なぜ、人はこれほどまでに釣りにハマるのか。その正体は、心理学でいう「フロー体験」にあると言われています。 時を忘れ、無心になって没頭するこの心理状態こそ、情報過多な現代人に不可欠な「脳の休息」であり、子どもたちにとっては貴重な「成功体験」の場ともなります。
あの元プロ野球選手・和田一浩さんも、現役時代の重圧から解き放たれるために、釣りを「心の再起動」の場としていたそうです。 大人には休息を、子どもには成長を。 心理学とトップアスリートの言葉から、釣りがもたらす不思議な効能を紐解きます。
レポート◎山根和明(株式会社つり人社代表)
協力◎株式会社龍角散、宇津救命丸株式会社、樋屋製薬株式会社
この記事のAI要点(30秒で把握)
- 「運」だけでは勝てない世界: 全国大会で証明された意外な真実。同じ場所で釣っても釣果が「10対0」になるのは、運ではなく“ある能力”の違いでした。
- 一流アスリートの「心の整え方」: 元プロ野球選手・和田一浩さんを救った釣りの力。重圧と戦う大人たちが、なぜ釣りの時だけ「少年に戻れる」のか?
- ゲーム好きの子こそ釣りに向いている: 心理学的にも証明された「没頭(フロー)体験」。ゲームと同じくらい夢中になれて、ゲームにはない「リセットできない感動」が子供を育てます。
運か実力か? 全国大会が証明する「釣りの真実」
2月20~22日にかけて、鹿児島県・甑島を舞台に『ダイワグレマスターズ2025』全国決勝大会が開催されます。グレ(メジナ)は磯釣りの花形ターゲットで、その技術を競う大会は全国各地で行なわれています。なかでもグレマスターズは権威のある大会に位置付けられ、今年で31回目を迎えます。
今回の見どころは、熊本県の名手・田中貴さんが史上最多9回目の優勝を成し遂げるかという点です。同大会ではまず全国15会場で地区予選が行われ、その上位入賞者がAブロック、Bブロックへ。さらにそこで勝ち残った選手と前年シードを含む計16名だけが全国決勝大会の舞台に立ちます。地区大会の参加者は延べ1000名以上。決勝に進むだけでも名誉といえる狭き門です。
ところが、その舞台で同じ人間が何度も頂点に立つ。田中さんはすでに8回、徳島県の山元八郎さんも8回。つまり30回の歴史のうち、優勝の半分以上をたった2人が手にしています。昨年11月のシマノジャパンカップ磯(グレ)釣り選手権大会では、神奈川県の友松信彦さんが6度目の優勝を果たしました。アユ、クロダイ、バス。ジャンルを問わず、全国大会には必ず「常勝者」が存在します。
世間では「釣りは運だ」と思われがちです。しかし全国大会の結果は、それを否定し続けています。運が無関係とは言いませんが、それ以上に物を言うのは「腕」です。同じ海、同じ磯、同じ時間に隣り合ってサオをだして、釣果が10対0になることなど珍しくありません。
私自身、編集部に入るまで、その事実を理解していませんでした。少年時代から兄や友人より釣れていたことに慢心し、周囲の「お前は釣りが上手いな」という言葉を本気で受けとり、鼻が高くなっていたのです。しかし、編集部に入り、磯釣りやアユ釣りの大会を取材するようになり、いかに自分が未熟であるかを痛感させられました。まさに草野球とプロ野球ほどの差がありました。
もっと上手くなりたいと、ハリの結び方、イトとイトの結び方、エサの付け方、仕掛けの作り方、釣りの組み立て方などを全国の名手から教わり、その答え合わせをするために暇さえあれば釣り場に向かいました。すると、どうでしょう。みるみる釣れるようになるのです。バッティングやピッチングの練習を少しやったところで、すぐに結果は出ません。短距離走や長距離走もしかりです。しかし、釣りはやればやるほど、すぐに結果になって現われるのです。これが楽しくて、ますます釣りにのめり込みました。
没頭の正体は「フロー体験」。心理学で読み解く釣りの魅力
大の大人が魚釣りに夢中になる。はたから見ると滑稽に映るかもしれませんが、これはハンガリーの心理学者チクセントミハイが提唱した「フロー体験」を紐解くと合点がいきます。フローとは、目の前のことに深く集中し、雑念が消え、時間の経過すら忘れてしまう没頭状態のことを指します。釣りには、このフローに入りやすい条件がいくつもそろっています。

釣りがフローに入りやすい理由
まず、魚を釣るという明確な目標があり、潮の変化やウキの動きなどからすぐに状況を判断できる即時のフィードバックがあります。さらに、仕掛けの調整や投入点の工夫など、小さな試行錯誤がその場で結果に結びつきやすく、釣り人の技術と難しさのバランスがちょうどよいところに設定されやすいのです。この「少し難しいが、工夫すれば届きそう」という感覚こそ、フローに入りやすい大きな要素です。
| フローの条件 | 釣りの特性 |
|---|---|
| 明確な目標 | 「魚を釣る」というシンプルかつ強力な目的。 |
| 迅速なフィードバック | ウキの動き、手ごたえ、釣果など結果が即座に分かる。 |
| 能力と難易度のバランス | 「少し難しいが、工夫すれば釣れそう」という絶妙な難易度設定が可能。 |
こうして集中が深まっていくと、自分が今どれくらい時間を使ったのかも忘れてしまい、気がつけば夕方になっている。そんな経験を多くの釣り人がしています。昨年、85年の生涯を閉じたアユ釣りの名手、村田満さんは朝暗いうちから夕暮れまで何も口にせずによく釣っていました。ご本人は「我慢していた」という意識はなかったと思います。
努力が釣果という形ですぐに返ってくる喜びと、自然の中で一つ一つの判断が研ぎ澄まされていく感覚。これらが重なり合うことで、釣りはフローを体験しやすい特別な活動となり、人を強く惹きつけるのです。
子どもを育てる「小さな成功体験」
小誌は今年で創刊80周年という節目を迎えます。創刊号のグラビアにはサングラスをかけた筋骨隆々の進駐軍の兵士が笑顔でフナを持っているカットの下に、ガリガリに痩せたパンツ一丁の日本の少年が笑顔で写っています。見事なまでに時代を映し出しています。創刊の詞には以下のように書かれています。
「釣りは、人類の原始時代から、我々と深い因縁を持っているらしい。子供は、すべて釣りを好む。我らの遠い祖先のような無心の姿で、子供は釣っている。
釣ろう。無心の姿で。釣りするために釣ろうではないか。」
無心で釣ろう。まさに、フローです。そしてこれは、大人だけでなく子どもにとっても大きな意味を持ちます。子どもは本来、目の前のことに夢中になりやすく、小さな変化にも敏感です。ウキがわずかに沈んだ、エサの種類や付け方を工夫したら魚の反応が変わった。こうした即時の変化を感じ取ることで、「自分の工夫が通じた」という手応えを得やすいのです。この手応えこそ、子どもの心を育てるうえでとても重要な成功体験になります。
釣りは、身体能力の差がほとんど影響しない世界です。走るのが苦手でも、力が弱くても、知識や工夫次第でしっかり結果が出ます。むしろ試行錯誤を楽しめる子どもほど上達が早く、集中して取り組むほど成果が返ってくるため、自然と自信が育っていきます。「自分にもできる」という感覚を持てることは、子どもの成長にとって大きな財産です。
また、釣り場での経験は、単に魚を釣るだけでは終わりません。潮の流れを読む、仕掛けを整える、自然の変化に気づくなど、さまざまな判断や工夫が求められるため、子どもたちは知らず知らずのうちに集中力や観察力、忍耐力を身につけていきます。こうした力は学校生活やスポーツにも活かされ、日常の中で新たな挑戦に向かう原動力にもなります。実際に釣りを好むアスリートは多いです。
元プロ野球選手・和田一浩さんが語る「心の再起動」
ところで、『ダイワ グレマスターズ2025』全国決勝大会の模様は、YouTube「釣り人チャンネル」でライブ配信します。私も解説として参加する予定ですが、もう一人の解説者が、元プロ野球選手の和田一浩さんです。和田さんは磯釣りの腕前も素晴らしく、私も年に何度かご一緒させていただいています。
現役時代、和田さんは西武ライオンズ、中日ドラゴンズで活躍し、首位打者、最多安打、MVP、通算2050本安打、通算打率.303という輝かしい成績を残しました。プロ野球の長い歴史の中で、3割を超える生涯打率を残した選手はごくわずか。和田さんは、その一人です。私は当然のように「現役時代はさぞ充実していただろう」と思っていました。ところがある日、和田さんは意外なことを呟きました。
「屋外の球場で試合がある日は雨が降って中止にならないかな、って思う日もあったんですよ。数字が落ちていくのが怖くて」。
淡々と語る声の奥に、張り詰めた日々の空気が伝わってくるようでした。結果と正面から向き合い続ける世界で、自分の価値が数字として刻まれていく。プロ野球は華やかに見えますが、選手たちは数字という重圧と日々闘っているのです。しかも和田さんは、いわゆるエリート街道を走った選手ではありません。プロ入り後すぐに頭角を現わしたわけではなく、レギュラーを掴んだのは30歳を過ぎてから。20代で引退する選手も珍しくない世界で、それは異例の遅咲きです。だからこそ、数字と期待と時間。そのすべてが、和田さんにとって重くのしかかっていたのだと思います。そんな中で、彼を支えていた小さな救い。それが釣りでした。
アスリートやエグゼクティブが釣りを好む理由
幼い頃、母の実家の近くを流れていた長良川支流の切立川でカジカ獲りに夢中になりました。澄んだ冷たい水の中を颯爽と泳ぐイワナやアマゴに憧れた日々。小学3年生から野球を始めましたが、土日には朝3時に起きて近所の池や沼で練習前にフナ釣りに興じました。4年生のある日、突然掛かった50cmのコイに腕ごと持っていかれそうになったあの引き――。
「何がヒットしたんだってぐらい強くて(笑)。あそこで完全にハマりましたね」
その感覚は、大人になっても消えませんでした。遠征の移動中、ふと窓の外に川や海が見えると「あそこ、何が釣れるだろう」。気がつくと、数字でも相手投手でもなく、魚のことを考えていたと言います。ほんの短い時間でもサオをだした日は、不思議と呼吸が整ったそうです。
そして今。引退した和田さんは、釣りに行く前夜眠れなくなると言います。
「遠足前の小学生ですよ(笑)。わくわくしちゃって」
その横顔は、名選手ではなく、まぎれもない釣り少年です。ひょっとすると、釣りがあったからこそ、和田さんは重圧に押し潰されず、あの成績を残せたのかもしれません。
釣りは逃げ場ではありません。むしろ心身を整え、再び前に進むための心の再起動なのです。だからこそ、重責を抱える人ほど釣りを必要とするのだと思います。私の周りには企業のトップ、議員、アスリート、コンサルタント、テレビ局のプロデューサーなど日々重責と闘っている釣り愛好家がいます。彼らは釣りの話になると、少年に戻ります。肩書きも立場も、釣りの前では関係ありません。
ANAの社長や会長を歴任された伊東信一郎さんが以前、こんなことを話してくれました。
「はたから見ていると、釣りはボーッとしているように見えますが、実際は違いますよね。どうしたら釣れるかということを、ずっと考えています。脳を休めるどころか、酷使しています。でも、不思議なことに次の日は頭がスッキリして、起きた瞬間から仕事モードに入れるんですよ。専門家に聞いたら、仕事と釣りとでは、脳のまったく違う場所を使っているらしいですね。釣りをしている最中は仕事脳が休まっているんだそうです。だから翌日、頭が真っ白な状態から仕事に入れるんです」
伊東さんは笑いながらそう語りましたが、そこには実感からくる確信がありました。考えているのに、休まっている。動いているのに、静まっている。釣りの時間には、その矛盾が成立するのです。
ゲームにはリセットがあるが、自然にはない
最近、「近頃の子どもはゲームばかりで……」という声を耳にします。しかし、公園を見渡せば「ボール遊び禁止」「大声禁止」の看板だらけで、子どもたちが思い切り遊べる場そのものが減っています。数年前には長野市の公園が、一人の周辺住民の「子どもの声がうるさい」という苦情で閉鎖されたというニュースもありました。本来は子どもの声が響くべき場所であるはずが、今や静かにしていなければならない空間に変わってしまっている。そんな中で子どもがゲームに向かうのは、むしろ当然の結果なのかもしれません。
とはいえ、私はゲームを否定するつもりはありません。私は和田さんと同い年で、小学校高学年のころファミコンが登場しました。当時、私が夢中になったPC版『ザ・ブラックオニキス』や『ハイドライド』は、RPG(ロールプレイングゲーム)の先駆け的な存在でした。だから今の子どもたちがマインクラフトやロブロックスに没頭する理由もよく分かります。あれは「自分で考え、自分で作り、自分で試す」ことができる世界です。小さな工夫がすぐ結果につながり、失敗すら次のヒントになる。その構造は、RPGと同じです。要するに、自分の選択が世界に影響し、その結果が自分の成長として返ってくる。そこに子どもは惹かれるのです。
近年の研究ではゲームデザインにはチクセントミハイのフロー理論がしっかり反映されていると言われています。RPGはその典型です。明確な目標、段階的上達、即時フィードバック、小さな成功の積み重ね。それらは、フローに入りやすい条件を計算し尽くして組み込まれています。
だから私は、ゲームを目の敵にしても意味がないと考えています。夢中になる理由があるからこそ夢中になる。そこに善悪はありません。問題なのは、子どもたちの周りから「夢中になれる現実世界」が奪われていることです。そして、ここが本質ですが、ゲームは人間がデザインした世界で完結します。すべては人間が想定した通りに動き、人が設計したルールの中で整然と存在します。
しかし、釣りのフィールドである自然には、設計者はいません。潮流は思うように流れず、天候は予報を裏切り、魚は気まぐれです。同じ場所、同じ潮、同じ仕掛けでも、昨日と今日ではまったく違う。だからこそ、釣りは深い。終わりがありません。
氷雨の中の釣りスクールで起きた出来事
私は子どもたちが、ゲーム以上の楽しさを釣りに見出す瞬間を何度も見てきました。こんなことがありました。
D.Y.F.Cの取材に行った時のことです。D.Y.F.Cとはダイワ・ヤング・フィッシング・クラブのことで、1976年から続く子ども向けの釣り教室です。小学生から中学生までを対象にしていて(19歳まで在籍可能)、年間に20回ほどスクールを開催しています。ライフジャケットやタックルも無料でレンタルでき、今では両親が卒業生という親子も少なくありません。
ある年の11月、静岡県の熱海港海釣り施設でのスクールでは、朝から冷たい雨が降り、スタッフでさえ厚めのレインウェアを着込んで震えるほどの寒さでした。「今日は早めにギブアップする子が出るでしょう」と運営スタッフは心配し、雨宿り用の大型テントも用意されていました。私は参加者が早々にテントの下に来て、スマホでゲームをやる姿を勝手にイメージしていました。
ところが、いざ始まってみると驚きました。氷雨が降り続く中、子どもたちは黙々と釣りを続けたのです。アタリは少なく、手もかじかむような状況でしたが、一人としてサオを置く子がいませんでした。メジナやカサゴが時おり上がると、子どもたちははちきれんばかりの笑顔で喜びます。結局、テントに避難した子は一人もいなかったのです。
子どもたちは、本当はゲームの中だけで熱中したいわけではないのだな、と私は確信しました。風の匂いを感じ、自然の変化に気づき、自分の手で確かめたいのです。生きた魚の感触をその小さな手でしっかりと掴みたいのです。仮想空間ではなく、現実空間のほうがやっぱり楽しいんです。
「近頃の子どもはゲームばかり」と嘆く方々に、ぜひこの現実を知ってもらいたいです。ゲームの世界には「リセット」があります。でも自然にはありません。だからこそ、幼い頃に手にしたあの魚のことを、私たちは昨日のことのように思い出せるのではないでしょうか。


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