近年、東京湾でよく釣れているタチウオ。立って泳ぐイメージが強いが、常にそう泳いでいるわけではない。 活性や水温が関係しているようで、東京湾でよく釣れるようになった理由とも関係がありそうだ。
東京湾で急増中!?
解説◎工藤孝浩(神奈川県水産技術センター内水面試験場) 写真◎工藤孝浩、山口充、編集部
近年、東京湾でよく釣れているタチウオ。立って泳ぐイメージが強いが、常にそう泳いでいるわけではない。 活性や水温が関係しているようで、東京湾でよく釣れるようになった理由とも関係がありそうだ。
この記事は月刊『つり人』2021年9月号に掲載したものを再編集しています
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目次
- 前編:ユニークな形態が意味するもの
- 前編:身につけた驚異の機能
- 前編:立ち泳ぎか水平遊泳か
- 後編:どこまで大きくなるのか
- 後編:東京湾での勢力拡大
- 後編:東京湾の魚は増えているのか
ユニークな形態が意味するもの
タチウオは、見れば見るほどユニークな形をしている。魚の形には、長い時間をかけて進化した必然と意味がある。「なぜそうなった?」という形態のなぞ解きの対象として、タチウオほど面白いものはないと思う。
獲物を捕らえることに特化した伸びやかな姿態は、究極の機能美といえる
体は薄く細長いリボン状で、大きな眼と口をもち、口には鋭く強大な歯が並ぶ。体色は一様に銀白色で、鱗や斑紋はない。腹ビレ、臀ビレと尾ビレは退化して失われている。
もっぱら捕食に必要なものを発達させ、不要なものは大胆にそぎ落としたその体は、シルバーに輝くF1マシーンのように見えてくる。
身につけた驚異の機能
まずは歯に注目。歯にはストレートな円錐形の牙型歯と、外縁にカエシがある鉤型歯の2タイプがある。歯はサメのように生え変わり、食性の変化に応じて形が変わる。
エビ類やオキアミ類などの浮遊性甲殻類を主に食べる小型魚はすべて牙型歯で、全長60cmを超えて魚食性が強まると鉤型歯が増え、80cmではほとんどが鉤型歯となる。鉤型歯は、大きくパワフルな獲物を一撃で捕えて放さない銛のような機能をもつ。
銛のように獲物に打ち込まれた鉤型歯は、容易に抜けるものではない
口にはカエシがある鉤型歯とストレートな円錐形の牙型歯が並ぶ
頭部背面から両眼が見えていることから、頭の真上も両眼視しているものと考えられる
大きな眼は頭部側面から張り出し、背面の真上からも腹面の真下からも左右両眼が見える。これは、背面や腹面も両眼視している証拠で、エサの探索のみならず、素早く巧みな姿勢変化を助けているものと考えられる。
胸ビレは小さいが、ほかに背ビレしか持たないタチウオにとって重要であろう。注目されるのは胸ビレが体につく角度で、普通の魚は体軸に対してほぼ直角なのに対して、タチウオは体軸に近い。つまり、普通の魚は前後に動かすのに対して、タチウオは上下に動かす。この胸ビレが微妙な動きや体勢保持に役立っているのは間違いない。
胸ビレは体軸に近い角度でついており、上下に羽ばたくように動かす
胸ビレは小さいが、姿勢を制御するための高い機能を有している
立ち泳ぎか水平遊泳か
タチウオの行動で注目されるのは、その名の由来ともされる立ち泳ぎだ。釣り人の間では、立ち泳ぎから上方へ突進して捕食すると広く語られている。その一方で、普通の魚のように水平姿勢でも泳いでいる。
タチウオ釣り場の水中映像では、立ち泳ぎから水平遊泳、水平遊泳から立ち泳ぎへと、スイッチを切り替えるように群れ全体が変わるようすが撮影された(写真提供:尾崎幸司)
2007年に東京湾口のタチウオ釣り場で、船から降ろした水中カメラでタチウオが撮影された。潮が止まり食い渋る時間帯に立ち泳ぎが、潮が効いて食いが立つ時間帯には水平遊泳が多く撮られた。ならば、捕食は水平遊泳時になされるのではなかろうか。
このことを確かめるため、今年4月から22年ぶりにタチウオの展示を行なっている東海大学海洋科学博物館の山田一幸学芸員に、飼育下の行動について話を聞いた。
やはりそうかと思ったのは、捕食が下手だということ。魚の身エサを投げ入れて給餌するが、自然落下するエサをしばしば食べ損ない、追いかけて食うこともあれば諦めてスルーすることもあるそうだ。
また、高水温時には遊泳行動(水槽が狭いので水平姿勢にまではならない)が多くなり、低水温で管理すると立ち泳ぎが多くなるとのこと。立ち泳ぎ時には鼻先にエサが乗っても食べないことがあるそうだ。どうやら立ち泳ぎは低活性時の休止姿勢で、タチウオが立っているときはアタリが望めそうにない。
後編「東京湾のタチウオと魚たちの今」へ続く……
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