日本初のバスフィッシング専門誌「Basser」。その400号を記念して、心に残った思い出の記事を編集部員および営業マンに語ってもらった。
入社11年目、新卒でBasser編集部に入り、現在は月刊つり人編集部のアライが選んだ記事は、あの伊藤巧さんとペアを組んだ編集部対決!10年前の牛久沼で見た、エリート優勝の片鱗とは…
文◎新井健(アライ・ケン)
2014年に入社しBasser編集部で2年間揉まれたのちデジタル部門へ異動。昨年夏からは月刊つり人編集部に配属され、他魚種について学んだ知識を自分のバス釣りにフィードバックしようと画策中。バス釣り歴のスタートは中学時代。ホームの牛久沼歴は約15年。いちばん好きな映画は『ゴジラvsビオランテ』
▼ピックアップ記事 Basser2015年7月号(No283) 編集部ガチンコバトルin牛久沼
2015年7月号の表紙
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いま読み返しても面白い
こんにちは。元Basser編集部員で現在は姉妹誌の月刊つり人の編集を担当しているアライです。そのBasserが通算400号達成とのことで、これもすべて手に取ってくださる読者の皆さまのおかげです。誠にありがとうございます。
さて今回、心に残った記事を語れとのお題がウェブ担当のアベちゃんから出されたので、私が担当した記事を読み返しておりますが、ページを開くたびに当時の思い出が甦ってきてなかなか選べません。
たとえば2015年8月号のトップウォーター特集では、巻頭記事で津波ルアーズの元木正実さんを取材。ミュージシャンでもある元木さんと共通の話題を作るため、音楽の素養が全くない私は、同氏のブログに登場する著名な洋楽(トム・ウェイツなど)を勉強してからロケに臨んだのでした。当時の私はまじめでしたね。結局、音楽の話題はカメラマン・津留崎健さんが盛り上げてくれたので、私のにわか知識は露呈せずに済みました。発売後にブログで記事をお褒めいただいて本当に嬉しかったですし、お貸しいただいた津波ルアーズのタックルで釣らせてもらった影響でAmbassadeur 2500Cを手に入れたのもよい思い出です。
宮崎友輔さんを霞ヶ浦で取材させてもらったときは、巻き物やトップなどオーソドックスな釣りを精度高く実践するとこれほどバイトが得られるのかと感銘を受けました。レジットデザイン・鬼形毅さんにワイルドサイドのガイドセッティングを詳しく聞いた記事や、ゼナック・久米正昭さんにチューブラーティップの限界に挑戦したというスピラド・ブラッカートS63FORTの製造秘話を聞いた記事はいまでも趣味のロッドビルディングに役立っています。「雨」を特集した2015年6月号では日本気象協会に取材へ行き、気象予報士さんに温かい雨と冷たい雨の違いを教えてもらったりしましたね。
そのなかで思い出に残る取材をあえてひとつ挙げるとするならば、「Basser2015年7月号 編集部ガチンコバトルin牛久沼」です。Basser編集スタッフがペアを組んでの対決企画で、現在も不定期で開催されていますが、記事を作っている人間が顔出しでありのままをさらけ出しているのを評価していただいているのかなと思います。こんにちでは生成AIが一般化し、出所不明の情報が増えるなか、媒体にとって目に見えない価値を生んでくれるのがこういった企画なのかもしれません。編集部員が仕事で釣りをしたいがためにやっているだけでは決してないのです。…いかがなものでしょうか。
あのころの伊藤巧先生
前置きが長くなりました。このときは学生時代から通っている牛久沼のたまやボートでの開催。さらに私とペアを組むことになったのが、なんと伊藤巧さんだったのです。のちのエリートプロと同船の機会を得たのです。
当時の伊藤さんは、TBCやH-1グランプリで好成績を出しているノリーズチームの若手として、各メディアから注目され、どんどん露出が増えていたころでした。しかし、のちに米国参戦初年度でエリートシリーズ昇格を決め、その最高峰シリーズでも2度優勝を収めるポテンシャルを感じ取っていた人は、ご本人に近しいひと握りの人を除いて、ほとんどいなかったかと思います。ひまわり模様のウエアをトレードマークにさわやかな笑顔を振りまく姿にみんな騙されていたのです。
かくいう私は、入社以前から伊藤さんが来沼した際にお会いする機会があり、「どうすればもっと釣れますか?」「GPS付きの魚探を買うといいよ!」「自作のロッドみてください!」「ちょっとリアグリップが長すぎるね!」などといったお話をさせてもらったりして「やっぱり雑誌に出てるプロは優しいなぁ~」なんて印象を持っていました。
そんな伊藤さんとペアを組むことになったのは「タクミ君の足を引っ張らせるため」に、負けが込んでいた当時編集長のホリベさんとライターのスイトーさんペアが決めたことになっていますが、実際は仕事がキツくて鬱っぽくなっていた私を息抜きさせる意図でのものでした。ありがとうホリベさん。
そんな感じで当日になり、私は伊藤さんのバックシートに納まって出船したわけです。いやぁ~、憧れていた伊藤さんの釣りが間近で見られるなんてラッキー。怖い先輩と違って伊藤さんは優しいし今日は一日平和に釣りができそう~。てなモンです。
で、伊藤さんは朝イチにバズで2kgフィッシュをキャッチ。呑気に構えていた私の心中にメテオストライクが発生します。伊藤さんが豹変したわけです。さわやかお兄さんからオラオラ系に。
せっかくなので、当日のフットステップメモ(原稿担当のスイトーさんへ送るためにまとめたもの)からこのときの状況を抜粋してお送りします。
***(当時のメモより)***
「あ、あれバスだ……」といってキャストした伊藤プロのグリッパーにビッグバイト。
(ハスに巻かれないよう)強引に巻いて抜き上げる。ヴォイス680Mが大きな満月を描き楽勝50㎝UPがボート内にIN。そのはずみでツライチハイデッキに並べられたロッド群のHB630L+コンクエストDCが牛久にぼちゃん! 伊藤プロはオラオラ系男子に変貌
「ゥオラァァァァ!!! 今の見たァァァァ!!? サイトで食わせたァァァ!! だから出るっていったろ!?」
「ひぃ、そ、そんなことよりロッドがぁ!」
「いいよ、いいよ、後で拾うから! そんなことより楽勝50UPだぜ」
******
たいへんなことになりました。興奮しすぎて性格が変わっているうえに、ロッドを落としたことに意識が向いていないのです。この人は釣りにかけるメンタルが常人と違うのかもしれない……。そんなことに気づいた瞬間でした。
ところで、この対決では「ひとりにつきリミット1本」のルールでした。つまり我々ペアがこれ以上ウエイトを伸ばすには、伊藤さんがさらに大きなバスをキャッチするか、もう1尾を私がキャッチするかです。前者は現実的ではないので、伊藤巧先生による熱烈指導が始まるわけです。
***(当時のメモより)***
ここからは伊藤プロのバズベイト道場inハス畑である。
「お前、ふざけんなよ! そんな巻き方してたら釣れるわけないよ!」
「ひょぇぇぇ!?」
「バズはタダ巻けばいいってルアーじゃないんだよ。常にペラの3/4が水に浸かった状態をキープしながら巻くのが鉄則だよ!? 今の巻き方はペラがほとんど水面から出ちゃってるじゃん。ルアーの姿勢が斜めになっちゃうし、釣れる音も出ないよ。バスはちゃんとそういうところ見てるからね。遅く巻けって言ってるわけじゃないよ。いい音が出る巻きスピードでラインの角度をロッドティップの高さで調節するんだ。ルアーが手前に来るにつれてサオ先をだんだん下げてね」
「ハイ」
ジョポポポポポポ……
「そうそう、その音を覚えてね。よくなってきたよ。風が当たっていい感じだから岸際のパラガマもねらってみよう」
「はーい」
「お前、ふざけんなよ! なんてとこにキャストしてんだよぉ!」
「ひょぇぇぇ!?」
「アライ氏のキャストは風向きと直角に投げてるから、なびいたガマの茎の上にラインが乗っちゃってるじゃんか! 巻いてきたらラインがガマを揺らすからバスが逃げるし、そもそもバズが水の中を引けてないでしょ? そんなキャストで釣れるとでも思ってるの? 風向きと平行にキャストすればガマの間に引けるコースが見つかるよ」
*******
……といった具合でしたね。さわやかお兄さんはどこへ行ってしまったのでしょうか。だし、「バスはちゃんとそういうところ見てるからね」というパワーワードがポロンと出てくるあたり、この人は釣りへの取り組み姿勢が常人と違うのかもしれない……。そんなことに気づいた瞬間でした。
これ以外にも、オラオラ系のリアクションに反してバスをリリースする際の丁寧な魚体ケア、H-1でライバル関係にあった現編集長のササキへの熱烈な対抗心など、バスフィッシングに向ける伊藤巧さんの姿勢を形作る片鱗の数々を垣間見たのです。そのどれもこれもが、私にとっては南天に輝くαケンタウリ星のように、まばゆい光を放っているように見えました。『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)のメカゴジラが正体を現わすシーンみたいな感じですよね。
それは答え合わせのようで
そして時は流れ2019年、伊藤さんは海を渡り、B.A.S.S.セントラルオープンに参戦を開始。見事ワンシーズンでエリート昇格を決めました。そのオープン戦のなかでも語り草になっているのが亀山湖に似ていると伊藤さんから語られた第3戦ルイススミスレイク戦です。
年間暫定8位でこの試合を迎えた伊藤さんは、初日に幸先よくバスをキャッチしたものの、走行中にエンジンが破損するトラブルに見舞われます。修理して競技に戻る時間は残されていましたが、ルール上それまで釣っていたバスはリリースしなければならない状況。
しかし伊藤さんはどん底から気持ちを奮い立たせ、残り時間でリミットメイク。そのリカバリーによって最終8位でこの試合をフィニッシュし、年間暫定順位を1位まで押し上げることに成功したのです。
この人はトーナメントに臨むメンタルが常人とは違うのだ……、そのことに誰もが気づいたのです。私にとっては心の夜空に輝く星がもうひとつ増えた瞬間です。あれがデネブ、アルタイル、ベガ……。
そのあとのご活躍は皆さん知ってのとおり。2021年B.A.S.S.エリート・セントローレンスリバー戦で優勝。2024年にはあのルイススミスレイクでエリート2勝目をあげ、誰にも疑いようのないかたちでその実力を証明しました。
セントローレンスリバーで伊藤さんがブルートロフィーを頭上に掲げたとき、もはや驚きはありませんでした。なぜならそれを成し遂げる素質を示す星たちが、すでに燦然と光り輝いていたのだから。星と星を結ぶ線は星座となり、スモールマウス・ディズニーランド座とタク・ツリー座としてアメリカの夜空に永遠に刻まれることになったのです。
夢がありますよね
さて、Basser400号記念のこの思い出語り企画で、私がこの記事を選んだ理由をまだお伝えしていませんでした。それは私にとって、バスフィッシングの世界が内包する夢の広がりを示しているエピソードだからです。
例えるなら、編集部対決のようなレンタルボートの身内の対決はいわば草野球のようなものでありましょう。あのころ、仕事を上手にこなせず落ちこぼれていた私と一緒に草野球をしてくれたお兄さんは、甲子園どころではなく、メジャーリーグに私を連れて行ってくれたのです。夢がありますよね。
もちろん、そんな最高峰の舞台で優勝をねらい続けるのは楽しいだけであるはずがない。勝つために必要なもの以外をすべて捨てる覚悟でぶつかって、それでも結果を出せないのが普通の世界です。これは国内のトーナメントでも同じです。でも、何度負けても、ボートが壊れても、湖上にいられる限り前を向いて最善を尽くす姿を彼らは見せてくれます。
その姿を見て、私たちはSHISHAMO『明日も』の歌詞を思い出すのです。
「良いことばかりじゃないからさ/痛くて泣きたいときもある/そんな時にいつも/誰よりも早く立ち上がるヒーローに会いたくて」
彼らがヒーローじゃなくてなんでしょうか。
バスフィッシングは遊びです。でも、その遊びを真剣にやり続けたらヒーローになれる世界なんです。
念のため補足しておくと、ヒーローとはなろうと思ってなるものではありませんし、自分の活躍を振り返って自認するものでもありません。頑張っている姿を見た人が、勝手にヒーローだと思うことで誕生するものです。活躍する場所や立場は関係ないのです。
あなたをヒーローだと思うのは、人生初めてのバスを手にして満面の笑みを浮かべるお子さんかもしれないですし、ルアーを貸してあげたお友だちとか、インプレブログにアクセスした読者かもしれません。
さて、ここまで読んでくださった方のなかには、バスフィッシングに夢中になるあまり、青春の時間すべてを湖上で過ごしてしまったり、生活の糧を手放してしまったりして、大切な時間を浪費してしまったと後悔している人がいるかもしれません。
そんな人に私は伝えたい。あなたが湖上で過ごした時間はかけがえのないものであったと。「バスフィッシングとは人生を費やす価値のある趣味だからさ」と。ちなみに最後のは、私が田辺哲男さんに言われた言葉です。
私はそんなバスフィッシングが大好きです。最近はなかなか厳しい状況もありますが、10年、20年この遊びを続けられるようにみんなで頑張っていきたいですね。
あ!最後に私の自慢をさせてください。伊藤巧先生のバズベイト道場から6年後のたまやオープン2021年8月大会で、私自作のバズベイトで準優勝しています。
ありがとう伊藤巧先生。今シーズンも頑張ってください。
ひまわり模様のウエアがステキな伊藤さん
アライからバス釣りを愛する皆さんに知って欲しいこと
守るべきバス釣りの法律とルールまとめ/これからもバス釣りを続けていくために必要なこと