ワカサギは冬の魚と思われがちだ。湖に張った氷に穴を開け、そこから仕掛けを落とす。ワカサギ釣りと聞けば、そんな光景を真っ先に思い浮かべる人も多いだろう。しかし実際には、真夏に半袖のまま楽しめる湖があり、しかもエサすら要らず、初心者でも大釣りが可能な場所がある。かくいう私も、この仕事に就くまでは、そんなことは知らなかった。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
マイナス2度の山中湖で彼女と1尾…若き日の苦い思い出
あれは今から35年ほど前の冬。寒風吹きすさぶ山中湖へ、当時付き合っていた彼女とデートフィッシングに出かけた。今でこそ山中湖のワカサギ釣りといえば、暖房の効いたドーム船が人気だが、当時はまだそんなものはなかった。手漕ぎボートで湖へ出て、吹きさらしの中でサオを出した。とにかく寒かった。山中湖は富士五湖の中で最も標高が高い。富士山から吹き降ろしてくる風の冷たさは、35年経った今でも覚えている。その後、北海道の網走湖で気温マイナス20℃のなか、氷に穴を開けてワカサギを釣ったこともあるが、体感としては、あの日の山中湖のボート釣りのほうが寒かった。
しかも、肝心のワカサギが釣れない。ようやく釣れたのは、彼女が釣った1尾だけだった。本当はたくさん釣って、陸に上がったら天ぷらにして食べようと考えていた。ところが天ぷらにするほどの魚がない。それ以前に、二人とも身体の芯まで冷え切っていた。結局、1尾のワカサギを手に無言で帰った。若き日の、苦い思い出である。
だが今になって思えば、あの日の私はワカサギという魚を根本的に勘違いしていた。
「氷の下で釣れる魚」と「冬の魚」は同じではない
ワカサギと冬が結びつく最大の理由は、やはり氷上の穴釣りだろう。雪景色の湖、分厚い氷、そこにドリルで穴を開けて魚を釣る。これほど季節感のはっきりした釣りも珍しい。しかし考えてみれば、ワカサギは冬になったら突然現れる魚ではない。春も夏も秋も、当然ながら湖の中にいる。「氷が張るほど寒くなっても釣れる魚」と、「冬にしか釣れない魚」は、まったく意味が違う。
私がそのことを実感したのは、つり人社に入って各地の釣り場を取材するようになってからだった。たとえば長野県の木崎湖。仁科三湖と呼ばれる木崎湖・中綱湖・青木湖の一つだ。ここのワカサギ釣りは、9〜10月が数釣りを楽しみやすい時期だ。しかも活性が高い時期には、エサを付けない仕掛けでも初心者が100尾、200尾と釣り上げることがある。いわゆる「空バリ」の釣りだ。
ワカサギ釣りというと、小さなハリにさらに小さなエサを付ける、繊細な作業を想像するかもしれないが、この時期の木崎湖ではそのエサ付けすら必要ない。仕掛けを群れの中に落とし、誘ってやればワカサギが次々と掛かる。木崎湖は紅葉が始まるのも早く、色づいた山々を眺めながら空バリでワカサギを釣ることができる。もし35年前の私がそのことを知っていたら、あの日の彼女とは、違う未来を迎えていたかもしれない。
そして、さらに季節をさかのぼる釣り場がある。箱根の芦ノ湖である。
真夏の芦ノ湖でワカサギを釣る。エサ不要の「空バリ仕掛け」の仕組み
芦ノ湖のワカサギ釣りが面白くなるのは、まだ半袖で過ごしている8〜9月だ。一般に抱かれているイメージからすれば、かなり意外な季節だろう。しかもこの時期の芦ノ湖でも、エサを付けない空バリ仕掛けでワカサギが釣れる。ただし「空バリ」とはいっても、何も付いていない裸のハリというわけではない。ハリのチモトに、赤や緑、夜光に光る極小の玉や、化繊(ファイバー)を付けた仕掛けが使われる。
ワカサギの主食は、水中を漂うミジンコなどの小さなプランクトンだ。水中で揺れるハリや装飾をエサのように見せ、ワカサギを反応させる釣りだ。群れの活性が高ければ、1尾が反応したのをきっかけに、周囲の魚も競うように食いつく。エサではなく、光と動きで魚を誘う、考え方としてはイワシやアジのサビキ釣りに近い。群れを探して仕掛けを落とし、うまくその中に入れば、一つの仕掛けに何尾ものワカサギが鈴なりになって上がってくる。
刺網漁の解禁は、釣り人にとって好条件とは限らない
芦ノ湖では毎年10月1日から、ワカサギの刺網漁が始まる。実はこの日の朝一番に水揚げされたワカサギが「献上ワカサギ」だ。初物は箱根神社に奉納され、宮中へ献上される。手のひらにも満たない小さな魚だが、芦ノ湖では古くから大切な水産資源として扱われてきた。
普通、「解禁」と聞けば、そこからシーズンが始まるように感じる。ところが芦ノ湖のワカサギ釣りでは、少し事情が違う。刺網漁が始まると、湖にかかる漁のプレッシャーが増える分、ワカサギの食いは渋くなりやすい。だからこそ、竿でのんびり数釣りを楽しむなら、刺網漁が始まる前の8〜9月が狙い目とされている。「解禁」という言葉から受ける印象と、竿釣りにとっての好条件は、必ずしも一致しないのである。
ワカサギは寒いほど元気になるわけではない。知っておきたい生態と寿命
「ワカサギは冷たい水が好きだから、寒い時期によく釣れる」。そんなイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし、ワカサギは水温や塩分に対する適応範囲が広い魚だ。低水温に強いからといって、水温が低ければ低いほど活発になるわけではない。実際、木崎湖や芦ノ湖では、真冬ではなく夏から秋によく釣れる。
ここで知っておきたいのが、ワカサギの寿命である。ワカサギは多くが1年ほどで一生を終える。ただし、すべてが1年魚というわけではなく、越年した2年魚や、まれに3〜4年生きる個体も確認されている。その年に生まれた若いワカサギにとって、夏から秋は、成長していく過程にある時期だ。夏のワカサギは、生まれてまだ数カ月の若い魚だ。プランクトンなどを食べながら成長し、やがて産卵の季節を迎える。冬から春にかけて浅場や川へ群れで移動し、産卵を終えたあとに一生を終える個体も多い。
なぜ「ワカサギ=冬」のイメージがついたのか?
それでも、ワカサギと聞けば冬を思い浮かべる。理由は、案外単純なのかもしれない。穴釣りの光景が、あまりにも印象的なのだ。氷に穴を開け、その下へ仕掛けを落とす。雪原のような湖面に小さなテントが並び、その足元の氷の下を魚が泳いでいる。日本には数え切れないほど多くの釣りがあるが、これほど一目で季節が伝わる釣りはそう多くない。魚そのものよりも、釣り方の風景が、ワカサギに「冬」という季節を背負わせたのではないだろうか。
今年は月刊つり人創刊80周年イヤーということで、SNSで過去の表紙を毎日、アップしている。通して見ると、氷上ワカサギ釣りの表紙が多いことに気付く。少なくとも釣りメディアもまた、「ワカサギ=氷上釣り=冬」というイメージを長年伝えてきたことが分かる。
かくいう私は今でも厳寒期になると北海道の網走湖や函館大沼へ出かけ、氷上のワカサギ釣りを楽しんでいる。氷点下のなかで氷に穴を開ける釣りだが、きちんと防寒対策をしていけば、マイナス10℃を下回っていても意外なほど寒さは感じない。テントの中はむしろ暖かく、防寒ジャケットを脱ぐことさえある。
夏や秋の空バリの釣りに比べるとアタリはずっと繊細で、仕掛けやエサ、誘い方によって釣果にも差が出る。初心者が次々と釣るような場面は少ないが、ある程度ワカサギ釣りを経験した人なら、むしろその難しさが面白くなってくる。
少なくとも木崎湖や芦ノ湖なら、初心者を連れて行くとすれば、私は真冬より夏から秋を選ぶ。ただ、氷に穴を開け、その下からワカサギを釣り上げる体験には、ほかの季節にはない面白さがある。一度は味わってほしい釣りでもある。
夏〜秋のおすすめワカサギ釣り場まとめ
ここまで紹介した釣り場を、狙い目の時期とあわせて整理しておきたい。
- 芦ノ湖(神奈川県):8〜9月が面白いとされる時期。刺網漁が解禁される10月1日より前が、竿釣りにとっての狙い目
- 木崎湖(長野県):9〜10月が面白いとされる時期。紅葉が始まる時期と重なり、空バリでの数釣りが楽しめる
- 山中湖(山梨県):2026年は9月1日に解禁(ドーム船営業は10月1日から)
- 榛名湖・赤城大沼(群馬県):例年9月1日ごろに解禁
このほかにも、9月中に解禁を迎える釣り場は全国にまだある。いずれも、真冬の氷上釣りだけを待っていては出会えない、ワカサギ釣りの早いシーズンインだ。
35年前の冬、私は山中湖のボートの上で震えながら、「ワカサギ釣りって、こんなに寒いものなのか」と思っていた。彼女が釣った、たった1尾のワカサギを持って二人で帰った。あのころの私に教えてやりたい。そんなに寒い思いをしなくてもいい。ワカサギは、夏の魚でもある。
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