理的分化に関する研究を行なっている。趣味は渓流釣り。ただし、近年は体力の衰えを感じ始め、好きな単独源流釣りは自重気味。

テナガエビの生活史

 テナガエビは体長86mm程度になる大型の淡水エビ。幼生の時期に海で生活して大きくなると川へ移動する河川型が主だが、陸封型(湖沼型)や汽水湖型というタイプも知られている。産卵期間は概ね5~9月で、多くは夏場に産卵する。寿命は長くて3年程度。河川型の幼生は水中を漂う。流されて河口域や周辺の沿岸域で脱皮を繰り返して稚エビへと成長していく。エビの姿になれば底生生活に移行。その後は一生を河口近くで過ごすのだ。卵から孵化した幼生の浮遊期間はおおよそ1ヵ月前後で、この浮遊期間に幼生は川を流れ、海に出れば潮や海流に乗って他の地域にも拡散すると考えられる。

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 テナガエビは実は日本だけにいるエビではない。東アジアに広く分布し、中国、台湾、韓国にも生息している。中国、台湾には、同じテナガエビという種でも遺伝的に見ればヒトとサルほども違う系統Aと系統Bの2つのタイプが混生している。ただし、西方面の中国と北方面の韓国には系統Bが、南西方面の台湾には系統Aが多いようだ。東方面の日本には、どちらの系統のテナガエビが生息しているのだろうか。太平洋・瀬戸内海の11集団(河川)で採集した合計135個体についてミトコンドリアDNAという遺伝標識を使って調査した。

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テナガエビ(Macrobrachium nipponense
頭胸部の側面にmのような模様(斜横帯)が色濃くはっきりと見えた場合はミナミテナガエビで別種となる

幼生が海流に乗って移動?

 その結果、ほとんどが系統Aで、さらに中国や台湾と比べると日本集団の遺伝的多様性は非常に低いことが分かったのだ。具体的にいうと135個体で15の家系しか見られなかった。さらにそれらの家系はとてもよく似ていて、九州から関東という広範囲を調べたにもかかわらず遠縁の親戚程度の違いしかない。文明によって行動範囲が広がった人間なら不思議ではないかもしれないが、ひとつの川で一生を過ごすテナガエビでこれだけ差がないというのは驚きだ。さらに、135個体のうち83%は家系①と家系②のたった2つの家系で占められていた。これは人間でいえば、10人集めたら8人はルーツが日本で最も多い苗字の佐藤家か鈴木家の人間だということ。実際であればいくら佐藤家や鈴木家が多いとはいえ、そんなことにはなかなかならないだろう。

図1

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 次は地域に着目してみた。図1を見てほしい。海に直接流入する河川の集団、つまり基本的な河川型と思われる集団(見目川、四万十川、仁淀川、北川、長谷川、御津川、西神田川)はどれも①の家系が半分以上を占めていて、家系の組成も似ている。これは河川同士で交流がある可能性が高いことを表しているのだ。交流があるとは、お互いの河川に出入りをしているということ。とはいっても成体が海底を歩いて移動しているのではなく、海まで流された浮遊期の幼生が潮や海流に運ばれた先の川で育ち、生涯を過ごしているようだ。それが長い年月をかけて相互に行なわれていくと各河川の家系組成が似てくるのである。

 面白いのは、陸封型の可能性が高いとされている谷中湖、霞ヶ浦、宍道湖、汐田川(児島湖への流入河川)の4集団。これらは①の家系が少なく、逆に②の家系が多くなっている。これまでの話から①の家系は河川型、②の家系は陸封型といえそうだが、まだ断定はできない。なぜならこの家系の差はごくわずかで遠縁の親戚程度の違い。そんな近い関係で生活史が変わるとは考えにくい。

テナガエビは日本全体で固有の集団を形成中

 過去に日本全国の38河川について違いを調べた研究では、陸封集団と河川集団は遺伝的には大きく異なり、遠縁の親戚ではなく赤の他人くらいの違いとされている。河川集団に限れば日本全体で大きな差がないという。今回紹介した結果はそれによく一致していた。ただし、今回の①と②の家系の違いは、遠縁の親戚程度の違いであり、先の研究で示された陸封型と河川型の違いほど大きな差ではなかった。この点については別の方法で、より詳しく調べる必要があるだろう。

 まとめると、テナガエビは幼生期に海に出たら広範囲に分散し地域間での交流を行なっている。そのため、各河川で独自の集団を作っているわけではなさそうだ。その一方で、中国・台湾の系統Aと日本の集団の系統Aは遠縁の親戚ではなく赤の他人くらい違うことが分かっている。つまり、中国、台湾からテナガエビ幼生が海流に乗って流されてくることはほとんどなく、日本のテナガエビは日本独自の貴重な集団をほそぼそと形成しつつあるということがわかったのだ。p-066-067-seitai-tenaga-illust02-

 

サンプルは栃木県水産試験場の石川孝典氏より谷中湖、霞ヶ浦から、宍道湖漁協の桑原正樹氏より宍道湖から提供していただいた。また、遺伝的多様性のデータは高知大学大学院修士課程の久世和哉氏のものを用いている。合わせてここに、謝辞を書き添えていただく。

<参考資料>
■豊田幸詞/関慎太郎著、駒井智幸監修(2014) 「日本の淡水性エビ・カニ 日本産淡水性・汽水性甲殻類102種」誠文堂新光社,東京,255p.
■Ogasawara, Y., S. Koshio, and Y. Taki(1979)Responses of salinity in larvae from three local populations of the freshwater shrimp, Macrobrachium nipponense. Bull. Japan. Soc. Sci. Fish., 45(8):937-943. 
■Chen, P-C., C-H. Shih, T-J. Chu, D. Wang, Y-C.Lee, and T-D. Tzeng(2017)Phylogeography and genetic structure of the oriental river prown Macrobrachium nipponense(Crustacea:Decapoda: Palaemonidae)in East Asia. PLOS ONE, 12(3):e0173490 doi:10.1371/ joumal.pone.0173490. 
■益子計夫(2011)3.3 “テナガエビ類はいかに進化してきたか”、「エビ・カニ・ザリガニ 淡水甲殻類の保全と生物学(川井唯史・中田和義編著)」生物研究社,東京,pp.273-289.

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