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つり人編集部2026年5月14日

水辺には、子どもを少し強くする力がある。

水辺には、魔法がある。子どもは、川や海へ行くと顔つきが変わります。夢中になる。待てるようになる。失敗しても、もう一回やる。気づけば、大人が思っているよりずっと強くなっている。私は30年以上、そんな子どもたちを水辺で見てきました。そして一つの確信に辿り着きました。子どもの心の底力は、「水辺」で育つ。でも今、子どもたちから水辺が静かに消えています。

『カッパのいない川で子どもは育つか』は、創業80年の釣り専門出版社社長が、本気で考えた「生きる力」の本です。不登校35万人。子どもの自殺者数は過去最多。豊かで安全になった日本で、なぜ子どもたちは苦しいのか。そのヒントは、案外「水辺」にあるのかもしれません。今週末、子どもと少しだけ水辺へ行きたくなる本です。

著者:つり人オンライン編集部

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)

つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。

目次

    「自分でできた」が、子どもの心を強くする

    子どもの自己肯定感を育てるには、どうすればいいのか。教育の世界では、さまざまな議論があります。私は30年以上、水辺に立ち続けて、一つの答えに辿り着きました。それは、「自分でできた」という実感の積み重ねです。

    自然の中では、大人が正解を教えてくれません。昨日うまくいったことが、今日は通用しない。流れは変わる。天気も変わる。魚は気まぐれです。待ってもダメ。工夫してもダメ。でも、だからこそ子どもは考えます。なぜうまくいかないのか。何を変えればいいのか。待つべきか、動くべきか。

    そして、ある瞬間。魚が針にかかる。それは、誰かに与えられた成功ではありません。自分で考え、自分で掴んだ結果です。この小さな成功体験が、「自分はできる」という感覚を育てます。私は、それこそが自己肯定感の根っこだと思っています。

    釣りには、足の速さも、力の強さも必要ありません。運動が苦手でもいい。勉強が得意でなくてもいい。知識と工夫次第で、どんな子にもチャンスがあります。だから水辺には、学校とも家庭とも違う場所があります。自分を証明しなくていい場所が。

    2015-05-23 10.09.0

    カッパは絶滅した。でも、その代わりに何を失ったのだろう。

    昭和の頃、川辺にはこんな看板が立っていました。「キケン!カッパに注意」描かれたカッパはどこか愛嬌があり、怖いというより少し親しみを感じさせる顔をしていました。でも、子どもの私は知っていました。本物のカッパは恐ろしい。夕方には川へ近づかない。一人で遊ばない。深みに近づかない。私たちは「カッパ」という物語を通して、水辺の危険を自然に学んでいたのです。

    ところが、編集長になってから、全国の執筆者にお願いしたことがあります。「カッパの看板を見つけたら、写真を送ってください」届いた報告は——ゼロでした。カッパは、絶滅していました。

    代わりに何が増えたのか。フェンスです。コンクリート護岸です。「良い子は川に近づかない」という標語です。確かに、安全にはなりました。でもその一方で、私たちは何かを失ってしまったのではないでしょうか。転んで覚える機会。負けて悔しがる機会。自分で判断する機会。少し危なくて、少し不便で、でも夢中になれる場所。子どもが「生きる練習」をする場所です。

    公園から遊具が消え、ボール遊びが禁止され、運動会から順位が消えた。大人が善意で「危険」を取り除いた結果、子どもが強くなる機会まで静かに減らしてしまった。私は、そんな気がしてなりません。豊かで安全になったはずなのに、なぜ子どもたちはこんなにも苦しいのか。その問いに向き合い続けた結果、私はひとつの答えに辿り着きました。子どもには、「少しだけ思い通りにならない世界」が必要なのだ。

    川遊びをする子ども

    元滋賀県知事・嘉田由紀子さんは言いました。「子どもを、プログラム化されていない世界へ放とう」

    本書の巻末には、参議院議員で元滋賀県知事の嘉田由紀子さんとの対談を収録しています。嘉田さんは、長年にわたり琵琶湖の水辺と子どもたちの遊びを研究してきた環境社会学者でもあります。

    その嘉田さんが、こんな言葉をおっしゃいました。「『親』という文字は、木の上に立って見ると書く。子どもや孫たちを、野や川や田んぼなど、プログラム化されていない世界へ放とうではないか」

    私はこの言葉に、深くうなずきました。いまの子どもたちは、あまりに「正解」が多い。塾へ行く。効率よく学ぶ。間違えないように進む。もちろん、それ自体は悪いことではありません。でも、人間は本来、思い通りにならない世界の中で、考え、工夫し、強くなっていく生き物です。

    川には、正解がありません。魚は思い通りに釣れない。昨日うまくいったことが、今日は通用しない。でも、だから面白い。だから考える。そして「自分でできた」という感覚が生まれる。

    嘉田さんご自身、二人の息子さんに「勉強しなさい」と一度も言わずに育てたそうです。代わりにしたのは、タガメを探しに長崎へ行くこと。田んぼで魚つかみをすること。その息子さんたちは、二人とも京都大学を卒業されています。

    放置ではない。放任でもない。転ぶ前に手を出すのではなく、転んだあとに手を差し出せる距離にいること。それが、親なのだと思います。

    釣りをする親子

    「最高の人生でした」と笑顔で言った先輩

    私が入社したばかりの頃、釣りとは何かを叩き込んでくれた先輩編集者がいました。怒鳴り声が編集部中に響くほど熱量があり、釣りの取材に命をかけていた人でした。

    43歳で舌癌を宣告されました。そこから20年。6度の手術を受け、それでも釣りをやめませんでした。やがて、打つ手がなくなりました。最後の入院から一か月後、病室を訪ねた私に、先輩は穏やかな笑顔でこう言いました。

    「たくさん釣りをして、いろいろな所に行き、素晴らしい魚に出会えました。最高の人生でした」

    一点の曇りもない笑顔でした。病室を出た私は、涙をこらえきれませんでした。そのとき脳裏に浮かんだのが、海洋生物学者レイチェル・カーソンの言葉でした。「地球の美しさと神秘を感じとれる人は、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう」先輩の笑顔と、この言葉が重なりました。

    釣りとは、単なる趣味ではなかった。自然の理不尽さや美しさと向き合いながら、自分の人生を引き受けていく営みだったのだと、そのとき初めて腑に落ちたのです。私は強く思いました。自分の子どもにも、いつか「最高の人生でした」と言える人生を歩んでほしい。その思いが、この本を書く大きな理由になりました。

    この本は、「釣りの本」ではありません

    ここまで読んでくださった方の中には、「釣りをしない自分には関係ないのでは?」と思われた方もいるかもしれません。この本は「釣りのすすめ」ではありません。私が伝えたかったのは、水辺という場所が、人間の根っこを育てるということです。

    私は1946年創刊の釣り専門誌『つり人』の編集部に入り、47都道府県、そして海外の水辺まで取材してきました。編集長を10年務め、子ども向けの釣り教室にも30年以上関わってきました。そして今、創業80年の釣り専門出版社・つり人社の代表を務めています。

    30年以上、水辺に立ち続けてきたからこそ言えることがあります。子どもには、自然の中でしか育たない力がある。待つ力。悔しがる力。やり抜く力。折れない力。そして、人生を楽しみ抜く力。それは、テストでは測れません。偏差値にも出ません。でも、大人になってから本当に支えになるのは、そういう力ではないでしょうか。

    泥遊びをする子ども

    カッパのいない川で子どもは育つか

    ✍️ 著者:山根和明 📅 発売年月:2026年5月

    不登校35万人時代に問う、「生きる力」の育て方。創業80年・釣り専門出版社社長が30年の取材と子育て経験から辿り着いた答え。発売5日で重版。Amazonカテゴリ1位。

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