三面川源流域への唯一の道である奥三面ダム湖岸道は、令和4年の豪雨から機能していない。名渓が連なるその先へ何とか進入すべく辿り着いた答えが「2山越え」のアプローチ。重荷を背負って入渓までに2日間。その先で待っていたのは、肝が震えるほどの展開だった。
文◎成田賢二
写真◎洞 将太
石器時代以来、初めて無人になった場所「三面川源流域」
8月が終わりに近付いている。夜の縁側で花火の煙を浴びていると、草陰で鳴く虫の声が聞こえる。隣家の裏にある杉の大木でフクロウが鳴くのも聞こえる。夏の終わりが夜に染み透っていくのが見える。いつものように5万分の1と2万5000分の1の縮尺を見比べながら、三面川周辺の地形図を眺めていた。
地図はすでに現実とは異なっている。数年前まで歩くことができた奥三面ダムへの車道は、令和4年の豪雨により被害を受け通行できなくなっている。同時に周辺の峠越えの林道にも被害があり、事実上、三面川の源流域は陸の孤島になっていた。
岩井又川への過酷な「2山越え」ルートを選択
そこに行くための方法は2つ考えられる。北の山形県側から猿田川まで林道を歩き、泥又川から山を越えて三面川本流へ。あるいは東から荒川を渡渉して山を越え、さらに末沢川を渡り再び山越えで三面川支流の岩井又川に至る。この川は支流と呼ぶにはあまりにも大きすぎる大渓流だ。
いずれも複雑な入下山になり、少なくとも5日間の日程がほしい。どちらが釣りの時間を長く確保できるのかは行ってみないと分からないが、下山の単純さでは岩井又川への入渓に分があるように見えた。
三面川のような大渓流でゆったりとサオを振る時間が、自分の人生にはあとどれほど残されているのだろうか。7月は水が多すぎる。お盆まではアブが多すぎる。9月の半ばともなれば泳ぐのが辛くなる。つまり1年にそのような特別な釣りができる日は経験上では3日とない。仮にあと20年は沢登りができたとしても、60日。私のなかにまだ鉱物の原石のように鈍く光るものがあって、それが自ら結晶となって光を発する時があるとすれば、その60日にしかないのではないか。釣りとは時を惜しむための手段ではないか、そんな気さえしてくる。
三面川源流へ至る道路はダムのための、発電のための道である。この道が失われたままでよいのかは私には分からない。ダムは遠隔操作とヘリによる輸送で全てのメンテナンスが行なえるという話もある。
旧三面集落では昭和60年の閉村後に行なわれた発掘調査で、旧石器時代から縄文弥生、古墳時代までの遺跡が地層ごとに盛んに出土している。かつてサケが身をよじらせて遡った流れと、それを銛で突いた人の営みは、今ではダムの底に沈んでいる。有史以前から人が暮らしてきた三面川源流域は、令和になってまた無人地帯に還ろうとしている。
岩井又川を稜線まで詰め上げ、あのたおやかな大朝日連峰の膨らみを足もとに感じたい。しかし辿ってきた険しい流れを眼下に眺めるためには、魚止から始まる連瀑帯の遡行が避けられない。そのためには4泊分の食料と登攀装備を背負って山を2つ越えるという尋常ではないアプローチが必要になる。三面川源流というひとつの確然としていた山域は、今その輪郭をおぼろげにしつつある。そこに身を置き、そして流れに身を浸して漂うことが、この時代に偶然居合わせた者の責務のような気がしなくもない。
過酷なアプローチの始まり。荒川から末沢川、そして岩井又川へ
9月の始め、ブナの木漏れ日の溢れる懐かしい針生平の駐車場に4人が集まった。この美しい名を持つ登山口から荒川の源流を詰め上がり、大朝日岳の稜線に抜けたのはいつの日だったか。現在ではここが大朝日岳の西面にある唯一の登山口になっている。
5日分の装備を慎重に取捨選択し、車1台をその場に置き、もう1台に乗り合わせて入山点へ向かう。広場に車を停め、まだ重荷が背中に慣れぬうちからさっそく肩を組んで水量豊富な荒川を渡った。
ハチの強襲と末沢川での初日のビバーク
徳網沢の斜面に取り付き始めるとすぐに汗が吹き出し、かたわらの小沢に涼を求める。コルを越え末沢川の支流ユウノ沢の源頭に降り、再び登り返して枝尾根を越える。この先で先頭を歩いていた私がハチに刺された。クロモジの枝に、垂れ下がるように巣を作る足の長いハチで、種類は分からない。布切れのような形をした巣を持った、初めて見るハチだった。
右腕を腫らしたままようやく末沢川に降り立つと、全員がいっせいに身体を川に浸した。たまらずに中道君がフライロッドを継ぐ。腫れが引きつつある私の腕もどうやらサオを振れそうだ。数投後、さっそく悪くない型がドルフィンライズでフライをくわえたが、引き寄せてみると剽悍な顔をした尺ウグイだった。その後もウグイとチビヤマメが釣れ続いたため、サオを仕舞いテント場を探す。明日の岩井又への山越えに使うカマダ沢にはよいテント場があるか分からないため、末沢川の心地よい砂地を均して睡眠不足を解消することにした。
焚火に照らされながら、5万分の1地図にビッシリと描かれている岩井又の枝沢の名前を音読する。シゲマツ沢、ケタクラ沢、コクゾウ沢、オクゾウ沢、サゾウ沢。その名前すべてに幾世代もの血を受け継いだ三面猟師の経験則が込められているはずであり、声に出して読めばその意味が浮き上がってくるような気がした。
圧倒的な渓谷美の岩井又川
翌朝入ったカマダ沢では、ウグイの姿が見えなくなった。その代わりに浅い場所では7寸ほどのイワナがよく走った。ようやく2つ目の山越えのコルに立つと地形図と目の前にある尾根を見比べ、下ケタクラ沢の左岸と右岸、どちらの尾根が降りやすいかを判断する。ツガやゴヨウマツの多い尾根は岩場が多いため敬遠する。
左岸尾根を滑るようにヤブを漕いでいくと、予想どおり末端で尾根は急峻に削ぎ落とされて懸垂下降を余儀なくされた。ようやく降り立った岩井又川には清冽な碧く澄んだ水が深瀬をなして満ち溢れている。チェーンスパイクを脱ぎ捨て、ヤブに擦れた身体をゆっくりと水に浸した。
岩井又は美しい。進むにつれてその渓谷美の完成度に驚かざるをえなかった。流心の巨岩、ブッツケを受け止める岩盤の確かさ、沢床一面を埋める深瀬。所々に現われる濃緑色の淵と、そこからこぼれ出る水の下の敷石の配列。圧倒的な水の豊かさのなかで、中道君がこの日のために整えたフライやルアーを、手を変え品を変え投じる。しかし魚の反応は一切ない。魚影すら見えない。
魚の気配がない沈黙の川
この状況をどう解すべきか判断しかねた。水温が高すぎて上流へ遡っているのか、直近の増水で流されたのか……。
まったく魚が釣れないのをいいことに、カメラマンの洞君は釣り人の前にバシャバシャと出ていって写真を撮り始めた。サオを振るより首を捻ることが多くなったところで諦める。これは状況が変わるまで歩くしかない。
岩井又川は砂の溜まった丘や砂利を集めた河原を作ることなく、延々と釜と淵を連ねている。私は過去に川床いっぱいの深瀬がこれほど続く源流を見たことがない。6m滝を越えても魚の気配はなく、50cmのイワナが深みから出てきてもおかしくないような淵で、シンキングミノーは孤独に泳ぎ続けた。渓相が途切れなくひたすら美しいために、テント場が少ない。
サゾウ沢の先に、こんもりとした中洲の岩盤を挟んで川が複線化している場所を見つけた。複線の細いほうはチョロチョロの流れで風呂桶ほどの水溜まりを成しており、周囲には砂と流木が溜まっている。こんな適地はなかなかあるまいと、荷を下ろして整地を始めた。タープを張り始めると、水溜まりに魚影があったと洞君が言う。そんなバカなと笑いながら、2晩目を迎えた。遠方で雷の音が聞こえるが、背後の川の音にすぐにかき消される。魚がないので、手持ちの肴を使いながら酒を舐める。
深夜に襲来した濁流。極限状態のサバイバル
20時頃、30分ほど急激な雨が降った。目の前の風呂桶は徐々に水かさを増し、やがて我々が寛ぐ砂地の脇を通って本流に流れ始めた。すぐ近くに座っていた中道君が砂地を掘って水路を作り、順調な排水施工を披露する。砂地は多少の水が染みたが生活を脅かされるほどではなく、やがて雨は止み、皆眠りについた。
24時頃、再び強い雨に見舞われた。先ほどの排水施工が機能するはずだと思ってふて寝を続ける。まどろんでいるので経過した時間の量は分からない。雨は降り続いている。むしろ強くなって、タープから落ちる飛沫で顔が濡れるほどになった。
「成田さん、ヤバいっすよ!」
「うー、ダメなのかー」
洞君の緊迫した声で仕方なしに起き上がる。事態は思ったよりもはるかに進んでいた。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい、ヤバい」
風呂桶ははち切れんばかりのプールになっていた。寝転んでいるシートの隅はすでに水に浸かり始め、横にあったサンダルは水に浮かぼうとしてるではないか。水路にはとっくに濁流が流れ、砂の土手を削り始めている。周辺に散乱しているものを防水バックに詰め込んで一段高い場所へ放り投げる。
「靴! とにかく靴!」
敷いていたシートごと鍋から寝袋からを包んでやはり土手に放り投げる。継いだままに並べておいたサオもヤブに投げる。間もなく焚き火は水に浮かび、私たちが寝ていた砂床は決壊を始めていた。
「まじかよ!」
先ほどものを投げた土手も、もはや危ない。雨足は弱まるどころか強くなっている。稲妻で濁流の全貌が瞬間だけ見え、肝が震えた。岩井又は間違いなく我々を根こそぎ押し流そうとしている。中道君が対岸に縛ったタープの張り綱を回収しようと試みるが、既にそれは危なすぎる。見る間にタープは濁流の下に飲み込まれてゆく。
猛り狂う増水からの脱出
「ダメだな、あきらめるしかない、というかここ大丈夫か?」
皆で中洲の最高地点を見にゆく。一抱えほどのミズナラが生えている。今の状況で安定しているのはこの3畳ほどのミズナラ周りしかない。ここを整地する者と運搬する者に分かれて土砂降りの中を右往左往する。タープを支えていたロープもろとも濁流に沈み、水は土手に生えるカエデやブナの灌木さえも浸し始めた。
「まだ増えるのかよ!」
三たび、全てのものを高い場所に持ち上げる。ここまで水は来るまいと考えていた露岩がすでに水に飲まれている。ずぶ濡れのまま皆でシートを羽織り、ミズナラの横で降り止まぬ雨をしのぐ。木立の向こうに凄まじい形相をした岩井又が猛り狂っている。複線化していた沢筋は今や完全に結合し、目の前の高さ5mほどの巨岩と我々のいる中洲は完全に孤立していた。
「魚も棲まないわけだ」
最悪は木に登ればいいかと考えているとようやく夜が明け始め、雨が弱まった。光が差し込むと同時に水は増えることを諦めたように見える。足もとの最高水位で流木が置いてきぼりになっている。ずぶ濡れで寒い。皆で流木を集めて、不安定な斜面で焚き火を始めた。いまだ猛り続ける川を呆然と眺めるほかなかった。
24時間の停滞、そして下山
その日はなかなか水が引かなかった。私たちはひたすら昼寝と焚き火と物干しに時間を費やした。もはや日程的に前進することは叶わない。午後になって目の前のプールがようやく見えるようになった。回収できなかったタープの残骸が流木に巻き付いている。荷物を確認すると、ハンマー1本とサンダルが失われていた。
大増水の水たまりに残されていた唯一のイワナ
「魚いた!」戯れにプールでフライのキャスティングをしていた中道君が、なんと9寸ほどのイワナを釣りあげた。大増水に流されてこのプールに逃げ込んできたのか、それは私たちがこの川で見ることができた唯一のイワナだった。
3日目の朝、日が昇るのを待ちようやく落ち着き始めた川を下る。予報から考えると今晩からまた雨になるはずだった。
昨日の狂奔が嘘であったかのように川は滔々と流れている。下るにつれて支流を集めた川は徐々に水を増やす。泳ぎと高巻きを交えながら私たちはなんとか三面川本流にたどり着いた。水はわずかに三面川が多いが、平瀬を対岸に渡ることはできそうに見えた。
私は三面川と岩井又川が静かに合わさる河原に立ち、青く澄んだ水に触れ、しばし呆然としていた。狂奔と端正。川はいつも行方が知れない。ずいぶんと渓に通っている気がするのだが、それでも川は私の知らない顔を見せる。私は三面川のことを何ひとつとして分かってはいなかった。サカナの行方も不明のままである。
※このページは『渓流2026』に掲載した記事を再編集したものです。



