エビは石の隙間に潜む。ゆえに根掛かりが多い釣りである。そこで、オモリが穴に入らないように考案された知恵が十字テンビンだ。開発者は東京都墨田区在住の口金職人、新村勇夫さん。アイデアグッズ誕生の経緯を聞いた。
石の隙間にオモリが入らないようにしたい!
写真・文◎編集部
エビは石の隙間に潜む。ゆえに根掛かりが多い釣りである。そこで、オモリが穴に入らないように考案された知恵が十字テンビンだ。開発者は東京都墨田区在住の口金職人、新村勇夫さん。アイデアグッズ誕生の経緯を聞いた。
この記事は月刊『つり人』2020年8月号に掲載したものを再編集しています
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目次
石の隙間にオモリが入らないようにしたい!
-- 新村さんのご出身はどちらですか?
新村 出身は栃木県栃木市です。中学を卒業後すぐに働くようになりまして、茨城県に口金の加工会社があってそこに勤めていました。間もなくその会社の本社がある東京に出て移り住んだのは昭和37年です。それからはずっと墨田区に住んでいて最初は会社員として修業を積み、やがて独立してハンドバックなんかの口金を加工しています。独立したのは昭和42年くらい。ずっと職人稼業です。今年で76歳ですが注文さえあればやりますよ。
新村勇夫さんは昭和19年生まれ。墨田区在住の口金職人である
いかにも下町という風情のある工場(こうば)で淡々と仕事をする
-- 幼いころから釣りが好きだったのですか?
新村 魚釣りは大好きでね。小・中学校とよくやりました。近所に大きな川はなくて川幅1、2mのお堀みたいな水路がありまして学校から帰ると毎日出かけてマブナ、モロコ、オイカワとたいした魚は釣れないのですが、ナマズやライギョなんかも捕れる。栃木は海がないから川魚をよく食べます。じいさん、ばあさんも魚を釣ると喜んでくれます。釣った魚を煮てくれてね。当時はミヤコタナゴもよく釣れて、食べたこともあります。ただ、あの魚は苦くてね(笑)。
-- では東京の墨田区に引っ越されてからもすぐに釣りを始めたのですね。
新村 東京に来てしばらくは仕事ばっかりでした。そのうち荒川でハゼを釣るようになって。小さい魚ですけど10尾とか20尾釣っては空揚げにして食べました。不味くはないのね、ハゼって(笑)。いつだったかなあ……ハゼ釣りに行くと、テナガエビを釣っている人がいました。荒川にもエビがいるのが分かって。私よりもまだ若い人だと思うけど「こういうふうに仕掛けを作って、こうやって釣るんだよ」と教えてくれた。エビを釣ることは難しくないけど、やり方が分からないし、ハリの大きさも分からない。その人に教わった仕掛けは下にオモリが付いて、フナ釣りでも使うような2本バリ仕掛けでしたね。
-- ゴツンコ仕掛けみたいな感じですか。
新村 そうですね。オーソドックスな昔の釣り方で、初めはエビ釣りという感覚ではなく、ハゼ釣りの延長という感じで楽しんでいました。そのうち知り合いができて仲間が増えて、その中で1人、エビ専門にやる人がいたんです。ほかはみんなハゼを釣るんですけど、その友人は9月のはじめ頃までずっとエビ釣りをしている。オモリを30個くらい持ってきてやるのですが、その日のうちになくなっちゃう(笑)。
-- 根掛かりばかりですね(笑)。
新村 そうそう。ゴロタ石の中で釣るもんだからね。当時は河川敷をきれいにしたばかり。石がきれいに積んである。時間とともに石穴は泥で埋まりますが当時はピカピカ。その中で釣るからたまったものじゃない。トラブルが多いからというんでテンビン作りの試行錯誤が始まったんです。最初はいろんなことを試しました。石の隙間にオモリが入らないようにしたいから、まずは棒を使うことにした。ハリスの先に棒を結びハリを4本付けました。棒とは口金にも使っている真鍮です。これがオモリ代わりになるんですね。
十字テンビン完成まで3年を要した
-- 最初は十字じゃなくて、ただの棒にハリを付けたということですね。
新村 そうです。棒が横になるようにミチイトを真ん中に結び付けました。でもバランスが悪いし、ハリスが石にベタッと付くのでハリがすぐに引っ掛かる。次に真鍮で輪っかになるような台座を作りました。それでハリを4本ぶら下げる。これは重たくて仕方がない。今度は20cmくらいの3mm径の真鍮を使い、棒の上下にイトを結べるリングをくっ付けハリスを結んでみた。けど、やっぱり重い。下バリは根掛かってすぐに切れます。そこで真鍮の棒を2.5mm径にして軽くし、腕を出したらどうかということで片テンビンにした。そのテンビンのアームはテグスで作りましたね。
-- まだ十字型ではないんですね。テンビンのアーム部分はテグスを縒ったのですか?
新村 そうです。しかしテグスは軟らかい。水中だと〝しなっちゃう〟んですよ。テンビン効果がなくなります。初めの2、3回はいいんですけど、だんだんと張りがなくなって、エビが掛かると余計に垂れちゃう。それでも1年くらいは試しました。仲間にも使ってもらって。すると仲間が「こういうのが売ってるから」と細いワイヤーを渡してくれたのです。直径0.9mmのステンレスワイヤーです。これなら張りもあるし、エビが掛かっても垂れすぎません。
「いい型のエビですね」と目を細める新村さん
後編「オートマチックにエビがかかる!」へ続く……
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この記事は単行本『テナガエビ釣りの「コツ」全部』でも読むことができます。十字テンビンができるまでの作業工程などより詳しくは本書にて!