人間の髪の毛より細いイトで、魚を釣る。日本の釣りでは、そんなことが平然と行われている。一般的な日本人の髪の毛は直径約0.07〜0.08mm。ところが夏の風物詩である鮎釣りや渓流釣りではそれより細い直径0.053mmという極細イトまで市販されている。なぜ、そこまで細くするのか。魚に見えないようにするため――多くの人はそう考えるだろう。だが、30年以上にわたり全国の名手を取材してきた私の答えは、少し違う。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
「細い方が釣れる」は本当か?日本の釣り糸(ライン)の進化
日本は世界屈指の釣り先進国である。日本の釣り道具は世界中の釣り愛好家の憧れであり、そう聞くとサオやリール、ルアーばかりに注目が集まりがちだが、日本の釣り道具の進化は、高品質な釣りイトなくして語れない。その最たるものが「極細ライン」だろう。
かつて釣りイトには、馬の尻尾(馬素)やテグス(天蚕糸)が使われていた。戦後、釣りイト界には次々と素材革命が起き、劇的な進化を遂げてきた。何がそうさせたのだろうか。答えは単純だ。細いイトが釣りを有利にする場面が、多いからである。
知っておきたい!釣り糸を代表する5つの素材とその個性
この先の話をイメージしやすくするために、代表的な5素材の個性を先に整理しておきたい。また、冒頭でイトの太さについて触れたが、ナイロンやフロロカーボン、エステルは、日本釣用品工業会が定めるJAFS規格で号数ごとの標準直径が示されている。一方、PEラインは直径ではなく重量が規格化されているため、同じ号数でもメーカーによって実際の直径には多少の違いがある。
なお、号数ごとの強度を定めた統一規格はなく、強度は製品によって異なる。以下の数値や特徴は、あくまで一般的な目安として読んでいただきたい。
ナイロン
現在の釣りイトの中ではもっとも古くから使われ、価格も手頃で扱いやすい。適度に伸びるため、アワセの衝撃やバラシを吸収してくれるクッション性が魅力だ。水よりわずかに重く沈むが、フロロやPEほどではない。最も汎用性の高い素材といっていい。吸水性があるのでフロロカーボンに比べると劣化しやすい。
フロロカーボン
ナイロンより比重が重く、水馴染みがよく沈みやすい。伸びが少なく根ズレ(岩や障害物との摩擦)にも強いため、ハリスや、根の荒い場所でのミチイトに好まれる。水中で目立ちにくい素材として語られることも多い一方、劣化しにくく耐久性が高いのも実釣上のメリットだ。
エステル
アジングをはじめとするライトゲームで広く使われる比較的新しい素材。伸びがきわめて少なく感度が高い反面、衝撃には強くない。癖(硬さ・巻きグセ)が出やすいので、まめに巻き替えるとトラブルが減る。
PE(ポリエチレン)
複数の細い繊維を編み込んだラインで、同じ太さならナイロンやフロロよりはるかに強い。伸びがほとんどないため感度と操作性に優れるが、水に浮きやすく、根ズレには弱い。スレに弱いので、ルアーやサルカンに直結すると強度が低下する。それを防ぐためにも、リーダー(ナイロンやフロロ)を結んで使うのが基本になる。
メタルライン(金属イト)
鮎の友釣りで使われる金属製のライン。極細でありながら強力で、伸びがほぼゼロなので、オトリの動きや魚のアタリがダイレクトに伝わる。その反面、キンクや傷に弱く、根ズレやゴミが絡まると簡単に切れてしまうため、扱いには相応の経験を要する。
魚にはラインが見えている!それでも見破られない理由とは
さて、本題である。まず、魚はイトが見えているのか、いないのか。釣り人なら誰しも一度は考えることだろう。私がこれまでの取材人生でたどり着いた答えはこうだ。「魚がイトそのものを理由にエサを食うのをやめるケースは、それほど多くない」。
とはいえ、魚にイトが見えていないのかというと、もちろんそんなことはない。
魚の目という器官そのものは、決して性能が低いわけではない。むしろ多くの魚は、動くものを捉えたり、明暗のコントラストを見分けたりする能力に優れている。「魚は目が悪いからイトは見えていない」という考え方は、現場の実感からしても、生理学的に考えても無理がある。
とはいえ、魚から見たイトの見え方は一定ではない。角度、水深、光量、水の濁り、背景によって大きく変わる。光の当たり方次第では、見えていると考えた方が自然な場面もある。それでも、それを「危険物」として口を使うのをやめる判断にまで至るケースは、釣り人が考えているほど多くない――というのが私の実感である。
見えているのになぜ細くする?釣果を分ける「3つの抵抗軽減」
では、見えていても食うなら、あえて細くする必要はないのではないか。強度に優れた太いイトのほうがバラシは断然少なくなる。そう考えるのが普通だ。しかし現実には、細いイトのほうが有利なのは間違いない。つまり問題は「見える/見えない」の二元論ではないのだ。
細いイトを使う本当の理由――それは釣り方や状況によって異なるものの、一言でいえば「抵抗」に集約される。
1. 遠投のための空気抵抗軽減
軽い仕掛けをより遠くまで投げるには、イトは細ければ細いほど空気抵抗が小さくなる。1gや2gといった極小スプーンを使うエリアトラウト(管理釣り場のトラウトルアー)や、同程度の軽さのジグヘッドを用いるアジングでは、PEラインやエステルの0.3号(直径約0.09mm)をミチイトに使うのが主流になっている。
昔のようにナイロン2号(直径約0.235mm)のミチイトで、上記の極小ルアーを遠くに飛ばすのは、どれだけ優れたロッドを使っても無理だ。つまり、1gや2gという極小ルアーは極細ラインがなかったら使い道がなかったと言っても間違いではない。
淡水ルアーフィッシングの中では太イトのイメージが強いバスフィッシングでも、フィネスと呼ばれる釣りでは同レベルの極細ラインが活躍する。サイトフィッシングで距離を取りたい場面や、クリアウォーターのリザーバーや山上湖でトップウォータープラグを自然に漂わせる釣りでは、PE0.4号前後が選ばれることも珍しくない。
2. 流れの抵抗軽減
ヤマメ、アマゴ、イワナをエサで狙う渓流釣りやアユの友釣りでは、ナイロンやフロロカーボンの0.1号(直径0.053mm)という超極細イトが使われる。
先述のルアーフィッシングとは異なり、イトを細くする最大のメリットは、流れの抵抗を軽減することにある。渓流釣りでは流れに乗せて仕掛けを流すが、エサが不自然な流れ方をすると賢い渓魚は食ってはいけないと見切ってしまう。川の流れの強さは表層ほど強く、イトが太いと表層流れに引っ張られやすくなり、仕掛け全体にドラッグがかかってしまうのだ。
友釣りの場合は、イトが細ければ細いほどオトリへの負担を軽減できる。オトリは普通、上流に向かって泳ごうとするため、ハナカンより上のイトは流れの抵抗を受けて下流に引っ張られる。イトが太いとこの抵抗が邪魔をして思うように泳げず、オトリは普段より尾を強く振って泳ごうとするので体力を消耗してしまう。オトリの活きの良さが釣果に比例すると言われる友釣りでは、オトリへの負担をいかにして減らすかが釣果アップのキモでもある。
3. ハリスの自重と水流抵抗軽減
磯釣りの人気ターゲット、メジナ(グレ)やクロダイ(チヌ)釣りでも、細イトは重宝されている。まずはミチイト。30年前はナイロンの3号がスタンダードだったが、今はナイロンの1.5号、あるいはPEの0.6号という号数が人気だ。理由は渓流釣りと同じで、表層流れの抵抗を軽減させるためである。
ハリスも細くなった。ミチイト同様、30年前は3号が標準だったが、今は1.75号や1.5号がスタンダードだ。ダイワグレマスターズを8回制した田中貴さんは、五島列島や甑島でも1.5号を基本にし、0.8号まで下げることがある。
ハリスが細ければ、自重も水の抵抗も小さくなり、付けエサをより自然に沈め、流れに乗せやすくなる。特にメジナ釣りでは、コマセのオキアミと付けエサのオキアミが同調して流れないと、なかなか良型はヒットさせられない。この時に邪魔になるのが、ミチイトの抵抗とハリスの自重や抵抗であり、細くすることで、付けエサをコマセのオキアミに近い形で漂わせやすくなるというわけだ。
名手が語る細糸の真実!食わない原因は「ラインの太さ」だけではない
ただ、田中さんはこうも言っている。
「食わない原因がハリスの太さなのかを見極めることが大切です。なぜなら食わない原因はハリスの太さ以外にもたくさんあるから。ハリスを細くする前に、私はほかのことを試して、ハリスを細くするのはむしろ最後といってもいいくらいです。その場合、一気に0.8号まで下げてみます。それで食えば、ハリスの太さが原因だったということがいえます。逆に、0.8号まで落としても食わないときは、イトの太さが原因じゃないと考えます」
これは、前人未踏のグレマスターズV9がかかっていた2025年に、田中さんから直接聞いた話である。
東京湾のマダイ釣りは太ハリスで釣れるように進化した
そして、これと同じことを語っていたのが、2012年に逝去された沖釣りのエキスパート、大塚貴汪さんだ。人気テレビ番組「THEフィッシング」でお馴染みだった大塚さんがこよなく愛したのがコマセダイ釣りである。生前、何度か取材をさせていただいたが、当時はコマセダイ釣りにも細イト革命が起きつつあった。1990年代は4号や5号というハリスが使われていたが、2000年に入ったころから2.5号や2号という細ハリスが一部の人たちの間で使われるようになっていた。実は私も当時2号ハリスを使っていたのだが、いかんせんバラシが多かった。そんな私に大塚さんはこう言った。
「私は3号以下のハリスは使いません。なぜなら、タイが食わない理由はハリスの太さ以外にもたくさんあるからです。タナ、誘い方、コマセ管からオキアミが出ていく速さ、ハリ、投入のインターバル。これらが合っていれば、4号でも5号でも食ってきますよ」。
では今はどうだろうか。東京湾では10mのテーパーハリスが主流で、上は5号、下は4号がスタンダードだ。細くしても3号まで。それで充分釣れる。むしろ、2号ハリスを使っていた頃よりも、東京湾のコマセダイ釣りの釣果は、劇的によくなったと私は実感している。
一番大きな要因は、マダイにビシ(コマセカゴ)を見せない釣り方に変わったことだ。かつては仕掛けを一度着底させてから誘い上げていたが、今は上からタナを合わせ、長いハリスでマダイのいるタナまで付けエサを届ける。その結果、4号や5号というハリスでも食うようになった。大塚さんの言っていたとおり、マダイが食わない原因はハリスの太さではなかったということなのだ。
スレた魚がラインを見切るケースも存在
ただし、例外はある。
魚が明らかにイトを見切っていると思わずにはいられない場面にも、私は何度か遭遇してきた。
堤防周りで釣り人のコマセを水面下で50cmほどのタナで悠然と拾い食いしている大型のイズスミやクロダイが、付けエサの15cmほど手前で急ブレーキをかけるのを何度も見てきた。宮崎県の南郷水島や高知県沖の島でも、まるで釣り人をあざ笑うよう大型のオナガメジナがハリスの付いたオキアミだけを巧みにかわしていく。
おそらく、日頃から多くの釣り人に狙われている魚は、澄み潮や浅いタナなど条件がそろうとハリスそのものを危険信号として認識するのだろう。
ただ、それは例外だ。大半の釣りでは、細イトの最大の価値は「見えないこと」ではなく、「抵抗を減らすこと」にある。
細い糸ラインが釣れるのは「魚に見えないから」ではなく「自然に動くから」
多くの場合、魚はイトを視認していても、それだけでエサを食わなくなるわけではない。だから細くする最大の理由は、単純な「見える/見えない」ではなく、「抵抗」にある。遠投のため、流れに乗せるため、オトリを泳がせるため。ここまで見てきた通りだ。
つまり答えはこうだ。
「細いイトは、たしかに釣れる。だが、その理由の多くは魚に見えないからではない。抵抗が減り、仕掛けやエサが自然に動くからだ。ただし、ごく一部のスレた魚を相手にする時だけ、イトの見え方そのものが勝負を分けることがある。逆に言うと、そういう魚が相手じゃない場合、必要以上にイトを細くする必要はない」
これが、30年以上にわたり釣りの現場を歩き、数百人の名手を取材してきた私の結論である。どうすれば細イトでも良型魚に切られず取り込めるのかを、またの機会に解説したい。
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