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つり人編集部2025年10月24日

頻発する“クマ出没”と“土砂災害”の原因とは?【炭焼き文化が消え、荒廃した「里山の森」からの警告】

里山再生のカギを握るとされる炭焼き文化。その産地となる里山を視察した。熊本県の球磨川水系にあたる支流上流部には、木炭の材となる広葉樹のカシを伐採する現場がある。一連の作業工程を目前にすると、スギやヒノキの人工林とは一線を画す『広葉樹のたくましさ』を実感するのである。

レポート◎浦壮一郎

里山再生のカギを握る炭焼き文化

日本の森林面積はおよそ2500万ha(国土の約66%)だといわれているが、そのうち約1000万ha(約40%)が植林された人工林、残りの約1500万ha(約60%)が天然林(主に広葉樹)とされている。

その分類は以下のようになる。人工林は主にスギやヒノキ、カラマツなどの針葉樹のことであり、天然林はブナやナラ、カシなどの広葉樹のほか自然に再生した針葉樹も含まれる。また天然林には太古から伐採を逃れた原生林も含まれてはいるものの、大半は人の手が入った森林いわゆる里山である。

実はこの呼び名、その分類には誤解が生じる可能性がある。上記では主に植林された針葉樹を人工林とし、広葉樹を天然林に分類している。では、かつて人々が関わりを持って活用してきたいわゆる里山は本来どちらに分類されるべきなのか。

現在の日本では『里山=広葉樹』、あるいは『天然林=広葉樹』との思い込みにより、里山は天然林に分類されている。しかしながら里山とは木炭や薪の生産地として古くから活用されてきた森であることからも、本来は人工林である。

そんな里山地域は現在、農林業の衰退と高齢化により環境維持の担い手不足という問題を抱えている。奥山(原生林)と都市の間に位置する緩衝地帯だった里山は現在、荒れ放題の様相を見せているのだ。 その原因のひとつが材としての需要の変化が挙げられる。里山の樹種は多くが広葉樹であることから住宅などの建材に使われることは少なく、主に燃料としての『木炭』を供給する地域であった。

もともと里山で生産された木炭や薪は家庭用燃料として使用されてきたが、高度経済成長期に入ると状況は一変する。燃料革命により家庭用燃料も石油やガス、電気への転換が急速に進み、木炭や薪の需要は激減。国産エネルギーに占める木炭および薪の供給割合は昭和30年の10.4%から昭和53年には0.5%までに減少したという(全国木材組合連合会調べ)。

里山の荒廃は近年のクマ出没の要因にも

そんな里山だが、多様な動植物が共存する地域でもあった。また二酸化炭素の吸収力としても重要であるほか、近年出没件数が増えているクマについても里山の荒廃が原因のひとつといわれている。それまで奥山を生息域としてきたクマたちが人間の気配が消えた里山まで降りてきたことで、現在の状況が生まれたとも指摘されているからだ。

そうした中山間地域に不可欠な里山はかつて、木炭の生産地として維持されていた。ところが、 「木炭の生産量は戦中戦後の時期でおよそ270万t。対して現在は2万t足らずにまで減少しています」 こう話すのは木炭を含め燃料全般を扱う東京燃料林産株式会社の代表取締役、廣瀬直之さんである。同社は創業から80年以上、木炭や薪の取り扱いを通じて日本の里山と深い繋がりを持ち続けてきた。

「270万tもの木炭を生産していた当時、日本の山は禿げ山だらけで木を伐りすぎていたかもしれません。でも今は当時の1%足らずです。これは伐らなすぎだと思うんです」

さまざまな弊害をもたらしている里山の荒廃、それを再生へと転換する施策が今求められているのである。

東京燃料林産株式会社・代表取締役 廣瀬直之さん
東京燃料林産株式会社・代表取締役 廣瀬直之さん。同社は創業から80年以上、木炭や薪の取り扱いを通じて日本の里山との深い繋がりを持ち続けてきた。炭焼き文化の再興を通じて里山を再生し「都市部の富を中山間地域に還元させたい」と語る

広葉樹の森は植林が不要

東京燃料林産では全国各地の木炭生産業者と提携し、木炭や薪の販売を通じて里山の再生を目指している。その提携業者が作業する森を視察した。 熊本県球磨郡で木炭を製造販売する『株式会社尾鷹林業』では、高齢化により手入れができなくなった広葉樹の里山に分け入り材の伐り出しを行っている。社名に林業とあるがスギやヒノキなどの人工林とは一切の関わりを持たず、木炭生産のための広葉樹の森が同社の活動エリアである。そのこだわりは目を見張るものがあった。

「弊社では新たな作業道敷設を伴う施業は行なっておりません。作業道を切り開くと土砂災害の原因にもなるとの懸念から、架線(ワイヤー)による作業ができる地域でのみ、材の伐り出しを行なっております」 こう話すのは同社代表取締役の野村友彦さん。

案内された森は熊本県球磨郡山江村梅木谷の古い既設作業道のあるエリア。スギの植林地に覆われた細く曲がりくねった古い林道をグングン登ってゆくと、その先にはまず別の業者が施業したスギの皆伐地が見えてきた。皆伐とは文字通り皆伐ってしまうことを指す。急斜面でもすべてのスギを伐採しており、土砂災害の原因にならないか素人目にも心配になる状況である。

尾鷹林業の作業地はさらにその奥に広がっていた。主だった樹種はアカガシやシロガシなどカシ類の常緑広葉樹。現地に到着し周囲を見渡すと、こちらも先ほどの植林地と同様に皆伐が進んでいる。説明を受けなければ素人にその差は分からないかもしれないが、スギやヒノキなどの針葉樹とカシなど広葉樹の森とでは、同じように見える皆伐地でも決定的な違いがあるという。

伐採されても萌芽更新によって自然に再生する

「皆伐すると行政からは『植林せよ』と指導が入るのですが、広葉樹の森は植林する必要がありません。針葉樹と違って萌芽更新によって切り株から芽が出て再び成長するからです」

萌芽更新とは、広葉樹の幹を伐採したのち、残された切り株や根から新しい芽が伸びてくる性質を利用して森林再生を図る手法のこと。かつては炭や薪に適した細い材を利用する際の里山管理の手法として広く行なわれていた。萌芽から育つ広葉樹は成長が早いことも特徴で、植林する手間が省けることもメリット。定期的に伐採しても再生を繰り返すことから、炭や薪を必要としたかつての日本ではごく一般的に見られた里山(資源供給源)の持続的活用手法だったといえる。

常緑広葉樹のカシ類は萌芽力が強い樹種として知られており、炭焼き文化が発展した地域ではその性質を利用して森を更新させてきた。落葉広葉樹にも萌芽力が強い樹種があり、ナラやクヌギ、カエデ、カツラなどがそれにあたる。 対して萌芽力のない樹種がスギやヒノキなどの針葉樹であり、これらは伐採したのちに植林しなければ森は再生しないことになる。

我々を含め多くの日本人は、かつて山守たちが森を伐りながら育て、守り続けてきたその姿を忘れてしまったのだろう。身近な森といえばスギやヒノキなどの植林された人工林が大半を占め、皆伐地を見た際の印象も「酷いありさまだ」と感じるのが普通だ。しかし針葉樹の人工林とは異なり、広葉樹の里山は皆伐されても萌芽更新によって再生する。それは根が生き続けているからにほかならない。スギやヒノキなどの植林地とは分けて考える必要があるというわけである。

視察させていただいた地点における伐採のサイクルはおよそ30年。つまり次に伐採を実施するのは30年後となる。人の寿命を考えると先の長い話になるが、こうして日本人は先祖から受け継いだ森を子孫へと繋げながら地域の森を利活用してきた。そうした志を持って森へ分け入る業者がまだあることに安堵するほかないが、日本全国にそうした業者はいったい何社あるのか……。そう考えると再び悲観的にならざるを得ないのだ。

萌芽更新が始まっている伐採された幹
すでに萌芽更新が始まっている伐採された幹。こうして再び太い木に成長してゆくのが広葉樹の特徴。特にカシ類は萌芽力が強いといわれる
萌芽更新を繰り返した切り株
切り株を見ると分かるが、通常は太い幹が1本であるはずの切り株が、複数本に分かれている。これはかつて萌芽更新を繰り返した証であり、先人たちが木炭や薪の材料として利用していたことを物語っている

針葉樹林の増加は土砂災害にも繋がる

近年、人工林の皆伐に端を発する土砂災害が頻発しているが、その多くはスギやヒノキなど針葉樹の人工林であり、皆伐後に災害が発生しているようだ。そうした現行林業は『短伐期皆伐施業』と呼ばれており50年で皆伐するのが基本となっている。

また、高度経済成長期の拡大造林政策(木材の増産すなわち天然林の伐採および人工林化の政策/1960年頃から本格化)によって植林された人工林は現在その多くが伐期を迎えており、全国各地で皆伐が進められている。

九州も例外ではなく2020年の熊本豪雨における球磨川流域でも、森林施業由来の災害が発生している。崩落地のうち45%が皆伐地の斜面崩壊、44%が皆伐および間伐用の作業道起因の崩壊、そして5%がその他の林道起因の崩壊だったという(自伐型林業推進協会調べ)。即ち94%がスギやヒノキの人工林で実施された森林施業が原因だったことになる。

なぜ針葉樹の人工林では土砂災害が多いのか。それは樹種の性質上、伐採されると根が死んでしまうからである。皆伐された人工林(針葉樹)はその後10~20年で根が腐るといわれる。残った根がアンカーの役割を果たしている間はまだいいが、根が腐るにしたがい崩落の危険性が増すのだという。そのため皆伐後はなるべく早い段階で植林することが求められるのだ。

「スギやヒノキの人工林は、伐採については機械化が進んで人手不足も解消されているようですが、植林は人手に頼るほかありません。そのため(伐採時の)機械化に植林が追いつかない状況が続いていて、植林されていない場所も多いのが現状です。それならいっそのこと広葉樹を植えたほうがいいんじゃないかと思うんです」(尾鷹林業・野村さん)

広葉樹を植林すれば、伐採後は萌芽更新によって再び植林する必要はなくなる。同時に土砂災害の防止にもつながるというわけである。

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常緑広葉樹であるカシ類の葉は、落葉広葉樹と比較して厚く丈夫そうに見える。その理由は強い日差しから土壌の乾燥を防ぐためともいわれている。その地域に適合するように進化したともいえる

広葉樹は土壌の保持力が強い

そもそも根の張り方が針葉樹と広葉樹では異なるともいわれている。野村さんは言う。

「針葉樹は真っ直ぐに根を下ろすので土壌保持力が弱いといわれています。対して広葉樹は広がるように根を張るため地盤の安定性が高まるようです」

広葉樹は地表近くで横に広がるように根を張り、また伐採されても根が死ぬことはない。この性質により土砂災害のリスクが軽減されるわけである。

現地視察にて、皆伐後1年および5年の生長ぐあいを見せていただいた。1年ですでに幹の周囲から萌芽が始まっており、なかには幹そのものが見えなくなるほど多くの葉に覆われている切り株もあった。これなら確かに植林する必要はないだろう。

そして驚くべきは5年後の状態である。もちろんそれぞれの木々はまだ太くなってはいないものの、すでに伐採箇所全体を覆うほど生い茂っていた。もちろん伐採後も植林はしていない。広葉樹の萌芽力には感服するほかないのである。

スギ人工林の伐採地
尾鷹林業の伐採地に向かう途中、別の業者が行なったスギ人工林の伐採地が目に付いた。スギなど針葉樹は萌芽更新しないため伐採後は根が腐り土砂災害の原因になると指摘される。そのような人工林で皆伐を実施するのは危険きわまりないが、機械化が進み伐採が容易になったことで、全国各地で皆伐施業が実施されている
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『株式会社尾鷹林業』が施業中の伐採地。一見するとスギ人工林の皆伐地と何ら変わらないように見えるが、樹種がカシを中心とした広葉樹であるため根は生きたまま。半年もすれば萌芽更新が始まり伐採された幹の周囲から芽が伸び始める。同じ皆伐地でも人工林のように土砂災害の原因になる可能性は低いという
カシの森を伐採したのち5年が経過した状態
カシの森を伐採したのち5年が経過した状態がコレ。植林は行なわず萌芽更新で再生した森は現在、伐採箇所全体を覆うほど生い茂っていた(上部の濃い部分は伐採されていない森。下部の明るく見える部分が伐採箇所)

火力が強く火保ちのよい木炭

尾鷹林業は木炭問屋として商いを始めて今年で創業101年を迎える。製炭事業を開始したのは1978年。現在は原木の伐り出しから木炭・木酢液の生産・販売を一貫して行なう企業として成長している。木炭の生産量は日本一を誇り、専用の窯は21基を数えるという。

木炭は地域毎に自生している樹種が使われることになるが、尾鷹林業の場合は九州地方とあってカシ類が中心である。

「うちでは硬い樹種のアカガシ、シラガシを使用しています。一番硬いのがアカガシですね。主に、それらを使用した黒炭を製炭しています」

黒炭と白炭は製炭方法が異なり、黒炭は窯の中に入れたまま空気を遮断して火を消すのに対し、白炭は窯から出してから消粉と呼ばれる灰をかけて火を消す製法。黒炭は白炭よりやわらかいとされ着火が早いことが特徴である。ただしもともと硬いカシ材を使用するため、同じ黒炭でもナラ材等と比較すれば硬く、火力が強く火持ちのいい木炭に仕上がるという。

購入する側の消費者としても、少量で充分な火力があり、かつ火保ちのよい木炭は頼もしい限り。キャンプブームとなったコロナ禍にはそうした一般の消費者からの注文が殺到していたという。ブームが去った現在は主にウナギ料理屋のほか茶道用や、焼き鳥屋からの注文が大部分を占めているようだ。

アユの炭火焼き
尾鷹林業のカシ木炭で焼きあげられた球磨川の大アユ。少ない炭でも充分すぎるほどの火力がある。遠火でじっくり焼 くことが旨いとされるアユの塩焼き。30cmに迫るサイズであってもカシ木炭ならば少量でことたりる
黒炭
着火も容易で一度火が着くと火力が強く火保ちがよいとされる黒炭。写真は茶道用の高級品

日本の木炭生産量は激減

生産量はどうか。21窯ある尾鷹林業では、その黒炭をひと月に40t程度生産することが可能という。

「備長炭など白炭の造り方だと夏場は暑すぎるのでどうしても冬場中心になり生産量は若干落ちます。でも黒炭なら夏場も生産できるんです」

尾鷹林業では充分な生産量を維持しているものの、残念なことに日本全体における木炭の生産量は激減し続けている。

前出・東京燃料林産の廣瀬直之さんによれば、全国の生産量は約2万t程度にすぎないという。一方で木炭の国内消費量は16~17万tといわれ、ほとんどを外国産に頼っていることになる。里山の荒廃が止まらないのもそうした理由からだろう。

里山の荒廃は生物多様性の損失や国土保全機能の低下、鳥獣被害の増加などさまざまな問題を引き起こす。そこで里山を維持してゆくには日本古来から続いてきた炭焼き文化、その再興が不可欠になる。まずは品質の高い国産木炭を積極的に使用するなど、我々もできることから始めたいものである。

木炭用の窯
尾鷹林業は木炭用の窯が21基あり、その数および木炭の生産量も日本一だという
木酢液
製炭過程の副産物として知られる木酢液。殺菌成分が強いことから植物の病害虫対策のほか、入浴剤や消臭剤など用途はさまざま。写真左は原液、右は使いやすいよう蒸留されたタイプとなる。尾鷹林業のHPから購入することができる。

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