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つり人編集部2026年9月18日

なぜ「天然魚」より「養殖魚」のほうが美味いことがあるのか?

「天然」と聞くだけで、なんとなく美味しそうに感じる。魚でもカニでも、養殖より天然のほうが上――そんなイメージを持っている人は多いのではないだろうか。

ところが、自分で釣った魚を食べ、料理人や漁師に話を聞いていると、どうもそう単純ではないことに気づく。天然魚には驚くほど美味い一尾がいる一方で、脂がなく拍子抜けする魚もいる。逆に養殖には、天然を上回るほど美味いものがある。はたして、その違いはどこから生まれるのか。

著者:つり人オンライン編集部

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)

つり人社代表取締役社長、日本釣振興会理事。大学時代から「月刊つり人」編集部に携わり、2006年編集長、2015年より現職。30年以上にわたり釣りメディアの企画・編集に携わる。著書に『カッパのいない川で子どもは育つか』(2026年)。個人note「それ、ヤマネに聞いてみよう。」では、釣りや自然、編集、仕事など、読者から寄せられた質問に答えている。

上海ガニは養殖のほうが断然美味い理由

つり人社のある東京都神田神保町に有名な老舗中華料理店がある。新世界菜館。特に秋から冬にかけて、わざわざ遠方からのお客を惹きつけるのが上海ガニだ。

私が担当している「食いしん坊手帖」というグルメ連載の取材で、以前、この店を訪れた。上海ガニの標準和名はチュウゴクモクズガニ。日本に昔からいるモクズガニと、見た目はほとんど変わらない。しかもチュウゴクモクズガニは特定外来生物に指定されていて、生きたまま日本に輸入するには特別な許可がいる。それなら、わざわざ輸入しなくても、国産の天然モクズガニを使えばいいのではないか。取材中、同店二代目の傅永興さんに素朴に聞いてみた。

「味は天然にはかないませんが、安定した数が取れるかどうかですね」のような答えが返ってくるかと思っていたが、なんと身の味も、身の詰まり具合も、上海ガニのほうが断然上だという。天然より養殖のほうが美味しいのだと断言された。

「ただし養殖なら何でもいい、というわけではありません」と、二代目。上海ガニは中国各地の池で養殖されている。「カボチャなど、美味しくなる餌を潤沢に与えている池のカニが美味い」のだという。一方、自然界は甘くない。待っていれば、エサをたらふく食べられるなんてことはない。天然のモクズガニは、エサを探して動き回る分、脂の乗りも少なくなるのだという。

「天然のほうが美味いはず」という思い込みが、静かに崩れた瞬間だった。

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新世界菜館名物の上海ガニ老酒漬け。「美味しくなる餌を潤沢に与えている池のカニが美味い」と二代目は言う

天然ウナギほど、個体差が大きい

土用丑の日といえばウナギである。東京の鰻屋では元々、1kgあたり6尾、つまり150g前後のサイズが主流だった。ところが近年は、限られた稚魚(シラスウナギ)を大きく育ててから出荷しようという傾向が強まり、1kgあたり3〜4尾という中型サイズが主流になりつつある。

小型が長く好まれてきたのには理由がある。300gを超えてくると骨が当たるようになり、蒸したあとに骨を取る手間が増える場合もある。しかも脂がこってり乗っているぶん、じっくり焼いて余分な脂を落とさなければならない。150gほどのウナギなら、そうした処置がいらない場合が多く、店にとって手離れがいいのだ。

ただし、これはあくまで現在主流の養殖ウナギの話である。天然ウナギは事情が違う。

200gの天然ウナギに脂はない。500gで一変する

私自身、一時期ウナギ釣りに夢中になり、多摩川や江戸川、荒川などへよく通った。そこで釣れる200gにも満たない小型は、捌いてみると驚くほど脂がない。ところが500gを超えるような良型になると一変する。逆に、脂が多すぎて、家庭用の魚焼きグリルではうまく焼けないほどだった。

福島県相馬市の松川浦で、4月から10月にかけて「つぼけ」と呼ばれるウナギ筒を使って漁をしている知人がいる。彼によれば、300g以下の個体は基本的にリリースするという。脂の乗りが良くないからだ。300〜400gあたりになると、個体差が大きい。おそらく、いいエサにありついてきた個体ほど脂が乗っているのだろうと彼は見ている。ところが500gを超えると、ほぼすべての個体でしっかりと脂が乗ってくる。時期にもよるが、500gの個体には浜値で1万2000円から1万3000円ほどの値がつくという。

これもまた、日頃どんなエサをどれだけ食べているかに関わってくる話だった。

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天然ウナギの場合、200g未満の小型は驚くほど脂がないが、500gを超えると家庭のグリルでは焼けないほど脂が乗る

同じワラサでも、日常的に食べているエサで味が変わる

みんなが知っている人気釣り場でも似たようなことが起きている。

関東では、ブリになる一歩手前、60〜70cm、3〜6kgほどのサイズをワラサと呼ぶ。東京湾や相模湾では、夏から秋にかけて、生きたイワシやアジをエサにした泳がせ釣りでこのワラサを狙う。そして冬になると、今度はオキアミを撒いてワラサを寄せる釣りが盛んになる。

同じワラサなのだが、釣って食べてみると脂の乗りがまるで違う。

逃げるエサと、逃げないエサ

泳がせ釣りで釣れるワラサは、イワシやアジなどの小魚を追っている。もちろんイワシもアジも食われたくないから逃げる。ワラサはそれを追いかけなければならない。

ところがオキアミは逃げない。

釣り船がポイントに集まり、一斉にコマセを撒く。ワラサからすれば、目の前に食べ物が次々と降ってくるようなものだ。そのようにしてオキアミを飽食しているワラサは、丸々と太っていることが多い。

人間でいえば、メタボである。

もちろん、脂の乗りには季節や水温、成熟度なども関係する。だから「オキアミを食えば太る」と単純には言えない。それでも、魚が何を、どれだけ食べているかが身質に影響すること自体は間違いない。

人間が撒いたエサで太る野生の魚

そして、これはワラサだけではない。相模湾のキハダ、東京湾湾口の梅雨イサキ、愛媛県の中泊や武者泊、高知県の沖の島で釣れるグレ(メジナ)。釣り人が大量に撒くオキアミを日常的に食べている魚には、驚くほど脂が乗っていることがある。

野生の魚なのに、人間が撒いたエサによって太っているのである。

考えてみれば、養殖がやっていることも基本は同じだ。魚が自分でエサを探し回らなくてもいい環境を作り、栄養のあるエサを十分に与える。オキアミは釣りエサとして使われる以前から養殖魚のエサとして用いられてきた。

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ルアーで釣れたブリ。イワシを食べていた。引き締まった魚体をしていた

サバは「個体差」の激しい魚だ

個体差という点では、天然のサバほど当たり外れの大きい魚もいない。

冬の東京湾でマダイやワラサを狙っていると、ゲストとしてサバが掛かることがある。見た目は丸々と太っていて、いかにも美味しそうなのに、捌いてみると脂がほとんどなく、身がパサパサだったということも珍しくない。逆に脂が乗った個体は、刺身でも締めサバでも塩焼きでも抜群に美味い。同じ海で釣ったサバでさえ、食べてみるまで分からないのである。

東伊豆の宇佐美に、「あじ一」という干物屋がある。アジの干物で知られる店だが、ここの干物は滅法うまく、伊豆半島へ取材に行くと、わざわざ寄り道して帰るほどだ。以前、ご主人にサバの干物について尋ねたことがある。てっきり国産のサバを使っているのだと思っていた。

「いやいや、サバは個体差があってダメですね。これは全部、ノルウェーのサバです。サバはやっぱりノルウェーもののほうが安定していますね」

私はてっきり、ノルウェーサバは養殖だから味が安定しているのだと思っていた。ところが、日頃我々が賞味しているノルウェーサバの多くは天然なのである。

天然なのに、なぜノルウェーサバは味が安定しているのか

では、なぜ天然なのに味が安定しているのか。調べてみると、面白いことが分かった。

ノルウェーサバだって、一年中脂が乗っているわけではない。産卵期を迎える春には脂肪分が5%を下回ることもある。ところが夏の間にエサを食べて脂肪を蓄え、秋には30%近くに達する。ノルウェー海洋研究所の調査では、4月には5%未満だった脂質含有量が、10月には約28%にまで増えている。

ノルウェーではサバの漁獲量が厳しく管理されている。そして主な漁期は、ちょうどサバの脂が最も乗る9〜10月だ。夏の間にエサを食べて太ったサバを秋に漁獲し、冷凍して一年を通して世界へ供給する。だから天然魚でありながら、私たちは一年中、脂の乗ったノルウェーサバを食べることができるのだ。

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釣れるサバは特に当たり外れが大きい。時期や釣れる海域でも脂の乗り方が大きく異なる

牛肉の世界では、とっくに常識だった

考えてみれば、これは魚に限った話ではない。牛肉では似たことが当たり前に行なわれている。

広い牧草地を歩き回り、草を食べて育った牛は筋肉質になりやすい。一方、霜降りを特徴とする黒毛和牛の肥育では、牛舎で飼い、栄養価の高い飼料を十分に与える。牛肉でも、飼料や肥育方法によって脂肪のつき方や肉質をコントロールすることは、ごく普通に行なわれている。

もちろん、脂肪のつき方は遺伝や成長段階、飼料の中身にも左右される。それでも、十分な栄養を効率よく摂らせることで、脂の乗りや肉質を狙って作るという考え方自体は、魚も牛も同じだ。

そう考えると、養殖魚に脂が乗ることは何も不思議ではない。新世界菜館で聞いた「天然のモクズガニは餌を探して動き回る分、脂の乗りも少なくなる」という話にも通じる。

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牛もカニも人間も、脂が付くかどうかは運動量と食べ物次第?

「天然か養殖か」ではなく、どう育ったか

天然魚は、自由にエサを探して生きている。だからこそ、素晴らしく美味い個体もいれば、そうでない個体もいる。

養殖魚は、人間がエサや飼育環境、出荷時期を管理できる。だから、天然魚を上回るほど脂を乗せたり、味を均一に揃えたりすることができる。

一方でノルウェーサバのように、天然魚でも「いちばん美味い時期だけを選んで獲る」ことで、品質のばらつきを小さくすることもできる。

つまり、味を決めるのは「天然」か「養殖」かというラベルではない。

天然だから美味いのではない。

養殖だから美味いのでもない。

美味く育った魚が、美味いのである。

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