その変化をもたらしたのは、水温の上昇である。特に冬季の水温上昇の影響は大きく、湾口や湾外への越冬移動が不明瞭になった。先月号のキビレの勢力拡大でも述べたとおり、東京湾奥の最低水温は過去30年間で1℃近くも上昇した。気候の温暖化に加え、湾岸エリアの都市化によるヒートアイランド現象など、人間活動も水温上昇に大きく寄与している。
東京湾のタチウオと魚たちの今
解説◎工藤孝浩(神奈川県水産技術センター内水面試験場) 写真◎工藤孝浩、山口充、編集部
近年、東京湾でよく釣れているタチウオ。立って泳ぐイメージが強いが、常にそう泳いでいるわけではない。 活性や水温が関係しているようで、東京湾でよく釣れるようになった理由とも関係がありそうだ。
この記事は月刊『つり人』2021年9月号に掲載したものを再編集しています
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目次
- 前編:ユニークな形態が意味するもの
- 前編:身につけた驚異の機能
- 前編:立ち泳ぎか水平遊泳か
- 後編:どこまで大きくなるのか
- 後編:東京湾での勢力拡大
- 後編:東京湾の魚は増えているのか
どこまで大きくなるのか
タチウオは大規模な回遊をせず、限定された海域で季節移動をする。産卵期は春から秋と長期にわたるが海域により異なり、成長や成熟年齢も海域により異なる。
紀伊水道では4~10月に産卵し、満1歳で全長55cm、満2歳で78cm、満3歳96cm、満4歳で111cmとなる。ここで漁獲された1万個体を超える測定データから、理論上の最大全長は158cm、最大体重は2.76㎏と推定された。ところが、2020年9月に全長190cm、体重5.13㎏という超大ものが登場した。鹿児島県鹿屋市沖の錦江湾でフィッシングライターの山口充氏が釣りあげたこの個体は、IGFAにより世界記録に認定された。
190cm、5.13㎏のIGFA世界記録は、タチウオが命ある限り成長を続ける可能性を示唆する
理論値をはるかに超える大型個体は、タチウオが一般的な魚の成長曲線に乗らないことを示唆する。身を守るウロコを捨て、ヒレさえも捨てて捕食に特化した伸びやかな姿態を見ると、命ある限りエサを食べて育ち続ける魚なのではないかとも思える。
東京湾での勢力拡大
私が沖釣りを始めた2000年代初頭の東京湾、タチウオは新たな釣りものとして人気を博して乗合船が急増、好ポイントには八双飛びができるほどの密集船団が形成された。そして、釣り場の変遷には明確な季節性があった。
盛夏に横須賀から富津沖の水深10m代の浅ダナで突如釣れ盛り、ポイントは水温低下とともに湾口の深場へと移り、年明けの久里浜沖水深100m超で釣期が終わった。
当時の東京湾では、タチウオは高水温期に湾外から来遊し、越冬のために出ていく魚であった。来遊量は不安定で、年によってはさっぱり釣れないこともあった。
その後の20年間で状況は大きく変わり、釣り場が湾奥まで広がったばかりか、オフシーズンがなくなった。プランクトン調査では、タチウオの受精卵や仔稚魚が採集されるようになり、東京湾での再生産が裏づけられた。
その変化をもたらしたのは、水温の上昇である。特に冬季の水温上昇の影響は大きく、湾口や湾外への越冬移動が不明瞭になった。先月号のキビレの勢力拡大でも述べたとおり、東京湾奥の最低水温は過去30年間で1℃近くも上昇した。気候の温暖化に加え、湾岸エリアの都市化によるヒートアイランド現象など、人間活動も水温上昇に大きく寄与している。
東京湾の魚は増えているのか
今東京湾で繁栄している魚の顔ぶれは、タチウオやスズキを頂点として、マアジ、カタクチイワシ、コノシロなど泳いでプランクトンを基盤としたエサを摂る浮魚ばかりだ。マコガレイ、マアナゴ、メゴチ類、シャコなど海底でゴカイ類や小型二枚貝などのベントスを摂る底魚は壊滅的に減少している。
図1.神奈川県東京湾沿岸(川崎~横須賀市北下浦)の魚種別漁獲量の経年変化(海面漁業生産統計調査(農林水産省)から作図)
底魚:あなご類、かれい類、えび類、たこ類、なまこ類の合計
浮魚:すずき類、いわし類、あじ類、さば類、いわし類の合計
その原因は、高水温期に底層に発達する貧酸素水塊である。水温上昇によって貧酸素水塊の発生期間が長期化し、ベントスが死滅してエサ不足を引き起こす。もちろん、悪影響は直接的にも底魚に及ぶ。ちなみに、ヒラメやマゴチは底魚だがイワシ類などのプランクトンフィーダーが主食のため影響は少なく、クロダイなどはベントスが主食だが貧酸素水塊の影響が及ばない浅海域にすむためギリギリでセーフだったようだ。現在の東京湾では、タチウオが周年定着し、クロダイとキビレが共存共栄する。だが、これは東京湾の一側面を見ているのに過ぎないのだ。
好ポイントである東京湾口の久里浜沖に集結したタチウオ船団
どう猛なハンターでありながら捕食が下手なタチウオは、テクニカルな好敵手である
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