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編集部2020年4月30日

ヤマメの与三さんは言った-「見る前に跳べ!」/アームチェアフィッシングの部屋 第21回

月刊つり人ブログ アームチェアフィッシングの部屋

肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。


『かげろうの釣り』/加藤須賀雄 著

小野 弘(つり人社・月刊『つり人』編集部)

肘掛け椅子にゆったり座って、釣りにまつわる読書をしたり、釣り場や魚たちに思いをはせたり、お気に入りの道具を眺めたり……。雨の日など釣りに行けないときのそんな過ごし方を英国では「アームチェアフィッシング」と言うそうです。このコラムでは、つり人社の社員が「アームチェアフィッシング」の時間にオススメしたい愛読書を紹介します。
 
◎今回の紹介者
小野 弘(つり人社・月刊『つり人』編集部)

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1965年生まれ。1988年から「つり人社」でアルバイトとして働き始め、翌年編集部社員として採用。『FlyFisher』3代目編集長を務め、現在は単行本の編集を担当。



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ぼくもまた与三さんの生徒の一人だった


 前回(第11回)、『フィッシュ・オン』をご紹介したとき、-それは縁側の母の小さな本棚に、五木寛之が訳したリチャード・バックの『かもめのジョナサン』と並んで置かれていた。-と書いた。

 『かもめのジョナサン』を、ぼくは『フィッシュ・オン』よりも先に読んでいた。しかしその内容は、東北の片田舎で中学にあがったばかりの少年の手に負えるシロモノではなかった。本を開くと、モノクロームのカモメたちが飛んでいる。そのなかの1羽=ジョナサンは、飛ぶことの限界を突き抜けることで、飛ぶことの本当の意味を知ろうとして無謀な飛行練習を続ける。そんなカモメはほかにはいない。やがてその“奇行”がたたり、ジョナサンは群れの規律を乱したかどで追放されてしまう。それでもなお、生きるためではなく飛ぶことに純粋な希求を持ちつづけた彼の前にある日、優しい輝きを放つ2羽のカモメが現われて――。


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本はだいぶボロボロになってしまっているけれど、当時の母の本棚を再現してみた。確かこんなふうになっていたはずだ


 読んでいると天から声が聞こえてきそうな話だった。思想の書のようでもあり、哲学書のようでもあり、つかみどころがない。ちなみに『かもめのジョナサン』の和訳本は、ウィキペディアによると当時120万部のベストセラーとなり、さらに米国ではなんと1500万部も売れたという。

 ところで、「アームチェアフィッシングの部屋」で、なぜカモメの寓話話をしているかというと、個人的な理由がある。そのすぐあとに読んだ『かげろうの釣り』という本に、「ヤマメの与三(よさ)さん」なる話が登場するのだ。
 中学生になったぼくは、近所の野池でのフナ釣りを卒業し、渓流のヤマメ釣りに強い憧れを抱くようになっていた。それもエサではなく、毛バリの釣りに。そのとき、町に1軒しかない本屋で偶然出会ったのが『かげろうの釣り』だ。タイトルの上に「日本のフライ・フィッシング」とあるから、それはもう毛バリ釣りの本に違いない。ところがこれがまた想像を超えた内容だった。釣りの技術解説は半分ほどで、「毛バリ博物誌」と題された前半は、「水辺の哲学者」(また哲学!)、「シベリヤの鶏」、「モンローのキスマーク」など摩訶不思議な見出しが並ぶ。そして極めつけが「ヤマメの与三さん」だ。


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ホントに毛バリ釣りの本ですか!?

 「Yosathan Livingstone Yamame=ヤマメの与三さん」は、「Jonathan Livingston Seagull=カモメのジョナサン」のパロディーだと、すぐに気づいた。世の中にはなんて酔狂なことを書く人がいるのだろうと、あきれながら読んだ。太古に続く全ヤマメの記憶の集合体であるヤマメの与三さんは、若いヤマメたちを前に「(エサを)見る前に跳べ!」と説く。しかも、“美しく跳べ”と。若いヤマメが質問する。
「人間が振る毛バリというやつにもですか」
「そうだ。明らかに毛バリとわかっていても、一瞬それがわれわれに“何か”を感じさせる動きがあれば敢然と跳べ。ためらうな。それがヤマメのヤマメたる天性なのだ」
 ジョナサン顔負けのシュールさだが、面白い。何しろ主人公は憧れのヤマメで、カモメとは全然違う(笑)。ぼくはむさぼるようにそれを読んだ。


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ヤマメの与三さんは時代を超越するヤマメだった


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モンローのキスマーク。カゲロウの羽化を月別に時間帯でグラフ化したもの

 何十年も経った今、『かげろうの釣り』の技術解説の内容はきれいさっぱり忘れてしまったが(著者の加藤須賀雄さん、本当にごめんなさい)、ヤマメの与三さんのことだけは、しっかりと覚えている。それからモンローのキスマークの話も。ぼくは若いヤマメたちと同じように、ヤマメについてとても大事なことを与三さんから学んだ。ぼくもまた与三さんの生徒の一人だったのだ。

 『かげろうの釣り』は絶版になり、のちに「つり人ノベルズ」から発刊された『新編 かげろうの釣り』も弊社にはすでになく、市中在庫のみ。でも古書でも読む価値のある一冊だと思う。
 それにしても、大人になってから『かげろうの釣り』の版元で自分が働くことになるとは思いもしなかった。与三さんは「見る前に跳べ!」と言った。しかしぼくの場合はその……跳ぶところをやや間違えた気が……しなくもない今日この頃である。

『新編 かげろうの釣り』
新書: 238ページ
出版社: つり人社
発売日: 1991/09

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