ネット上には、「夏は水温が高くて釣れない」「真夏の釣りは厳しい」といった見出しをよく見かける。本当に「夏は魚がどこにもいない」のだろうか?
もちろんそんなことはない。鮎釣りやタコ釣り、マゴチ釣り、クロダイ落とし込み釣りなどは、照り込みが強いほどいいといわれる。実は、魚たちは釣れなくなっているのではなく、生き延びるために「ある見えない地図」を頼りに、特定の場所にいるだけなのだ。
――私がこの「真夏の魚の居場所」のヒントに気づいたのは、今から40年以上前、明治生まれの祖父と出かけた少年時代の釣りがきっかけだった。

写真と文◎山根和明(株式会社つり人社代表)
つり人社代表取締役社長。日本釣振興会理事。大学在学中にアルバイトとしてつり人社に入り、卒業後に入社。1946年創刊の月刊「つり人」編集部に配属される。
2006年に同誌編集長、2015年に代表取締役社長に就任。釣りメディア一筋で、企画・編集・事業開発までを一貫して手がけてきた。また、釣り文化の普及と次世代育成にも力を注いでいる。2026年4月刊行の著書『カッパのいない川で子どもは育つか』は、発売2日目でAmazonカテゴリランキング1位を獲得。
夏の日中に魚が釣れなくなる理由とは?少年時代の記憶と「見えない地図」
私が初めて釣った魚はライギョだ。7歳の時。カエルのポカン釣りだった。
「ほら、あそこに魚がいるだろう。あの鼻っつらにカエルを落としてごらん」と明治生まれの祖父に言われた。祖父が指差すその方向には、木の棒のようなものしか浮いていなかった。しかし、祖父はそれが魚だというのだ。半信半疑で木の棒の端っこにカエルを落とすと、バコッと水面が割れて、竿先が引き込まれた。それは、紛れもなくライギョだったのだ。7歳の少年にとって、あまりにも衝撃的な光景だった。私はその瞬間、釣りの虜になった。
その日から、何かにとりつかれたかのように、毎日釣りに行った。ポカン釣りの次に祖父が教えてくれたのがウキ釣りだ。対象魚はマブナやオイカワ。エサは裏庭で掘ったミミズか祖母に作ってもらった練りエサ(小麦粉に卵を溶いたもの)。すると、どうだ。今度はウキ釣りに見事にハマッた。ウキ下の調節やアワセのタイミングなど、ライギョのポカン釣りよりも奥が深いのである。2歳年上の兄と並んで釣っていても、いつも私のほうがよく釣った。成功体験とでもいおうか。私はフナ釣りにのめりこんだ。
ただし、日が上がるとフナのアタリが遠くなる。だから朝夕の涼しい時間帯はフナ釣り、日が上がったらライギョ釣り。少年時代、私はこんな日々を謳歌していた。
なぜ、日中になるとマブナが釣れなくなったのか。当時は知る由もなかったが、30年以上釣りの現場を取材してきた今なら、その理由の一端は見えてくる。真夏の日中は水温が上がり、水中に溶け込める酸素は減る。魚にとっては決して楽な環境ではない。もちろん、それだけが理由ではないが、水の動きが少ない止水域では夏場、溶存酸素量(DO)は重要なファクターになる。
「溶存酸素(DO)」が鍵!水中の酸素量と時間帯(朝マヅメ)の関係
水中の酸素(溶存酸素)は、一日を通して一定ではない。水草や植物プランクトンが光合成を行う日中は増えることがある一方、夜になると光合成が止まり、生物の呼吸だけが続くため減少しやすい。とくに池や沼、ダム湖、湾奥など水の動きが少なく、水草や植物プランクトンが多い場所では、この日周変動が大きくなり、溶存酸素は日の出前に最も低くなることが知られている。
つまり意外なことに、釣り人が絶好機と考える朝マヅメは、こうした環境では一日の中でも酸素が少ない時間帯にあたることがある。それでも朝マヅメが好機とされるのは、酸素だけでは釣果は決まらないからだ。夜の間に下がった水温、薄明るさによる魚の警戒心の低下、ベイトフィッシュやエビ類が動き始めるタイミングなど、いくつもの条件が重なり、魚の捕食スイッチが入りやすくなると考えられている。
では、日が高くなるにつれて魚は楽になるのか。話はそう単純ではない。日中は光合成によってDOが増える一方、水温の上昇によって水に溶け込める酸素の量は減り、魚の代謝が高まることで酸素要求量も増える。水中では常に、「光合成による酸素供給」と「水温や生物活動による酸素環境の変化」がせめぎ合っている。この綱引きが最も厳しくなりやすいのが夏だ。
水温が高くなるほど酸素は水に溶けにくくなり、魚の代謝が高まって酸素要求量も増える。さらに、バクテリアによる有機物の分解も活発になり、DOの消費が進む。とくに水の動きが少ない池や沼、ダム湖、湾奥では、真夏は魚にとって一年で最も息苦しい季節になり得る。少年時代に感じていた「朝は釣れる、昼は釣れない」という経験の背景にも、こうした酸素と水温の日内変動が関係していたのだろう。
夏の釣果を左右するポイント選び!魚が集まる「高酸素」エリア
夏のポイント選びは、この「溶存酸素」を基準にすることで釣果が上がりやすい。では、実際にどのような場所をねらえばよいのだろうか。ここからは、夏の代表的な釣りの例とともに、具体的なポイント選びのコツを見ていこう。
クロダイの落とし込みは、なぜ潮表が有利なのか
夏に人気の釣りの一つにクロダイ(チヌ)の落とし込み釣りがある。堤防のヘチにエサのカニやカラスガイを落として狙うのだが、ポイントになるのは基本的に潮が効いている側だ。潮裏となる側ではカサゴなどの根魚は釣れることがあっても、クロダイやシマダイ(イシダイの幼魚)の反応は鈍い。
潮表が有利な理由はいくつも考えられる。エサが流れてくること、潮流が効いて魚が着きやすいこと、そして波や流れによって酸素が補給されやすいことも、その一つだ。どちらが潮表か潮裏かは、水面を見れば大抵はわかる。潮表は海面がざわついていて、生命感がある。一方、潮裏は澱んでいて、海面ものっぺりしている。そう、あの夏の日中のクリークや沼のような感じだ。
波が作る「サラシ」の恩恵
一時期、私は渚のスイカ釣りにハマった時期がある。千葉県南房総周辺の遠浅の磯場がメインフィールドだ。沖には小磯や沈み根が点在し、あちこちでサラシができている。そのサラシの払い出しにスイカを乗せて流すのだが、クロダイだけでなく、メジナやサンノジ、アイゴもよく釣れる。アジやショゴ(カンパチの幼魚)を釣ったこともある。

海水は同じ水温なら淡水よりも溶存酸素(DO)が少ない。そのため夏場は、とくに波が砕けて空気を巻き込み、水が絶えず入れ替わるサラシ周辺が好ポイントになりやすい。波による酸素供給に加え、潮通しがよくベイトも集まりやすいため、多くの魚が集まるのである。
サラシ場は、メジナ(グレ)の好ポイントでもある。「寒グレ」という言葉があるように、メジナは低水温下でもよく釣れるが、厳寒期には必ずしもサラシ周りは一級ポイントにはならない。冬は低水温によって水中に酸素が溶け込みやすく、酸素不足は起こりにくい。むしろ波当たりの強い場所は水温が低く、体力を消耗しやすいため、良型ほど波静かな深場やワンドなど、流れの緩やかな場所へ入ることがある。夏に酸素不足で敬遠されがちな静かな場所が、冬には好ポイントへ変わることがあるのは、このような季節による環境の変化が関係しているのだろう。
鮎釣りの「土用隠れ」も、酸素と無縁ではない
鮎釣りでは「土用隠れ」という現象がある。鮎釣りは日本の夏の風物詩だが、8月の声を聞くころにアユの釣果がガクンと落ちるタイミングがある。2026年は7月20日から8月6日が土用期間だが、だいたいこの土用のタイミングにアユの釣果が落ちることがあるのだ。アカ腐れや高水温、渇水などとともに、溶存酸素の低下も、その一因になっている可能性がある。
アユは1年魚である。たった1年であの大きさにまで成長する魚で、朝から晩までエサを食んでいる。他の川魚よりもはるかに活動量が多く、必要とする酸素の量も多い。基本的に、いいアカ(苔)が付くところがポイントになるのだが、それ以外にも溶存酸素が多いところも水温が上がる最盛期は有望だ。たとえば、湧水が湧き出ている場所、支流の合流点、河岸から細流が注いでいる場所などは、高水温期のねらいめだ。
全国の鮎釣り河川を取材してきたが、ほとんどの河川に「テッパンポイント」がある。ここに入ることができれば、周りが釣れていなくても、楽しいひと時を過ごせるという場所だ。ある程度のキャリアのある人なら川を見てその一等地の存在に気づけるが、百戦錬磨のベテランでも気付けない場所もある。例えば、川底から湧水が湧き出ているとか、葦などが枝沢の流れ込みを隠してしまっているようなポイントだ。そのような場所は周囲より水温が低く、酸素条件にも恵まれることがあり、魚が集まりやすいのだ。
釣り人が知っておくべき「酸素不足」が引き起こす水質悪化現象
釣り人にとって歓迎されざる現象がある。赤潮、青潮、そしてアオコだ。いずれも溶存酸素(DO)と深い関係にある。
赤潮は、植物プランクトンが異常増殖した状態だ。増殖中の日中は光合成によってDOが増えることもある。しかし夜間はプランクトン自身も呼吸によって酸素を消費し、大量死滅すると分解バクテリアが爆発的に増えてDOを一気に奪う。魚の大量死が起きるのは、このフェーズである。
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青潮は東京湾などで夏から秋にかけて発生しやすい。底層にたまった貧酸素水が、風向きの変化や潮流の影響で表層へ湧き上がる現象である。硫化物を含む無酸素に近い底層水が白く濁りながら広がり、魚は一斉に逃げるか、逃げられなければ死んでしまう。東京湾で釣りをする人なら、青潮の発生とともに突然魚が釣れなくなった経験があるはずだ。
アオコは、湖沼やダム湖などで藍藻類(シアノバクテリア)が異常増殖した状態である。夜間の呼吸や大量死滅後の分解によってDOが急激に低下することがあり、夏の野池やダム湖ではバスやヘラブナ釣りの大きな障害となる。アオコが発生した野池で魚影が消えるのは、魚が警戒しているからではなく、酸素不足によって生息しにくい環境になっているからだと考えられる。
赤潮も青潮もアオコも、根っこは同じだ。魚がいなくなる原因は水の色ではない。水中の酸素をめぐる負の連鎖なのである。
秋のバス釣りの壁「ターンオーバー」も根っこは酸素の話
バス釣りファンが頭を悩ませる「ターンオーバー」も、溶存酸素と無縁ではない。
夏の間、湖や野池では水温の高い表層と冷たい底層が混ざり合わずに分離した状態が続く。底層は光合成が届かず、生物の分解が進んで酸素が極端に少なくなる。ところが秋になって気温が下がり、表層水温が底層に近づくと、この二層が一気に混ざり合う。これがターンオーバーだ。底層にたまっていた低酸素の水や有機物を多く含む水が湖全体に混ざるため、水質は一時的に悪化する。これによって魚の活性が落ち、バスが突然釣れなくなる「秋の謎」の正体の一つがターンオーバーなのである。
夏の止水域で魚が消える現象も、秋のターンオーバーも、根っこは同じ——水中の酸素をめぐる物語である。
目に見えない「酸素の地図」を読めば夏の釣りはもっと釣れる!
7歳のあの夏、私はまだ「溶存酸素」という言葉を知らなかった。それでも、朝夕はフナを釣り、日が高くなるとライギョを追っていた。その頃は経験でしかなかった釣りのリズムも、30年以上取材を続けてきた今なら、一つの理由が見えてくる。
潮表のクロダイ、サラシの中のスイカ釣り、土用隠れの鮎、そして赤潮やターンオーバー。一見ばらばらに見えるこれらの現象も、水温や流れ、光と並んで、「水中にどれだけ酸素があるか」という視点で眺めると、一本の線でつながって見えてくる。
夏の魚は、決して姿を消したわけではない。人には見えない「酸素の地図」をたどるように、呼吸しやすい場所、水が動く場所へ移動しているだけなのだ。だから、真夏だから釣れないと決めつける必要はない。魚がいる場所ではなく、魚がいたい場所を探せばいいのだ。
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