誰もが感じている魚の減少。水産庁はTAC(漁獲可能量制度)を設けて資源管理を進めているが、それに任せておけばよりよい水辺の未来が訪れるのか?クロマグロの遊漁規制に課題を感じ、釣果アプリを通じて資源管理への貢献を目指す釣り好きエンジニアの取り組みとは。
- 明日は我が身?クロマグロ規制の衝撃:ブリやマダイも対象に?「データ不足」が招く、釣り人にとって不利な法的規制のリアルなシナリオ。
- 「とりあえず規制」はなぜ起きる?:釣り人の実態が見えないと、行政は安全策として「厳しめの制限」を選ばざるを得ない。不当なルール決定を防ぐカギとは。
- 釣果記録が「権利」を守る武器になる:「ボウズ」の記録さえも重要?行政と対等に渡り合い、釣りを続けるための科学的根拠(エビデンス)の作り方。

写真と文◎谷川奨(たにかわ しょう)
SIIG株式会社 代表取締役 1991年新潟県佐渡島生まれ。フリーランスWebデザイナー・ディレクターとして国内外のクライアントワークを経験後、2016年SIIG(シーグ)株式会社を創業。釣果記録アプリ「FishRanker」の開発・運営、釣り大会「佐渡ビッグゲーム」運営など。
デジタルで自然と人をつなぐ
私は新潟県の佐渡島で生まれ育ちました。自転車を漕げば海・川・池とさまざまな水辺がある環境で、幼いころから釣りは生活の一部でした。父に教わったブラクリ釣りで初めてクロソイを上げたときの手応えは、今も鮮明に覚えています。
島を離れて社会人となってからは、観光協会に所属し、防波堤釣り場の開放や釣り大会の企画といった観光振興の観点からの「場づくり」に携わりました。その中で痛感したのが、釣りを取り巻く環境の厳しさです。安全やマナーの問題を背景とした釣り場の閉鎖、「釣れない」という声を通して見えてくる魚の減少、そしてゲームやスマートフォンに代表されるデジタル娯楽へのシフトによって、子どもたちの自然への関心そのものが薄れていく兆し。こうした課題が静かに、しかし確実に積み上がっていることを、現場で実感するようになりました。
一方で私自身、家では画面の中の世界に熱中し、外では魚を追いかけてきた「デジタルとアナログの両方の遊びで育った世代」でもあります。どちらの魅力も等しく体験してきたからこそ、デジタルの力で自然と人を再接続し、外遊びの面白さを次世代に伝えるサービスを作りたいと考えるようになりました。
釣りの楽しさと課題解決を両立させることはできないか。釣り人一人ひとりの歴史を記録しながら、水辺の変化を定量的に捉えられないか。その思いから形作られてきたのが、ゲーム感覚で釣りを記録し、分析できる釣果記録アプリ「FishRanker」です。釣りの記録が、釣り人個人の知見となるだけでなく、同時に水産資源の保全にも寄与する。そんな「二重の価値をもつ一尾」を増やしていくことを目指しています。
失われる釣り場と資源
日本の釣り文化は今、静かな岐路に立たされていると感じています。私が子どものころに父と通った防波堤は、現在ではすべてが立入禁止のフェンスで閉ざされています。2004年の改正SOLAS条約による港湾保安強化は、その大きな要因のひとつですが、自治体の判断や安全対策なども絡み合い、不可逆的な場所の喪失を招いています。
場所だけではありません。「魚が減った」という嘆きも、全国のどこでも聞かれるようになりました。釣れる魚種やサイズの変化、シーズンのずれ。子どものころと比べて、海のようすが確実に変わってきていることを実感しています。
この「場所と資源の喪失」という二重の危機が重なるなかで、「釣りと資源管理」という最も重要なテーマを考える契機となったのが、2021年のクロマグロ遊漁の規制でした。
クロマグロ問題が示した「データなき当事者」の現実
クロマグロ遊漁の規制において、水産庁は、漁業者の枠の一部である国の留保枠から、遊漁による採捕分として年間20トンという枠を設定し、その枠を超える見込みとなったことを理由に、日本の全海域でクロマグロ遊漁の採捕停止措置を発動しました。
この決定は、釣り人だけでなく、遊漁船や地域経済にも大きな影響を与えました。当時、釣り人側から挙がった意見の多くは、資源管理そのものの必要性を否定するものではなく、「なぜこれほど急な採捕停止に至ったのか」「意思決定のプロセスに遊漁の実態が充分反映されていないのではないか」といった疑問でした。
背景には、遊漁の採捕分として設定された20トンという数字の根拠が、前年の限定的な遊漁船アンケート(10.2トン)に基づく推計であったという事実があります。政策決定において、データで裏付けられない需要は、実態よりも小さく見積られがちです。体系的なデータを持たなかった私たち遊漁者は、結果として実態と乖離した枠組みのもとで議論せざるを得ませんでした。
一方で、日本の資源管理が大きく前進した側面もあります。2020年には70年ぶりの漁業法改正が施行され、従来の「インプットコントロール(船の数や操業時間の制限)」から、科学的根拠に基づく「アウトプットコントロール(TAC=漁獲可能量による総量管理)」中心へと舵が切られました。太平洋クロマグロは、国際的枠組みのもと、漁業者も遊漁者も厳しい規制を受け入れた結果、資源の明らかな回復が数字として示される段階に来ています。
つまり、「科学的データに基づき、すべての関係者が協力すれば、資源は回復し得る」という成功体験を、私たちはすでに手にしているのです。危機と見える現状は、見方を変えれば「釣り人のデータが価値を持つ時代が来た」というチャンスでもあります。
「日々の釣果記録」がそのまま資源評価に役立つ仕組みへ
水産庁が現在、新たなTAC対象(候補)として資源評価を進めている魚種には、ブリ、マダイ、カレイ類、ヒラメ、サワラなど、釣り人にも馴染み深い魚が多く含まれています。これらの資源評価を正しく行なうには、漁業だけでなく遊漁からの漁獲圧も把握しなければなりません。 そこで私たちは、民間の釣果記録アプリという、釣り人にとってより身近な入り口からこの課題を解決しようとしています
FishRankerの設計思想は、「釣り人にとって限りなく簡単で楽しい記録体験」と、「その記録が資源評価に耐えうる質を持つこと」を両立させる点にあります。 FishRankerは、釣った魚を撮影するだけで、AIが魚種を判別し、一部機種では全長も自動推定。気象や潮汐なども自動記録されます。これにより、数タップで、いつ・どこで・何が・どのような条件で・どれくらいのサイズで釣れたか(あるいは釣れなかったか)を簡単に残せます。
このデータは、釣り人にとっては「自分だけの釣りノート」であり、上達のための強力なツールとなります。同時に、このデータは社会にとっても大きな価値を持ちます。資源評価にとって真に重要なのは、SNS映えする大物ではなく、季節やエリアごとの「いつもの一尾」であり、ときには「ボウズ(釣れなかった)の一日」です。 あなたが5秒で撮影したその一枚の写真が、未来のマダイ資源を守るための重要なデータになるかもしれない。FishRankerは、そうした日常の釣果を「記録したくなる」「続けたくなる」体験を大切にしています。
釣り人のデータは、権利を守るための声になる
漁業法改正を経て、水産庁が遊漁の採捕量調査に取り組み始めたことは、遊漁者を初めて資源管理の当事者として位置づけようとする明確な意思表示であり、日本の資源管理における大きな転換点です。
一方で、釣り人の間には「漁業サイドへの規制は充分なのか」「このまま遊漁への規制ばかり進むのではないか」といった、根強い不安があります。こうした感情は、資源管理をめぐる構造的な問題に起因する部分が大きいと感じています。
漁業と遊漁とでは、歴史的な経緯も含め、情報の収集・伝達プロセスに大きな隔たりがあります。漁業には漁協の系統組織や業界団体が存在し、漁獲データの報告や行政からの情報伝達ルートが確立されています。対照的に、参加人口500万人とも言われる遊漁は、個々の釣り人や遊漁船がそれぞれに活動してきた歴史が長く、情報を集約し行政へ受け渡していく仕組みとして組織化されていないのが実情です。
この情報の非対称性こそが、結果として両者の間の温度差や不信感にもつながってきたのではないかと感じています。漁業者と遊漁者の意見交換の場においても、この非対称性を前提に議論が進むと、ときに感情論が先行し、立場の違いだけが強調されてしまう場面が散見されます。
だからこそ、水産研究・教育機構のような専門機関が資源評価の精度を高めていくうえで今最も必要としているのは、漁業と遊漁の双方から継続的かつ広範に集まる「現場のデータ」です。どちらか一方のデータだけでは不充分であり、両者の実態が揃って初めて、すべての関係者が納得感を持って議論できる土台が整うのです。
こうした状況において、釣り人がデータを出すことの本当の意味は、「規制強化の口実を渡す」ことではありません。それは、自らの活動実態や資源利用の需要を客観的に可視化し、漁業者や行政と対等な立場で議論するための声を持つことです。魚を獲る当事者として、自らの影響を科学的データで示すこと。それは、持続可能な資源の分かち合いを実現するための、不可欠な前提条件だと考えています。
消費者から観測者へ
釣り人の協力を広げていくうえで、私たち自身も乗り越えるべき壁があります。釣り大会の運営や釣り場開放の現場では、一部のマナー違反やゴミの問題が引き金となり、地域住民からの不信感が醸成されていく光景を目の当たりにしてきました。釣りというレジャーが社会の中で肩身の狭い立場に置かれやすい現実です。
この状況を打開するには、釣り人の社会的役割を再定義し、「自己効力感」を育むアプローチが必要です。データ提供を通じて「自分たちの記録が資源保全に役立っている」という役割を自覚し実践できれば、私たちは単なるレジャーの消費者ではなく、水辺環境の最前線を知る観測者の一員として、自らの活動に誇りを持つことができます。それは「肩身の狭さ」を「胸を張れる」趣味へと転換させる原動力にもなり得るはずです。
行政システムを補完する民間アプリの役割
行政の側も、遊漁のデータ収集に本気で取り組み始めています。水産庁が提供する「遊漁採捕量等報告システム」は、国が遊漁の実態把握に本腰を入れた証として、とても大きな意味を持つ一歩です。しかし、実務面では、クロマグロのように報告が義務化されている魚種を除き、利用が釣り人の善意に依存していること、入力項目が多く負担感が大きいことなどから、充分なデータ量の確保には至っていないのが現状と聞いています。
そこで私たちは、FishRankerのデータを水産庁システムに連携できるよう、データ構造の統一を行ないました。これは、釣り人の日々の記録を水産行政に直接つなぐ、日本初の試みです。
なぜ必要なのか。それは、行政システムが公平性や網羅性を前提に設計されるのに対し、民間アプリは自由な発想で継続利用を促すユーザー体験を最優先に設計できるという点にあります。釣り人が自分のために楽しく記録したデータが、自動的に公的な資源評価の基盤としても活用される。この官民の役割分担こそが、双方の強みを最大化し、持続可能なデータ収集を実現すると考えています。
これは単なるデータ収集プロジェクトではありません。近い将来、マダイやヒラメといった身近な魚種にTAC(漁獲可能量)が導入され、「漁業に何トン、遊漁に何トン」という配分について議論される日が来たとき、釣り人としての責任を果たし、客観的データに基づいて議論するための、重要な土台作りです。
こうした遊漁データを資源管理に活用する動きは、国際的な潮流でもあります。アメリカでは海洋大気庁(NOAA)が「海洋レクリエーション情報プログラム(MRIP)」を通じて、遊漁者からの釣果データを統計的に処理し、漁業データと同様に資源評価の基礎情報として組み入れています。
レジャー(遊漁)と商業(漁業)が、双方のデータを提出し、同じテーブルで資源管理を議論する。これはグローバルスタンダードになりつつあります。FishRankerの取り組みを通じて、日本がこの国際的な文脈に合流し、遊漁者が資源管理の当事者となるための、現実的な一歩を担いたいと考えています。
権利を守るためのデータ
「釣果を報告したら、規制が強化されるだけではないか」。この問いに向き合ううえで、私たちは「データ不足こそが、実態とかけ離れた厳しい規制を招くことがある」という事実を、クロマグロの事例から学ぶ必要があります。
あのとき、クロマグロ遊漁に関する体系的な事前データが不足していたため、水産庁は遊漁の実態(需要)を、限られた遊漁船アンケートなどから推計するほかありませんでした。結果として国の留保枠から充当される形で設定された採捕枠(20トン)は、実際の遊漁者の需要と乖離があり、シーズン早期に枠の上限に達し、採捕停止措置が取られることとなりました。
もし、あらかじめ遊漁の実態を示す客観的なデータが存在していれば、より現実に即した採捕枠の設定や、段階的な管理方法が議論できたかもしれません。私たちは「規制のため」ではなく、「持続的に楽しむため」にデータを集める必要があります。
正確なデータがなければ、資源保護の観点から、予防原則に基づき「より厳しい規制」が取られる可能性が高くなります。逆に、正確なデータがあればこそ、本当に必要な対象(海域・時期・サイズ)に絞った科学的な管理が可能になり、結果として釣り人の自由を守ることにもつながります。データを報告することは、監視されることではなく、不当な過小評価や一方的な規制から、私たち自身の釣りを楽しむ権利を守るための、重要な手段になり得ると考えています。
「完璧な管理は不可能」だからこそ、釣り人にできること
生態系の複雑性を考えれば、人間がすべてを完全にコントロールできるという考え方は、現実的ではありません。しかし、私たちは「完璧な把握・管理は不可能」という事実を、「だから何もしなくていい」という理由にはできません。もし私たちが「どうせ無駄だ」とデータ提供という「今できる最善」を放棄してしまえば、公の議論の場に残るのは、偏った情報や漁業のデータだけになります。その限られたデータだけをもとに、私たちの未来の釣り場やルールの管理が決められていくことを、座して見ているべきでしょうか。
完璧な管理は不可能かもしれませんが、「より良い管理」を目指すことは可能です。私たち釣り人が、CPUE(努力量当たり漁獲量※)のような現場の生きたデータを継続的に提供し続けることは、資源の変化の兆候を捉え、推計精度を高めるための重要なピースになり得ます。
※CPUE:漁獲量は漁に従事した漁業者の数や時間などにも左右される。その数字をそのまま資源量と評価することはできないため、漁獲量を出船数や操業時間で割って実際の資源量を評価するデータとしている。
私たちが目指すべきなのは、釣り人が自らの楽しみを通じて得た情報をデータという形で社会に還元し、そのデータに基づいて科学的により良く管理された豊かな水辺で、再び未来の釣りを楽しむ、という持続可能な好循環です。 私が生まれ育った佐渡島でも、かつて野生絶滅したトキが、長い年月を経て放鳥の瞬間を迎え、再び空を飛ぶ姿を見ることができました。失われかけた自然も、人の意思によって回復の方向へ動かすことができると学んだ、強烈な原体験です。
漁業者、行政、そして私たち釣り人。三者が対立するのではなく、客観的なデータを共通言語として、共同管理の未来を築いていく。その第一歩が、釣り人一人ひとりの一尾の記録です。その一尾一尾を、ユーザー自身の思い出として、そして水辺の未来を守るための声として受け止めるプラットホームとして、私はFishRankerを運営していきたいと考えています。
編集部より
谷川さんが言うように、遊漁の釣果を客観的なデータとして示すことは資源管理に大きな意味を持つことは間違いない。その一方で、近年のイカ漁の規制の在り方からも分かるように、資源量が枯渇寸前というデータが揃っていてなお、政治的な声で規制の在り方が左右される現状も浮き彫りになっている。釣り人として資源保護に協力することは当然として、その旗振り役となるべき行政側にその能力があるのかを、厳しく監視・追及しなければならない。
そういった方面への意見や陳情は、これまでも(公財)日本釣振興会などの団体が行なってきていた。谷川さんが取り組むような資源量評価としての釣果のデータ化と、従来型の業界からの陳情とを、がっちりと両輪で推し進めることが誰もが納得できる資源管理を目指すうえで必要となるだろう。
※このページは『つり人 2026年1月号』の記事を再編集したものです。

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