我々アングラーを魅了してやまないハタ類。近年、特に首都圏のアングラーから太平洋側における生息域の北上に関する声が寄せられている。北上化は本当か? その原因は何か? ポイント定着性の強いこのターゲットと年以上三浦半島で魚類の捕獲データを記録する研究者が語る。
ロックフィッシュゲームを末永く楽しむために、知っておきたい資源保護の視点
写真&文◎工藤孝浩(神奈川県水産技術センター内水面試験場)
我々アングラーを魅了してやまないハタ類。近年、特に首都圏のアングラーから太平洋側における生息域の北上に関する声が寄せられている。
分布の北上は本当か? その原因は何か? 30年以上三浦半島で魚類の捕獲データを記録する研究者が語る。
若魚はすべてメスハタは性転換する魚
ハタ類は釣りでねらえる数ある根魚のなかで最大級に育つうえ、味はすこぶるよいものの、その反面個体数は多くない。つまりゲーム性と稀少性を兼ね備えた釣ってよし食べてよしの「根魚の至宝」と呼べる存在だ。ハタ類(スズキ目ハタ科ハタ亜科)は、全世界の暖かい海で繁栄しており、世界に32属234種、日本に11属65種が分布している。いずれも魚食性が強く大型となり、海底で単独生活する。
サンゴ礁の浅いリーフは多種多様な南方系のハタが暮らすホットスポット。激流が洗う荒磯にはクエが潜み、水深100mを超える中深場にはアラやマハタが暮らす。このようにハタ類は浅海から水深300mを超える深海まで多様な環境に適応し、それぞれの場所で食物連鎖の頂点に君臨している。
ハタ類の多くは雌性先熟型の性転換を行なう。すなわち、若い個体はすべてメスで、老成魚が性転換してオスになるのだ。マハタを例にすると、体重4kgでメスとして成熟し、10kgを超えるとオスになる。産卵期は3~5月で、数万粒もの卵をバラ撒いて産む。仔稚魚は1ヵ月もの浮遊生活を送り、背ビレ・腹ビレのトゲとエラブタの隅が長く伸びた特異な姿をしている。全長2cm弱で着底し、1歳で200g 、2歳半で約1kgに成長する。
◆釣りの対象となる主なハタ類
マハタ
アカハタ
キジハタ
オオモンハタ
分布域の北上とその原因
近年多くの釣り人から「ハタ類の分布が北上傾向にあるのでは?」との声が寄せられている。自身の釣果を通じたこの肌感覚はそのとおりで、実際にそれを裏づけるデータがある。私は神奈川県の三浦半島を拠点として、1988年から素潜りや釣りで確認された魚類の記録を取り続けている。もともと三浦半島にハタ類は多く生息していなかった。それでも、調査を行なった33年間で、6属18種のハタ類を確認している。それらのうち、1990年以降の出現状況を、5年間ごとの年代に区切って表に示した。確認された種数は2009年以前には4~5種で推移していたが、2010年代の7種を経て、2015年代は10種へと倍増。そして注目されるのは2020年以降で、1年半という短期間にもかかわらず、すでに11種が確認されており、うち5種は初めて発見されたもの。つまりハタ類は三浦半島において近年急増しており、これは分布の北上現象をとらえたものといえる。
南方系のハタが分布を北上させる際、ネックとなるのは水温だ。仔稚魚は長い浮遊期間をもつので、黒潮に乗れば容易に北上可能だが、行き着いた先の水温が低いと越冬・定着できない。その点、相模湾の冬季水温は過去60年間で約1℃上昇しており、現在では越冬可能な種が増えている。ハタ類北上の背景には、海の温暖化があるのだ。
ハタ前線はどこまで北上するのか
前述の調査で2020年に初めて確認された5種のうち、4種は8cm未満の幼魚で、その後、越冬できたかどうか分からない。しかし、もう1種は、越冬を経た15cmの1歳魚だった。目下の三浦半島は、南方からやってくるハタ類が越冬・定着できるか否かのボーダーライン、最前線にあると考えられるのだ。この南方系ハタが越冬する前線は、2000年代初頭までは伊豆大島北端から伊豆・房総両半島南端を結ぶあたりに位置していた。それが今は三浦半島や外房海域へと北上した。私が「ハタ前線」と名付けたラインには、この越冬前線のほかに繁殖前線がある。温帯に適応したマハタ、クエやキジハタの繁殖前線は南方系ハタの越冬前線とほぼ重なり、同様に北上している。
そして2015年以降になると、オオモンハタやアカハタなどのやや南方系のハタの繁殖前線が急速に北上して相模湾周辺にかかりはじめた。そのため近年はオオモンハタやアカハタが相模湾沿岸でよく釣れるようになった。今後のハタ前線は千葉県犬吠埼付近にまで到達し、ほぼそこで止まると考えられる(キジハタを除く)。それは鹿島灘以北の海域は黒潮の影響が極端に弱くなるうえ、冬季の水温低下が著しいためだ。この海域にはソイ類やアイナメ類といった根魚たちが定住しているが、ハタ類との競合は将来にわたって起こらないものと考えられる。
種とサイズに応じた資源保護策が有効
温暖化を背景として関東の海で増えてきたハタ類、この根魚の至宝を末永く釣り続けることができるように我々は資源保護に取り組む必要がある。定着性が強いハタ類には、キャッチ&リリースが有効だ。しかし、キープしたい釣り人のためには、キープ可能なサイズを種ごとに定め、それ以外のリリースを義務づけるのが現実的といえる。一般的にリリースは、繁殖に参加できない小型個体を対象とする。しかし、雌性先熟という特殊性を持ったハタ類の場合、オスになる大型個体もリリースしないと、オスがいなくなってしまう。
つまり、キャッチ&リリースを前提としつつ「キープは中型サイズにかぎる」という、変則的な体長制限を私は提言したい。他魚種に例を見ない先進的な制限で、実効性は高いと思われる。リリースサイズは繁殖サイズやオスの出現サイズを考慮し、種ごとに科学的に決めることが重要で、今後ここに私の出番があるかもしれない。
1988年から三浦半島を拠点として素潜りや釣りで確認された魚類の記録を取り続ける工藤さん。近年ハタ類の確認事例は確実に増加傾向にあり、海の中が変化していることが分かる
城ヶ島で捕獲されたアオノメハタ
これはユカタハタ。小網代湾にて
オオモンハタにも似た斑紋があるモヨウハタ(荒崎海岸)
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