著者はデータを積み重ね、裁判の判決文のように明確な論理をもって、ネオニコチノイド系殺虫剤が水中の食物連鎖を破壊し、その結果同湖におけるウナギとワカサギの漁獲高が激減したという結論を導き出す。SDGs、生物多様性の重要性が叫ばれるいま、あるべき姿の生態系を取り戻すための大きな指針となるに違いない。
東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス
つり人オンライン=まとめ
近年ミツバチの大量死などで注目を浴びた「ネオニコチノイド系殺虫剤」。日本の水田で広く使用されているこの農薬は魚にも悪影響を及ぼしているのではないか?と懸念した釣り人も多いだろう。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授である著者は、卒業論文・修士論文・学位論文のすべてを、宍道湖をテーマに書いた。そのデータを駆使し、「化学分析」という武器をもとに、釣り人が抱いた懸念と同じ疑問に切り込んでいく。
著者はデータを積み重ね、裁判の判決文のように明確な論理をもって、ネオニコチノイド系殺虫剤が水中の食物連鎖を破壊し、その結果同湖におけるウナギとワカサギの漁獲量が激減したという結論を導き出す。また、その過程では非常に興味深い注目すべき事例も次々に明らかにされていく。それは私たちが漠然と抱いている常識を覆す内容や、さらにはネオニコチノイド系殺虫剤使用以前にも他の要素で水辺の生態系が激変していた事実が明らかにされる。
さらに巻末には、編集部取材による、ネオニコチノイド系殺虫剤を使用しない水稲栽培方法を確立した兵庫県豊岡市の事例を掲載。無農薬栽培の現実的な課題を伝える視点も盛り込んだ。
SDGs、生物多様性の重要性が叫ばれるいま、本書によって著者の視点を共有し知識を得ることは、釣り人をはじめ水辺を愛する人たちの視野を広げ視界を明るく照らし考えを深め、あるべき姿の生態系を取り戻すための大きな指針となるに違いない。
はじめに
月刊『つり人』編集部=文、p002~003よりウェブ用に再編集して掲載本書は、島根県・宍道湖の魚類の減少に、日本では広く使用されている「ネオニコチノイド系殺虫剤」という農薬がかかわっていることを明らかにした、東京大学の山室真澄教授らの研究を解説した月刊『つり人』の連載(2020年7月号~2021年2月号)を一冊にまとめたものです。
◆外部リンク
産総研:ウナギやワカサギの減少の一因として殺虫剤が浮上
この研究成果は2019年11月、世界で最も権威のある学術誌のひとつ『Science』に掲載され、大きな話題になりました。釣り人が漠然と不安を感じながらも確証を得られずにいた農薬の影響を、山室先生らのチームが客観的なデータで示してくれたのです。我が国の水辺の将来を考えるうえで間違いなく重大な意味をもつ研究成果です。
とはいえ、山室先生も私たち編集部も、この研究事例のうわべだけが伝わってしまい「農薬=悪」という意見が独り歩きしてしまうことは望んでいません。
ネオニコチノイド系殺虫剤は、その是非はともかく、現実に農作物を害虫の被害から守るという役割を果たしています。その農薬がなぜ害虫だけではなく魚類も減らすに至ってしまったのか。私たちになにができるのか。それを考えるには、魚類を取りまく食物連鎖の仕組みや、いろいろな種類がある農薬のなかでネオニコがもつ特徴なども正しく理解しておく必要があります。
そこで編集部では、この研究で明らかになった事実の表面的な部分だけではなく、環境の中で何が起きていたのかを読者のみなさんと一緒に学んでいけるような記事の執筆をお願いしました。
たとえば第2回(P28)では水辺の生態系における食物連鎖の特徴を解説。また、続く第3回(P41)では、生態系の変化の原因を理解するうえで欠かせない「物質循環」の概念を解説していただくなど、私たち編集部を含め生態学を学んだことのない人でもイチから学べる内容になっています。
それを踏まえたうえで、山室先生が宍道湖の事例の原因をネオニコに絞り込んだ過程を追いかけてみてください。もし、あなたが身近な水辺の異変に気づいたときに、ネオニコを疑えばいいのか、そうではないのか、もしそうならどうやって根拠を集めたらよいのか、ヒントになってくれるでしょう。
これは簡単に答えが出せる問題ではありません。
ですが、この本を手に取っていただいたあなたは、水辺の環境に興味のある方であろうと思います。魚釣りなどを通じて水辺に親しんでいる方も多いでしょう。私たちは水辺を通じて、業界や専門分野や立ち場の違うたくさんの人が同じ方向を向いています。それぞれの視点を活かして議論を重ねていけば、将来へ向けて前向きな提案ができるはずです。
CONTENTS
はじめに 2Interview
幼少期から現在まで水辺がライフワーク! 6
山室真澄教授の信念に迫る
魚はなぜ減った? 見えない犯人を追う
第1回 宍道湖のシジミ研究とネオニコチノイド系殺虫剤 14
※第1回のオンライン向け再編集記事をこちらからお読みいただけます。
第2回 カギを握る「食物連鎖」と宍道湖の生態系 28
第3回 ミジンコのエサは減っていたのか? 41
~水辺の有機物と物質循環の概念~
第4回 「動物プランクトン」「エビ類」「オオユスリカ」の同時期の激減 56
第5回 容疑者をネオニコチノイド系殺虫剤に絞り込んだ根拠 70
第6回 釣り人の視点が生態系全体の保全のヒントになる 86
第7回(最終回) ネオニコチノイドに頼らない農業に向けて 100
まとめ/月刊『つり人』編集部 脱「ネオニコ」の可能性を探る。 113・122
(前・後編)兵庫県豊岡市・コウノトリ育む農法を例に