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つり人編集部2026年3月25日

タイパ社会でこそ必要な子どもの試行錯誤。「釣れない時間」が育む力とは?

日本では釣り人を「太公望」と呼びますが、その語源には「待つ姿勢」への敬意が込められています。すぐに正解が求められるタイパ重視の現代、子どもたちは試行錯誤する時間を奪われていないでしょうか。自然の中で「待ち、考え、決める」釣りの時間が、これからの時代を生き抜くための静かな土台となる理由を紐解きます。

レポート◎山根和明(株式会社つり人社代表)
協力◎株式会社龍角散宇津救命丸株式会社樋屋製薬株式会社


この記事のAI要点(30秒で把握)
  • 「待てない子ども」が増えた理由: すぐに正解が出るスマホ時代。効率(タイパ)を優先するあまり、子どもから「試行錯誤して失敗する時間」が奪われています。
  • 釣れない時間が「生きる力」を育てる: 答えを教えられず、自分で考えて工夫する。自然の中で「待ち、考え、決める」釣りの時間が、折れない心(非認知能力)を育てます。
  • 経営トップも実践する「正解のない決断」: コロナ禍のANAを牽引した社長のルーツも、試行錯誤した「幼少期の釣り」にありました。

太公望が教えてくれるもの

日本では、釣り人のことを親しみを込めて「太公望」と呼ぶことがあります。この言葉は、単なる趣味人への愛称を超えて、どこか好意的で、静かな敬意を含んだ響きを持って使われてきました。

そもそも太公望とは何なのでしょうか。その起源は紀元前11世紀、殷(いん)王朝末から周王朝初期に生きた軍師、姜尚(きょうしょう)にまで遡ります。姜尚には渭水(いすい)(黄河の支流)のほとりで釣りをしながら、ひたすら時を待っていたという逸話があります。中国ではこの故事から、太公望は「出仕の時機を待つ賢者」の象徴とされてきました。重要なのは、ここで語られているのが「才能」ではなく、「待つ姿勢」だという点です。

この話が日本に伝わる過程で、政治的な意味合いは次第に薄れ、釣りイトを垂れて静かに待つ姿だけが強く印象づけられていきました。そしていつしか「釣りを好む人」そのものを指す言葉として定着していったのです。

タイパ重視の現代社会で子どもから奪われる試行錯誤の時間

釣りとは、本来「待つ」行為です。子どもにとっての釣りもまた、この「待つ」という行為から始まります。しかし、現代の子育てにおいて、この「待つ」という行為ほど贅沢で、そして困難なものはありません。

「うちの子、少しも待てないんです」、「すぐに答えは何?と聞いてくる」。そんな親たちの焦燥感の背景には、最短ルートで正解に辿り着くことが正義とされる「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視の社会構造があります。塾へ行けば解法を教わり、ネットを叩けば数秒で答えが出る。その便利さと引き換えに、子どもたちは「思い通りにならない現実を受け入れ、試行錯誤する」という、人間本来のたくましさを育む時間を、知らず知らずのうちに奪われているのではないでしょうか。

祖父との釣りで育まれた「自分で考える」癖

私は7歳のとき、祖父から釣りを教わりました。明治生まれの祖父は厳格で、怖い存在でしたが、釣りの話をするときはとても楽しそうでした。もっとも、祖父から教わったのはごく初歩的なことだけでした。エサの付け方、イトの結び方、安全のこと。それ以上の説明は、ほとんどありませんでした。釣り方の正解も、魚が釣れる理由も、教えられることはなかった。

今日はなぜ釣れないのか。
場所が悪いのか、時間なのか、仕掛けなのか。
子どもだった私は、答えを与えられないまま、考えるしかありませんでした。考えて、試して、失敗して、また考える。その繰り返しの中で、自然そのものが先生になっていったのだと思います。

そのせいか、私は子どもの頃から、何事も自分で考えて決める癖がついたように思います。結果として、少年時代は「変わり者」「言うことを聞かない」「扱いにくい子」というレッテルを貼られることもありました。しかし今振り返ると、それは「自分で考える時間」を、比較的多く与えられていた結果だったのかもしれません。

もしかすると、釣り好きの人たちがどこか個性的に見えるのは、同じように幼い頃から「待ち、考え、決める」時間を積み重ねてきたからなのではないか。釣りは子どもの心とカラダに、その回路を静かに刻み込んでいく遊びなのだと思います。

科学が証明する、自然の中で「待つ」ことの効能

こうした感覚は、決して懐古的な思い出話だけではありません。科学ジャーナリストのフローレンス・ウィリアムズは、著書『NATURE FIX』の中で、自然の中に身を置くことが、人の脳や心にどのような影響を与えるのかを、世界各地の研究を取材して明らかにしています。

森や水辺で過ごす時間は、ストレス反応を和らげ、注意力や創造性を回復させる。重要なのは、自然の中では「うまくやろう」「結果を出そう」と力を入れる感じが、いつの間にか抜けていくという点です。そう考えてみると、私たちの身の回りにも、似た発想はすでに入り込んでいるのかもしれません。

パソコンのスクリーンセーバーや壁紙には、海や森、山や空といった自然の風景が数多く用意されています。長時間画面と向き合う私たちの目や脳を、無意識のうちに緩めるものとして、自然の風景が選ばれているのだと考えると、腑に落ちる部分もあります。祖父が私に教えなかった時間、答えを与えなかった沈黙は、結果として私の心とカラダをその状態へ導いていたのかもしれません。自然の中で待つことは、我慢ではなく、回路が整う時間だった。科学の言葉を借りれば、そう言い換えることもできそうです。

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パソコンやテレビのスクリーンセーバーには、海や森、川といった自然の風景が数多く用意されています。どうしてなのでしょうか?

「木の上に立って見る」のが親の役目。釣りが育む非認知能力

一方で、現代の子どもたちはどうでしょうか。日本ではかつて受験戦争が社会問題になりましたが、近年は「それは本当に子どものためなのか」という疑問が優勢になりつつあります。さらに、AIが急速に進化する未来を前に、これまでと同じ学び方が本当に必要なのか、という問いも広がっています。背景にあるのは、子どもたちが「自分で考える時間」を失い続けているのではないか、という不安です。

成果を急がない体験型学習の重要性と価値観の変化

こうした問題意識の延長線上で、近年注目されているのが、教育重視ではない新しいタイプの幼児教育施設です。これらの園は、目先の学力や知識の先取りをゴールにしていません。スポーツを通じて子どもが身体を動かし、仲間と関わり、うまくいかない場面に直面する時間そのものを、大切な学びと捉えています。

似たような文脈で、幼児期から料理を学べる料理教室にも注目が集まっています。包丁を握り、火を使い、失敗しながら一皿を完成させる。そこには誰かが正解を教えてくれる時間は多くありません。子どもは自分で判断し、うまくいかなかった結果を引き受ける必要があります。

実は私の娘も、5歳から「青空キッチン」に通っています。
自己肯定感があまり高くなかった娘が、自分で料理を作り、誰かに食べてもらい、「おいしい」と言われる経験を重ねる中で、少しずつ変わっていく姿を、私は目の当たりにしてきました。

その変化は、知識が増えたからではありません。うまくいかない時間を経験し、それでも手を止めずに続けたことが、娘の中に残っていったのだと思います。体験型の学びが支持されている背景には、「早く成果を出す力」よりも、「試し、失敗し、考え直す力」を大切にしようとする価値観の変化があります。この力は、机の前で教え込まれるものではありません。

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児童向け料理教室が人気の理由は、食育への関心の高まりに加え、料理体験を通じた情操教育への期待があります。自分で作る達成感や五感を使う体験が感性を育み、実生活に生きる力を身につけられる点が評価されています

嘉田由紀子氏が語る「プログラム化されていない世界」への解放

この考え方を、より端的な言葉で示している人がいます。滋賀県知事を二期務め、現在は参議院議員として環境問題に取り組んでいる嘉田由紀子さんです。

嘉田さんは著書『水辺遊びの生態学』の中で、子どもたちが川や湖沼で魚つかみをする体験が、心と体の成長にどれほど大きな意味を持つかを丁寧に描いています。そして、その本を次の言葉で締めくくっています。

「私たちの子どもたち、私たちの孫たちを、自然の野や川や田んぼに放とう。大人ができることは、その子どもたちの遊びの場がおもしろく、楽しくなるように、せいぜい生き物がすめるような周辺環境を整えてやることでしかない。そして危険を覚悟で、彼らの遊びを遠目でみているしかない。『親』という文字は分解するなら『木の上に立って見る』という意味だ。子どもや孫たちを、野や川や田んぼなど、プログラム化されていない世界へ放とうではないか」。

ここで嘉田さんが言う「見守る」は、放置でも放任でもありません。安全をゼロにすることでもない。子どもが世界に触れて、少しだけ怖がり、同時に少しだけ面白がる、その幅を残すこと。私はその感覚を「木の上に立って見る」という言葉の中に感じます。

言葉にすれば簡単ですが、実際にそれを実践するのは容易ではありません。転びそうな子どもを見て、手を出したくならない大人はいないでしょう。しかし、立ち上がる力は、立ち上がる経験からしか育ちません。失敗から回復する力は、失敗したことのない子どもには身につかないのです。

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小誌で連載『球磨川流域ものがたり』をご執筆いただいている参議院議員の嘉田由紀子さん。ご子息は二人とも京都大学を卒業されていますが、勉強しなさいとは言ったことがないそうです。子どもの頃から、田んぼや湖沼で魚つかみを一緒になってやった経験が、とても良かったと振り返っています

釣りは非認知能力を鍛える

近年「非認知能力」と呼ばれている力——粘り強さ、自己制御力、回復力、他者との関係を築く力——は、すべてこの領域にあります。

釣りという行為は、その縮図です。魚は思い通りに釣れません。昨日釣れた場所で、今日はまったく反応がないこともあります。仕掛けを変え、場所を変え、時間を変え、それでもダメな日がある。大の釣り好きの作家、夢枕獏さんは「釣れている釣り師はただのお調子もの、釣れない釣り師は哲学者」と言っています。もし、毎回魚が釣れていたら、それは単なる作業になり、一生続く趣味にはなり得ないと思います。釣れなくて水面を凝視しているあの瞬間、心が無になっている時が確かにあります。その時間こそが、釣りという遊びをより魅力的なものにするのだと思います。

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「釣れている釣り師はただのお調子もの、釣れない釣り師は哲学者」と話す作家の夢枕獏さん

「湖の上にも三年」――小学生二人で通い詰めた津久井湖

私が小学校5年生の時に、垢ぬけた転校生がやってきました。都会っぽい雰囲気を漂わせていましたが、釣りが好きだというので、すぐに打ち解けました。彼が嗜んでいたのは、ルアーフィッシングでした。初めて目にするルアー(擬似餌)に、その場で心を奪われました。

「これで魚を釣りたい」。私は幼馴染と近所の釣具店へ行き、なけなしの貯金をはたいてルアータックルを買いそろえました。

そして、転校生のお父さんに、早春の芦ノ湖に連れて行ってもらいました。春とはいえ、解禁直後の芦ノ湖は極寒でしたが「このルアーでニジマスを釣りたい」と、ただひたすらキャスティングを続けました。結局、転校生も私も幼馴染も、誰一人として釣れませんでした。しかし、つまらないとは思わず、それどころか、ますますルアーで魚を釣りたいという思いが強くなりました。

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初めてルアーフィッシングを経験した箱根芦ノ湖。芦ノ湖でルアーでニジマスを釣れるようになったのは大学に入ってから

片道二時間の道のりを三年間通う

その後、自宅から電車とバスを乗り継げば神奈川県の津久井湖へ行けることを知り、幼馴染と二人で通うようになりました。私鉄とJRを乗り継ぎ、さらに橋本駅から路線バスに揺られて、自宅から二時間ほどの道のりです。

津久井湖では手漕ぎボートを借り、二人で夕方までルアーを投げ続けましたが、やはり反応はありません。釣れずに家へ帰ると、父は決まってこう言いました。

「そんなオモチャみたいので魚が釣れるわけないだろう。だいたい、海に行かなきゃ、そう簡単に魚は釣れないぞ」

悔しくて、私は何度も津久井湖に通いました。現代では考えられないかもしれませんが、小学生が二人で電車とバスを乗り継ぎ、手漕ぎボートに乗って釣りをする。もちろん携帯電話なんてなく、帰ってくるのは夜の帳が降りてから。

それでも、両親は危ないからやめろとも、金の無駄だとも言わなかった。応援してくれたわけでもありません。ただ、行くこと自体を止められなかった。それは放任とも違います。釣れない現実も、悔しさも、続けるかどうかも、すべてこちらに委ねられていた。その距離感が、当時は当たり前すぎて意識もしませんでしたが、今思えば、あれは「見守る」ということの、一つのかたちだったのかもしれません。

初めてブラックバスを釣ったのは、中学2年生の時です。ルアーフィッシングを始めて、3年目のことでした。振り返れば、よく続けたなと思います。

あの頃の私たちを引き付けていたものは、何だったのでしょうか。娯楽がなかったからでしょうか。そんなことはありません。当時すでに、ゲームセンターが大人気で、家庭にもファミリーコンピュータが普及していました。

それでも親元を離れ、友人と二人で湖上に浮かび、いつ来るかわからない何かを待ちながらルアーを投げ続ける——あの時間は、今思えば、結果を急がず、うまくいかない現実と折り合いをつけながら過ごすための、貴重な時間でした。

「石の上にも三年」ならぬ「湖の上にも三年」です。

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幼馴染と電車とバスを乗り継いで通った神奈川県の津久井湖。通い始めてから3年間は1尾も釣れませんでした

「やらされる」のではなく「自分で選ぶ」からこそ続くしぶとさ

近年、退職代行サービスが話題になるたびに「今の若者は我慢が足りない」という声を耳にします。けれど、湖の上で三年間ルアーを投げ続けていたあの時間を思い返すと、私は少し違う見方もできるような気がしています。

あの頃の私たちは、誰かに「続けろ」と言われたわけではありませんでした。釣れないことも、やめることも、続けることも、自分たちで選んでいました。人は選んでいる限り、案外しぶとい。

逆にやらされていると感じた瞬間に、急に嫌気がさすこともある。遊びでも、勉強でも、仕事でも、大事なのは「我慢できるか」よりも「そこに自分なりの意味を見出せるか」なのではないでしょうか。

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子どもの頃、憧れた舶来のルアー。写真はスウェーデンのラパラ社のシャッドラップ

正解のない海で舵を切る!釣りが授ける「決断力」

私は釣り雑誌の取材を通じて、これまでに数多くの釣り人と出会ってきました。これはあくまで私の感覚ですが、釣りを好む人には、共通の型のようなものが見当たりません。年齢も職業も考え方もばらばらで、ひとつの型に収まらない印象があります。それは、釣りという遊びが、子ども時代から「自分で考える時間」を多く要求してきたからなのかもしれません。

ANA社長・芝田浩二氏のルーツにある加計呂麻島での釣り体験

この話の延長で挙げるのは憚れますが、現在のANAホールディングス社長である芝田浩二さんは、財界人としては非常に珍しい経歴を持っています。

芝田さんが生まれ育ったのは、奄美大島の西に位置する加計呂麻島という、秘境とも言える島です。その島で育った芝田少年にとって、日々の遊びは釣りでした。誰かに正解を教えられることもなく、海に向かい、その日の潮や風を感じながら、自分で考えるしかない環境です。

釣りをしていると昨日まで効果的だったやり方が、今日はまったく通用しないことが多々あります。潮も風も魚の居場所も変わる。「こうすれば必ず釣れる」という答えはありません。だから最後は、自分で判断し、その結果を受け止めるしかない。

コロナのパンデミックで航空業界が未曽有の打撃を受ける中、芝田さんが日本を代表するエアライングループの舵取りを任されることになりました。

前例のない状況の中で、進む方向そのものを決めなければならない。それは航路図がない海で、どこへ向かうのかの決断を続ける仕事だったと言えるでしょう。奄美・加計呂麻島の自然に育まれた芝田さんに白羽の矢が立ったのは、ある意味で必然だったのかもしれません。

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故郷の加計呂麻島でスジアラ(ハージン)を手にするANAホールディングスの現社長、芝田浩二さん

自然の中で「待ち、考え、決める」回路が未来の土台になる

というのも、私は芝田さんとこれまでに何度か釣りをご一緒させていただきましたが、釣りスタイルがとても独創的なのです。決して自己流というわけではありません。雑誌や本を通じて多くの知識を持ちながらも、自分なりの考えに置き換えて、自ら仕掛けをつくり、試行錯誤を重ねる。それは、秘境の島で子ども時代から使い続けてきた思考の回路が、そのまま残っているような印象でした。正解がひとつとは限らない状況で何を捨て、何を選び、どこへ向かうのかを決断する力は、机の上で身につくものではないと思います。

釣りはその力を、子どもに静かに授けます。親が手取り足取り教える必要はありません。成果を急がせなくてもいい。ただ、自然の中に連れ出し、少し離れた場所から見ているだけでいい。サオをだしても釣れない時間、黙って水面を眺める時間、「今日はダメだったな」と言いながら帰る道すがら。そのすべてが、子どもの中に「待ち、考え、決める」回路を残していきます。

太公望が教えてくれた「待つ力」は、今を生きる子どもたち、そして、待つことが難しくなった大人たちにとって、これからの時代を生きるための静かな土台になるのかもしれません。

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