プロ野球で2050安打を積み重ねた和田一浩さんが、いま情熱を注いでいるのは磯釣りだ。だが、その向き合い方は単なる趣味の域を超えている。「考えて、試して、修正する」──現役時代と変わらぬその姿勢を、磯の上でも貫いているのだ。今春の舞台は、釣り人憧れの地・五島列島福江島。携えたのは、スピニングタックルによるイシダイ宙釣りというひとつの仮説。その答えを、東シナ海の磯で探った。

レポート◎月刊つり人編集部
1946年創刊の雑誌「月刊つり人」を始め、数々の釣りに関するコンテンツを作成してきたつり人社の編集部。
二刀流に挑む、和田一浩の今
「僕も小学生の頃、川にカッパがいると信じていたんですよね。祖母から何度も聞かされていましたから。カッパへの恐怖心を抱きながらも小学生の頃は、早起きをして野球の前に釣りをしていました(笑)」
そう笑いながら話す和田一浩さん。
和田さんは社会人野球を経て、1996年ドラフト4位で西武ライオンズに入団。30歳でレギュラーに定着するという遅咲きながら、2004年アテネ五輪、2006年第1回WBCでは初代侍ジャパンの一員として日の丸を背負った。2008年にはFAで中日ドラゴンズへ移籍。2015年、史上最年長で2000本安打を達成し名球会入り。通算1968試合、2050安打、319本塁打、打率.303。ベストナイン6回、首位打者1回──輝かしい実績を誇る。だが、そのキャリアの裏で、「雨が降って試合が中止にならないか」と願ったことが一度や二度ではなかったという。プロ野球の世界では、数字がすべてだ。3打席に立って1本ヒットを打つかどうかで評価は大きく変わる。選手たちは日々、数字という重圧と向き合っている。30歳でレギュラーをつかんだ和田さんには、なおさらそのプレッシャーがのしかかっていたはずだ。そんな和田さんを支えていたのが、幼い頃に親しんだ釣りの記憶だった。
「移動の飛行機から海が見えると、あの島では何が釣れるのかなって、そんなことばかり考えていました」
現役時代、思うようにサオをだす時間はほとんどなかった。それでも、わずかな合間に釣りをすれば、心も体もふっと軽くなったという。
引退後、和田さんが夢中になっているのが磯釣りだ。メジナやクロダイをねらう「上もの」だけでなく、イシダイをねらう「底もの」もこなす二刀流。春から秋はイシダイ、冬はメジナ──ほぼ一年を通して磯に立ち続けている。
五島の石鯛を狙うメソッド
4月中旬、和田さんが向かったのは東シナ海に浮かぶ五島列島・福江島。メジナ、イシダイともに屈指の魚影を誇り、磯釣りファンの憧れの地だ。
「五島には何度も来ていますが、イシダイ釣りはまだやったことがなくて。今回はイシダイ一本でいきます」
福江島の魅力は魚影の濃さだけではない。釣り場の豊富さも群を抜いている。一生かけても回りきれないほどの磯が点在し、北西風にも強く、台風でも来ない限りどこかでサオをだせる。遠征計画を立てる上でも大きな強みだ。
午前6時、福江港に渡船「せいわ丸」が接岸。船長の山下康治さんは、釣り好きが高じてこの道に入った人物で、釣り人の気持ちをよく理解している。イシダイをねらいたいという和田さんを案内したのは、中ノ小島。港から20分ほどの沖に浮かぶ、潮通し抜群の好ポイントだ。
五島イシダイ釣りに欠かせないエサの選び方
今回、和田さんが用意したエサは、ガンガゼ(ウニ)、サザエ、トッポガニ(ショウジンガニ)。ガンガゼは現地の釣具店「フィッシング五島モリタ(TEL:0959-75-0001)」で購入。サザエとトッポガニは現地の知人に用意してもらった。五島列島のイシダイ釣りにおいて、トッポガニは春から秋に欠かせぬ有力なエサ。外洋に面した岩場やタイドプールに生息する。硬い殻による優れたエサ持ちも特長で、エサ取りの多い状況でも本命の到来まで耐えやすい。ウニやサザエに反応が乏しい場合でも、トッポガニに替えた途端にアタリが出ることがある。
和田さんには何度かご一緒させていただいているが、磯の上で食事を摂る時間がもったいないというくらい、とことん釣りを楽しむスタイルだと思う。楽しむための事前準備やリサーチにも余念がなく、行く先々で好釣果をあげている。YouTube「釣り人チャンネル」では、イシダイ釣り場としてはほとんど知られていなかった佐渡島の磯に和田さんが挑んだ一部始終を取り上げているが、なんといきなりロクマル(60cm)の本イシをカメラの前で抜き上げてしまったのである。今回も初挑戦とは思えないほど、多くの情報を持ち合わせていた。
南方宙釣りをスピニングタックルで実釣⁉
「五島に限らず、九州のイシダイ釣りといったら南方宙釣りですよね。でも、私は遠投でも釣ってみたいんですよ。だから今回は、タックルを2セット持ってきました」と和田さん。
南方宙釣りとは、磯際で底を切った状態で仕掛けをキープして釣る、九州地方で主流のイシダイの釣り方。一方、関東はじめ、全国的にはいわゆるブッコミ釣りが主流だ。和田さんがこの日用意した一本は遠投用の一般的な両軸受けタックル。
そして、宙釣り用に持参したのが、磯のイシダイ釣りではあまり用いる人がいないスピニングタックルだ。ダイワの磯ザオ「OREGA 剛徹MH50(磯ザオ4号程度)」に、「キャタリナ5000番」、ミチイトはナイロン5号。
「純粋に魚との引っ張り合いだけだったら、ミチイトは3号でも大丈夫だと思うんです。ただ、イシダイ釣りの場合、どうしても根掛かりや根ズレのリスクがあるので、遠投する場合は太いイトが必要になり、サオやリールもゴツくなります。宙釣りの場合は、もっとライトでいいと思うんです。サオもライトなほうが食い込みはよくなるんじゃないかなと思って」。そうした仮説を立て、それを実際に検証する。まさに現役時代から培ってきた「考えて、試して、修正する」というアプローチが、釣りにも自然と染み出ている。
中ノ小島で52cmの本イシダイをキャッチ
結果から言えば、この日の中ノ小島は好スタートとなった。釣り開始から1時間ほど。スピニングタックルで放り込んだトッポガニのエサに、52cmのイシダイが応えた。七本の縦縞がくっきりと浮かび上がった、文句のない本イシだ。「やっぱりスピニングでも釣れますね」と和田さんは笑った。仮説が早々に証明された。
だが、喜びもつかの間、南からのウネリが徐々に大きくなり、足場を波が洗い始めた。せいわ丸が迎えに来たのは、これからというタイミングだった。
磯替えで向かったのは久賀島の折紙の平瀬。南東風の風裏にあたり、穏やかな釣り座が確保できた。いかにもイシダイが潜んでいそうな雰囲気が漂う磯だ。何度か本命らしき鋭いアタリがロッドを叩いたが、食い込みには至らず。悔しい時間が続いたまま、初日は幕を閉じた。
威風堂々の磯の王者──ホゲ島で58cmのクチグロを仕留める
実釣2日目、山下船長が案内してくれたのは福江島の北側に浮かぶホゲ島。この日も南東風だったが、ホゲ島はその風裏に位置し、潮通しが抜群にいい。イシダイ、メジナ、青ものと多彩な実績を誇る磯だ。大潮回りで満潮は8時20分。6時過ぎに渡礁し、6時30分に釣り開始。
和田さんはこの日、スピニングタックル一本に絞った。開始早々、ウニに40cmほどのイシガキダイが食ってきた。悪くない反応だが、小型のイシガキダイがウニをついばみ始めると判断し、エサをトッポガニに切り替えた。状況を読み、手を打つ。そのDNAは、磯の上でも変わらない。

釣り開始30分後、潮が若干緩んだ。エサはトッポガニだった。そのとき、愛竿「OREGA 剛徹 MH50」がふいに軽やかに舞い込んだ。次の瞬間、強烈な締め込み。根に向かって突っ走る力は、前日の52cmとは明らかに違う。それでも和田さんは一歩も引かない。急斜面の磯場に平然と立ち、磯の王者に対峙する。主導権は渡さない。

緊迫のやり取りの末、水面を割ったのはクチグロ(イシダイの老成魚)だった。七本の縦縞はすでに消え、口のまわりだけが黒く染まった老練な面構え。よく肥えた58cm、推定3.8kg。五島の磯が用意しておいた、最上の答えだった。
多彩な魚が釣れる五島の磯ルアーフィッシング
この五島遠征には、旧知の平江巌さんが同行していた。和田さんが磯釣りの楽しさをぜひ体験させたいと誘った友人だ。本格的な磯釣りは初めてという平江さんには、まずは手軽に楽しめるルアーフィッシングを勧めた。
「まだ時期が少し早いと言われていましたが、なんとか釣れてよかったです。今度はハイシーズンにまた、この釣り方でやってみたいです」と平江さんは語った。
タックルはショアジギングロッドに、中型スピニングリール。ミチイトはPE2号。リーダー8号。釣り方もシンプルだ。50g前後のジグを着底させ、早巻きで10回巻いてストップ。あとはこれを繰り返すだけ。それだけで、アカハタ、キジハタ、イサキといった魚たちが面白いようにロッドを曲げた。「ビギナーでも容易に始められる。それが磯ルアーの魅力です」と和田さんは言う。
ホゲ島の周りにはカタクチイワシがフラフラと漂っていた。青物に追われたのだろうか。時折、ヒラマサらしき魚影が磯のすぐ近くを通り過ぎる。「そのうちヒラマサが掛かるかもよ」と和田さん。
磯釣り初心者が1時間半の格闘の末に大型ブリをキャッチ
潮止まり直前、平江さんのリールのドラグが突然鳴った。硬めのショアジギングロッドがバットから大きく絞り込まれている。青物だ。ヒラマサか。和田さんがそばに寄り添い、「サオを立てて」、「こっち側に来て」と的確にアドバイスを送る。

やり取りは1時間半に及んだ。磯釣りの初心者が、五島の海と真正面から格闘し続けた。そして水面を割ったのは、1mをゆうに超えるブリだった。和田さんはまるで自分のことのように喜んだ。声を上げ、平江さんの背中を叩いた。イシダイの58cmを手にした時とはまた違う、屈託のない笑顔がそこにあった。
磯釣りにはロマンがある。ねらい澄ました一尾に出会う喜びもあれば、思いもよらぬ大ものが初心者のサオを絞り込むドラマもある。五島の海はこの2日間、訪れた者それぞれに、忘れられない物語を用意していた。
遠征の楽しみは釣果だけではない
食事や仲間とのたわいもない会話は遠征ならではの楽しみともいえる。先々での語ったことや、「食」は釣行をさらに彩る。和田さんが五島・福江島で贔屓にしている「海鮮なないろ」。魚の状態を見て熟成させたり皮目をあぶったり、店主のこだわりがこもった料理は絶品だ。(長崎県五島市三尾野1丁目1-16 /TEL:0959・76・3335)
和田一浩さんが推薦する一冊「カッパのいない川で子どもは育つか」
「現役時代、数字が落ちていく怖さと向き合ってきました。それでも、子どもの頃に自然の中で感じた感覚が自分を支えてくれたのだと思います。うまくいかない経験が、人を強くする。大人にこそ、手に取ってほしい一冊」和田さんがそう推薦文を寄せたのが、この「カッパのいない川で子どもは育つか」だ。子どもの自殺者数が過去最多を更新し、不登校が35万人を超えた現代の日本。豊かで安全なはずの社会で、なぜ子どもたちはこれほど追い詰められているのか。創刊80年の釣り専門誌「つり人」の編集長を10年務め、親子向け釣りイベントにも多く携わる著者・山根和明が、記者として、父として、水辺と子どもに30年かかわり続けてたどり着いた育て方のヒントを綴った一冊。釣りを通じた自然体験が、待つ力、やり抜く力、折れない心をいかに育てるか。磯の上でそれを体現してきた和田さんが推薦するのも、納得の内容だ。
