タタキやフライなど、どんな料理でも美味しく食べられるアジ。なぜ万民からこれほど愛されるのか。本記事では魚の伝道師ウエカツこと上田勝彦さんに、「あじは味なり」と称される食味の秘密を解説してもらった。旬や極上のアジを釣るための条件など、アジ釣りのアフターフィッシングをもっと楽しむための知識を紹介する。

文◎上田勝彦
写真◎葛島一美、月刊つり人編集部
1964年生まれ。島根県出雲市出身、長崎大学水産学部に在学していたころから漁師として働きつつ魚を研究。大学卒業後は水産庁に入庁し、瀬戸内海の漁業紛争の調整や南氷洋・北洋の鯨類捕獲調査、日本海の資源回復プロジェクト等の業務に従事。2011年には東日本大震災復興のために魚食復興集団「Re・FISH(リ・フィッシュ)」を立ち上げ、代表を務めた。2015年に水産庁を退職し、株式会社ウエカツ水産を立ち上げ代表取締役となる。元東京海洋大学客員教授。人呼んで魚の伝道師。『ウエカツの目からウロコの魚料理』(東京書籍)、『オトコの釣りメシレシピ』(玄光社)、『旬を愉しむ魚の教科書』(NHK出版)、『子どもが食いつく魚レシピとヒミツ』(メイト)、『おいしい魚ずかん』(金の星社)など著書多数。
アジングで釣れたアジはサビキで釣るより美味しい?
釣りをゲームとしてとらえるならいざ知らず、食うために魚に向かうタイプの釣り人にとって魚の味とは、単に舌上の喜びに限るわけではない。釣りの準備から釣りの最中、獲物を得て、料理し、最後に食べた後の余韻まで。一連の過程がことごとく記憶に刻まれるそのすべてが、この魚の味なのだと思う。ワーム釣りのアジにはそのような記憶がある。
17、8年も前になろうか。当時、私は日本海鳥取県の境港で水産の仕事をしており、朝に夕に魚釣りに明け暮れていた。春夏秋冬、アジは陸からサビキでよく釣れた。しかし、アミコマセをたらふく食ったアジは、鮮度持ちも悪く、翌日には内臓から肉に匂いが移っていて、それでもそんなものかと思っていた。そんな時、メバル用のワームというゴム製の疑似餌が登場し、それを装着するための、漁具のカブラから羽を剥ぎ取ったような錘と一体型の釣り針「ジグヘッド」が登場したのだった。
はたしてこんなもので釣れるのか。疑問を抱いたまま有り合わせの竿と糸にワーム仕掛けを結び、いろんなところで投げてはみたが、魚はかすりもしなかった。そのようなある晩。夜中の人気のない常夜灯の下で何らかが餌を追って大ナブラを立てていた。メバルかと思い、ワームを投げて巻くと、掛かってきたのは20cmを超えるアジだった。ちょっと脇のテトラに投げるとメバルも釣れた。
本当に釣れるんだ──。
その晩を契機に、メバルにはメバルの、アジにはアジの誘い方があって、専用の糸や道具があることも知り、ワーム釣りの深みにはまっていったのだった。要は、シラス、アミエビ、ゴカイの仲間など、その時その場所で追っている「餌のふり」を演出すればよいということがわかってきた。
冬が去り、春も過ぎる頃。メバルが産卵を終えて味を落とし、中アジが旨い季節が近づくと、そろそろあの味がやってくると気もそぞろ。道具を仕立て、ここぞと決めた場所で夜な夜な竿を振る。釣れたならばよりよく持ち帰るために一尾ごと活締め血抜きを施し、軽く冷やして持ち帰る。そこそこ釣って、家に戻ればすぐさま料理にとりかかる。切り立ての活かった身を飾り気もなく皿に盛り、ショウガ醤油で深夜の晩酌をするのが、この釣りしめくくりの風情であった。
「アジは味なり」アジの美味しさとは
「あじは味なり、その味の美しきを言ふ」とは江戸時代の学者、新井白石が記すところであるが、たしかに、背の青いいわゆる「青ザカナ」の中でも他のサバ、イワシ、サンマなどに比べて味の趣きがちがう。青ザカナとしての脂の香りと直球的な旨みをもちつつも、白身魚のような甘味のある滑らかな肉質とやさしい味を併せ持つ特徴がある。旨いだけでなく品格も併せ持つ、そんな味を美しいと言ったのだろう。
なぜ各地で愛されるのか
刺身、タタキ、塩焼き、煮つけ、フライ然り、なぜ万民がアジだけを特別に愛でるのか、そこにはそれなりの理由があるわけだ。
アジの特殊性は、その他にもたくさんある。たとえば。魚をさばく練習を始めるときに、なぜ「まずアジから」と言うのだろう。また、千葉の南房総を発祥とするタタキ、ナメロウ、サンガ焼き、水なますなどの浜料理の数々は、なぜアジで展開されているのだろう。むろん、その地域でよく獲れて手軽に買える値段だったこともあるにせよ、料理もややこしくなく、食べ方はいかようにも簡易で美味しく、釣りとしても各地のいたるところで簡単にも難しくも釣れる汎用性を備えているのがアジだ。人々はこの魚に、他の魚にはない味を含めた総合的な魅力を感じてきたことはたしかであろう。
アジの旬はサイズごとに変わる?旨いアジが釣れる条件
ほとんどの魚には2回旬があるという。ひとつは産卵に向けて栄養を蓄える時、もうひとつは産卵後しばらくして栄養を蓄え回復した時期だ。このしくみに則ればアジの場合、産卵期は日本列島は東西南北に長いので前後にずれるとしても概ね春。なので、産卵前の冬と、回復してきた夏が美味しい時期、すなわち旬となるのだが、これは魚のサイズによってもちがう。産卵前に太る時期には小さいものよりたくさん栄養を蓄えることのできる体格を持つ大サイズが美味しく、産卵後の肥立ちは産卵による負担の大きい大アジよりも中小アジが美味しい。
そしてもうひとつの条件として、旬にはたくさん獲れる時期という意味での「漁獲の旬」と、獲れる数は少なくても味を蓄える「味覚の旬」があることも念頭に置いておきたい。水温が上がりたくさん獲れる時期は釣りやすく価格も安くなる漁獲の旬。水温が下がって静かに栄養を蓄える時期は美味しいが、釣りにくく値段も高くなる味覚の旬。概ねこの二つの条件が重なった、量も比較的多くて値段も手ごろの時期を、旬と昔から呼んできた。これを産卵がらみの旬と重ねてみると、比較的浅いところで大きな群れをつくるのが春から夏の中小アジ、深いところで秋から冬に大きな群れをつくらずに栄養を蓄えるのが大アジとなる。夏は、中小のアジから始まって、次第に大型のアジに旨さがうつる季節。だからアジの旬は夏だと言われてきた。
しかし、産卵後の夏場でも大アジは釣れるのだが痩せて味を落としているということであって、けして釣れないわけではない。冬場でも数は少なくとも中アジは釣れる。ただ、アジの味を追いかけるならば、中小アジなら春の終わりから夏、大アジならば秋から冬にねらうのがよいという、味に着目しての話なのだ。
定点観測でアジの行動パターンを読む
そこで釣り人として気になるのは、いつどこに旨いアジが居て、どのように釣れるのかであるが、自然界の生き物は餌を探してひたすら食べて子孫を残すという原理原則で生きていることから考えると、最初は手探りでも、その時期にどこにアジが追っかける餌があるのか、いつ産卵するのかの二つを考えればよいことになる。
これを見つけるにはいくつかの「定点観測」をするのがいちばんよい。周辺の数ヵ所を回っていくつかのアジが集まりやすい漁場を発見したならば、しょっちゅう同じところに出かけては釣り、アジの行動を観察し、料理の際に胃の内容物を調べ、卵や白子の太り方を確認し、脂乗りや肉の味も味覚でチェックする。これを一年でも継続すると、実にいろんなことが見えてくるのでおもしろい。そして何より、一年中どこにでもいるとみえるアジの中から、その時期の美味しいアジを選んで釣れるようになるのである。
※このページは『つり人 2026年5月号』に掲載した記事を再編集したものです。



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