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編集部2022年9月16日

アユ釣り場の環境問題/ミズワタクチビルケイソウの現状と対策

アユ 環境レポート

近年、北米原産の珪藻の一種・ミズワタクチビルケイソウが国内の河川で繁殖し問題視されている。すでに多くの河川で異常発生していると報告されており、分厚く繁茂するとアユの成長にきわめて大きな影響を与えると懸念される。水生昆虫にも影響を及ぼすことからヤマメやアマゴなどの生息にも無関係ではない。現状と対策について考察する。

すでにアユの漁場被害も。釣り人にできる対策は?

解説◎鵜木陽子、まとめ◎浦壮一郎

 近年、北米原産の珪藻の一種・ミズワタクチビルケイソウが国内の河川で繁殖し問題視されている。すでに多くの河川で異常発生していると報告されており、分厚く繁茂するとアユの成長にきわめて大きな影響を与えると懸念される。水生昆虫にも影響を及ぼすことからヤマメやアマゴなどの生息にも無関係ではない。現状と対策について考察する。

この記事は月刊『つり人』2022年10月号に掲載したものを再編集しています

タイトル写真:川底を覆い尽くすミズワタクチビルケイソウ。遺伝子解析の結果、北米原産の外来移入種であることが確認された(写真提供・佐藤成史)

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解説◎鵜木陽子(うのき・ようこ)

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大分県大分市出身。高知大学農学部農芸化学科卒業。博士(農学)。現職は九州大学大学院工学研究院・付属環境工学研究教育センター(環境社会部門生態工学研究室)学術研究員



川に持ち込まないために釣り人ができる対策

鵜木陽子さんのおすすめフエルト洗浄方法

2%のハイター(ハイターを50倍希釈)に2分間ほど漬けるのが簡単で確実。顕微鏡で見ると数秒で細胞の内容物が溶け出てくる。

または

5%以上の食塩水(1リットル弱の水に50gの食塩を溶かす)に1分以上浸す

※塩やハイターを使用する場合は現場(河川や周辺の土壌)にその廃液を流さないように注意。塩は塩害になってしまう。河川間を移動する際は、殺藻液とすすぎ用の水をそれぞれ用意しておくのがおすすめ

ミズワタクチビルケイソウでアユはエサを食べられなくなる

 河床の石にはさまざまな付着藻類が着生している。珪藻(ケイソウ)類、藍藻(ランソウ)類がその代表例となるが、いずれもアユにとって重要なエサとなる。ところが近年、川底を覆い尽くし、河川の生態系に多大な影響を及ぼすとされる珪藻が問題になっている。

 2006年、九州の筑後川でアユの胃内容物から見つかった、国内初記録とされるミズワタクチビルケイソウがそれだ。北米北西部原産とされる同種は現在、九州のみならず中部、関東、東北などの各地にまで拡大しており、すでに全国各地に拡散しているとも指摘される。

 大量発生すると河床の石を覆い尽くすほどになり、そうなるとアユのエサにはなり得ず、むしろアユに必要な珪藻や藍藻の成育を阻害することになる。また水生昆虫への影響も無視できない状況となることから、ヤマメやアマゴ、イワナなどの渓流魚への影響も懸念される。

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ミズワタクチビルケイソウが異常発生するとアユは石に付着した藍藻を食べることができなくなる。アユ釣りにとって大きなダメージとなることは間違いない

 ミズワタクチビルケイソウは北米原産であると述べたが、今年6月、外来侵入種であることを科学的に証明した論文(注1)が発表され注目を集めた。

 論文の著者は九州大学の鵜木陽子・学術研究員のほか、東京学芸大学教育学部の真山茂樹名誉教授、河川生物研究所の洲澤譲さん、九州大学大学院農学研究院の栗原暁助教および島崎洋平准教授、群馬県東部農業事務所の久下敏宏博士ら。同論文は近年、河川で異常発生している珪藻がCymbella janischii (和名:ミズワタクチビルケイソウ)という外来侵入種であり、国内で急速に拡散されたことを遺伝子解析によって明らかにしたもの。著者は環境DNAから本種を迅速・高感度に検出する方法を開発するとともに、他の研究者と協力しながら生態系への影響や侵入特性について調査を続けている。

 お話をうかがったのは筆頭筆者の九州大学・学術研究員である鵜木陽子さん。研究者でありながら実はフライフィッシング歴20年以上の経歴を持つ釣り人でもある。

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ミズワタクチビルケイソウの顕微鏡写真(提供・鵜木ら 注1 より)

注1:鵜木ら、BioInvasions Records,Vol.11,P.409-415(2022年).

秋から春にかけて繁殖? データは未解明

 ミズワタクチビルケイソウが問題視される以前から世界的に拡大していたのが、主にニュージーランドの河川において大発生したディディーモである。これも系統学的にミズワタクチビルケイソウに近い種であるが、発見から20年近く多くの研究者によって研究されてきたにも関わらず、その生態や生理はいまだ完全には解明されていない。

 一方。日本国内での拡大が懸念されるミズワタクチビルケイソウはまだ研究が始まったばかりであり、原産国の北米においても詳しい生態や生理は分かっていないのだという。鵜木さんは言う。

「ニュージーランドで大問題になったディディーモは世界的に拡大したため多くの研究者がいろいろなことを調べていますが、それでもなにが原因で繁茂するのか、まだ完全には解明されていません。ある川では繁茂しているけれども、同じ条件の別の川では繁茂していない、といったぐあい。自然環境下ではさまざまな要因が複合的に絡んでくるためと思われます。ミズワタクチビルケイソウはこれからデータを集めていくところです」

 その生態がほとんど未解明であるミズワタクチビルケイソウだが、何が問題なのか。

「すでにアユの漁場被害が出ていることは報告されています(注2)。また繁茂している区間で私自身が釣りをしていて気になるのは、生物の気配が感じられないことです。水生昆虫もきわめて少なく、食物連鎖的にもデスリバーになってしまっています」

 全国に拡大しつつあるミズワタクチビルケイソウだが、どのような環境に適応しやすいのだろうか。最も目立つ季節は秋から春。このため、ひとつの傾向として高水温に弱いのではないか、と考えられている。ただし確認されている地点の現地計測データは約5℃~21℃と幅広く(注3)、水温のみで判断することはできない。鵜木さんは言う。

「主に秋から春すぎまで増えますが、おそらく水量との関係もあるだろうと考えています。秋以降は川の水量も少なく繁茂しやすいため分厚く堆積をしていく傾向があります。ところが梅雨に大雨が降ると一掃される場合もある。完全にはいなくならないのですが、見た目にはマット状の集合体が見られなくなります」

 夏に目立たないミズワタクチビルケイソウだが、分からないだけで石には残っている。そこで釣りをした釣り人たちが別の川へと移動したらどうなるか。容易に想像がつくはず。移動の際はウエーディングシューズを消毒するなどの対策が必須となるわけである。

注2:ミズワタクチビルケイソウの繁茂率が40%を超えると、アユの確認数が極端に減少する(山梨県・富士川水系支流荒川における報告/芦澤・加地、山梨県水産技術センター事業報告書 第46号,p.34-38 2019年)

注3:洲澤・洲澤、神奈川自然誌資料 第42号,p.87-93(2021年)

ダムのフラッシュ放流に期待

 では、すでに確認されてしまった河川における対策はあるのだろうか。

「もちろん拡大を抑えることができるならそれに越したことはないですが、もう入ってしまった河川については大繁殖しないようにコントロールしてゆくことが重要だと考えています」

 どのようにコントロールするのか。その一案がダムのフラッシュ放流である。鵜木さんは続ける。

「ミズワタクチビルケイソウは主にダムの下流で確認されることが多いです。なぜダム下流で確認されるのか。その原因として考えられているのが砂礫の供給が絶たれていること、そして(取水により)水量が少ないことなどです。これらが起因して繁茂しやすくなっているのではないかと推察しています。そうであればダムのフラッシュ放流によって繁茂を予防する方法が考えられます」

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ミズワタクチビルケイソウはダム下流部で確認されることが多いという。人為的に小規模洪水を発生させるフラッシュ放流(土砂還元をともなうもの)が対策として考えられるという

 ダムの下流域は本来供給されるべき礫(土砂)の供給が絶たれるとともに、発電や利水(水道や農業用水など)を目的のひとつにしている場合は取水による減水区間が生じる。そのことで河床の粗粒化(大きな石のみが残る)と減水による付着藻類の繁茂(ミズワタクチビルケイソウ含む)が顕著となり、河川環境を悪化させていることが問題視されてきた。

 このため人為的に小規模洪水を発生させるフラッシュ放流を実施しているダムもあり、その際、ダムに堆積した礫をダム下流に置き土することで一定期間河床環境が改善されることが報告されている。本誌2022年4月号で紹介した土砂還元の試みがまさにそれであり、ダムによる弊害をいくぶんかは緩和することができる。

 ミズワタクチビルケイソウへの対策としても、ダムのフラッシュ放流が有効ではないかと鵜木さんは言う。

「ミズワタクチビルケイソウが問題視される以前からフラッシュ放流が実施される河川はありました。糸状藻類やミズワタクチビルケイソウなどの柄付着型珪藻が増えるとアユが好む珪藻ではないためかアユの生育や生息に影響が出てしまう。そこでフラッシュ放流による砂礫の流下で糸状藻類や柄付着型珪藻が剥がされて、それが再生産する過程でアユが好む藍藻が増えてくる。そういった研究が行なわれてきました(注4)。ミズワタクチビルケイソウについても同じような手法で予防できるのではないかと考えています」

 ダムは中規模河川なら50年確率、大規模河川では100年あるいは200年確率の洪水を視野に建設が計画される。つまりダムが完成するとその下流は10年確率など災害が発生しない小規模、中規模の洪水が起こらない状況が続くことになる。

 もともと急流河川が多い日本の河川は、欧州や北米などの傾斜が緩やかな河川と比較して攪乱が多いことが特徴だといわれる。ところがダム下流部は攪乱が少なく、土砂供給の遮断されることで、本来繁茂しにくいはずの糸状藻類や柄付着型珪藻が大発生するようになったわけである。ダムに原因があるのなら、その欠点を緩和すればよい。現時点でもっとも効果的なのが人為的に小規模洪水を発生させるフラッシュ放流だというわけだ。

「私が日頃見ている川で気づいたのは、土砂の流下が多い川でミズワタクチビルケイソウの繁茂が見られないことです。その川は釣り人がよく来る川なので持ち込まれていてもおかしくはないですが、繁茂していない。同じ水系でも土砂が少ないところでは確認しています。ですから、もしかすると土砂量が多いか少ないかで差が生じるのかもしれません。土砂の流下が多いと川底の石は磨かれ、ミズワタクチビルケイソウが付着しようにも削られていく。そうした川の自浄作用が必要なのかもしれません。ただ、土砂が多すぎるのも別の問題を引き起こすので、バランスが必要だと思います」

 日本の川は大規模な貯水ダムのみならず小さな取水堰堤(頭首工)や砂防ダム、治山ダムなどによって土砂流下が絶たれている。取水による水位低下と土砂供給不足がミズワタクチビルケイソウの発生を促進させているとすれば、貯水ダムや頭首工は土砂還元を伴うフラッシュ放流、砂防および治山ダムは既設ダムのスリット化を進めることが、現時点で考え得る施策だといえる。

 他方、ミズワタクチビルケイソウが拡大し問題視されたことで、その他の珪藻に対しても悪いイメージを持ち始めた人もいることだろう。そうした風評について鵜木さんは次のように指摘する。

「珪藻は地球環境や生態系にとってとても重要な生き物です。珪藻が二酸化炭素を取り込んで酸素を排出する量は世界の全熱帯雨林に相当し、地球上の光合成生物が放出する酸素の20%を担っていると言われます。ミズワタクチビルケイソウは今厄介者の扱いを受けていますが、この問題は他の重要なサインである可能性もあります。ミズワタクチビルケイソウの根本の問題がどこにあるのか、きちんと調べていきたいと思います」

 ミズワタクチビルケイソウを含む柄付着型珪藻も、本来は他の生物に影響を及ぼす存在ではなかったのかもしれない。しかしダム開発などの環境改変により必要以上に繁茂し続けた結果、厄介者扱いされているということ。であれば、まずは根本原因であるダムなどの影響を軽減するのが道理だといえる。河川管理者らもこれまで行なってきた行為を猛省しつつ、フラッシュ放流など今できる対策を積極的に進めてもらいたいものである。

 

注4:例:赤松ら、河川技術論文集,第18巻,p.167-172(2012年)

 

 

 

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