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つり人編集部2025年12月21日

カナダ・フレイザー川の巨大チョウザメ釣り 2m超え「生きた化石」との激闘

ブリティッシュ・コロンビア州を潤す大河フレイザー川を舞台に、人類誕生以前から姿を変えずに生き続ける魚──チョウザメを追う。全長2mを超える巨魚。この川でねらうのは放流魚ではなく、悠久の流れが育んだ天然の古代魚である。

レポート◎山根和明(つり人社代表)
写真提供◎ブラッド カッセルマン

開高健『オーパ、オーパ!!』の舞台へ

キングサーモンの聖地、ランガラ島からバンクーバーに戻った翌日、上田桂嗣さん、清本弘哲さん、荒井一郎さん、ブラッド(ツアーコーディネーター)と私の5名は、ブリティッシュ・コロンビア州を流れるフレイザー川中流域の町、リルーエットにいた。切り立った岩山を背にした牧歌的な町。通りには素朴な店が並び、赤いピックアップトラックが似合うフロンティアの空気が漂っている。町を外れれば、荒々しい岩肌と緑の大地がせめぎ合う。その間をフレイザー川が悠然と流れ、銀色に輝いていた。

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リルーエットの町

フレイザー川、リルーエット。この地名に心をときめかせる読者もいるだろう。そう、芥川賞作家・開高健が『オーパ、オーパ!!』でチョウザメを追った舞台である。

1978年、月刊プレイボーイで連載が始まったアマゾン釣り紀行『オーパ!』は、書籍刊行から半世紀近く経った今でも読み継がれているノンフィクション紀行の金字塔である。この直筆原稿版には、次の一節が記されている。

「驚くことを忘れた心は、窓のない部屋に似ていはしまいか─開高健」

1983年に刊行された『オーパ、オーパ!!』はこの続編。前作がアマゾンでの巨大魚との格闘を中心に書いたのに対し、本作ではアラスカや北米西海岸を舞台に、オヒョウやチョウザメなどを追い求める冒険が展開される。

「フレイザー河の上流のリルーエットという小さな、小さな町、そこを拠点にしてブライアン・ウィルソンという人物に案内してもらってホワイト・スタージョンを攻めようということになった。これはヴァンクーヴァーから〝力強きフレイザー〟河に沿って山へ五、六時間さかのぼった地点であって、リルーエット・インディアンの居住地だったのが、白人が入ってきてから、その名をとって町名にしたという町である。ゴールド・ラッシュで一時湧いたことがあるが、今は林業でひっそり暮らしているとのこと…」(『オーパ、オーパ!!』より抜粋)。

最大全長6mを超える「ホワイト・スタージョン」

ホワイト・スタージョンの和名はシロチョウザメ。北米最大の淡水魚であり、全長6mを超える大ものの記録がある。ちなみに、世界最大の淡水魚といわれるオオチョウザメ(ベルーガ)は1872年に全長7.2m、体重1500kg超の捕獲記録があるが、こちらは生活史の大半をカスピ海・黒海・アゾフ海で過ごし、河川に入るのは産卵の時期のみ。現在はそのほとんどが絶滅または極度に減少している。

チョウザメはジュラ紀から1億6000万年もの間、姿を変えていない生きた化石である。現在、地球上に生息しているチョウザメは26種類とされるが、そのほとんどが絶滅に瀕している。最大の要因はダムである。この古代魚は海または汽水域と川の上流部を行き来し、水温が低く外敵の少ない川の上流部で産卵をする。ダムが造られると、産卵場まで辿り着けず、その川で子孫を残すことはできない。現在でも26種類が確認されているが、ほとんどの個体は産卵できない。人類よりもはるか昔、恐竜の時代から代を重ねてきた魚が、この100年間で90%以上がいなくなってしまったのである。ただ一つ、奇跡の川を除いて。

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切り立つ岩山の峡谷を流れるフレイザー川。ダムのない悠久の流れが、古代魚チョウザメの命を今に伝えている

奇跡の大河、チョウザメが命をつなぐ川

ブラッドが予約してくれた現地のガイド「リバーモンスターアドベンチャーズ」では、我々が行く前日に全長3.1m(推定250kg)という超ド級のホワイト・スタージョンが釣りあげられ、現地のニュースでも紹介されていた。オーナーのジェフによると、同社14年の歴史の中で、これは最大魚だという。挨拶もそこそこに、こんな話を聞かされて、5人のテンションは一気に高まった。

フレイザー川には同社のようなフィッシングガイド会社が200軒以上あるという。そして、世界中からこの生きた化石を釣るために多くの人が訪れている。世界には他にもコロンビア川やスネーク川などチョウザメをねらえる河川は存在する。しかし、豊富な個体数を背景に、観光としても安定して天然のチョウザメ釣りを楽しめるのは、実質フレイザー川が唯一と言ってよい。

キャッチ&リリースが徹底されていることもあるが、最大の理由はダムがないからである。全長約1375kmの長大な流れに、森―川―海の循環を分断するコンクリートの壁が一基もないのである。逆に言うと、チョウザメが生息するような大河川には、ほぼすべてにダムが造られてしまっているのだ。

遡上を阻むものがないから、チョウザメはもとよりキングサーモン、ギンザケ、ベニザケ、シロザケ、カラフトマスも毎年大挙する。

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フレイザー川の激流でサケを伝統的なディップネットで捕える先住民

だからブラッドは「大丈夫ですよ、フレイザー川ならチョウザメはきっと釣れますよ」と一度もトライしたことがないのに笑顔でそう繰り返すし、ランガラ島で唯一、日本語が話せたタケオ船長も「フレイザー川でチョウザメ釣り?大丈夫ですよ、必ず釣れますよ」と言っていた。

オーナーでありキャプテンでもあるジェフも「大丈夫、必ず釣れるから安心して」と言う。私はもとより、荒井さんも上田さんも清本さんも、もちろんフレイザー川に来たことも初めてなら、天然のチョウザメを釣った経験もない。これまでの取材の経験上、「大丈夫、必ず釣れる」と言われて悲しい結果に終わったことは少なくない。むしろ、事前に景気のいい話をされると、逆に黄色信号が点灯する。

「おかしいな、昨日まではよかったんだけど」
「なんで今日にかぎって潮が流れないんだ」
「こんだけ水温が下がったら、魚はメシを食べるどころではないよね」
「あと一日早く来ていればね」

こんな言い訳をこれまで、何度聞かされてきたことか。ちなみに、『オーパ、オーパ!!』で、開高健はガイドのウィルソンから開口一番、次のように言われた。

「ベスト・シーズンのベスト・スポットにあなたは来たんです。何も問題ありません。むしろあなたの腕がもつかどうか。それが問題です」と。

そして5日間、一度もアタリが訪れることはなく、6日目にようやく1~1.5mが3尾釣れ、最終日も一度もアタリはなかった。7日間で小型が3尾だ。しかも半世紀前の話である。

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身振り手振りでチョウザメ釣りの解説をしてくれるオーナーのジェフ

確実に取り込むためのタックル

不安と期待を胸に、25フィートほどの船外機付きボートに乗り込む。出船場所のオートキャンプ場から5、6分川を遡って、中洲の下流側にボートを停めた。中洲というよりは小島といった感じで、大きな倒木が岩に引っ掛かっていた。その倒木にボートのイカリを引っ掛けて固定する。小島の下流側は緩流帯でほぼ流れはないが、小島の左側にはごうごうと本流が音を立てて流れている。

ボートには2組のタックルが用意されていた。サオは2mほどのジギングロッドのような硬いタイプ。リールは小型のトローリング用。ミチイトはPE200ポンド。リーダーはナイロンの200ポンド。ハリは軸長が5cmほど。5/0-6/0くらいの大きさで、バーブレスである。フレイザー川のチョウザメ釣りでは、バーブレスフックの使用と130ポンド以上のラインの使用が義務付けられている。掛けた魚は可能な限り取り込んで、リリースせよということである。

最初に付けたエサは全長10cmほどのイカ。リーダーの長さは1ヒロほどで、リーダーとミチイトの接続部はサルカンを介し、管付きのオモリをセット。100号くらいの重さだ。

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チョウザメはサメという名が付けられているが、サメとは全く違う種類の魚であり、サメ特有の鋭い牙もなければ歯もない。コイのような咽頭歯もない。川底のエサを大きな口で吸い込み、丸呑みするのだ。だから、釣り方はいわゆるブッコミ釣り。イカをセットした仕掛けをボート下流の緩流帯にドボンと投げ入れ、後は船ベリにセットされたロッドホルダーに立ててアタリを待つ。釣り開始は現地時間の午前10時。ウィスラーまでの帰路を考慮すると、釣りができるのは16時まで。こんな短時間で本当に、生きた化石に出会えるのだろうか。

20分が過ぎた。異常なし。不安がしだいに大きくなる。エサの確認で仲乗りが仕掛けを回収しようとした時、投入点より下流の流心脇で、バシャンと魚が跳ねた。そろそろベニザケが遡上する時期だと言っていたので、サケが跳ねたのかと思いきや、ジェフはスタージョンだという。本当だろうか?その後も、10分に一度くらいの間隔で魚が跳ねたが、なかなか魚の姿を確認できない。ジェフ曰く、すべてスタージョンだという。

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大きな中洲の下流側に船を停めてアタリを待つ

ボートごと引っ張られるほどの怪力

40分ほどして、キャプテンは大木に引っ掛けたイカリを外してエンジンをかけた。早々にポイント移動である。すぐ上流の対岸に向かう。

左岸側の砂が堆積している浅瀬に船をアンカーリングして、ここから流心手前の緩流帯をねらう。エサはベニザケの切り身。15分ほどして、サオ先が大きく上下した。上田さんがサオを持ち、やり取りを開始すると、すんなりと上がってくる。小型かもしくは他の魚だろうか?上田さんも余裕の表情だったが、残り半分くらいのところで、突然サオが力強く引き込まれた。上田さんの上半身が船べりから出るくらいの強い力で、太くて硬いサオが、ほぼ一直線に伸びて水中に引きずり込まれそうになった。

「これはグッドサイズだぞ」とジェフの顔にも緊張感が走る。

上田さんは全体重を後方にかけて、サオを起こしにかかる。魚はなかなか思うように動かないが、イトは200ポンドだ。引っ張り合いで切られることはまずないだろう。本流に乗られてしまったら大変なことになるので、ドラグはかなり締め込んである。まさにガチンコファイトだ。5分経っても寄ってくる気配はなく、防戦一方である。魚はさらにギアを上げ、アンカーリングしたはずのボートが少し動いた。なんという力なのか。

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しかし、上田さんは怯むことなく、着実に距離を詰めていく。そして10分ほどして、白い巨体が水面に姿を現した。

「おおっ、すごい、チョウザメだ、やった、やった!」と荒井さん、清本さんはまるで自分事のように大喜び。両腕に乳酸がたまった上田さんも、肩で息をしながら自分が釣りあげた古代魚を見つめて、満面に笑みをたたえている。3人が川に入り、ホワイト・スタージョンを抱えるようにして記念撮影。その間にジェフがメジャーをあてる。2.1m。推定100kg前後。釣り開始1時間ほどで、文豪が1週間かけても手にできなかった2m超を釣りあげてしまった。これは僥倖なのか、それとも今のフレイザー川のポテンシャルなのだろうか。

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2.1m、推定100kgのホワイト・スタージョン。当日は肌寒かったが、そんなことは言っていられないと3人で川に飛び込んだ

ほかのメンバーもキャッチに成功

その後、5分ほどボートで上流に向かい荒井さん、清本さんが1回り小さな2mクラスをゲット。私も『オーパ、オーパ!!』に感化された学生時代から憧れ続けてきた夢を叶えることができた。

ジェフ曰く、フレイザー川では1994年からホワイト・スタージョンのキープが一切禁止され、それに伴い個体数が増えてきたという。現在、この川には推定で3万~4万尾が生息しているらしい。徹底したキャッチ&リリースに加えて流域の人々が、ダム建設を阻止し続けてきたからこそ、こうして生きながらえることができたのだ。

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし」。1億6000万年の悠久の流れは、驚くことを忘れつつあった私たちの心に、希望という光を差し込んでくれた。

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悠久の流れ、フレイザー川。川と山と大地が織りなす景観の中で、いまも古代魚が命をつないでいる。写真の農園は、ツアーコーディネーター兼カメラマン兼通訳でサポートしてくれたブラッド所有の「テキサス・クリーク・ランチ」
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素晴らしいホスピタリティでガイドを務めてくれたブラッドさん。自然を満喫できるオーダーメイドのアドベンチャーツアーを、流暢な日本語で企画・運営。ツアーの詳細は、ブラッドさんの会社「カッセルマン・クリエイティブ」まで。日本語での対応も可能

※このページは『月刊つり人11月号』の記事を再編集したものです。

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