不登校が35万人を超え、小中高生の自殺者数は過去最多を更新し続ける日本。豊かで安全なはずのこの国で、なぜ子どもたちはこれほど追い詰められているのか。
その問いに、創業80年の釣り専門出版社・つり人社代表である私が、一冊の本で答えを示してみたいと思った。それが『カッパのいない川で、子どもは育つか』です。おかげさまで発売2日目にAmazonカテゴリー1位、5日目に増刷決定という反響をいただいています。
「釣り専門のメディア会社が、なぜ子育ての本を?」と思われるかもしれません。だからこそ、釣りをしたことがない方にこそ、読んでいただきたい。その理由を、ここで少しだけお話しさせてください。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で、子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
執筆のきっかけは、ある社長との一言だった
執筆のきっかけは、株式会社龍角散の八代目社長であり、フルート奏者としても知られる藤井 隆太氏との食事の席でした。藤井社長は、こう静かにおっしゃった。
「これだけ子どもが減っているのに、自殺や引きこもりが増えている。どう考えても普通ではない。なんとかしなければなりません」
静かな言葉でしたが、その中に強い危機感がありました。その言葉に、私はとっさにこう答えていました。
「釣りには、子どもの心を育てる力があります」
理想論ではありません。私は30年以上、釣り雑誌の編集者として47都道府県、さらに海外の水辺まで取材を重ねてきた実感です。そして「だったら、あなたがそれを書くべきだ」と背中を押していただいた——それが本書の始まりでした。
釣りが子どもの心を育てる3つの確信
私が「釣りには、子どもの心を育てる力があります」と即答できたのは、長年の取材、子どもたちの釣り教室や自然体験への関わり、そして自分自身の子育て——この経験から得た3つの確信があったからです。
「思い通りにならない現実」が、生きる力をつくる
ゲームはリセットできる。ネットで検索すれば答えが出る。失敗してもすぐにやり直せる。今の子どもたちの周りには、思い通りにならないものが本当に少なくなりました。
でも自然はそうじゃない。昨日うまくいった方法が、今日は全く通用しない。天気は変わり、流れは変わり、生き物は気まぐれです。絶対に「リセット」させてくれない。
その中で子どもは考えます。なぜうまくいかないのか。何を変えればいいのか。待つべきか、動くべきか。誰も正解を教えてくれない状況で、自分で判断し、結果を受け止める——それが生きる力の根っこになると、私は確信しています。
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「自分でできた」という実感が、自己肯定感を育てる
ユニセフの「レポートカード16」によると、日本の子どもの精神的幸福度は38カ国中37位。身体的健康は1位なのに、心の幸福度はワースト2位。この矛盾が、今の日本の子どもたちの現実を物語っています。
自己肯定感を高めるために必要なのは、「自分でできた」という実感の積み重ねです。釣りの体験は、その実感を直接与えてくれる。しかも身体能力の差がほとんど影響しない。走るのが苦手でも、力が弱くても、知識と工夫次第でしっかり結果が出る。
私自身、少年時代は兄に何をやっても敵わなかった。喧嘩も運動も勉強も。でも水辺での遊びだけは私のほうが上手かった。それが私にとって唯一の「自分はできる」という場所でした。あの経験が今の私を作っていると、本気で思っています。
近年、不登校支援に自然体験を取り入れる動きも広がっています。不登校の子どもたちの多くは、評価される場所に疲弊している。成績、友人関係、先生との関係——あらゆる場面で比較され、傷ついている。
でも自然には、そういったものが一切ありません。川も海も、その子の学校の成績を知らないし、家庭の事情も知らない。ただそこにいるだけで、フラットに向き合ってくれる——自然は、評価から解放される場所でもあるのです。
自然に触れて娘が変わった日
私の長女は本当に病弱な子で、毎月のように救急に駆け込んでいました。5歳の夏には「砂が気持ち悪い」と砂浜を裸足で歩けなかった。しかし、「毎日泥遊び」を掲げる幼稚園へ転園したところ、登園初日に泥団子を目を輝かせて持ち帰ってきた。その日から、まるで別人のように泥遊びが大好きになり、免疫力を付けて風邪も喘息もほとんど引かなくなりました。
頭で考えてきた確信を、目の前で娘が証明してくれた瞬間でした。自然は身体を強くし、心を育て、評価から解放する——だからこそ私は、藤井社長の問いかけに即答できたのです。
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「カッパに注意」の看板が、子どもを守っていた
本書のタイトルにもなったカッパの話を、少しさせてください。
昭和の時代、全国の川のそばには「キケン!カッパに注意」という看板が立っていました。描かれたカッパの顔はどこか愛嬌があって、怖いというより親しみを感じさせる。でも子どもの私は知っていました。本物のカッパは恐ろしいと。
カッパは夜行性で、夕方になると人を水中に引き込む。好物は子どもだと本には書いてあった。だから私たちは「水辺では一人で遊ばない」「夕方以降は近づかない」という教えを、カッパの名のもとに守っていた。あれは実によくできた知恵だった。子どもの想像力を使って、恐怖ではなく物語で危険を教えていたのです。
ところが編集長になってから、全国の執筆者に「カッパの看板を見かけたら写真を送ってほしい」とお願いしたところ——届いた報告はゼロでした。
カッパは絶滅していた。代わりに土手はコンクリートで護岸され、柵やフェンスが整備され、子どもたちが水辺へ近づけなくなってしまった。物理的に危険を排除した結果、子どもたちから水辺そのものを奪ってしまった。
カッパの看板を立てて想像力で守るのと、フェンスを立てて物理的に遠ざけるのと、子どもの未来にとって本当にいいのはどちらだったのか。私はずっと考えています。
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「親」とは「木の上に立って見る」こと——嘉田由紀子さんの言葉
本書には、参議院議員で元滋賀県知事の嘉田由紀子さんとの対談も収録しています。長年、琵琶湖の水辺と子どもたちの遊びを見つめてきた研究者でもある嘉田さんは、こうおっしゃる。
「『親』という文字は分解するなら『木の上に立って見る』という意味だ。子どもや孫たちを、野や川や田んぼなど、プログラム化されていない世界へ放とうではないか」
放置でも、放任でもない。安全をゼロにすることでもない。子どもが少しだけ怖がり、同時に少しだけ面白がる、その幅を残すこと。その距離感を「木の上に立って見る」という一言で言い表しているのです。
転びそうな子どもを見て、手を出したくならない大人はいないでしょう。しかし、立ち上がる力は、立ち上がる経験からしか育ちません。
嘉田さんご自身、二人の息子に「勉強しなさい」と一度も言わずに育てた。代わりにタガメを探しに長崎まで行き、田んぼで魚つかみをした。子どもが遊んで、発見して、親が言葉にしていく。それが学びだと嘉田さんはおっしゃいます。ちなみに息子さんは二人とも京都大学を卒業されています。
その言葉を聞いて、私は確信しました。自然体験は情操教育でも課外活動でもない。それは、子どもが自分の足で立つための、もっとも根本的な時間なのだと。
この本を手に取る親御さんたちへ
最後に、この本を手に取ってくださる親御さんたちへ。
守るとは、危険をすべて取り除くことではない。子どもの向き合う力を信じることです。
公園から遊具が消え、ボールが禁止され、岸辺にフェンスが張られた。子どもたちの周りから、転んで覚える機会、負けて悔しがる機会、ぶつかり合いの中で身につける加減が、静かに消えていきました。確かに安全にはなりました。でもその代わりに、私たちは何かを一緒に遠ざけてしまったのではないか——そのことを、本書を通じて一緒に考えていただけたら嬉しいです。
大げさな話ではないんです。週末に近くの公園の池や川に連れて行く。ただそれだけでいい。スマートフォンをポケットにしまって、子どもの隣に座って、同じ水面を眺める。
本書を読み終えたあと、子どものころ夢中になった何かを、ふと思い出していただけたなら——こんなにうれしいことはありません。

【発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得!】カッパのいない川で子どもは育つか
子どもの自殺者数が過去最多を更新し、不登校は35万人を超えた。 豊かで安全なはずの日本で、なぜ子どもたちはこれほど追い詰められているのか。 自然体験が、待つ力、やり抜く力、折れない心を育てる。 創刊80年の釣り専門誌『つり人』編集長を10年務め、親子向け魚釣りイベントにも多く携わる筆者が、記者として、父として、水辺と子どもに30年かかわり続けてたどり着いた育て方のヒントとは。 巻末には、政治の側から子育て支援と水辺の環境問題に取り組む、元滋賀県知事で参議院議員の嘉田由紀子さんとの対談も掲載。

