渓流釣りの世界でよく耳にする「適水勢」と「ナチュラルドリフト」。どちらも基本中の基本だが、意外と誤解しているかも……。今さら聞けない2つのキーワードについて、ここでちょっと掘り下げてみたい。
「適水勢」と「ナチュラルドリフト」について整理
写真と文◎編集部
こちらの記事は月刊『つり人』2020年4月号に掲載したものをオンライン版として公開しています。
渓流釣りの世界でよく耳にする「適水勢」と「ナチュラルドリフト」。どちらも基本中の基本だが、意外と誤解しているかも……。今さら聞けない2つのキーワードについて、ここでちょっと掘り下げてみたい。
目次
「適水勢」とは
30~35cm/秒が定位しやすい流速
「適水勢」という言葉がある。渓流釣りにおいては基本とされる考え方なので、ぜひ知っておきたい言葉のひとつだ。しかしその一方で、誤解されやすい側面もある。
そもそもこの言葉は、「ヤマメが定位するのに適した流れの速さ」のことをいう。おおむね10~60cm/秒で、なかでも好んで定位する率が高いのは30~35cm/秒とされる。
もちろんほとんどの釣り人は、流速計を使って調べるわけではない。経験則として「このくらいの流速の場所にヤマメはいる」と、感覚的に学んでいるわけだ。実際に、明らかに速すぎる流れ、あるいは止水域では、たしかにヤマメはあまり釣れない。
だが、ここで注意したいのは、適水勢はあくまで「定位しやすい流速」ということ。エサを捕食する流速とは、完全にイコールというわけではない。
流れのなかで1ヵ所に留まるためには、常に泳いでいないといけない。だから魚にとって定位しやすい流れがあるのは、想像に難くない。止水では溶存酸素が少なくなるだろうし、あまりに激しい流れでは、定位するのに体力を消費しすぎるだろう。
しかし一方で、エサはどうか。川虫、あるいは陸生昆虫は、もちろん自力で泳げる場合は泳ぐだろうが、そうでなければ水流に運ばれるだけだ。適水勢のほうが、より多くのエサが流れるわけではない。
テンカラで釣りやすい流れと、エサ釣りで釣りやすい流れは、似ているようで微妙に異なる
捕食レーンの流速は適水勢と同じとは限らない
魚にとっては、適水勢の流れに定位しつつ、まさにその筋にエサが流れてくるのが理想的だろう。しかし自然の状態では、そううまくはいかない。定位した位置とエサが流れてくる位置が離れていれば、そこまで泳いで捕食することもある。たとえばテンカラの場合、水面に浮かんだ毛バリを、下から泳いできた魚が食べるのはよくあるシーン。この時、川の流れは表層より中層や底層のほうが遅いので、魚が定位していた場所の流速より、表層の毛バリは速く流れていると考えられる。
これはエサが流れる筋と定位する筋が上下にずれている例だが、前後左右にずれている例ももちろんある。
エサが集まる筋としてよくいわれるのが、YパターンやICパターン。2つ以上の流れが集まる場所(Yパターン)や、反転流と流心が合わさる部分(ICパターン)である。そのような流れに仕掛けを乗せて魚が釣れると、釣り人はその筋にこそ魚が定位していて、エサが目の前を流れたから釣れたのだと思うだろう。しかし実際には、魚が定位する筋がずれていることもある。魚は楽に定位できる位置で、エサが多く集まる筋を観察し、そこにエサが流れてきたらサッと泳いでいってパクリと食べる……。そのようなことが水中で起きていることも、充分にあり得る(図A参照)。
つまり何が言いたいのかというと、魚が捕食する筋の流速は、必ずしも適水勢とイコールではないのだ。
「釣れそうな」仕掛けの流下速度は適水勢か?
テンカラ毛バリでも、あるいはエサ釣りの仕掛けでも、それが流れるようすを見ていて「釣れそうだな」と感じる速度がないだろうか? この速度は、釣法によって変わる。
テンカラ毛バリで表層を流すのと、同じ筋をエサ釣りで流すのとでは、実際に流れる速度が違うはずだ。先述のように、川では表層より底層のほうがゆっくり流れるからだ。図Bを見れば、そのことはよく分かると思う。
またテンカラ毛バリはあくまでニセモノなので、魚が見切る可能性がある。そのため、魚に考える時間を与えないで食わせたほうがよい。それだけが理由ではないが、ほぼ止水のような淵では釣りにくい。一方でエサ釣りは、流れの緩い淵でも問題なく釣りができる。
つまり同じ渓流魚を相手にするのでも釣法によって、それぞれ「釣れそうだな」という流下速度は違う。そして勘違いしやすいが、この理想的な仕掛けの流下速度は、適水勢とは別のものだ。
釣法によって釣りやすい流速は変わる
たとえばテンカラ釣りで毛バリを浮かせて釣る、いわゆるドライテンカラで釣るケースを考えてみよう。自然に流しやすく、魚が食べやすく、しかも見切られない速度はある程度限られている。ドライテンカラでは、それにマッチした流れの筋が釣りやすいのだ。
これが沈めて釣るとなると、話は変わる。たとえば白泡が出るような落ち込み直下は、ドライテンカラでは釣りにくいが、沈めるなら問題ない。一方で落ち込みのすぐ上の肩やヒラキは、浮かせた毛バリだと流しやすい。
もしドライテンカラしか経験していないなら、白泡の下に魚がいることに気づけないかもしれない。逆に重い毛バリを沈めて釣るのが専門という人は、肩の魚はスルーしてしまうだろう。 私たちは、釣れない=魚がいないと思いがち。だが、実はほかの釣法を試してみると、渓流魚のまた違った側面が見えてくる。
それほど長い距離を流さないテンカラ釣りでは、魚が捕食する位置と定位している位置を考えたほうが釣果が伸びる