この暑さだからか、夏休みに外で遊ぶ子どもの姿をめっきり見なくなった。そして、「ゲームばかり」「スマホばかり」と嘆く親の声が年々大きくなっている気がする。ところが不思議なことに、釣り場へ連れて行くと、多くの子どもはスマホの存在を忘れてしまう。
魚が次々に釣れるわけではない。何十分もアタリがなくても、水面をじっと見つめ続けている。なぜなのだろう。30年以上、全国の釣り場を取材してきた私は、その理由は「魚」ではなく、「答えがすぐに出ない時間」にあるのではないかと思っている。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
氷雨の中でもサオを出し続けた子どもたち
そのことを考えるきっかけになった出来事がある。静岡県熱海港で子ども向けの釣りスクール(ダイワD.Y.F.C.)を取材したときの話だ。朝から冷たい雨が降り続き、スタッフの私たちの方が震えるほどの寒さだった。魚のアタリも少ない。「これは早々にギブアップする子が出るな」。スタッフ全員がそう予想し、避難用の大型テントまで用意していた。
ところが、結果はまるで逆だった。アタリはほとんどなく、手もかじかむ。それでも子どもたちは、黙々とサオを出し続けた。テントに逃げ込んだ子は、一人もいなかったのだ。
「近頃の子どもはゲームやスマホばかり」という見方は間違っている。そのとき、私は強くそう思った。子どもは本当は外で遊びたいんだ。しかし、川に行ったらダメ、海に行ったらダメ、公園で野球はダメ、サッカーもダメ、結局のところ、許されている遊びがゲームしかないのである。
それにしても、バンバン釣れている状況ならまだしも、大人でもしびれを切らすような状況のなか、子どもたちはなぜ、寒ささえ忘れたようにウキを見つめ続けていたのだろう。

ゲームと釣りの決定的な違いとは?
心理学に「フロー」という考え方がある。目の前のことに没頭しすぎて、雑念も時間の感覚も消えてしまう、あの状態のことだ。釣りには、このフローに入りやすいいくつもの要素がある。まず、「魚を釣る」という分かりやすい目標、ウキの動きやサオを介して伝わる「手ごたえ」、そして「次はできそうな気がする」という絶妙な難易度がそろっていて、子どもが夢中になるゲームともよく似ている。
ただ、決定的に違う点が一つある。ゲームには作った人がいて、失敗すればやり直せる。自然には、それがない。潮も天気も魚も気まぐれで、誰かに「ここが正解」と教わっても、その通りになるとは限らない。答えが、最初から用意されていないのだ。子どもが釣りに夢中になる理由の大きな一つは、ここにあると思っている。
フランスの社会学者ロジェ・カイヨワは、「遊び」を「競争」「偶然」「模倣」「めまい」の4つに分類したが、釣りにはこの4つが驚くほど全部そろっている。腕を磨いても最後は運に委ねるしかない偶然。競技会や大会で技を競う競争。名手の所作を見よう見まねで覚える模倣。そして不意に大物が食いつく、あのめまいのような瞬間。一つの遊びが、これほど幅広く要素をそろえていることは、そう多くない。
現代の子どもから「答えがすぐに出ない時間」が失われている理由
これほど豊かな時間が、しかし今、子どもの生活からどんどん失われつつある。
こうした「答えがすぐには出ない時間」は、自然の中に豊富に残っている。ところが、その自然、とりわけ水辺との接点自体が、社会全体でどんどん縮んでいる。塾や習い事のスケジュール、動画やゲームの誘惑。子どもの時間は、大人が思う以上に、隙間なく埋め尽くされている。
子どもを取り巻く状況は、決して明るいとは言えない。警察庁の統計をもとにした厚生労働省のまとめでは、2025年の小中高生の自殺者数は538人となり、統計のある1980年以降で最多となった。この数字が、自然体験の減少だけで説明できるとは思わない。原因は一つではないはずだ。
『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセン氏は、人類が数百万年のあいだ、狩猟採集をしながら太陽の下で獲物を待ち、体を動かして生きてきたことを指摘している。人の脳の仕組みは、その頃からほとんど変わっていないという。日中に太陽を浴びると気分が安定しやすくなり、体を動かした夜はよく眠れる。ハンセン氏に言わせれば、座ったまま画面だけを見続ける今の暮らしは、人間が長い時間をかけて適応してきた生活とは、あまりにも違うのだという。
釣りは、太陽の下で風を感じ、水に触れ、獲物を待つという、人間が長いあいだ繰り返してきた時間の過ごし方に近い遊びだと思う。だからこそ、何十分もアタリがなくても、子どもは苦もなくそこに留まっていられるのだろう。
コロナ禍で釣りやキャンプに向かう人が増えたのも、閉じ込められた人間の本能が、自然を求めたからではなかったか。
しかし、釣りの面白さは、ただ自然の中にいられることだけではない。同じ場所で、同じような道具を使っているのに、釣る人と釣れない人がいる。そこには、答えのない状況で考え続けるという、もう一つの面白さがある。
%20(2).jpg?width=1200&height=675&name=kids%20(1)%20(2).jpg)
釣りが上手い人は「正解を知っている」のではなく「探し続けられる」人
釣りをしない人は、「魚がいれば誰でも釣れるでしょ」「所詮は運でしょ」と思いがちだ。しかし、実際はまるで違う。
たとえば、日本の夏の風物詩である鮎の友釣り。全国各地で競技会が開かれるほど競技性の高い釣りでもある。その最高峰の一つが、ダイワ鮎マスターズだ。昨年、史上初の3連覇、通算4度目の優勝を果たした有岡只祐さんは、今年、史上初の4連覇、V5に挑む。
全国大会決勝の舞台は、8月21〜23日、岐阜県長良川だ。全国各地の地区予選・ブロック大会を勝ち上がった選手たちに、前年上位の選手を加えた16名が、全国大会の舞台に立つ。その全国大会で3年連続優勝するなんて、運なんかでは絶対に不可能である。
オトリをどこに泳がせるか。流れのどこを狙うか。止めるのか、引くのか。掛からなければどこを変えるか。上手い人ほど、その小さな試行錯誤を延々と積み重ねている。これは鮎釣りにかぎらず、磯釣りやバス釣りでも同じである。
つまり、釣りの上手な人とは「正解を知っている人」ではなく、「正解が分からないまま、自分なりの答えを探し続けられる人」なのだ。子どもが釣りから学んでいるのも、案外そういうことなのだろうと思う。
%20(2).jpg?width=1200&height=675&name=P6015976%20(1)%20(2).jpg)
AIに聞いても、魚は釣れてくれない
分からないことがあれば、今はスマホや生成AIにすぐ聞ける時代だ。しかし、釣り場ではそうもいかない。
AIに「ここでどうすれば釣れますか」と聞くことはできる。時間帯や仕掛け、エサの候補までは教えてくれるだろう。しかし、目の前の魚が次の一投で食うかどうかは、誰にも分からない。結局は、自分で水を見て、風を見て、ウキを見るしかない。釣れなければ場所を変え、エサを変え、タナを変える。それでもダメなら、また考える。
効率だけで言えば、かなり悪い。だが、この「すぐに答えが出ない時間」こそ、これからの時代にはむしろ贅沢なものになっていく気がしている。
見守るのは、放っておくのとは違う
もちろん、子どもを水辺に連れていく以上、大人には責任がある。水辺は楽しいが、同時に危険な場所でもある。危険から遠ざけることと、危険と付き合う力を育てることは、別の話だ。
「川に近づいてはいけない」ではなく、「川は楽しい。でも、ここは危ないから気をつけよう」と伝える。ライフジャケットを着せ、足場と流れを確認し、目を離さない。そのうえで、釣り自体には口を出しすぎない。
「そこじゃ釣れないよ」「今、合わせて」。大人はつい言いたくなる。でも、少しくらい失敗させたっていい。釣れなければ、なぜ釣れないのかを子ども自身が考えればいい。見守るというのは、放っておくこととは違う。安全だけは大人が引き受けて、答えを探す部分は子どもに任せる。それくらいの距離感がちょうどいいのだと思う。
実は、この「水辺で見守る」というテーマについて、今年の5月に一冊の本にまとめた。『カッパのいない川で子どもは育つか』というタイトルだ。
かつて水辺には、「カッパに注意」という看板があった。子どもを川に近づけるな、という意味ではない。カッパがいるかもしれない場所で、自分の身をどう守るか――大人はそれを、子どもに問うていたのだと思う。
その看板が消えた。いや、看板だけではない。子どもが「こわい」と感じる場所そのものを、大人が先回りして取り除くようになった。カッパの看板の代わりに、柵をして護岸して、子どもを水辺から物理的に遠ざけてしまったのだ。
これは一つの例に過ぎない。大人はこうして子どもが転ぶ前に手を差し伸べ、濡れる前に傘を渡し、失敗する前に答えを教える。結果的に、そうした大人たちの行動が、子どもの成長にブレーキをかけているのではないだろうか。

魚が釣れた瞬間だけが釣りではない。子どもに贈る「答えのない時間」
もちろん、連れていく以上は魚を釣らせてあげたい。最初の一匹を手にしたときの興奮は、何にも代えがたい。だから「釣れなくてもいい」なんて、簡単には言わない。
ただ、魚が釣れた瞬間だけが釣りではない。ウキを見つめ、アタリを待ち、なぜ釣れないのかを考え、仕掛けを変え、場所を変え、また待つ。そこには、検索してもAIに聞いても手に入らない時間が流れている。
答えを教えてくれる人もいない。リセットボタンもない。それでも自分で考え続けて、ある瞬間、ウキがふっと消える。サオが曲がる。それまで考えてきたことの答えが、生きた魚になって水面から出てくる。子どもが釣りに夢中になるのは、たぶんこの瞬間があるからだ。
すぐに答えが手に入る時代だからこそ、たまには「答えのない時間」を子どもに味わわせてあげたい。釣りには、まだそれが残っている。
次回|「日本一旨い鮎」は本当にあるのか
スイカやキュウリに例えられる、あの香りの正体は「加齢臭」と同じ成分?
「日本一旨い鮎」は本当に存在するのかを考えます。
毎週金曜更新| 「釣りの疑問に全部答える」
【発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得!】カッパのいない川で子どもは育つか
子どもの自殺者数が過去最多を更新し、不登校は35万人を超えた。 豊かで安全なはずの日本で、なぜ子どもたちはこれほど追い詰められているのか。 自然体験が、待つ力、やり抜く力、折れない心を育てる。 創刊80年の釣り専門誌『つり人』編集長を10年務め、親子向け魚釣りイベントにも多く携わる筆者が、記者として、父として、水辺と子どもに30年かかわり続けてたどり着いた育て方のヒントとは。 巻末には、政治の側から子育て支援と水辺の環境問題に取り組む、元滋賀県知事で参議院議員の嘉田由紀子さんとの対談も掲載。

.jpg)
