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編集部2022年1月30日

タナゴ愛好家・熊谷正裕さんの個人史に見る日本タナゴ釣りヒストリー 第3回

タナゴ 魚種別釣りガイド

希少な魚だからといって「取るな、触るな」とは思いません。釣って愛でることで分かることもあります。それで愛が深まるならむしろよいことだと思います。ただ、ほかのところから持ってきて移入はダメです。先ほど述べたように、同じタナゴでも地域によって遺伝的なものが違う。自分たちが釣りたいがために移入をすれば病気とかいろいろな問題が生じます。当然ですが乱獲もやめてください。規制が強まっていくばかりです。

タナゴ旅の始まり。

文と写真=編集部

 全国各地のタナゴを釣り歩いてきた熊谷正裕さんの人生には、タナゴ釣りの歴史の一端が見える。豊かだった釣り場のこと、感銘を受けた名手の釣り、そして豊かな多様性をもつタナゴの生態まで、現在に至るタナゴ釣りの思いを振り返っていただいた。

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くまがい・まさひろ 
1964年・東京都北区生まれ。全国の名もない水路や小川を旅して在来タナゴを釣り歩いた本『タナゴ釣り紀行』の筆者のひとり。近著は『日本のタナゴ』山と渓谷社刊 (2020年発行)で「タナゴ釣りの文化」を分担執筆

タナゴ旅の始まり。

――全国各地の水辺でタナゴを釣るようになったのは大学生に入ってからですか?

熊谷 18歳で免許を取ってすぐに車を購入し、霞ヶ浦も車で行くようになりました。そのころはカネヒラが釣れると話題になって。『われら釣天狗』とかテレビ東京の釣り番組でも取り上げられて大騒ぎ。この頃から観賞魚販売を目的に大量捕獲する獲り子の問題が出てきて新聞にも掲載されていました。 

 

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中村守純さんの連載「魚の博物誌」を見て各地のタナゴに憧れた

 行動範囲が広がったことで、中村守純さんの写真で見た地方のタナゴを釣りに行くようになりました。20歳になった春休みに新幹線で琵琶湖へ遠征したのが最初です。烏丸半島の草津の湖岸にあった琵琶湖文化館っていう屋敷みたいな建物があって、そこにはタナゴの本も書いている秋山廣光さんという研究者がいました。この人に会って話を聞いてみたかったのも目的です。琵琶湖文化館を訪ねると、たまたま秋山さんがいた。「東京からタナゴを釣りに来ました」と素直に話すと、親切に場所を教えてくれました。「今は湖岸では釣れないよ。南湖の下のほうにある瀬田大橋の周辺、石山寺の辺りにヤリタナゴやイチモンジがいるよ」と言われ、さっそく行ってみると遊覧船の影をねらって2.1mくらいのサオを使って探ると、ヤリタナゴやイチモンジタナゴが2時間ほどで40、50尾と釣れました。

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青銅企画出版『琵琶湖の釣り場』は西日本のタナゴポイントが載っている数少ない釣り場ガイドのひとつだった

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熊谷さんが大学生のころ1985年1月号では森田員正さんが琵琶湖の釣りをレポート。記事中には関東のタナゴ釣り場は「ジリ貧の状態である」と書かれていて、西日本のパラダイスを紹介している

――いよいよタナゴ探索の世界に没入していくんですね。

熊谷 琵琶湖の次に憧れていた岡山にも行くようになります。そこは淡水魚の街でした。水路が各所にあって、魚に優しい水路づくりをやっていた。護岸に穴を空けて魚の隠れ家、住処になるようにして、水底も泥ではなく砂礫で二枚貝も水草もありました。九州の柳川と同じような環境です。サオをだすと稀にコウライモロコが釣れましたが、シロヒレタビラ、ヤリタナゴ、アブラボテが入れ食いになりました。アユモドキもいましたね。大学卒業まで年に1、2回は琵琶湖へ。岡山もまたしょっちゅう行くようになりました。

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福岡県の柳川を旅する熊谷さん。各地のタナゴを釣るようになり多様な生態に興味を抱いた

 地方のタナゴ旅を楽しむようになってからも霞ヶ浦に対する思い入れは強かったです。大学を卒業して20代、30代のころ、80年代、90年代と霞ヶ浦はタナゴが一気に減りました。霞ヶ浦にはゼニタナゴもいたんです。私が初めて釣ったのは27歳の時、場所は川尻川です。河口から1つ目のカーブの所で、メスでしたが2尾釣りあげた。最初で最後の霞ヶ浦で手にしたゼニタナゴです。それからゼニタナゴに魅せられ7、8年は東北通いが続きました。ゼニタナゴは秋産卵型で9月中旬くらいが婚姻色もきれいで釣りやすい。若かった時は有給を4日間取って、あっちこっちを釣り歩きました。

 霞ヶ浦(東浦・西浦)は夏になるとアオコだらけになって、この頃からダメになりつつありました。北浦はまだよくて爪木とか新宮のドックや山田、蔵川を釣り巡った。爪木は雑誌でも取り上げられるくらい人気のエリアで私が30代前半くらいまではよく釣れた。冬になると通っていました。

――霞ヶ浦の釣り場環境はなぜ悪化してしまったのでしょう?

熊谷 1963年に常陸川水門を作ったのが水質悪化の始まりです。塩害防止を目的に竣工し、霞ヶ浦を水がめにしようという政策でした。湖岸をかさ上げのために護岸化し、それで魚類相が一変してしまったと研究者も言います。水門ができたことで水の滞留時間が長くなったので富栄養化が進み水質も悪化しました。また農薬の流入の影響もあります。減反政策で稲作農家が減ってレンコン農家が多くなったのも一因かもしれません。定期的に湖岸周りの二枚貝調査に関わっていますが、10年前と20年前を比較すれば湖岸の二枚貝は10分の1くらいに減りました。一方で霞ヶ浦の流入河川は二枚貝が結構います。ヤリタナゴやアカヒレタビラは河川に依存するタナゴですが、産卵時は河川の横にある水路に入ることが多い。ところが休耕田化によって利用されない水路が増えたことで河川との連携が切れ、タナゴが産卵場を失ったこともひとつの要因だと考えています。

 タナゴは二枚貝がなければ子孫を残すことができませんが、ある意味で孵化するまで貝に卵を守ってもらえるわけで生存率も高いはずです。一昔前の護岸化されていない水辺が残っていた時代は二枚貝も豊富でした。昔は雑魚でしかなかったタナゴが、二枚貝が減った現在は希少魚になった。

――タナゴ旅を通じて、また霞ヶ浦の変貌を実感し、釣りや飼育だけでなく、タナゴをめぐる周囲の環境にも考えを深めるようになったんですね。

熊谷 タナゴ類は日本の狭い島国で多様な生態をしています。霞ヶ浦のような広大な水域にもいるし、東北ではヤマメが棲むような清流にもいます。その地域差に疑問と面白さを感じました。全国に分布するヤリタナゴも地域によっては色の出方とか顔つきに個性があります。4、5年前に関西学院大学の富永浩史さんが地域によってヤリタナゴは遺伝的に異なるという研究結果を発表しました。釣っていると個体差以上の違いがあると実感します。色、顔つき、体型、遺伝的に同じでも環境の違いが出るんです。「このエリアの魚ってスマートだよね」「ここは紫が強いよね」とか。その多様性が面白くてさらに全国を回ってみたくなりました。

 

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熊谷さん撮影の霞ケ浦のアカヒレタビラ。本種は2007年にキタノアカヒレタビラ、ミナミアカヒレタビラ、アカヒレタビラと3亜種(タビラ5亜種)に分類された。地域によって婚姻色の出方にも個性があり、こうした違いを撮影することも熊谷さんの楽しみである

地域によって違うヤリタナゴの一例

岡山県
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滋賀県(琵琶湖周り)
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福岡県
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 現在、日本のタナゴ類はカネヒラ以外がレッドリストに指定されています。分布が狭い種は規制の対象です。僕の考えは地域のルールを守ったうえで、個人で楽しむ分には釣って持って帰っても問題ないと思います。希少な魚だからといって「取るな、触るな」とは思いません。釣って愛でることで分かることもあります。それで愛が深まるならむしろよいことだと思います。ただ、ほかのところから持ってきて移入はダメです。先ほど述べたように、同じタナゴでも地域によって遺伝的なものが違う。自分たちが釣りたいがために移入をすれば病気とかいろいろな問題が生じます。当然ですが乱獲もやめてください。規制が強まっていくばかりです。

 タナゴは釣りの対象魚のなかでも放流に頼れません。そのフィールドの再生産しかないんです。釣り人は水辺の番人です。「釣れ方が変わったな」、「環境が変わったな」と自然の変化に気付ける存在です。タナゴたちが泳ぐ自然を未来に残せるように我々釣り人ができることがあるはずです。たとえば地元の人と接点をもって環境活動を手伝うのもいい。タナゴだけではなく、その水辺に生息するあらゆる命を守って循環できるようにすることです。貴重な水辺を守るために遊漁券を取ってもよいと思います。すべてをクローズにしてしまえばうまくいきません。人の目につかない、触れないようにすればするほど人々の関心が薄まり衰退する自然もあるからです。子どもの頃の体験や感動はとても大切です。大人になってからも生きてきます。子どもたちがタナゴを釣って触れ合えるような自然を、いつまでも残していきたいです。

――本日はありがとうございました。

 

 


 


 

 

 

こちらの記事は『つり人』 2022年2月号に掲載したものをオンライン版として特別公開しています!

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