このたびの令和8年熊本地震により被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧をお祈りいたします。
人はなぜ釣りをするのか――創刊80周年に寄せて 月刊つり人 代表取締役社長・山根和明
2026年7月、月刊つり人は創刊80周年を迎えた。80年以上続く釣り総合誌は、世界でも類を見ないという。なぜ、これほど長く支持され続けてきたのか。それは、日本の釣り文化そのものが世界でも突出しているからに他ならない。その厚みは、読者だけでなく、それを支える多くの企業や関係者によっても育まれてきた。その象徴として、今回の記念号には150社を超える企業から広告をご出稿いただいた。ここまで歩んでこられたのは、読者の皆様、そしてこの文化を共に支えてくださったすべての方々のおかげである。あらためて、心より御礼申し上げたい。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
「穏やかなることを学べ」―絶望の中で人が水辺に向かう理由
東日本大震災の直後、被災地を訪れた。そこで意外な話を聞いた。地元の釣具店に、客が多く集まっているというのだ。てっきりライトやバケツなど避難グッズを求める人が増えているのだろうと思った。しかし違った。釣り具が売れているというのだ。家を失い、仕事もなくなった人たちが、「釣りでもしていないとやってられない」と竿を手にしていた。
その後、月刊つり人で「暗闇の中の希望の光」という連載を1年以上続けた。家も仕事も失った釣り愛好家たちに、一人ひとりインタビューをした。釣りがいかに救いになるのか。その答えを、被災者たちから学んだ。
極限状態に追い込まれると人は、水辺に向かうことがある。心に安寧を取り戻すために、ただ一本の糸を垂らす。その事実に思い当たったとき、一冊の本のことが頭に浮かんだ。
1653年、英国が市民革命の血煙の中にあった時代、アイザック・ウォルトンは釣りの世界的名著『釣魚大全』を著した。そして同書の最後の一文は、たった四語で締めくくられている。
―― Study to be quiet.(穏やかなることを学べ)
血で血を洗う内戦の最中に書かれた釣りの本が、「穏やかなることを学べ」で終わる。
日常が崩壊したとき、人は釣りを求める。被災地の釣具店に人が集まったのも、ウォルトンが内戦の中で筆を執ったのも、人間の根っこにある欲求は同じことだ。
焼け野原から始まった『月刊つり人』の80年:創刊者・佐藤垢石の思い
釣り雑誌月刊つり人は、2026年7月で創刊80周年を迎える。創刊は1946年、昭和21年のことだ。国敗れ、焼け野原が広がる中で、創刊者・佐藤垢石は釣りの雑誌を世に出した。随筆家であり、井伏鱒二の釣りの師匠でもあった佐藤の呼びかけには、多くの文化人が応えた。題字は小杉放庵が手がけ、表紙絵には藤田嗣治も名を連ね、井伏鱒二や森下雨村、佐藤惣之助ら文筆家たちが誌面に言葉を寄せた。佐藤は創刊之詞にこう書いた。
「釣りすることは、なにかのためになるなど考えるのは、もうそれは釣りではない。静かに、釣ろう。虚心の姿で竿を握ろう。」
戦時中、釣りは「心身の練成」などの理屈で正当化されなければならなかった。佐藤はそれを真っ向から否定した。釣りに理屈はいらない。ただ虚心に竿を握れ、と。
ウォルトンが内戦の最中に筆を執り、佐藤が焼け野原で雑誌を創刊し、被災者が瓦礫の山を背に竿を出した。時代も場所も違う。しかし共通点を見出すことができる。
昨年、ギネス世界記録の認定に携わる方と話す機会があった。その方いわく、社名を冠した釣り専門誌を80年間、一つの会社が刊行し続けている例は、世界でもおそらく他に見当たらないだろうとのことだった。焼け野原から始まった一冊の雑誌が、時代を超えて生き延びてきたことの意味を、あらためて実感した。
人はなぜ釣りに魅了されるのか?
釣りの本質を考えるとき、私はいつも「待つ」という言葉を思い浮かべる。スマートフォンを開けば即座に情報が届き、ECサイトで注文すれば翌日には商品が届く時代に、釣りはあえて「待つ」ことを人間に要求する。それはウォルトンの言った「穏やかなることを学べ」と、本質的に同じことを指しているのかもしれない。
水面を眺めながら、アタリを待つ。その静寂のなかに、人はいったい何を見ているのだろうか。私はそこに、文明以前の人間が持っていた感覚の回復があると思う。動物を狩り、魚を捕る。その緊張と集中と、そして成否の興奮。人間の遺伝子には、その記憶が刻まれているのではないか。
農耕が始まる以前、人類は何万年もの間、狩猟と採集で生きてきた。その時間の長さに比べれば、農耕の歴史など微々たるものであり、工業化の歴史はさらに短い。私たちの体と心は、まだ「野生」を覚えている。釣りをしているとき、人はその古い記憶の扉を、そっと開けているのではないかと思う。
その感覚は、子どもにとって特別な意味を持つ。
私はさきごろ、『カッパのいない川で子どもは育つか』という本を著した。タイトルにある「カッパ」は、水辺の妖怪であると同時に、子どもたちが水辺で自由に遊んでいた時代の象徴でもある。川や湖沼の土手には「カッパに注意!」の看板が立てられていた。
しかし、そうした水辺は護岸され直線化され、柵が設けられていった。物理的に子どもたちは水辺に近づけなくなった。都市部では、そもそも魚と触れ合える水辺が身近にない。こうして子どもたちは、生き物を捕まえ、水の冷たさを感じ、流れの恐ろしさを体で覚えるという経験を失った。
釣りは、その失われた体験を取り戻すための、最もアクセスしやすい手段の一つだと私は考えている。港の堤防でサビキ釣りをする。川でハゼやフナを狙う。タコ糸に結んだスルメでザリガニを釣る。そういった経験のなかで、子どもは生命と死を学び、辛抱と集中を学び、自然の理不尽さと豊かさを学ぶ。
人が釣りをする理由
釣りとは、人間が自然の一部であることを思い出させてくれる行為だ。魚という野生の生き物と、細い一本の糸でつながる瞬間、人は文明の外側に出る。そこには効率も評価もない。ただ、水と風と、自分の手の感覚がある。
その感覚は、子どもにとっては成長の糧となり、大人にとっては日常への解毒剤となる。老人にとっては、人生を振り返る静かな鏡となる。釣りが老若男女を問わず愛され続けてきた理由は、ここにある。
80年間、釣り雑誌を作り続けてきた。道具は進化し、釣り場は変わり、魚の種類も変わった。しかし変わらなかったものがある。水辺に立つ人間の姿だ。細い一本の糸を垂れ、静かに待つ。その姿は、佐藤垢石が見た戦後の釣り人も、ウォルトンが描いた17世紀の英国の釣り人も、瓦礫の山を背に竿を出した被災者も、変わらない。
「静かに、釣ろう。虚心の姿で竿を握ろう。」
佐藤垢石が80年前に書いたこの言葉は、これからも古びないだろう。
釣りは、魚を釣るためだけのものではない。心を静め、自分を取り戻し、人と自然を、そして人と人を結び直す営みでもある。焼け野原で生まれたこの雑誌は、その営みを80年間、見つめ続けてきた。これからも、水辺に立つ一人ひとりのそばで、その時間を伝え続けていきたい。
『月刊つり人』創刊80周年記念号のご案内
2026年7月、月刊つり人は創刊80周年を迎え、記念号を発行しました。特集は「日本の疑似餌 ルアーの歴史」。江戸初期から現在までを追った年表「月刊つり人編集部が見てきた『日本の釣り』80年+」、アングラー80人が選ぶ「私にとってのスペシャルなルアー」など、180ページオールカラーでお届けします。
また、150社を超える企業様に広告をご出稿いただきました。
『月刊つり人』創刊80周年記念号 広告ご出稿企業一覧
※五十音順・敬称略。
アイビック/アカサカ釣具/アクアウェーブ/アサヒレジャー/ANA/アピア/アムズデザイン/issei/YETI JAPAN/石川釣船店/市川江戸はぜ会 隠岐/WELLSTONE・石井鉄工/イチバンエイトグループ/イマカツ/イヨシコーラ/INX.label/UOSO/魚矢/uroco/海吉/ヴァンフック/栄宝丸/XBRAID JAPAN/江戸和竿組合/M’s selection/NHKエンタープライズ/エバーグリーンインターナショナル/大木製薬/大藤つり具/おかめ鮨/岡林釣具/オフィスユーカリ/おやど風来坊/オリムピック/オレンジブルー/オーナーばり/舵社/カモメ通信社/がまかつ/ガンクラフト/キザクラ/吉や/キャスティング(ワールドスポーツ)/空調服/郡上漁業協同組合/九頭竜川中部漁業協同組合/Clear Blue/クレハ合繊/黒鯛工房/グレンフィールド/ケイテック/ゲーリーインターナショナル/工房浦安/港北メディアサービス/コヒナタ/ゴーセン/竿中/竿好/相模川第一漁業協同組合/櫻井釣漁具/SASALABO/三青社/サンブック社/サンヨーナイロン/サンライン/汐よし/シナノ書籍印刷/シマノ/庄三郎丸/シロキ/ジョインター/シーアンドエフデザイン/JB日本バスプロ協会/ジャクソン/ジャッカル/上州屋/スミス/ゼスタ/第一精工/ダイトウブク/高階救命器具/タカミヤ/タツミ・アド/タレックス/ダイワ(グローブライド)/ダン/中央漁具/ツネミ/つり幸/つむろや旅館/釣りビジョン/ティムコ/天龍/デプス/デュエル/デュオ/東海産業/東作本店/東具PLAS/TOYO TIRES/日本渓流釣連盟/日本釣用品工業会/日本友釣会連盟/日本友釣同好会/ハヤブサ/ハリミツ/晴海屋/バリバス/バレーヒル/パームス/ピュア・フィッシング・ジャパン/廣瀬輿兵衛商店/finetrack/フィッシュパス/フィッシュラボ/フィッシング相模屋/フィッシングブレーン/冨士見/BlueImpulse/プロショップかつき/PRO’S ONE/北越産業/本田技研工業/ホンマ/ボトムアップ/マーヴェリック/馬瀬川上流漁業協同組合/マニアックス/丸佐おとり店/マルキユー/マルト/マルニチ/まるふじ/村本海事/明邦化学工業/メガバス/メジャークラフト/モンベル/山鹿釣具/山元工房/ヤマリア/ヤリエ/吉野屋/ラーヂ/リップル/龍角散/レヴォニック/ロブルアー/和歌山県内水面漁業協同組合連合会/和良川漁業協同組合
つり人 2026年9月号 創刊80周年特別記念号
【特集】 日本の疑似餌 ルアーの歴史
1946年に創刊した月刊『つり人』は、皆様のご支援に支えられて今年で創刊80周年を迎えることができました。今号は特別記念号として、180ページフルカラーでお届けします。 特集は、日本の疑似餌、ルアーの歴史。創刊前から令和まで80年+αの日本釣り年表、エギやタイラバの歴史、バスフィッシングブームと未来、拡大し続けるトラウトやソルトウォーターなどいろいろな角度から日本のルアーフィッシングの変遷を辿ります。アングラー80名が選ぶ「私にとってのスペシャルなルアー」は、セレクト理由に各々の熱い想いが溢れており必見です!
