徳山ダムの水を長良川、木曽川に運ぶという『木曽川水系連絡導水路事業』が動き始めている。総延長43kmのトンネル工事となるこの事業、近年顕在化している地下水位の低下や地盤沈下などを引き起こす可能性が懸念され、また低水温の水が長良川にもたらす影響を心配する声もある。
写真と文◎浦 壮一郎
水余りの時代に水を運ぶ事業を強行
2025年7月で運用から30年が経過した長良川河口堰だが、ご存じのように河口堰のゲートが閉じたままである。そのゲートが開放されると本流に大きなダムのない長良川は飛躍的に環境が改善すると見られているが、実はもうひとつ大きな問題を抱えている。
長良川河口堰が完成し運用を開始したのは1995年7月6日。その当時から隣の揖斐川ではもうひとつの巨大公共事業が進行していた。それが揖斐川上流部に建設された日本最大の貯水容量(6億6000万トン)とされる徳山ダムである。 徳山ダムは『水資源開発促進法』に基づいて当時の水資源開発公団(後の水資源機構)が事業主体となって建設したダムであり、そもそもは新規水資源が必要とされた高度経済成長期における都市用水確保のため計画された。
1957年に計画が公表され、河口堰が運用を開始した1990年代は付帯工事が進められるとともに、ダム本体は2000年に着工。水没地区となる徳山村に暮らす8地区466世帯を移転させた上で、総事業費およそ3500億円を掛けて2008年に完成している。
完成以降、徳山ダムの水は一滴も使われていない
新規水資源の確保を主な目的として建設されたのだが、完成以降、驚くべきことに徳山ダムの水は一滴も使われていない。ダム完成後に社会情勢の変化で水が必要なくなった、ということではない。実は着工前からすでに水余りは顕在化していたのである。
徳山ダムが本格着工する前の1997年、名古屋市は開発水量3立方m/sの水利権を返上している。なにせ長良川河口堰の水すらも使う当てがないのだから当然である。つまり水が要らないことを承知の上で、徳山ダムは半ば強引に建設されたことになる。
ちなみに長良川河口堰も着工前から水余りが明らかであった。現在も開発水量に対してわずか16%程度しか使用されておらず、双方ともに、工事欲しさのために事業が強行されたと考えて差し支えないだろう。そしてどうやら、こうした愚行は今後も繰り返されるようである。 徳山ダムの水がもはや必要ないことは明白だが、要らない水を木曽川まで運ぶ導水路の計画が着々と動き始めているのだ。それが『木曽川水系連絡導水路事業』である。これは徳山ダムの関連事業として進められるはずだったことから『徳山ダム導水路事業』とも呼ばれていた。
ダム完成後の2009年、名古屋市が導水路事業からの撤退を表明したことで、その後しばらくのあいだは事業が凍結されていた。ところが2023年、当時の河村たかし名古屋市長が一転して事業を容認する考えを示したことで、不要であるはずの事業が動き出してしまったのだ。
ハリボテの建設目的を掲げ事業再開
2024年8月、国土交通省は木曽川水系連絡導水路事業の継続を発表した。導水路のルートは徳山ダムのある揖斐川から長良川を経て、名古屋市が都市用水として取水している木曽川に至るというもので、内径約3.5m、総延長43kmのトンネルで貫くという。
総事業費は当初890億円とされていたが、2024年3月、木曽川水系連絡導水路事業の関係地方公共団体からなる検討の場(第8回幹事会)において2.55倍の2270億円に引き上げられた。工期は調査・設計・用地補償等に3年、工事着手から事業完了まで9年の計12年とされているが、工事内容の大半がトンネル掘削になることから、リニア中央新幹線と同様に事業完了の目処が立たない状況に追い込まれるのではとの指摘もある。
まずは同事業の目的についてだが、以下のようになる。
1.流水の正常な維持(異常渇水時の緊急水の補給) 木曽川水系の異常渇水時において、徳山ダムに確保された渇水対策容量の内の4000万tの水を木曽川及び長良川に導水することにより、木曽成戸地点で毎秒約40tを確保し、河川環境の改善を行なう。
2.水道用水及び工業用水の供給 徳山ダムで開発した愛知県及び名古屋市の都市用水を最大毎秒4t導水することにより、木曽川で取水できるようにする。
と、このように説明されているのだが、ここにある異常渇水時とは10年に1回程度発生する規模の渇水、それを超える大渇水を想定しているという。 目的2の都市用水の確保についてはすでに述べたように水余りの昨今において説得力を持たない。よって国土交通省や水資源機構とすれば目的1の『流水の正常な機能の維持』をメインに考えているのだろうが、河川の流量は本来、増水や渇水などが自然な状態で繰り返されるのがあるべき姿であり、人為的に水位をコントロールすることが環境改善だとは到底いえない。
事業存続のための言い訳であるかのようなこれらの目的に対し、特に長良川流域住民からは疑問の声が上がっている。
環境改善が目的というまやかし
2025年9月7日、岐阜市長良地区において木曽川水系連絡導水路事業に対する学習会が開催された。主催は『リニア・徳山ダム導水路を考える会』。講師は『長良川市民学習会』の武藤仁さんである。同氏は元名古屋市上下水道局職員であり、いわば水道事業の専門家でもある。武藤さんは言う。
「この計画は徳山ダムから木曽川までトンネルの導水路を通すというものです。なぜ木曽川まで通すのかというと、愛知県名古屋市の取水口が木曽川にあるから。徳山ダムが完成しても、その水を木曽川まで運ばなければ使えない。そのための導水路というわけです」
しかし近年は全国的に水余りが問題視されるようになっている。名古屋市も例外ではない。
「名古屋市の1日最大給水量のピークは1975年で125万5140t。その後、水需要はどんどん減少していきました。今はもう80万tを切るような状況(2021年/79万6979t)。これだけ減っている。ところが(水が足りなかった時代に)岩屋ダムや木曽川大堰、長良川河口堰、味噌川ダム、徳山ダムなどを建設してきて、現在は使用していない長良川河口堰と徳山ダムの水も含めると180万tの水利権があります。未利用水は2021年時点で約80万t(使用していない長良川河口堰と徳山ダムを除く)、それだけ余っているわけです」
別水系の水を導水することは生態学的にはNG
水が余っていることは国土交通省も水資源機構も分かっている。しかし工事は欲しい。そこで事業を強行すべく事業目的が変更されたというわけだ。
「事業目的のひとつは環境改善だそうです(呆れ気味に説明)。『流水の正常な機能の維持』という名目で10年に1回の渇水を想定し、異常渇水時に緊急水を補給するとしています。具体的には平成6年(1994年)の渇水を想定しているようですが、あれからもう30数年が経っていますが、あのような渇水は発生していません。それでも徳山ダムの水を木曽川および長良川に4000万t流すことになっています」
別水系の水を導水することは生態学的にはNGであるはずだが、水理学は分かっても生態学を知らない国土交通省や水資源機構には通用しないらしい。武藤さんは続ける。
「環境改善ってどういうことなのか追求していくと、木曽川下流のヤマトシジミが渇水の時でも死なないようにするというんです。ようするに渇水で塩分濃度が増えすぎるとヤマトシジミが死んでしまうので、それを防ぐために毎秒50tの水を流してやるんだと。よく言いますよね。長良川河口堰を閉じて長良川のヤマトシジミをみんな殺してしまったのはどこの事業者だ!といいたくなります」
渇水時に木曽川のヤマトシジミを守ること、それが環境改善だと主張する独立行政法人・水資源機構は、長良川河口堰において堰上流のヤマトシジミを絶滅させた張本人でもある。本当にヤマトシジミが大切だと思うなら河口堰のゲートを開放するほうが早いわけだが、臆面もなくこうした主張を言明する姿勢にまず驚かされるのである。
アユのために冷たい水を流すという愚策
木曽川水系連絡導水路事業では木曽川だけでなく長良川にも徳山ダムの水を毎秒4.7t放流する予定だという。その理由も木曽川同様、渇水に対応するためとされている。
「平成6年のような大渇水の時でもアユが生き残れるように、産卵できるように、こういう理屈です。しかしそんな大渇水時でもアユは釣れていました。アユが死んでしまったという話は聞かない。魚類学者もあり得ないと言っている。いずれにしても、そんな不思議な目的のために木曽川水系連絡導水路は計画されているわけです」
水量の問題だけではなく水温の問題を心配する声もある。徳山ダムの水は長良川と比較して5度前後低いことが分かっており、その水が放流された場合、アユやその他の生き物に対してどのような影響をもたらすのか未知数なのだ。
「長良川にも常時徳山ダムの水を放流するのか、さまざまな説明会で質問してみたんですが、当初その問いに対する当局からの明確な答えはありませんでした。答弁不能になってしまったんです」 では現在はどうなのか。 「長良川にはダムの水を流すとうるさいヤツがいっぱいいるということで、ひとまず通常時は長良川には流さないことになっています」
国土交通省の資料にも水資源機構の資料にも以下の一文が加えられている。『通常時は長良川に導水せず、直接木曽川へ導水する方向で調整を進めて参ります』
もちろんこれで長良川における懸念が解消されたわけではない。実はもっとも憂慮すべきは導水トンネル工事による影響だと武藤さんは言う。
各地のトンネル事故を再現しかねない?
「新たな計画が公表された際(総事業費が増額された時)、実は工法も変更されていました。根尾川から木曽川までの区間において、一般的なNATM工法ではなく高水圧の圧力管トンネル(シールド工法)に変えたことが分かりました。なんで圧力管に変えたのか。聞いても検討中と答えるだけ。そこで国会議員にお願いして調査したところ、一般的なNATM工法(開水路トンネル)では地下水が出てしまい時間もかかる。だからシールド工法に変更したことが分かりました」
果たしてこれでひと安心、となるだろうか。シールド工法もNATM工法も、各地で事故を含む弊害が報告されている。
広島県広島市では、シールド工法により雨水貯留管を築造する建設工事に伴う道路陥没事故が発生。九州の熊本県と鹿児島県の県境の北薩トンネルでは崩落により現在も通行できない状況が続いている。リニア中央新幹線の工事(NATM工法)でも岐阜県瑞浪市大湫地区において地下水が低下し、井戸水が枯れる事案が発生。同じくリニアの工事では東京都町田市の住宅地でも湧水と気泡が確認されており、このほか東京都調布市の外環道陥没事故、記憶に新しいところでは埼玉県八潮市の下水道管の破損による道路陥没事故など、近年はトンネル工事による事故が頻繁に発生しているのだ。
新たに発表された内容によるとシールド工法による高水圧パイプ(圧力管)を採用するとしているが、それでうまくいくとは限らない。全国の事例をみても分かるように、同事業でも今後さまざまな問題が顕在化する恐れがあるわけだ。
「将来的に見ても、地中深くにある長大な高水圧のトンネルを誰がどのように管理するのか、地元自治体にも住民にも説明はありません」(武藤仁さん)
情報公開が遅れているのは、事業者側も工法について自信が持てないからなのかもしれない。JR東海がリニアで足踏み状態に陥っていることからも慎重にならざるを得ないといったところだろうか。 このほかの懸念としては、導水路が長良川の真下を横断することにより、どのような影響が生じるのかといった不安もある。地下水位が低下するのか、河川流量が減少するのか、何が起こるのか予想すらできない状況ともいえる(リニアの工事では完全に水が枯れてしまった沢もある)。
まだ事業の詳細が判明していない以上、分からないことが多いことも住民の不安が蓄積する要因となっている。現在はまだボーリング調査の段階にすぎないことから計画が進むにつれ新たな情報が出てくるものと思われる。その際により詳しい内容をお伝えしたいと考えている。


※このページは『つり人 2025年12月号』の記事を再編集したものです。

.jpg)
.jpg)
