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編集部2023年12月29日

ヤフオクで見つけた運命のランディングネット

月刊つり人ブログ 編集部員のおすすめタックル

フライフィッシャーにとって、ランディングネットはただ釣った魚をすくうだけの道具にあらず。そこには個々のささやかな美意識や遊び心、センスが発揮される。そんな道具を一度ならず二度までも釣り場で失くした編集者のザンゲとは!?

喪失と出会い

文◎小野 弘

 フライフィッシャーにとって、ランディングネットはただ釣った魚をすくうだけの道具にあらず。そこには個々のささやかな美意識や遊び心、センスが発揮される。そんな道具を一度ならず二度までも釣り場で失くした編集者のザンゲとは!?

筆者プロフィール

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小野弘/月刊『つり人』編集部 書籍担当。中学時代からフライフィッシングを始め、つり人社では『FlyFisher』3代目編集長を経て2000年以降は単行本編集担当。

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来夏はこんなイワナと三代目ランディングネットを濡らしたい

 

“準必需品”に宿るもの

 どの釣りにも「必需品」と「必需品ではないが大変便利なモノ」がある。ここであなたの好きな釣りジャンルに置き換えて考えていただきたいのだが、後者は絶対的存在ではないがゆえに、本来求められる機能とは別に個人の好みや嗜好が色濃く反映されやすい。そう思いませんか?

 僕の専門(最近は「かつての」とカッコつきだが)の渓流フライフィッシングでいえば、ランディングネットはその典型だ。文字どおり魚をすくうための道具で、購入の際はネットと魚の大きさとのバランスやフレームの形状などを考慮する必要があるが、別段難しいことではない。

 キャッチ&リリースを前提とするなら魚体にダメージを与えにくい網の素材も吟味されてしかるべきだが、どちらかといえば個人の嗜好が優先されがち。つまり、多少乱暴にいってしまえば、要は本人が気に入るかどうか。だってハンドルの木目の美しさやそれが銘木かどうかなんて本来の目的とは全く関係ないし、イワナやヤマメ・アマゴだって、「こんなにきれいなネットだったら収まってやってもいいや」なんて思うわけがない。そういう意味ではフライフィッシャーの美意識やセンスが宿るギアといってもいいかもしれない。

 僕自身は、たまたまそのような自己陶酔系フライフィッシャーではなかったので長らくランディングネットを所有していなかった。だからといって美意識がなかったわけではないことは一応、申し添えておきたい。僕にだって美しいモノを愛でたい気持ちくらいある。

 ただ、ハンドメイドのランディングネットは何しろ高価で下手するとリールが1個買える値段だから、なかなか手が出ない。それでも、『FlyFisher』の編集をしていると(大昔の話、です)、撮影上どうしてもランディングネットが必要な場面が出てくる。そこでとうとう手に入れたのが、羽子板のような形状の薄い竹フレームに、モスグリーンのメッシュネット(網)を組み合わせたリリースネットだった。大きさは尺ヤマメがちょうどすくえるくらいのサイズ。身に着けている感覚がないほど軽いのと、同じネットの人とバッティングすることがなくて数年愛用した。

 ところが、あるとき雨天の渓流型管理釣り場に置き忘れて失くしてしまったのだ。さらに運悪く、同じ型・サイズのそのネットはもう販売されていなかった。またネットを失くしたのと前後して『FlyFisher』編集長を降板し、公私ともに渓流フライフィッシングの機会が減った僕はネットをもつ必要性がなくなり、“ネットなしフライフィッシャー”に戻っていった。

 

2代目ランディングネット

 その後何年かして、夏の帰省時に源流イワナ釣りにご一緒してくださる方ができた。行先はいつもその方にお任せで、放流実績のほとんどない流域ばかり。そして夏のドライフライに飛び出すイワナたちは、とびきりたくましくて美しい。そんな魚ばかり釣っていると、どうしたって魚体をしげしげと眺めたくなる。そこで生涯2本目のランディングネットを探しはじめた。従兄弟のフライショップでそれはすぐに見つかった。

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夏の東北の源流

FlyFisher』編集者時代にお世話になった蜉蝣ロッド(バンブーロッド)のビルダーとして知られる石田秀登さんのハンドメイドで、当時流行していた古墳時代の勾玉のようなカーブフレームではなく、美しいオーバルフレームだったことが購入の決め手だった。

 ああしかし、またしても僕はネットを失くしてしまうのだ。それも、二度も。

 一度目は、渓流である大岩の上にせり出した木の枝の狭い空間をくぐり抜けたとき、その枝に引っ掛けてネットリリーサーが外れたことに気づかなかった。フライフィッシングでは、ランディングネットはベストの背中に吊り下げて携行することが多い。僕のはマグネット脱着式で、強力な磁力で1つになっていて手で強く引っ張ると2つに分かれるタイプだ。歩いたり走ったり跳ねたりするくらいでは外れないが、枝に引っ掛けたのはまずかった。そして人の目は背中にはついていない…。

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リリースして流れに戻るイワナと二代目ランディングネット

 ところが数日後、同行者の方から「小野さんのネット、あったすよ」と電話があった。なんと翌日、空身でその渓を遡行し、「枝に引っ掛けて失くすとしたらココしかねぇ」と場所をピンポイントで特定し見つけてくださったのだ。僕は、お礼を言う前に空いた口がふさがらなかったが、おかげでネットと再会を果たすことができた。

 その数年後に二度目の悲劇が起きた。ネットを見つけてくださったその方とまた夏の源流へ行き、いい型のイワナが釣れてスマホで写真を撮ろうとした。美しい玉砂利の岸があったのでネットからイワナを出して置き撮影をすませると、「あれ……ネットがない!?」。頭の中で一連の動作を逆回転させると、ネットを置いたのはほとんど流れがないとはいえ岸ではなく浅瀬だったような…あ! 視線の先には今まさに激流に飲み込まれ暗い淵の底へと沈んでゆくネットの姿。

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二代目ランディングネットを失くした渓で。温泉水の流入で流れが濁っている

 人生2つめのランディングネットは今度こそ源流の藻屑となって失われたのだった。しかも悪いことは重なるもので、蜉蝣の石田さんはその頃にはネット製作をやめてロッド生産一本になっていた。再購入は不可だった。

ポストコロナのために用意した三代目ネット

  一度ならず二度までも(しかも二度目は二回も失くした)ネットを失くしたショックは大きかった。釣りザオやリールなら、折れたり、壊れたりして使用不能になることはあるだろう。ランディングネットでも同じトラブルは起きなくもない。だけど僕の場合、それはある日突然目の前から消えてなくなるのだ。僕の背中にいるのがそんなにいやなの? 本当は自分の不注意なのだが、いくらそういって責任転嫁しても彼女たちは戻って来ない。

 それでも、破れたハートを抱えたまま僕はみたびネットを探すことになる。だって、失恋の痛手は新しい恋で癒すしかないから。いやそれは違うか。ともかく、三代目のネットはヤフオクで見つけた。ティアドロップ・フレームに手編みのクレモナがやさしくマッチしたランディングネットで、手元に届くと、『FlyFisher』時代にお世話になった方が興したメーカーの製品であることが分かった。その方は事業が行き詰ってしまいその後行方知れずになってしまったのだが、僕のところに来たのは何かの縁なのかもしれない。

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まだ濡れたことがない三代目ランディングネット

 しかし今夏、このネットが濡れることはなかった。例の源流にご一緒してくださる方のお師匠様がお亡くなりになり、僕とその方は今夏の源流釣行をやめて喪に服した。

 来夏こそはこのネットをイワナとともに清らかな源流に浸そうと思っているのだが、一方では「また失くすんじゃないか?」とビビってもいる。果たして「三度目の正直」となるか、あるいは「二度あることは三度ある」過ちを犯してしまうのか。そんなことを考え出すと、釣り場に持ち出す勇気があるかどうか今イチ自信がない。もしかしたらこのまま絵にかいた餅のようなネットになってしまうのかも!?

 それからもう1つ。最初に、フライフィッシャーが選ぶランディングネットにはそれぞれの美意識や遊び心、センスが発揮されると書いたが、今まで自分が選んできた3つのネットはそれぞれ形が全然違うことに今、気が付いた。つまり、その…僕の美意識って何なんでしょう? だれか教えて!

 

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