磯に立つまで、すべての道のりを歩いて行く。ロックショアは険しい行程も含めて楽しむ釣りという人は多い。安全で快適なユニフォームを着なければ、真の面白さを実感することはできない。「釣り人フレンドリー」をコンセプトに、実践的なアイテムをリリースし続けるmazume。代表の竹井英一さんに、ロックショアのスパイク選びを聞いた。

解説◎竹井英一
まとめ◎月刊つり人編集部
株式会社オレンジブルー(mazume)代表の竹井英一さん(57)。埼玉県入間市で生まれ幼い頃から海・川とさまざまな釣りを楽しみ、20~30代はフライフィッシングに傾倒。現在はGTフィッシングが大好き。出版業界からアパレルメーカーの「双進」に転職し、2004年に独立。オレンジブルーを創業するとシーバスアイテムほか多彩なウエアが人気を博す。
唯一無二の「歩ける」mazumeスパイクシューズが生まれた経緯
―― はじめにmazume(以下マズメ)のロックショアウエアを象徴するタングステンピンスパイクシューズが生まれた経緯を教えてください。
1代目が発売されたのは15年くらい前になります。我々が想定するルアーフィッシャーマンは、自分の釣り場まで歩いていく人間です。ヒラスズキやヒラマサをねらうとなれば、サラシが出て潮通しのよい場所に行かなければ成り立たない。道のりが厳しい場所に行かざるを得ないわけですが、アスファルトもあれば泥道もあり、山を越え、崖をへつり、時には波の中を泳ぐ。そういうアングラーから「スパイクのピンが1日でなくなってしまう」「年に何足買ったか分からない」という声がすごく多く聞こえてきました。すぐに消耗してしまうため、安価なタビを買って対応するという人もかなり多くて、彼らは1回、2回の釣行で履きつぶせばいいという発想で靴を買っていたんです。そんな時代に周りから「ピンがなくならない靴を作ってほしい」という話が出ました。とにかく歩けて、摩耗に強いスパイクシューズを作ってほしいと。登山靴を手掛けるキャラバンの協力
とはいえ、靴の設計には一日の長があります。そこで登山靴や沢靴を手掛けるキャラバンさんにお声がけをしたんです。キャラバンさんには山登りに適した靴作りの技術が基本にあって、日本人の足の幅と甲の高さに合う最大公約数のラスト(Last)を持っています。ラストとは靴の形状やフィット感を決める、足の形を模した「木型」もしくは「樹脂型」のことです。成形の最も重要な土台であって、靴の良し悪しはラストで決まるといってもいいくらいです。キャラバンさんは「C1」など数々の登山靴の名作を生み出してきた。実績のあるラストが使えるのはすごく大きな魅力でした。長時間歩くための山登りのノウハウと、我々の釣りのノウハウが合わさればよい靴ができると考えたんです。
お金をかけて付き合ってくれる工場を探すところから始めて、単に作るだけでなく、製品のレベルから保証まで全部やってくれる体制を整えました。そこまでの協力をキャラバンさんから得られたのは本当に僥倖でした。キャラバンさんには社長をはじめ魚釣りに理解のある人も多かった。とはいえ協力関係を築けた大きな理由は、我々が「型代は厭わない」とキャラバンさんに言ったからです。高価な型代の話をすると萎縮して製品作りが頓挫するメーカーがほとんどですが、この言葉で彼らはマズメの製品作りに本気になってくれたのです。
片足31本のタングステンピン配置に込めたこだわり
問題はピンの配置です。片足だけで31本のタングステンピンを惜しみなく使っていますが、接地した時に1本1本のピンに圧力がきちんとかかるような配置をずいぶん研究しました。爪先部分のピンがしっかり引っ掛かってくれるか。踵から足が着いた時に滑らないか。踵にピンがないといきなり滑るんですよ。ピンの台座の設置面にはTPUコーティングをしてピンが沈み込まないように工夫をしました。足つきが硬すぎず柔らかすぎないように配慮しています。そういったノウハウは山の靴を作ってきたキャラバンさんにはもともとないんです。だから工場の方々に理解してもらわなければなりませんでした。ピンがこのセンターになければいけない理由を説明して、それを徹底できたのは本当に奇跡に近いと思っています。
耐久性と使いやすさをまる2年かけて徹底追求
―― 1代目が仕上がるまでに、どれくらいの制作期間を要したのでしょうか?
まる2年はかかりましたね。こだわりはいくつもあります。踏み込んだ時に足裏が曲がって磯に吸い付くかどうか。足を着けた時の屈曲性は硬すぎても柔らかすぎても疲れにつながりますから、その中間くらいの軟らかさを実現しています。トゥーガードはぶつけても全然痛くないし、水はけもいい。アッパーで最も破れやすい箇所は全部保護されています。糸はほとんど使っていません。当たり前のことですけど、縫い目が少なければほつれに強い。大部分は熱溶着で処理しています。
脱ぎ履きのしやすい設計
靴紐は解けにくい平紐にしました。丸紐のほうが解く時の滑りはいいんですけど、釣りの最中に解けてしまうのはかなりのストレスです。一方で脱ぎやすい工夫も施しています。上のアイレット(靴紐を通す穴)はフック形状にして、下側は強化プラスチック製でループを縦並びにしていますから、締め上げるのも緩めることもやりやすい。靴の間口は広くてガバッと開くので、脱ぎ履きも楽です。山を降りて、釣りをして、また山を登って車に戻った時は、死ねると思うくらい疲れきっています。靴を脱ぐのが一番面倒くさい。早く脱いで楽になりたいという気持ちは全員共通だと思っていますので。脱ぎやすさのこだわりは強いです。
ピンが減らない驚異の耐久性
―― タングステンピンの寿命はどれくらいでしょうか?
竹井 ピンを減らしきった人は見たことがありません。ピンがラバーに陥没したという靴は何足か見たことがありますが、それも数ヵ所ではなく1ヵ所です。ピンが摩り減るよりも先に、EVAが加水分解を起こして壊れてしまう可能性のほうが高いですね。それもきちんと干して水気を抜けば、かなり持つとしか言いようがありません。これまでアッパーが破れたという事故もなければ、ソールが剥がれたという報告もない。本当の意味でダメになった靴が返ってきたことはないんです。
現在までにフルモデルチェンジをしたのは1回のみで、2代目が最新になります。下世話な話になりますが、靴は一部の型を作るだけで100万円単位のコストがかかります。靴のサイズごとに異なる型が必要で、どんどんお金がかかってしまう。しかも1本1本のピンを刺すのはハンドワークです。ゴムが温かいうちに次々と刺していく。すごく手間とお金がかかる。採算を考えれば、多くのメーカーにはできないことです。我々も本当に儲かっていません。利益の出せる値段で売るとすれば、5万円は余裕で超えてしまいます。
釣り人目線の価格設定に込められたブランドの意地
―― マズメさんの製品は全体的に、アングラーが手に取りやすい価格帯ですよね。
竹井 マズメは「釣り人フレンドリーであれ」というのがブランドコンセプトです。スパイクシューズをギリギリの値段でもいいとしている最大の理由は、ほかに製品がないからです。このスパイクシューズで信頼が得られれば、ほかの物も売れるようになる。ウエットスーツやバッグも買っていただける。ブランド戦略になりうる製品なんです。磯に出て靴に不安を感じれば、戻ってこれません。世界のシューズ業界、釣り業界、他の業界を見渡しても、我々が作ったこの靴には独自性があって、唯一無二だと思っています。
かっこいいことを言うつもりはないですけど、このスパイクシューズを作り上げたからこそ「磯のルアーフィッシングはこういうゲームだ」と主義主張ができる。マズメというブランドを表現できる。この靴がなければ誰も釣りに行けないし帰ってこれない。ロックショアのマスターピースとなる。それくらいの気概と意地で作っています。
※このページは『つり人 2026年6月号』に掲載した記事を再編集したものです。

.jpg)


