和竿師と呼ばれる職人が丹精込めて作り上げる江戸和竿。オーダー品の“御誂え”ともなれば、世界にただ一竿しかない逸品だ。かつて旦那衆と呼ばれた裕福な釣り人たちは、贔屓(ひいき)の和竿師に時間とお金をたっぷりかけて、粋でいなせに遊んだらしい。 一方こちとらは小さな釣り出版社の窓際編集者。ヒマもカネもないけれど、和竿で釣りをしてみたいなあ…そこで僕がとった手段は―。
ネットで“和竿の落穂拾い”
文◎小野 弘
和竿師と呼ばれる職人が丹精込めて作り上げる江戸和竿。オーダー品の“御誂え”ともなれば、世界にただ一竿しかない逸品だ。かつて旦那衆と呼ばれた裕福な釣り人たちは、贔屓(ひいき)の和竿師に時間とお金をたっぷりかけて、粋でいなせに遊んだらしい。
一方こちとらは小さな釣り出版社の窓際編集者。ヒマもカネもないけれど、和竿で釣りをしてみたいなあ…そこで僕がとった手段は―。
筆者プロフィール
小野弘/月刊『つり人』編集部 書籍担当。中学時代からフライフィッシングを始め、つり人社では『FlyFisher』編集長も務めたが近年は和竿のハゼ釣りにハマっている。
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和竿でハゼ釣りの夢をかなえたい
フライフィッシングやヘラブナ釣りの愛好者を除けば、今の釣り人はほとんど竹の竿には縁がないと思う。昭和40生まれの僕だって子どもの頃初めてフナ釣りをした竿はグラス製だったし、中学生の頃にはカーボンのフライロッドを振っていた。
ところが、『平成の竹竿職人』『続・平成の竹竿職人 焼印の顔』『釣り具CLASSICOモノ語り』『和竿大全』といった葛島一美さんの一連の著作の編集を担当するうち、少しずつ和竿に興味がわいてきた。「人間五十年」を過ぎる頃には、職人の技と人の手の温もりを感じられる竹の竿で釣りをしてみたい気持ちがいよいよ強くなった。それも今一番人気のタナゴではなく、ハゼ竿になぜか惹かれたのだ。
●参考:こちらの動画で伝統の技術を受け継ぐ職人による江戸和竿製作のようすを見ることができます
単行本の受け売りを書くと、ハゼの和竿は竹の各節に極細の穴を開けた中通しが主流で、手元付近に設けられた棒杭と言う小さな突起に糸を巻き付け、その糸を出し入れして釣りをする。長さは水雷(すいらい)と呼ばれる4尺以下の短竿から10数尺まであり、継ぎ数は一本竿から通常は四本継ぎくらいまで。中には“追い継ぎ”などの今で言うズームに近い機能を備えた特注品もある。
さて、江戸和竿といえば経済産業省の指定も受けた伝統的工芸品であり、当然のこと値も張る。しかもハゼ釣りは、対(つい)竿と言って同時に2本の竿を操り釣りをするスタイルなのでますます購入のハードルが高くなるのであった。
(※求めやすい価格の完成品を販売している和の釣具店もある。また実際には一本竿でも問題ないのだが、どうせならいかにもな格好でやりたいというミーハー根性です)
ネットオークションの沼にハマる
そこで思いついたのが中古品をあたることだった。ネットオークションをのぞくと、おお!和竿がたくさん出品されているじゃないか。多いのはヘラブナ竿やアユ竿、ガイド付きの船竿だが、検索を繰り返すうちにハゼ竿が見つかり、何度目かのトライで落札できた。
手元に届いた初めてのハゼ和竿は、しばらく使われていなかったようで煤けた感じがした。それでも、ぬるま湯に浸して絞った雑巾でていねいに汚れを落とし、乾拭きしてから用意していた「竿の油」を薄く塗り拭き上げると、表面の漆が艶を取り戻して見違えるようになった。昔はこんなにステキな道具で釣りをしていたのかとうらやましくなった。今までこの世界を知らなかったことをちょっと後悔したほどだ。また、袋が付属していなかったので稲荷町の東作本店に行って唐桟織の竿袋を奢ると、これが似合うの何のって、もう気分は一端の和竿ファンである。
それから調子に乗って落札を重ねていく間には何度も失敗もあった。中古品でも名のある竿師のブランド竿は人気が高く、つい予算を超えて競り上げてしまったり、ハゼ竿だと思っていたのがキス竿だったり(通常ハゼ竿は穂先が布袋竹、キス竿は矢竹。ただしキス竿でもハゼ釣りに使えないことはない)、継いでみると写真では分からなかったすげ口のひび割れに気づいて頭を抱えたり、きつ過ぎてすげ込みが充分に入らなかったりetc. そんな経験は肥やしと思い、同じ轍を二度踏まないように気をつけている。不明な点はあらかじめ質問してクリアにしておくこと、出品者が和竿に詳しくないリサイクル業者等の場合は特に慎重になることなどを学んだ。
ネットオークションではいつ、どんな竿が出品されるか分からないワクワクさと、見えない相手と戦って落札できるかどうかのドキドキ感が魅力だ。
もう一つ、予想外の大きな喜びもあった。それは和竿の背景が時に垣間見えることだ。落札後に出品者とのやり取りを通じて、この竿は釣りが大好きだった自営業者の叔父の遺品で、叔父は仕事で出かけると取引先の釣り好きと話し込んで日が暮れるまで帰ってこなかったなどという楽しいエピソードを聞かせてもらえたり、またある時には、手元に届いた竿の袋に釣り会らしき名称と持ち主の名前が書かれていて意外なドラマに発展したこともある。出品者が関西の方だった時は、江戸和竿がどういう経緯でそこにあったのか、持ち主はどこでどうして使っていたのだろうかと想像したりもした。
ハゼ釣りのために求めた中古の和竿は、僕にとっては一種のタイムマシンでもあった。以来、その魅力にすっかりハマり、“和竿の落穂拾い”と称して先人たちが遺してくれた「物語のある和竿との出会い」を求め続けている。もっとも最近は、「これ全部落札したお金で注文竿が買えたかも…」と思わないでもないのだが。
一度味わうと病みつきになる感覚
和竿でハゼ釣りを始めてほんの数年、まだわずかな本数にしか触れていない(しかも全部中古の。笑)僕に語れるウンチクは全くない。それでも、「和竿のハゼ釣りって楽しいですか?」と誰かに聞かれたら、「めちゃくちゃ面白くて楽しいですよ!」と即答するし、人にも勧めたくなる。あなたもやってみませんか? あんなに小さな魚でも15cm前後の良型を掛けると「おっ!」と驚く元気な引きを見せてくれるし、和竿であの感触を味わうと病みつきになる。また、ハゼは子供でも手軽に釣れる一方でエサを食い逃げするのが上手く、どうやってアタリを出して釣果に結び付けていくかを工夫するのが面白い。
昔のハゼ竿の中には、穂先付近に複数の小さな金属のリングが付いているものがあり、ハゼがエサに食いつくと振動がリングに伝わりシャラシャラと鳴る。だからてっきり“竿鈴”的なアイテムだと思っていたところ、「東京はぜ釣り研究会」で会長を務める弊社会長の鈴木に「あれでアタリを取っていたんじゃ~遅すぎるよ」と笑われた。では何なのかというと、どうも競技の釣りで相手にプレッシャーを与えるための当時流行したアイテムらしく、赤面するやら驚かされるやら。
和竿で釣りをしていると、僕自身がいまだ扱いに慣れていないせいもあるが、所作がやさしくなる気がしている。それはきっと竹という天然素材のおかげもあるだろう。
僕の手元にあるのは多くが物故した竿師たちの作品だ。その和竿を、下手くそながらも令和の世で大事に使い、魚たちと遊んで、願わくばいつの日か次の誰かにも使ってもらえればと思っている。
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