イカ&タコのサイエンス本『イカ・タコは海の魔術師(マジシャン)である!』が好評発売中です。この記事では、世界中の海を60年以上も潜り続けてきた伝説的な水中カメラマンで本書の著者の尾崎幸司さんと、イカ・タコの釣り名人の宮澤幸則さんとの対談を公開します。宮澤さんは、どのような心境とどのような努力を重ねて、イカ・タコと勝負して来たのか、そのコツを伺いました。
釣りの極意はイカ・タコの心理を読むこと
つり人オンライン=まとめ
イカ&タコのサイエンス本『イカ・タコは海の魔術師(マジシャン)である!』が好評発売中です。世界中の海を60年以上も潜り続けてきた伝説的な水中カメラマンの尾崎幸司さんが、これまで見てきたイカ・タコの不思議や知られざる生態を詳らかにする本書。この記事では本書の中から、著者である尾崎さんと、イカ・タコの釣り名人の宮澤幸則さんとの対談を公開します。宮澤さんは、どのような心境とどのような努力を重ねて、イカ・タコと勝負して来たのか、そのコツを伺いました。この記事の内容
宮澤幸則
●グローブライド株式会社フィッシング営業本部プロモーション部副部長
幼少時よりフナ釣りを始め、バス釣り、ソルトルアー、沖釣りなどさまざまな釣りに親しみ日本の釣り具トップメーカーに就職。餌木や仕掛けの開発に携わりながら、自らメディアやセミナーなどに登場して幅広く活躍中。
アオリイカ産卵期に釣れる小さなオスの正体は!?
尾崎 今日は、イカ・タコの釣りに熟知している宮澤さんにお聞きしたいんですけど、私は水中でアオリイカの動きをカメラで追っています。するとメスをめぐってオスがモーションをかけ、そこにライバルのオスが現われ、またスニーカー(後述)も現われて、いろいろと葛藤があります。そのような状況を地上にいて分かっていますか?
宮澤 そうですねえ。尾崎さんほど分かりませんけど、産卵期になると、アオリイカが藻場に現われます。藻場に現われたオスとメスとでは柄が違いますので、よく分かります。まずシーズン最初はメスから釣れ出します。盛期になるとオスから釣れて、メスしか釣れなくなると、これで打ち止めかな? つまりメスが多くなるとシーズンも終わりになると思ったんです。
何を釣らせても上手な宮澤さん(右)。餌木を使ったマダコ釣り人気にも火をつけた。左が著者の尾崎幸司さん
尾崎 オスが先に釣れるのは、好奇心が強いからですか?
宮澤 それはどうか分からないんですけど、メスが釣れると、必ず大きなオスが後を追うように釣れます。産卵でメスを追い掛けているからじゃないでしょうか?
尾崎 今言った最後にメスが釣れるというのは、産卵にメスの集団が来るからです。十匹とか二十匹もの集団で、前のメスの卵を蹴散らして、その場所に産みます。その集団を見て、オスも加わるんです。そんな時に、釣りの餌木が来ると抱き着くんですよ(笑)。
宮澤 確か、何回も産卵するんですよね。
尾崎 そうです。あるメスはオスを三回変えて、三回産卵しますからね。中にはメスの前の卵を掻き出して、自分の精子を渡すオスもいます。また上手くいかないと、もう一度交接するオスもいるんです。その中にはスニーカーというオスもいるんですよ。
宮澤 スニーカーですか?
尾崎 ええ、そうです。スニーカーはオスなんですけど、通常のオスより体が小さくて、メスに相手にされない。だけど離れない。ところがオス同士が喧嘩している隙に、さっとメスに近づいて自分の精子を渡すんです。サケやマスにもスニーカーはいるんですよ。
スルメイカやケンサキイカと違って岸寄りの浅場で釣れるのがアオリイカの人気の秘密
宮澤 そんな奴がイカにもいたんですか(笑)。
尾崎 ええ、釣ったオスに小さなオスはいませんでしたか?
宮澤 ええ、いますよ。それがそうだったんですね。ただ大きいメス、例えば二キロのメスが釣れると三キロの大きなオスが周囲にいると思います。その中に小さいオスのスニーカーもいたんですね(笑)。
尾崎 知らなかったですか?
宮澤 ええ、まったく(笑)。
尾崎 餌木について、イカが水中でどんな反応を示しているのか、陸から見ていて予想がつきますか? 宮澤さんの餌木の動きが絶妙なんで、そのことをお聞きしたいと思ったんです。
宮澤 特にサイトフィッシング(見釣り)の場合、餌木を動かしながらイカの反応を見るんですけど、イカは臆病なのか、気配を気づかれないためか餌木の後ろの方から抱き着くんですね。それと餌木の形が上のカーブと下のカーブとでは少しずれているんです。だから少しのアクションで上の流れと下の水の流れが違うので、ふっと浮き上がりやすい工夫がされています。イカは餌木をしゃくり上げると一旦後ろに逃げて、ゆっくり沈み出すと抱き着くために近寄ってきます。だからイカの興味に合わせて、餌木をしゃくり上げて気を引き、イカが後ろから抱き着くように仕向けるんです。つまりイカのやる気をイカに(笑)起こさせるかを考えて餌木を操作するんですよ。
餌木の背後から抱き着かせるのがアオリイカのエギングの妙味
尾崎 そんな工夫をしても、イカはなかなか掛からない。それはイカが慎重というか、臆病なのかもしれないですね。と思ったら餌木から離れた遠くのイカがすっ飛んできて慌ててガッチリと食いついて来る(笑)。
宮澤 先に餌木を発見して抱き着こうとしたイカを払いのけてあとから来て横取りしていく奴も中にはいますね(笑)。
尾崎 餌木の色には、さまざまな意味があるんでしょうね。
宮澤 そうですね。かつてアオリイカ釣りは夜だったんですけど、昼にも楽しめるように開発され、様々な色の餌木が開発されたんです。基本的には色は三つ。夜光(蓄光)タイプ。蛍光タイプ。光沢(メッキ)タイプですね。だから何千という種類がありますよ。
尾崎 形はどうなんですか?
宮澤 形も大小あります。
上はマダコ用、下はアオリイカ用の餌木。底にいるマダコはオモリをセットして使う
尾崎 理由はわからないけど、絶対的にイカが乗る餌木が存在しているみたいで、ある釣り人が、その餌木を海で無くしてしまった。尾崎さん、頼むから潜ってあの餌木を探してくださいよと頼まれたことがあります(笑)。まるで餌木が宝物みたいな感じなんですよ(笑)。
宮澤 昔は、皆、手作りだったので愛着が強かったのでしょうね。ただ、今は市販されているものは精密に生産されていますから、ほとんどがばらつきもなく優秀です。ただマニアの中には買った餌木を風呂場で浮かべて試している。時には二十個買っても、気に入った物は一つしかない。他はすべて人にあげてしまうなんて方もいらっしゃいます。
尾崎 それほどこだわりがあるんですね。
日本ほどイカ釣りが盛んな国もない。これは関東では釣り人の間でマルイカと呼ばれるケンサキイカ
釣れなくて困った! そのとき水中では…!?
尾崎 これまでの釣り番組で、釣れないで困ったことがありました?
宮澤 ええ、ありましたよ。確か尾崎さんと一緒の番組でしたね。
尾崎 そうでしたね。あれは確かNHKの釣り番組で、九月の西伊豆でした。
宮澤 そうです。尾崎さんは水中でカメラを回している。釣りは午前と午後でした。午前はパンパンと釣れて、さすが名人という感じでした(笑)。ところが午後になると全然釣れない。場所も同じなんですけど、どうしたんだろうと思うほど釣れない。これは午前中は浅場に餌がいたからイカもいたけど、午後は日が出て、深いところへ移動してしまった。そのためイカがいなくなったのではないかと思ったんです。他の釣り番組なら場所を変えましょうということですませましたけど、この番組ではそうもいかない。現に尾崎さんは海に潜ったままで、つまりイカがいるってことなんですから。水中の真実を見せられちゃってますからね。あれには困りました。もう滅茶苦茶に焦りましたね(爆笑)。
尾崎 あの時、海に潜っていて、イカはいたんです。餌木の近くにもいたんです。だけど餌木を抱かなかった。
宮澤 どうしてですか?
尾崎 どうしてだと思います?
宮澤 でも最後は釣れたんですよ(笑)。それはなぜかというと、イカの心理状況が分かったからです。つまり、午前は、イカもお腹が空いていて食欲旺盛だった。だから釣れたんです。ところが昼は、太陽光があるから警戒心が高まり、より海底近くに隠れていたし、行動範囲も午前中より狭くなっていた。餌木を沈める深さも浅かったし、動かし方も早すぎたんです。そこでイカの心理を考えて、深く、ゆっくりと動かしたんです。そうしたら掛かった。あの時は、うれしかったですね。
尾崎 これは、他の釣り番組で、同じように釣れないことがあったんです。それも三日三晩かかっても釣れなかった。そこで水中カメラマンが私のところへ相談に来たんです。イカはいるはずなのに、どうして釣れないのか、ということなんです。
宮澤 どう返事されたんですか?
尾崎 つまり、宮澤さんはお分かりでしょうが、カメラマンもイカの気持ちになりきれなかったんでしょう。ただ、ここにイカがいるはずだとだけ思っている。
宮澤 これは魚でも同じですよ。やはりイカや魚の気持ちになって、ああ、この餌を食べたいな~と思わせなければ駄目なんです。
尾崎 それは水中では撮影していても分かるんです。餌木がイカを誘っている。沈めたり、浮かしたり、イカの反応を見て、餌木を動かす。そのテクニックですね。そうすると、イカが五十センチ離れていたものが、三十センチに近寄り、また五十センチに離れると、今度は三十センチから十センチに近づく。宮澤さんの凄いところは、イカの心理状況を見抜いて餌木を動かしている。そのうちに遠くにいた奴が、慌てて近づいてパッと抱きつく。その場合、イカは大きいほうより小さいほうが難しいですね。餌木が大きいですからね。イカの場合、自分の体と同じ大きさのほうに興味があって、掛かるんですよ。
9月中旬ともなると日本海ではコロッケサイズのアオリイカのエギングシーズンが開幕する
アオリイカもマダコと同様に寿命は1年。9月にコロッケサイズだったものが10月後半には500g以上に成長するものも
近年はアオリイカのみならずヤリイカ、ケンサキイカ、ヒイカなどの岸からのエギングも流行中
タコは自ら餌木を外してしまうほど頭がいい
尾崎 タコ釣りの魅力はなんですか?
宮澤 令和元年は東京湾でタコが物凄く釣れたんです。タコ釣りというのは、カニを餌にして釣るんですが、岸釣りでもディズニーランドの裏で釣れたり、川崎や羽田空港周辺では、今までの三十倍くらい釣れたんです。
ここ数年、東京湾では空前のマダコ船ブームが
尾崎 一日で二十、三十匹と釣っていたと言っていましたね。
宮澤 ええ、大きさも大きいものは二キロと大きいんです。
尾崎 それはやはりホンビノスガイという、タコの好物の餌が豊富にあるからだと思いますよ。
温暖化の影響でマダコの餌が増えたことでマダコも増えたと尾崎さんは考える
宮澤 タコが釣れるので、釣り人も増えて、船宿さんもにぎわいました。釣り方もこれまで手釣りだったので狙える範囲が狭かったのですが、今は、サオとリールを使っての船釣りで楽しみましょうというスタンスなので、攻められる範囲もグ~ンと広がりましたね。
尾崎 タコの餌木は、イカの餌木とどう違うんですか?
宮澤 船釣りの場合、餌木カラーも白いものや蛍光グリーン系が強いですよ。
尾崎 昔は、豚の白身が良いなんていっていましたけどね(笑)。
宮澤 そうです。ロースを買ってきて白い脂身を餌木に巻きつけたりしてやっていました(笑)。
尾崎 ただタコは地面を這っているので、釣り方が違いますね。
宮澤 ええ、基本ベタ底で根掛かりのひどい場所では、捨てオモリにしたりする工夫をしています。
尾崎 それとタコのほうが、イカより利口でしょう。
宮澤 利口です。とにかく餌木に掛かっても、自分で餌木を外してしまいますからね。それと釣り上げても、逃げ出すんです。洗たくネットに入れても、少しでも隙間を見せると、そこから逃げしてしまう。イカでは考えられないことですよ(笑)。
尾崎 船頭さんに聞いても、タコは腕が一本隙間から出ると全身で抜けるといいますよ。ところで、タコを釣るコツは何ですか?
宮澤 やはりタコの心理を知ることじゃないですか?
尾崎 (爆笑)これは名言ですね。
宮澤 ポイントを船で流す時に、タコにも様々な状態があります。積極的に動くタコもいるし、目の前に餌があっても動かないタコもいる。そのタコによって、どう調子を合わせられるかですよ。
尾崎 これは僕たち水中カメラの場合もそうなんですよ。このタコはこう動くならこうしようと、次のアクションを読むんです。それを知ってズームをかけます。つまりタコの気持ちになることでカメラを構えるんです。
岩だなに産みつけた卵を赤ちゃんが孵化するまでつきっきりで面倒をみるメスダコ。ちなみにこの卵を体内のどこから取り出すのかについて尾崎さんが新たな証拠を紹介しており、この本の監修をしていただいた日本のイカ・タコの権威である奥谷喬司・東京水産大学名誉教授も「これまでの定説が覆る大発見!」と驚かれていた
ハッチアウトするマダコの赤ちゃん
赤ちゃんが無事に孵化するのを見届けるとメスダコは1年の命を閉じる。その残骸はウツボなど多くの魚たちのごちそうになる
宮澤 釣れるタイミングは一瞬です。コンスタントに釣果を出すためには、そのタイミングを外さないこと。つまり先読みができているかどうかが、結果につながるんです。
尾崎 そうですね。つまり自分がタコの気持ちになるということなんです(笑)。それがまた楽しいんです。それと宮澤さんが釣っている瞬間を、私が水中で撮影するんですけど、まさにドン・ピシャリで、完璧なタイミングで釣っている。
宮澤 それは尾崎さんが先読みした同じタイミングで自分も同じ先読みをしているということですね。実はカメラマンとアングラーの呼吸も大切だったりしますね。
尾崎 そのタイミングが合った時はうれしい。宮澤さんは、とにかく魚でもイカ・タコでも誘いが抜群に上手い。それは何度も言うようにイカ・タコの気持ちが分かるからでしょうね。
宮澤 そうですね。その通りです(笑)。
尾崎 それは宮澤さんが経験豊富だからですよ。今日はありがとうございました。
(2020年11月6日高田馬場の喫茶店)
世の中にほとんど知られていないイカ&タコの面白エピソード
地元・東京湾を始め、世界中の海を60年以上も潜り続けてきた伝説的な水中カメラマンの尾崎幸司。そのライフワークにイカ・タコの観察がある。これまで見てきたイカ・タコの不思議や知られざる生態を詳らかにする。日本のイカ・タコ生態の権威である東京水産大学・奥谷喬司名誉教授をはじめ、イカ・タコ釣りの名人やイカ・タコ漁師との興味深い対談も収録。また生態に関して全編を奥谷教授に監修の協力を仰いだサイエンス本である。
本書には、長年の間に自身が海中で撮影した驚くべき瞬間や世の中にほとんど知られていない面白エピソードなどを多数収録しており、自分の目で見て撮影したこと、触ったこと、食べてみたこと、そして驚いたことなど、すべて自身の体験談である。マジシャンのようなイカ・タコの生態に、あなたもきっと驚かされるだろう。
どこかユーモラスで神秘的なタコやイカを海の中で追い続けて50年以上。その集大成がこの一冊に
目次
プロローグ 2
野生のタコと人間は愛を語れるか? 6
第一章 誰も知らない尾崎幸司の衝撃的な体験談ビックリショット
ヒメコウイカがテッポウエビを捕食! 14
マダコがイセエビを襲った! 16
子ダコがウツボに襲われた! 18
メバルがアオリカイカに襲われた! 20
タコがコブダイに餌を与える? 22
死んだメスダコをオスが食べる 24
イカの赤ちゃんをハコフグが食べる! 26
ワンダーパスの派手なカーテンにビックリ! 28
ワンダーパスは体で卵を育てている! 30
マダコがスナダコを襲う! 32
アミダコは中層を泳ぐ! 34
ホタルイカは、本当に「身投げイカ」なのか? 36
アルゴノーツの不思議な姿にビックリ! 38
カニに食べられているチリメンアオイガイ 40
東京湾でも見られるタコフネ 42
敵に対してドロドロの汚物を吐く! 44
ウツボに襲われ、墨を吐くアオリイカ 46
テナガダコがイカに変身した! 48
アオリイカが乱舞する交接シーン 50
スジコウイカがカイメンの仲間に産卵 52
卵を産んでいる時でも吸盤が確認している 54
コブシメの赤ちゃんが大海へ泳ぎ出す 56
第二章 イカ・タコビック対談
新発見! タコの卵はどこから出るのか? 奥谷喬司 59
海での適応能力は天才的だ! 萩原清司 67
釣りの極意はイカ・タコの心理を読むこと 宮澤幸則 74
アオリイカの漁獲が減っています! 須藤利博 80
第三章 マダコの日常生活 83
第四章 アルゴノーツの神秘な世界 95
第五章 イカとはどんな生きものか? 101
第六章 タコとはどんな生きものか? 108
第七章 知っているともっと面白い イカ・タコQ&A 116
第八章 イカの恋と産卵 123
アオリイカの恋の季節から産卵 ヒメコウイカの仲間の四季 オーストラリアコウイカの恋の争奪戦 コブシメの産卵と孵化 ミナミハナイカがエビを捕食した
第九章 イカ・タコ面白図鑑 139
エピローグ 159