人間の都合で持ってきた生きものを、同じく人間の都合で、今度は駆除する……。 外来種というのは、本当に駆除すべきワルモノなのか?
ニジマスは、管理釣り場などで子どもたちの遊び相手になる魚。食用としても人気がある。もちろん釣り人にとってなじみの深い魚だ。1877年に北米から移入されたといわれる
短期集中連載 池の水ぜんぶ全部“は”抜くな! :第1回
つり人編集部=レポート
人間の都合で持ってきた生きものを、同じく人間の都合で、今度は駆除する……。
外来種というのは、本当に駆除すべきワルモノなのか?
池の水が抜かれた後、酸欠で口をパクパクさせる魚たちは、私たちに何かを訴えているように思えてならない。外来種問題を考える短期連載、初回は生物学者である池田清彦先生に話を聞いた。
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この記事は『つり人』2019年4月号に掲載したものを再編集しています。
◆関連記事 短期集中連載 池の水ぜんぶ全部“は”抜くな!
・第1回「池田清彦先生に聞く外来種問題の現在」前編、後編
・第2回「我々は「手つかずの自然」を取り戻せるのか?」前編、後編
・第3回「自然に人の手を加えることの是非 「手助け」でもダメなのか?」前編、後編
池田清彦(いけだ・きよひこ)
1947 年、東京生まれ。生物学者。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。専門の生物学分野のみならず、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する著書が多数ある。テレビ、新聞、雑誌などでも活躍している。
作られた里山生態系
外来種を駆除して、在来種を守る。そのスローガンの先にあるものは、いったい何なのか? もしかしたら外来種駆除というのは、人の手が入る前の自然を取り戻そうという行為なのかもしれない。
たしかに釣り人にとっても、誰も釣ったことのない場所というのは夢がある。きっとデッカイ魚がわんさか泳いでいて……という妄想がムラムラとわき起こる。「本来あるべき自然」を脅かす、外来種。だから彼らは駆除すべき……。だとしたら、この「本来あるべき自然」とは、いったいどんな姿なのだろうか?
もともと大陸と地続きで、それが島国になった日本では、いったいいつからいたら在来種といえるのだろうか? このあたりの曖昧さが、外来種の問題でモヤモヤする原因のひとつかもしれない。
仮に外来種を駆除できたとして、明治時代の自然が再現されればよいのだろうか? それとも江戸時代なのか、あるいは縄文時代?
「生態系というのは、変化していくものです。江戸時代と現在では、生態系はかなり違っているといえます。たとえば狩猟採取が主だった時代、人間はそれほど木を切っていなかったはずです。人々が農耕を行なうようになって、いわゆる里山が作られていきました。里山の生態系というのは、つまり人間が作り出したものなんです。雑木林に生きるカブトムシやクワガタ、あるいは水田のマブナやドジョウなどは、人間が作り出した環境に依存して生きてきた生物だといえます」
里山といえば、どこか懐かしい原風景のように思う人が多いはずだ。かくいう記者もそのひとりで、田園風景などには心癒される。しかし厳密にいえば、そこにあるのは人の手が加わってできた生態系だ。
たとえばクヌギやコナラなどの雑木林は、人が定期的に伐採をすることで維持される。放っておくと遷移といって、植生は移り変わり、最終的には極相と呼ばれる状態になる。関東以西にみられる雑木林は、手を入れずに放置しておくと、シイやカシといった常緑広葉樹の林になるケースが多い。人の手を加えなければ多くの雑木林は消滅する運命にあるといえる。
つまり、クヌギやコナラなどに多くいるカブトムシやクワガタは、ある意味で人間がいたからこそ、数を増やしてきたわけだ。
そもそも日本中にある水田は、イネという外来種を育てるための環境だ。溜め池だって、その多くは農業のために作られてきた。ホソや池で釣り人を楽しませるタナゴやマブナも、やはり人間の活動と無関係ではない。
要するに現在の生態系というのは、人間の活動と切り離して考えることは不可能だ。人間が「移動」させた種だけ問題視しても、「改変」してしまった自然は元に戻らない。仮に、ある溜め池で在来種が減少したとして、その原因が外来種だけなのか、よくよく考える必要がある。農薬や圃場整備はもちろん、逆に人が管理を放棄したことで、生きものが影響を受けているかもしれない。
生物をコントロールできるのか
外来種駆除に限らず、生態系をコントロールするというのは、とても難しい。渓流魚を増やそうと産卵床を造成したり、禁漁区を設けたりしても、簡単に成果が出るわけではない。
「これは金沢の池の例ですが、池の水を抜いてブラックバスを駆除したところ、ブラックバスのエサだったアメリカザリガニが増えてしまったケースがありました。結果的に、在来種のゲンゴロウがザリガニに食べられて減ったそうです」
たしかにザリガニは泥の中に潜るし、池の水を抜いても生き残るだろう。それが増えて在来種を減らしてしまったのなら、なんのために池の水を抜いたのか分からない。
「池の水を抜くのは、エンターテイメントとして面白いと思いますが、それで外来種を駆除して在来種を守るとなると、その効果は疑問です。仮にそれで外来種を駆除できたとしても、1つの池だけですから」
魚の稚魚や卵まで、すべてを捕獲し尽くすことは不可能だ。また、このことによって死んでしまう在来種だって少なくないだろう。だとすると、本来目的だったはずの外来種駆除、在来種保護も、実際には困難だと思われる。
これも外来種……!? よく見かけるオカダンゴムシも、実は海外から入ってきたもの。仮にこれを駆除するとしたら……。外来種を完全に駆除するというのは、不可能に思える
生きものは、人間の思うようにはならない。そのことは、釣り人なら誰もが分かっているはずだ。そんなに簡単なものなら、記者だって爆釣続きのはずなのだから……。
危険な外来種
もちろん、この記事で「外来種をすべて守るべき!」と言いたいわけではない。池田先生に聞くと、やはり問題のある外来種もいるらしい。その代表が、アリの仲間だ。
「ヒアリはニュースで耳にした人も多いでしょう。ほかにもアカカミアリ、アルゼンチンアリなど、問題になる種がいます。アリというのは、植物の種を散布する重要な生物です。これらの外来種のアリは、在来種を駆逐してしまうケースがあるんです」
一般の人にとって、アリに注目する機会はほとんどない。身近にいるアリの種類が変わって、気づく人はほとんどいないだろう。いつの間にか増えた外来のアリが、本来在来のアリが行なっていた種子の散布をしなかったとしたら、たしかに影響は大きいだろう。
ほかにも、世界各地で両生類の減少・絶滅を引き起こしたカエルツボカビなど、日本に入ってきたら大変な事態を引き起こす生物は多い。これらがもし入ってきてしまったら、その後で駆除するのは困難だろう。
子どもたちには正確な知識を
池田先生の話を聞いていると、当初外来種問題に感じていたモヤモヤが、少しずつ明らかになっていった。
それと同時に浮き彫りにされた最大の問題は、外来種=悪だという印象が、メディアを通じて子どもたちにまで植えつけられていることだ。外来種だからといって、まとめて駆除するのではなく、ケースバイケースの対処が必要なのだ。
人にもいろいろいるように、外来種だっていろいろなのだ。本当に駆除が必要なのかどうか。あるいはそれが不可能なら、共存していく道はないのか。よく考えてみる必要がある。
「子どもへの影響は心配ですね。今の外来種の取り上げ方では洗脳といいますか……。外来種=悪という画一的な物の見方は、差別にもつながりかねません」
池田先生の自宅を辞去した後、この言葉がいつまでも脳裏にこびりついていた。
外来種問題は、単に駆除すればよいという話ではない。池田先生は、命を区別することについて、子どもたちへの影響も心配していた
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そのほか、岩手県・岩洞湖のワカサギ釣り、これから好機を迎える投げ釣りでねらうカレイ、へっぽこ編集部員が名手に弟子入りするタナゴ釣り道場など旬の釣りをお伝え。今号から短期で連載がスタートする「池の水ぜんぶ“は”は抜くな!」も必見。第1回は池田清彦先生に外来種問題の現在を聞いた。
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2019/3/18